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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第76話 お前に流れる血は何色だ 3

 分かったと小さく私につぶやいてケルヴェロッカがまとう黄色の魔力は、ピリピリとした張りつめたものへと変化し、そして、それはいつの間にか肌で感じるだけでなく、前方を走るケルヴェロッカから立ち上る黄色の蒸気からも知ることができた。

 更にその魔力の蒸気は炎の海に広がっていき、蒸気に負けるように炎は次第にケルヴェロッカの魔力に平伏して、いつしか私は魔力のバリアを張らずとも炎の中を進むことができるようになっていた。

「ティア。」

 そして、私を振り返るケルヴェロッカの顔からは先ほどまでの愛らしい子供の表情は消え失せて、釣り上がった瞳は色を変え黄の色に光り、上がる息が漏れる口はまるでえた獣のようによだれを垂らしたままになっている。

 その姿はケルヴェロッカが嫌がった人間というには常軌じょうきを逸した魔力に支配され、人間ということを忘れそうになるくらいの狂気に彼が近づいているということ。

 それを見て心が痛む。だけど、私はそんな心情とは裏腹に彼に先をうながすの。

「やれるわね?」

「ああ。危ないから少し離れいろ。ロッソもティアと一緒に。」

 ロッソもケルヴェロッカの魔力に恐ろしさを感じているのか、逃げるような勢いで私の足元に走ってくる。

 それを一瞬だけ悲しそうな瞳で見送るケルヴェロッカ。だけれど、それはすぐさま向かいに見えた天使たちに向けられる。どうやら、先回りをされたみたい。


 ずらりと再び私たちの目の前に立ち並ぶ天使たち。

「逃げ場はないぞっ!」

 『サラサラ』が距離をとりながら、こちらを予断なく見つめていた。

「言ったでしょう?わたくしたちから逃げることはできないと。」

 『キツネ』が冷静に私たちに宣言して、

「だから、初めから逃げないで欲しいわよ。無駄な力を使うでしょうにっ!」

 高飛車な『下着』が笑いながら言って、再び二人のバトルが始まった。

「あら?それは、年寄りの発言ですわね。」

「何ですって!」

 そして、無視されると分かっていてもそれを止めに入る『デカ』。

「二人と―――」

「あら?聞こえませんでした?やはり、年寄りは耳が遠いんでうのね。」

「喧嘩は―――」

「誰が年寄りですってぇ!!」

「あ・・のな?」

「本当のことを言われたから怒っていらっしゃるの?オホホ」


 そんな完膚無かんぷなきまでの無視っぷりは、いっそ見ていて笑えてくるわ。


 それでも彼女たちの喧嘩を止めに入るのは『デカ』が真面目すぎるのか、それともそれに気がつかないバカなのか。

 結局最後まで『デカ』は無視され続け、二人の喧嘩は

「二人ともやめろ。」

『はいっ!シェルシドラ様!!』

 蒼穹そうきゅうの天使によって終止符を打たれる。

 それを目の当たりにしてやっぱりさっきみたいに項垂うなだれる『デカ』を見て、そんな落ち込むなら、どうしてわざわざ止めに入るんだろう?と私は思った。(まあ、私には関係ないけど)

 そうして、一連のコントを見つめながら私はこちらを余裕なくにらみつけている『キラキラ』三大天使様ににっこりと笑ってやった。


 ―――きっと、ケルヴェロッカの反応の真実の意味を知っているのは彼だけなのだろう。


 でなければ、そうケルヴェロッカのこの魔力の増大の理由を知っていて、あんなコントみたいな余裕があるわけがないもの。

「人間の女。」

 軽さのない、重く冷たい蒼穹そうきゅうの天使の声。

「はい?」

 視線はケルヴェロッカから外れることなく、私をその声で呼ぶ。

「この子供は―――」

 だけれど、言葉は最後まで私に耳に届くことはなかった。


「あああああぁぁぁっ!」


 それは本格的に始まった神の血ニス・ドゥアの胎動がケルヴェロッカに苦痛を与えはじめ、彼の痛みにゆがむ絶叫が罪人の巡礼地アークヴェルに響いたから。

 叫びとともにケルヴェロッカの体から立ち上がる魔力の蒸気が濃さを増し、それはもう天使すらも凌駕りょうがするほどの魔力の強さだ。

 コントをしていた天使たちの顔からも余裕の色が消えた。

 私が感じている何かに魔力が邪魔されているような感覚も、きっとこれほどまでに圧倒的な力をもってすれば、全部をねじ伏せてしまうに違いない。

 今、確かに強い天使たちを前にしても、ケルヴェロッカの魔力は飛びぬけている。



 ―――これが神の子マイマールが持つ、神の血ニス・ドゥアの力



 あのいけすかない男、神の子マイマールの生みの親である『アオイ』から話は聞いていたし、実際にそれを見たこともあった。

 でも、それは結局のところ実験の中の出来事であり、『神の血ニス・ドゥア』とはケルヴェロッカが言う通り本当はまだ研究段階でしかない状態。

 でも、できることならそのまま実験段階だけで終わってくれればと願っていた。

 この目の前で目覚めようとしている、人間が人間ではなくなる力。


 ・・・私の中に眠る力と良く似た『それ』


 人間が人間でなくなるあの瞬間を、私と同じ思いをする人をこれ以上増やしたくなかった。

 それも、ケルヴェロッカのような幼い子供に、それをいることになるなんて、これが戦場の真っ只中じゃなかったら、私は本当に泣いていたかもしれない。

 確かにエンシッダ様の命令であるから、私はそれを彼にいた訳だけれど、それでも実際の告げたのは私。

 だから、泣きたくても私はそれをちゃんと見ていなくてはならない。

 例え今まさに人間をかなぐり捨てようとしているその小さな後ろ姿に、かつての自分を重ね合わせるのが耐えがたい苦痛になるとしても。




「な・・・何よ・・・あれっ!」

 そして、ケルヴェロッカをむしばむその血は次の段階へと移行していく。

「ぎゃあぁぁぁっ!!!!」

 痛みと苦しみに上がる絶叫は、もう人間が出す音じゃない。

 そして、黄色の魔力の立ち上る彼の背中から、骨を肉を肌を服を突き破って何かが勢いよく生えだしてきた。


 それは・・・『翼』


 血とも体液とも分からない液体が二対の翼が広げられたことで飛び散り、私の顔に体に降り注ぐ。

 舞い散る薄い黄色の翼が炎の海に消えていった。

『っ!!!』

 その姿に天使たちも声なき悲鳴を上げる。

 ただ一人、恐らくケルヴェロッカに起こっていることの真実を知る三大天使だけが、それを信じられないという瞳で見つめている。

「ケルヴェロッカ!」


 ―――そんな瞳でこの子わたしを見ないでっ!


 私のうちに湧き上がったのはそんな突発的な感情。

 そして、私はその感情のままにケルヴェロッカに命令を下した。

「行きなさいっ!!!」

「ヴアァァァァァァ」

 私の声とともに、もはや人間の言葉を話せなくなったケルヴェロッカが鳴き声を上げて、ひるむ天使たちに牙の生えた光る口を大きく開けた。

 そして、その化け物じみた勢いに天使たちも一斉に身構えて一歩後ずさる様子を見て、私はわずかに笑った。

 ケルヴェロッカは叫んだまま大きく腕を広げ、魔力を両手に集めるとそれを一気に土の上に叩きつけた。

 ババババッと電気的な音が耳につき、そして魔力はそのまま天使たちに向って一直線に進んでゆく。

 この程度の魔力であれば防げると踏んだのか、『デカ』が仲間たちから一歩前に出て攻撃を防ぐように腕を前に突き出した。


 ―――でも、残念。それは攻撃じゃないの。


 天使を出し抜いたような優越感に笑みを隠せない私の思う通りに、ケルヴェロッカの黄色の魔力は天使たちに向い、その直前で土中で四方に散り天使たちを囲むようにした場所で留まると魔力のおりを造り出した。

 これは対天使のために、私とケルヴェロッカがあらかじめ打ち合わせておいた作戦。(この状態でも、ケルヴェロッカにはものを考えれる理性はちゃんと残っている)

「これはっ!!!?」

「なに?!・・・きゃあっ」

 閉じ込められ混乱する天使たち。

 そして、彼らを囲むケルヴェロッカの魔力のおりに触れた瞬間、『キツネ』が悲鳴を上げて手をおりから引っ込めた。

「触らない方がいいですよ?そのおりはケルヴェロッカと同種の魔力を持つ者以外は触れることができない『不触の檻デ・ジシオ』というものですから。」



 『同種の魔力』とは、すなわちケルヴェロッカと同じ黄色の魔力という意味。

 この世界にある魔力は、全てが魔力の持つ色によって大別され、色によりそれぞれ属性も違うの。

 例えば白き神の持つ白の魔力は『生命』を、私の持つ赤の魔力は『炎』を、そして、ケルヴェロッカの黄の魔力は『雷』を。

 まあ、黄や赤については単純にそれだけでなく、その中でもいくつかの種類に分けられるんだけど、それはまた時間がある別の機会にでも。

 ともかく、このおりから抜け出すにはケルヴェロッカと同じ黄色の魔力を雷属性の魔力を持っている必要があるということ。

 でも、天使たちにはその属性を持つ天使は『絶対』にいないから、彼らが決してこれを破れないのは確か。

 よって、天使たちはまさに籠の中の鳥と同じ状況という訳。




「くそ!!こんな時に限って魔力が上手くられないっ。」

 更に天使たちも私と同じ状況らしく、おりを破ろうと自分の魔力をり上げようとしても上手くいかないようだ。

 それを見て、本当の本当にいい気味だと思った。

「いい様ですね、天使様方。誰かに囚われる恐怖が少しは分かって頂けましたか?」

 この天使たちがいかに美しい姿をしていたとしても、どんなに愉快で面白い掛け合いをしたとしても、所詮しょせん天使は天使だ。

 今も昔も人間を苦しめ続け、不浄の大地ディス・エンガッドという永遠の苦しみに人間たちをつき落とし、私たちを搾取さくしゅし続ける存在。

 私はそれを決して許しはしない。

 だから、少しは味わえばいいの。

 誰かに自分の運命を握られるという、この不安と恐怖しかない人間たちの心を。

 なのに、おりの中から荒々しい感情の声が響いくの。

「君たちは自分たちが何に手を出しているか分かっているのか?!それもこんな子供に!!!」

 それを聞いて、私は一瞬意味が分からなかった。


 ―――何を言い出すの?


 私はその声に静かだけど、確実に怒りを覚えた。

「人間がっ!人間が人間でなくなる禁断の力だぞ!!!それを―――」

「いい加減にしろっ!!!」

 そして、それはすぐさま静かなものから烈火のごとく燃え盛り、遂には我慢が出来なくなって大声になって私から飛び出た。

 ケルヴェロッカも、天使たちも突発的に激昂げっこうした私に目をいた。


 ―――誰が、どんな口でそんなことを言う?!!


「あ・・・ああ・・・あ・・」

 怒りが空回って、もどかしいくらいに言葉が出てこない。

 そして、私は腹の底から叫ぶのだ。


「『先に』人間を捨てた天使がふざけたこと言うんじゃないわよっ!!」


 瞬間、私の怒りに呼応するように耳の鼓膜こまくを大きな音が打った。

 それは何かが爆発するような音で、まさに私の心情に相応しい音だった。

 けれど、それは別に私が意図いとして出した音ではなくて、本当に偶然のタイミングだったから、あまりのタイミングの良さに私の方がビビったくらいだ。思わず出た怒りが引っ込んだ。

 でも、その音の出所を見て私は更に驚くことになる。


「・・・あれは、『灰色の魔力』?」


 断続的に続く爆発音の中、ぽつりと呟いた蒼穹そうきゅうの天使の声が聞こえたのもまた偶然。

 そして、爆発音は灰色の花園があった方向から聞こえ、そこから噴火した火山から溶岩のように後から後から花園で見たあの灰色のかたまりが溢れ出てきて、私たちのいる場所へ迫ってきているのが見えた。

 万象の天使が押さえこんだものが決壊けっかいしたということだろうけど、もう少しくらい待っていてくれてもいいのにと、これから天使たちをいためつけてやろうとしていたところを邪魔されて、私は思わず眉をしかめた。

 だけれど、肩にずっしりと重い白き神がいることに気が付いて、私は自分の役割を思い出した。

 まあ、私とケルヴェロッカが手を出さずとも、このままいけばあの灰色のかたまり罪人の巡礼地アークヴェルを全ての覆うのは間違いないだろうし、ならば、ここから動けない天使たちは皆、花園の天使たちと同じように一網打尽いちもうだじんというものだろう。

 そう思いなおし、私は本来の役割を果たすことを選ぶ。

「ケルヴェロッカ。その翼で一気に銀月の都ウィンザード・シエラに飛ぶわよ。」

 そうして言葉を話せずとも、私の言っていることを理解できるケルヴェロッカは白き神を抱えたままの私の両腕をつかんで、ヴァサヴァサと翼を空に飛び立った。


「ちょっとぉ!!私たちはどうすればいいのよ!!!」

「出してください!」


 そうして、あたふたと慌てふためく天使たちを眼下に私たちは罪人の巡礼地アークヴェルを後にした。

 結局、最後の最後までここで何が起こっているのか、何のためにここに来たのか分からないまま、私は遣り切れない思いを抱え、炎の赤ではなく、灰色の何物かに覆われてゆく都を空から見つめ続けた。

 そして、それが罪人の巡礼地アークヴェルを見た最後になる。

 それが何故かと言えば、この数時間後、都はその原型すら留めない形で、ううん、形すら残さず跡形もなく消え去ってしまったから。

色々、分からない所だらけで分かりにくかったかもしませんが、神の子のことは第四部で明らかになる予定なのでもう少し先になります。すいません(泣)

そして、ティア視点の話はここまでとなり次は、まんをじして『あの方』の視点の話となります。ヒントは第二部でも一度この人視点の話を書いています。分かりますよね?はい、そのお人です(笑)


そして、ものすごく長くなってきているこの話ですが、最近本当に見ていてくれる人がいるのか不安な想いを抱いております(泣)

いえ、アカウントは増えているのでこんな稚拙な話でも読んでくれている有難い読者様がいることは、分かっているつもりなのですが、ゼロではないにしてもなんとも感想とかコメントが少ない話なので、何だか見てくれている人がいるのか不安で、気が小さいのでこんな話を続けていいものかと悩んだりしている今日この頃。

稚拙な話すぎて感想も何もないのかも知れませんが、もし、こんな話を読んでくれている奇特な読者様がいらっしゃったら、続けていくにあたって本当に励みになりますので、一言でも感想を頂けたら幸いです!涙を流して喜びます!

ただしこれは勝手な作者の願いなので、そんなものを後書きに書いて、もし気分を害された人がいらっしゃたら申し訳ありませんでした。

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