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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第六十六話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の七

 愛してる。愛してる。

 だから、どうか貴方だけは死なないで。その私が愛した笑顔のままで生き続けてくれ。


 この命が失うことになろうとも、貴方の命があるのであれば私は決して後悔しない。



第六十六話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の七



 崩れかけた廃墟の劇場は薄暗く、外はどうやら夜らしく崩れ落ちた天井から差し込んでいる淡い月光だけが頼りだった。

 しかし、その月光はユイアがはりつけにされている舞台の上だけに照明のように降り注いでいるだけで、客席らしき一段下がった場所にいる私は闇の中にいる。


 壇上の囚われた女、それを助けに来た愚かな男、そして男女の間をはばむ異形の怪物。


 正に昔母親が寝物語に聞かせてくれた御伽噺のようだと、あまりの現実離れした状況に混乱するを通りしこして妙に落ち着いてい私は思う。

 そして、それい以上にユイアがまだ生きてくれていたという事実が、私の熱くなっていた頭を急速に冷やしてくれたのだろう。

 何せユイアを助けることができるのは私だけなのだ。

 その私が冷静さを欠き取り乱して間違った選択をしてしまったら、全てが終わる。

 だが、同時に何か違うものが私に作用しているような気がしてならない。

 今まで感じたことのないような不思議な感覚。

 それが、私の心に何かを語りかけてくるような、自分でない感情が私の中に流れ込んできて私を落ち着かせつかせている。そんな気がした。


 そんなバカなことがあるわけがない・・・か。


 私はしっかりしろと、頭に浮かんだ考えを打ち切って改めて現実と向きなおる。

 そこにはやっぱり、私とユイアと巨人しかいない。

 何が私に作用しようというのだ?

 今はこの場をどう切り抜けるか、ユイアをどうやって助けるか。それが、一番重要なのだ。


「ヒロ、逃げてっ!殺されちゃう!!!」

 そして、現実はユイアの悲鳴のような叫びとともに私にぶつかってくる。

 その叫びを聞いて、私ははっとした。異端の処刑人をその背後にしたまま、彼女は自分の死すら覚悟して私を逃げろと言ったのだ。


 だが、どうしてそれを私が受け入れるというのだろう?


 見るからに獰猛どうもうな獣の本性を抱きし、人の皮を被った処刑人。

 私はそれを前にすぐに人間には到底勝ち目のない相手だと直感した。

 更に無駄に想像力豊かな私は、瞬時に自分が巨人に握りつぶされる様までありありと思う浮かべられた。

 そして、それは私があと一歩はりつけにされたユイアに近づけば現実になることも、巨人がこちらを威嚇しながらうなりを上げていることから直感していた。(多分この距離が、巨人の間合なのだ)

 しかし、だからといって私がユイアを助けることをあきらめられるわけはなく、私は何かユイアを助ける手段でもなかろうかと視線だけで周りを見回してみるが・・・どんなに眼を凝らしたところで、都合よく巨人の弱点なんて見つからず、何か武器になるものでもと思って見ても、あるのはガラスの破片や瓦礫がれきだけ。

 状況設定こそ御伽噺ようでも、現実はそうは上手く物語は運ばないということなのだろう。

 大体、ユイアとともに攫われていた私の唯一の武器である黒の剣ローラレライが、そもそも既に巨人の手の中にある。

 ・・・手の打ちようもないほど、状況は最悪としか言いようがないのだ。

 そして、冷静な頭でどれほどに考えをめぐらせても、結局何の良い手段も思いつかない私の視線は最後に、悲壮な表情を浮かべるユイアに行きつく。


 仕方がない・・・よな。


 愛おしい彼女を見て、私は思った。そして、今にも涙があふれてしまいそうな彼女に笑って見せる。

 いや、笑ったというのは嘘かな?

 私の顔に浮かんだのは、恐らく見るに堪えない笑みとも呼ぶことも躊躇ためらわれる、できそこないの笑みだったことだろうだから。

 だって、この異端の処刑人を前に死を覚悟しない人間などいないだろう?

 それに、死を覚悟して、ほがらかな笑顔を浮かべられる人間もいないだろう?


 そう、すなわち、この情けないかな痛々しい笑みの裏には、私の死への覚悟が込められいたのだ。


「ヒロっ!?」

 ユイアもそれを敏感に感じ取ったのだろう。逃げも隠れもしない私に悲鳴のように声を上げる。

「逃げてっ!!私のことはいいから・・・っ!」

 そして、なおも私のことを逃がそうと、生かそうと言葉を重ねてくれる。

 私はそのユイアの声を聞いているだけで胸にこみ上げてくる様なものを感じた。本当にうれしかった。


 でも、・・・それに従うことは死んでもできない。


「逃げるなんてできるわけ・・・ないだろっ!」

 かすれながらも、腹の中から出てきた声がガランとした高い天井に響く。

 ユイアがはっとしたように私を見て、私は彼女に見っともないまでに歪んだ笑みを浮かべる。

「逃げれるわけないだろう?」

「・・・ヒロ。」

 重ねられる私の言葉に、ユイアの目からは涙がせきを切ったかのように流れ出た。

 私は今まで母親に父親を失い、気がつけばたった一人で世界に立っていた。

 二人とも若い死だった。特に母親は私を助けるために死んだとっても良かった。だから、私は誓った。

 もう、誰も私のために死なせるようなことはしない・・・と。だから・・・、


「命に代えても、私はお前を助けてみせる。」

 

 それは、そう決意しながらも逃げ出したくなるほどの恐怖に手足が震えている私への戒めでもある。

 こう言ってしまえば、弱いくせに妙な所で意固地な私が逃げ出す道は全て断たれたこととなるだろう。

 でも、これでいい。

 ユイアを置いて逃げることで得られる命より、ユイアを助けて死する命を私は選ぶ。それが、正しい選択なのだ。

 しかして、どんなに決意をしようとも眼の前の状況は、私の置かれた全ては変わりようもないわけで・・・。


 さて・・・どうしたものか。


 しばし頭を動かし視線を彷徨さまよわせて、自分の死の覚悟によって生まれ出た一つの推測と手段を思いつく。

 そして、それをするか否かと頭の中で吟味ぎんみする余裕があるわけがなく、さっそく私は相対する巨人に向って口を開いた。

「・・・おい、お前はユイアを、そこにはりつけにした女をどうするつもりだ?」

 とりあえず話が通じる相手か定めるために、ゆっくりとした口調で私は言葉を発した。

『コロス・コロス・アクマヲ・コロスノガ・ワガ・シメイ』

 返ってくる返答は若干じゃっかんたどたどしいものの、どうやら言葉は通じているようだ。

 さて、しかして巨人の返答から分かることといえば、悪魔とは天使の翼を切り落とした者で、その悪魔の武器が黒の剣ローラレライ。だから、それを持っていたユイアが悪魔であり、今からそれを処刑する。


 それが、白き神からの命令だから。


 何とも短絡たんらく的で、頭の足りない考え方だ。

 普通、一度殺した相手をまた処刑しようなどと思うものか?その処刑から千年という時がたってなお、その使命が生きていようなど誰が思う?

 そんな単純かつ、強い命令は、私がどう正論を並べ立てた所できっと崩れることはないだろう。

 だが、だからこそ私の作戦はきっと上手くいく。いや、上手くいかせてみせる。

 そのためにも・・・と、私は一つ一つの言葉を慎重に選びながら巨人に話しかけた。


「処刑人よ、彼女は悪魔ではない。悪魔はお前が千年前に処刑しただろう?」

『チガウ・チガウ・アクマ・アクマ』

 どうにも意思の疎通そつうがしがたい相手にイライラする部分もあるが、ここは我慢のしどころだ。

 幸いに今すぐ私の目の前でユイアを処刑しようという素振りも見せていないし、間合いに近づきさえしなければ私に攻撃を仕掛けてきそうな様子もない。ゆっくり、言葉を重ねる。

 そして、私は巨人と一定の距離を保ちながら、そろりそろりと移動をしてガラスの破片らしきものを、そうっと拾う。

 そして、それの行動をいくつか繰り返した後、私は巨人に再び口を開く。

「おい、悪魔は彼女じゃないぞ。」

 そう。本来、黒の剣ローラレライを持っているのは私。

 異端の扉の前では、たまたまユイアが黒の剣ローラレライを持っていたにすぎない。

『オンナ・アクマ・ローラレライ・モッテタ・ダカラ・コロス』

 思ったとおりの短絡的な答え。だが、巨人の頭がそうであるなら、それを逆手に取ってしまえばいい。


「違う。悪魔は私だ。」


 そう、ユイアではなく私が悪魔になればいい。

 ユイアではなく、私が悪魔であると思い込ませるために語気を強めながら巨人に言い聞かせた。

『オマエ・アクマ?』

 そして思ったとおり、単純な巨人は私の言葉に食いついてきた。これを逃すことはできない。私は言葉をたたみかける。

「そうだ!黒の剣ローラレライは本来私のものだ!!!だから、処刑するなら私にしろ!!」

「ヒロっ!!」

 ユイアの声が悲鳴に変わる。彼女にこんな声は出させたくない。

 だけれど、私は自分の命に代えてもユイアを助けると誓ったのだ。

 丸腰の今の私には自分の命しかおとりにするものがない。ユイアを助ける手段がないのだ。


 そのためならば、命など躊躇いなく巨人に差し出せる。


『アクマ・コロス』

 そして、巨人は悪魔だと名乗る私に牙をむき出した。

 声にすごみが増し、灰色の体から蒸気が出て、私に地響きを鳴らしながら一歩踏み出した・・・と思った瞬間に、ものすごい勢いで灰色の腕がゴムのように私に向って伸びた。

 それを間一髪で転がりながら避ける。私がさっきまでいた場所には、巨人の太い腕が深々と突き刺っていた。

 あれを受けたら私などひとたまりもない。動きはのろいと思っていたが、どうやら部分的には素早いらしい。

 だが、私の思い通り巨人の意識ははりつけにされたユイアから、圧倒的に私に向ってくれた。

 

 ドォ・・ン、ガァンッ、バ・・・アン


 両手から次々と攻撃が絶え間なく私を襲い始めた。私はそれを死にもの狂いで避ける。

 そして、次々に私の代わりに巨人の攻撃を受ける劇場の廃墟は、ガラガラと音を立てながら穴だらけとなり、ものの数分で今にも崩れてきそうなほどにぼろぼろになっていた。(後、何分もすれば建物自体が崩れるだろう)

「ヒロっ!!ヒロっ!!!」

 そんな私に対して叫びを上げ続けるユイア。巨人の意識が私に向いていても、はりつけにされたままではユイアを逃がすこともできない。

 私は劇場自体が崩れる危険性もあることから、巨人の攻撃を避けながらそれを視界の端でとらえ続けながら、とり急いでチャンスを伺った。

 そして、巨人の両手が同時に壁と床に突き刺さった瞬間、チャンスが来たと思った。

 私は次の攻撃が来るまでの一瞬のすきをつき、先ほどひそかに拾っていたガラスの破片を投げナイフのようにユイアに向って一つ二つ、そして三つ放り投げたのだ。


 ユイアに当たるかもしれないという恐れはあったが、それでも躊躇う暇は私にはなかった。

 幸いにガラスの破片はユイアを十字架に張り付けていたロープに全てが命中して、ユイアは突然のことに何の準備もできていないまま十字架から落ちた。

「きゃあっ!!」

 悲鳴とともに、彼女が手首を少し押えているのが見えた。どうやら、ロープとともに彼女の手首を傷つけてしまったようだ。

 だが、視界に映るユイアの様子から、それは大したものとは思えない。本当は無傷で逃がしてやりたかったのだが勘弁かんべんしてくれ・・・と思っていた瞬間、巨人の次の攻撃が容赦なく私を再び襲いだした。


「どわっ!」

 ユイアに気を取られていて、巨人の攻撃を初めてくらった。

 幸いに直撃ではなかったが、その衝撃で私は瓦礫がれきの山に突っ込み、私とともに吹っ飛ばされた石つぶてが次々と私の体を襲い痛みがはしる。

「ヒロっ!!」

 ユイアが私の名を呼び、近寄ってこようという気配がした。

「馬鹿!さっさと逃げろ!!!」

 怒鳴りながら巨人から視線を外さないでいたが、ユイアを十字架から解放したというのに、巨人はユイアに視線すら向けようとしない。完全に私を悪魔だと思い込んでくれたようだ。

 後はユイアが逃げ切るまで、私が巨人相手に力尽きなければいいのだ。

 まあ、最後は私は力尽きて巨人に血祭にあげられてしまう結末だろうが、これならばユイアの命を助けることができる。

 正直、上手くいくかも分からない、私の命を代価にした賭けにも似た最後の手段だった訳だが、ここまでは私の思うとおりにことが運んでいる。

 なのにユイアがこちらに向かってきては、それも全てがおじゃんになってしまう。

「早く、ここを出ろ!!外は不浄の大地ディス・エンガッドのはずだ、走って走って走り続けろ!!!」

 巨人が開けた穴から見えるのは、間違いなく不浄の大地ディス・エンガッドのはず。不浄の大地ディス・エンガッドとて、ユイア一人では危険ではないといい難いが、巨人のいるこの劇場よりは遙かに危険も少ない。

 本当なら私も一緒に逃げて守ってやりたいところだが、私が一緒に逃げてはもれなく巨人も一緒についてくる。


 それでは、本末転倒だ。


 だから、私一人で巨人を引きつけるからユイアだけ逃げてくれと私は叫ぶ。

 それで、自分の命がついえることになっても私は後悔などしない、それが私の命を賭けたユイアにしてやれる、たった一つのことだ。


 恋人としてしてやれる、最初で最後のユイアへの・・・。


 本当はもっと恋人として、ユイアに色々な事をしてやりたかった。あんな言葉足らずの言葉ではなく、彼女にもっともっと思いを伝えたかった。

 でも、それも叶わなくなる。

 そう思いほんの少しだけ泣けてくるが、ユイアを助けるためならば悔い一つ残りはしない。

 なのに、それもユイアが逃げてくれなければ、私のしたことは全て無駄になってしまう。


 きっとユイアも私のために命を捨てようとしてくれたのだ。

 恐らく私を置いて逃げるのが耐えがたいと思っていてくれるのだろう。私だって、もし逆の立場だったら、そうするに違いない。

 それは、きっととてもとても光栄なことだ。

 でも、私も同じ気持ちだから、それは死んでも受け入れてはいけない。

 だから、ユイアに例え恨まれてもいい、私はユイアに更に語気を強くして促すのだ。


「逃げろ!逃げてくれ!!」


 だが、私が必死で巨人の攻撃を避け続けている中で、舞台の真中に棒立ちになったままユイアはぴくりとも動かない。

 どうして?

 私とて無尽蔵むじんぞうの体力を持っているわけではない。巨人の攻撃を避け続けるのにも限界がある。(すでに、息はあがりつつあるしな)

 ユイアには一刻も早く、ここを離れてほしいのに・・・


「頼むっ!生きてくれ、ユイア!!!」


 私は焦る思いのままに、最後の力を振り絞って叫び続けた。

 それは一重にユイアに生きていて欲しいという、たった一つの願いのために。

 なにの、どうして運命はこうも残酷なのだろう?


 そのたった一つの願いは、直後、最悪の形で永遠に叶わないものとなったのだ。

 VS巨人の話ですが、イメージとしては巨人はトロールみたいなのろそうで、ごつい筋肉隆々の怪物です。それに、ヒロは触れていませんが私の偏見ですが臭い感じです(笑)

 もうこの話を初めて5か月近くになるのですが、今回が2007年最後の更新となります。拙い話にも関わらず、読者の方も何人かいらっしゃる上に、感想までいただくことができ本当に言葉が出ないほど嬉しい限りです!(感想がもらえた日は飛んで喜んだものです(笑))

 今年は保存していたデータがなくなったりとまあ色々ありましたが、予定は未定ですが2008年も今のペースを保てたらと考えています。どうか見捨てずに暖かい目で見ていただけたら嬉しいです。来年もどうかよろしくお願いします!

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