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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第六十八話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の九

 白と黒、二つの色が混じり合うとき、灰の色が現れる。

 曖昧あいまいとして、混沌たるその色は生と死の狭間にありし異端の色。

 私はその異端の色に支配された空間に囚われ続け、それから逃げ続け、それが呟く言葉に耳をふさぎつづけている。


 ―――アナタヲ・ダレニモ・ワタサナイ


 その声の主は・・・誰だ?



第六十八話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の九



 ユイアのとろけるような幸せそうで満ち足りた表情。


「ヒロを助けるためにできるたった一つのことを・・・私はしたの。」


 だけれど、私にはその表情に狂気が宿っているように見え、恐怖すら感じた。

 あの時、彼女が何を思いあんな表情をしていたのか、私は未だに知ることはない。


「だから、私は貴方のために自分の命を捧げるの。そして、私は黒の剣ローラレライの中で永遠に生き続けてヒロの力になる。ヒロを守る力になる。」


 そして、ユイアは私が未だに鮮明に覚えており、その意味を理解できていない言葉を発する。


「そうすれば、ヒロは私を永遠に忘れない。そうすれば、彼女に勝てるでしょ?」


 正直なところ、当時の私にも、現在の私にも『彼女』といわれて思い当たる人物はない。

 しかして、血を流し続けるユイアを前に気が動転していた私はそんなことを気にする余裕もなくて、ただただ、左胸から彼女の温かい命のしずくが溢れ出ていく様をリアルに感じ続けていた。

 そう私にそれを止める術もなく、ただそれを感じることしかできず、気が遠くなるような想いが胸をふさいだ。


 だって、ユイアはこれ・・が私のためだと言ったのだ。私を助けるためだと。


 ならば、この状況を引き起こしたのは私せいであり、ユイアは手こそ下していないが、私が殺したようなものではないか・・・。


 ―――愛する女を殺した


 その目も覆いたくなるような事実が、私を絶望させ、動揺させる。

 もう、いっそ気さえ失いたかった。何もかもから逃げ出したかった。

「だ・・めだ。駄目だっ!」

 だけれど、私は叫ぶ。

 例え気が違いそうになるほどに感情が揺さぶられようとも、ユイアが死ぬということだけは私の中で許されない事だから。

 こうなったら・・・と、私はユイアの意志など関係なく黒の剣ローラレライを強く握りしめてそれを引き抜きにかかった。

 だが、私がいくら力を込めても、ユイアと一つにつながってしまったかのように黒の剣ローラレライはぴくりとも動かない。


「・・・ヒロ。私はいいの。これでいいの。私は黒の剣ローラレライと契約したの。」

 そんな私にユイアはあの表情で大地に身を横たえたまま首を横に振る。

「良い訳あるかっ!私はこんなの絶対に・・・絶対に、嫌だ!!」

 それに対して、聞き分けのない子供のようにユイアの言っていることを否定するしかできない私。

 でも、これだけは間違いなく譲れない想いだった。

 なのに、ユイアはそれでいいという。それを望んでいるというのだ。

 信じられなかった。同時に抜けない黒の剣ローラレライに憎悪すら感じながら、私はこれが夢ならいいのにと馬鹿な現実逃避すら想像した。

 だって、こんな事実信じたくもない。

 自分の命と引き換えに私の力になりたいとか、私に忘れてほしくないとか、そんなの違うだろ?

 命を引き換えにしなくたって、私は、私は・・・・


「ユイアを・・・お前を・・・・あ・・・い・・・してるんだっ!だから、失いたくないのに・・・ど・・・してっ!!!!」


 ただただ、涙が溢れた。父親が死んでも流れなかった涙が。

 一緒になってあふれ出る悔しさとも、絶望とも、慟哭どうこくとも、悲しみとも、怒りとも・・・、何と名を付けていいか分からないようなグチャグチャの感情がせり上がってきて私の声は掠れた。

 それが、聞きとりにくかったのだろう。

「い・・・ま、何て?」

 ユイアが私の言葉を問い、そして男のくせに見っともないまでに泣きわめいている私を見て瞳を揺らす。

「ユイア?」

 更に私に重なったユイアの手に力が入った。

 それに気がついて、私は涙ににじむ視界の先のユイアを見る。

 それは先ほどまでの恐怖すら感じたものではなく、私にすがるような、何かを語りかけるような、悪夢から覚めた子供のように頼りなさげな表情だった。


 だが、それもすぐに強張こわばって固まった。


「ユイアっ!!」

 その異変を察して私は叫んだ。

 ユイアの左胸を貫いている黒の剣ローラレライが黒く染まり、剣だけでなくユイアの体をもその黒が侵食し始めたのだ。

 そして、その変化が如実にょじつにユイアに現れた。

 先ほどまでの狂気じみた幸せそうな顔が一変し、顔が恐怖にゆがみ首を大きく振り、体が痙攣けいれんし始めたのだ。

「やめろ!黒の剣ローラレライ!!」

 何をすればユイアが助かるなんて全然分からなかった。

 でも、何もせずにはいられなくて、私は立ち上がり力の限り剣を抜こうとした。


 ・・・黒の剣ローラレライはびくともしなかったけれど。


「頼む!・・・頼むからっ!!」

 何でもいい、ユイアを助けてくれるなら何だってする。

 そんな思いすらこめて、私はユイアの血に濡れた黒の剣ローラレライに縋りつき、涙で顔をグチャグチャにしながら叫んだ。

 だけれど、私のそんな願いもむなしく、侵食は続きそしてユイアを完全に黒く染め上げようとしていた。そして・・・

 

「・・・い・・・き・・・て・・・。」


 それが、最期の言葉だった。

 その言葉とともにユイアの体は完全に黒く染まり、黒の剣ローラレライとまるで一対の彫像にでもなったように固まった。

 だけれど、それはあの時の私が恐怖した狂気に狂ったものではなく、悪夢から覚めたような切なくも、美しい顔であった。

「ゆ・・いあ?」

 私はその事実を受け入れがたくて、返事をするはずもない彼女に語りかけ、白く温かく柔らかかったはずの彼女の頬に触れた。

 それは、私が知っているはずのそれとは全く違う、黒く冷たくて硬い頬となっていた。

「・・・・っく。」

 こらえることも忘れた涙が、とめどなくユイアに降り落ちた。


 ピシリ


 そして、涙を流し続ける私に乾いた、何かがはじける音がした。

 嫌な予感がして、私は伏せていた顔を上げた。

 そこにあったのは、黒く固まったユイアの体に幾つものひびが入っている様。

「っ!」

 私は声なく叫びをあげた。

「や・・・めっ。」

 私は誰に言っているのかもわからない静止の声を上げた。

 だが、ひびは私の声など無視して音を立てながら次第に大きくなり、そして、ユイアはガラス細工のように粉々に砕け散ってしまった。

 黒き結晶がキラキラと輝きながら、風に舞う。

 私はそんなことをしても何にもならないと分かっていても、それでも風に流されていく結晶を必死でかき集めた。

「っふ・・・うぅ・・・・・ゆい・・あ・・・・ユイアっ!」

 私はそれを抱きしめながら、遂には不浄の大地ディス・エンガッドに突っ伏して、いつまでもいつまでもむせび泣き続けた。


 ―――私には、もうそれしかできなかった。


 それからどれくらい経ったか分からなった頃、再び一人旅立った私であったが、私は繰り返し同じ夢を見るようになった。

 それは、あの灰色の空間と一つの大きな目玉・・・、巨人に襲われた時に見たあの走馬灯そうまとうと同じ光景。目玉は私を何処かにいざなうように私に色々なことを語りかけてきた。


 そして、私はその夢に導かれエヴァに出会うことになる。


 そのエヴァも私の元から去り、そしてユイアを失って五年もの歳月が流れようとしている。

 これまで、私は無論自分もユイアの後を追うことすら考えたこともあった。いっそ、死んでしまった方が私は楽だったと思う。

 何しろ、ユイアの死は自分の罪だと思いつづけ私は生き続けてきた。心の底からの幸せなど、あれから一度として味わったこともないし、そんなものは私にはあってはならないことだと思い生きてきたのだ。

 きっと、こんな罪の意識だけを抱えて生き続けるより、自ら命を絶ってしまった方が幸せなだろう・・・と、そんなことを考えた一度や二度ではない。


 だが、ユイアは私を助けるために命を落とし、また彼女は最後に私に生きろと告げたのだ。


 そのユイアの死に様が最期の言葉が私をこの世につなぎ止め続け、私を生かし続けてくれている。

 そして、それは同時に私の時を五年前から止め続けている呪いの言葉となった。

 ユイアが私のために命を絶った事実、そして、それに纏わる私には理解のできない彼女の言動と行動の端々はしばし

 それらが、私を未だにあの罪人の処刑台ディッチ・ア・ヴァリスに留めているのだ。

 どんなにいろいろな場所を旅しようとも、私の心は永遠にあの場所から出ることを許されない。


 ユイアはどうして死ぬことになった?


 きっと、その真実を知ることができない限り、私は死ぬことも、そして幸せに生きることもできないのだろうと思う。

 だからこそ、私は未だに自分に問い続けている。

 まず、不思議に思ったのは、どうしてユイアが黒の剣ローラレライの隠された伝承を知っていたのかということ。

 先日、私がアラシに告げたように、黒の武器カシュケルノの真実の力を手にするためには、大切な人間の命を捧げることが必要だ。

 しかして、それはただ誰かを殺してなせるもではない・・・と、だがその事実は多くの人が知るものではないはずだ。何しろ黒の武器カシュケルノを持っているアラシでさえ知らなかったのだから。

 そして、私はそのことをユイアに一言も話した覚えない。


 なのに、ユイアはそれを知っていた・・・のだ。


 それは、『黒の剣ローラレライと契約を結んだ』や『ヒロを守る力になる』といったユイアの言葉から察することができる。

 だが、どうしてユイアがそれを知っている?

 彼にも告げていない事実、その偉大にして、血塗られた力は命を捧げる者、その自らが剣の主のために黒の剣ローラレライで自分の命を絶たなければならないのだ。

 まさに、ユイアの行動。それこそ、黒の剣ローラレライの力を解放するための儀式であったのだ。

 普通、そんなことが現実に起こるなんて考えない。父親に話だけは聞いていたけれど、そんなことが私の目の前に起こるなんて思ってみたこともなかった。

 だけれど、それは私の目の前に降りかかった。


 だけど、何度も言うが私はそんな話を何一つユイアにした覚えもないのだ。


 なのに、どうしてユイアはそれを知っていた?

 知らなければ、あんな事実は何一つ怒らなかったはずだ。


 それに、どうしてあの時黒の剣ローラレライの力が解放されたことによって、巨人はその動きを停止させた?

 ユイアと同じく左胸に大きく穴をあけて動きを止めた巨人は、きっとそれと無関係ではないはずなのだ。


 それにユイアの最後の言葉、『彼女』って誰だ?


 あの灰色の空間は?


 あの声の主は?


 灰色の天使は本当にいたのか?


 いつも考え出すと、きりがなくなった。

 そして、最後にいつもユイアの死に顔を思い出す。

 どんなに私が彼女のことを思っても、結局のところ彼女自身に聞いてみないことには、全てが分かるはずのないことなのだと考えが行きつく。

 だから、私は聞きたかった今、五年という時を経て、幻でも構わない今目の前で私に再び笑いかけてくれている彼女にそれを・・・、どうしてあんなことをしたのか、どうしてあんな表情をしたのか、その意味を聞きたかった。

 そして、彼女に告げたかった。

 あの時、彼女にちゃんと告げられていない言葉を、『愛している』と告げたかった。


 しかして、何年振りかにユイアを目の前にして、私は気がついた。


 ここに初めて入った時に感じた、妙に懐かしいような感じ。

 ああ、あれはあの異端の扉の向こうの風景。エヴァと出会ってから夢でも見なくなった、あの灰色しかない空間とこの場所がよく似ていたからだ。

 そう思った瞬間に、灰色の服を着たユイアがにこりと笑って私の腕を掴む。

 そして、灰色の花園が私の目の前でぽっかりと人一人入れるくらいの大きさの穴を開け、ユイアが思いもよらぬ強い力で私をその穴に引きずり込んだのだ。


「ヒロ!!」

「おっさん?!」


 私を呼ぶ声が聞こえた。

 そりゃ、急に私が錯乱したような行動をした上に、急に消えようものなら驚くだろう。

 だが、当事者の私だけは何の不安も驚きもなかった。

 何故なら、私の腕を引いたのがユイアだったから。


 彼女が私にすることならば、私は何をされても構わないと思っていたから。

 という訳で、ヒロの過去回想編終了〜!長かった、上に暗い話でしたね。根気強く、ここまでお付き合いして下さった皆様!本当に感謝です。

 さて、ユイアの死については様々な謎を残しておりますが、この後、この灰色の花園でそのほとんどが解決する予定ですので、この後も第三部も後半部分に差し掛かっているので、お付き合いいただけると幸いです。

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