第六十五話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の六
―――灰の色
それは、白と黒が混じり合いし異端を象徴せし色。
白は生命を司り、黒は死を司る。
その二つが相成る灰の色とは生きながらに死して、死にながらにして生きしことを意味する、生と死が混在せし存在を表す。
生者でもなく死者ですらない異端なる存在にして、生と死すら超越した全てを支配する存在。
しかして、その存在は異端の扉の内で永きにわたり封印され続けている。
第六十五話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の六
「それで!?どうすればユイアを助けられるっ!」
灰色しかないだだっ広い空間には私だけしか存在していない。
ユイアの気配の欠片すら感じられない現状が、私は苛立たせ焦らせる。
そんな私を怒らせたいのか、落ち付かせたいのか、男の声はどうにも緊張感がないままに私の頭の中に響く。
『・・・お前、それしか聞くことないの?もっと、危機感もって冷静になれよ。ほら、入ってきた扉だってなくなってるぞ?お前、自分がここから帰れる手段がないのに女の心配しかしねえの?』
声の言うことは、今考えれば至極常識的な言葉だ。
だけけれど、冷静さなど微塵もない私にはそれが癪に障った。
「うるさい!自分の身より、先にユイアだ!!ここから帰る手段など、それからでいい!」
訳の分からない状況で頼るもののない私にとって、この声は残ったたった一つの手がかりである。
本来なら怒鳴り散らすなんてもってのほか、下手に出てこの声に見捨てられないようにするのが当然だ。(今の私ならそうする。信用こそしないが、利用するために下手にでる)
だが、この時の私にはそんなことを考える余裕すらなかった。
ともかく、ユイアの安全を確かめるまでは生きた心地がしなかったのだ。
しかし、そんな態度の悪い私でも幸いに声は私を見捨てはしなかった。
『仕方ねぇなぁ。(こそっ・・・まあ、そうじゃないと困るしな)じゃあ、黒の剣の気配を探れ。』
声の聞きにくい部分もあったが、それでもどうすればユイアを見つけられるかという手段の部分はは聞き逃さなかった。
「黒の剣?」
『そうだ。いいか?異端の扉が開いたのも、お前の女がアレに攫われたのも黒の剣が原因なんだよ。黒の剣は天使の翼を切り落とした悪魔の武器、アレは未だにニルヴァーナの命令に忠実に従っているだけなのさ。』
どうして、声が黒の剣のことを知っているかも気になったが、それよりも衝撃だったのは、黒の剣が翼を切り落とした悪魔の武器だということ。
こんな偶然があっていいのだろうか?
いや、これは本当に偶然か?
『アレは悪魔を処刑するため、ニルヴァーナが造りだした異端の処刑人。アレは黒の剣の気配に反応して、天使の翼を切り落とした黒の悪魔が来たと思って、それを攫ったんだよ。』
亡くなった父親が私に教えてくれなかった研究を探し求めてやって来た罪人の処刑台。
そこで聞いた手がかりの一つである『翼』に関連した処刑された罪人の話。それは、私が幼い頃に聞いた不浄の大地に伝わる『翼』の伝説と繋がった。
そして、今私の一族に代々伝わる黒の剣とその伝説もが繋がったのだ。
頭の片隅に残っている冷静な自分が、父親があの『翼』のことを調べていた理由が見えてきたと囁き、私に声にもっと話を聞けと言うのが聞こえるような気がする。
しかし、今はそれどころではない。私は強く首を横に振った。
知りたかった答えが目の前にあるかもしれないという誘惑はあった。
しかし、それも所詮はユイアのことを考えれば一瞬のことで、私はすぐさま言われた通りにユイアを探すべく黒の剣の気配を探すために意識を集中させた。
しかし、現在ならばともかく5年前の黒の剣は力を封印されたままであり、魔力もないただの剣にすぎなかった。少なくとも私にとっては。
だから、いくら意識を集中しても黒の剣の気配など全く感じられない。
「くそっ!」
私はイライラして悪態をついた。
焦りばかりが先行して、何もかもが悪循環だと分かっていても自分で自分を制御できない。
『おい、さっきらか落ち着けって言ってるだろぉ?大丈夫だよ。目をつぶれ、耳をふさげ、五感全てを遮断するんだよ。黒の剣とお前の魂は繋がってる。必ず、その気配が分かるはずだ。』
声の言っている言葉の意味は分からない。だが、何もかも見通しているようなその力強い声に今の私は従うしかない。
「・・・わかった。」
私は全ての感覚という感覚を殺し、無の状態になった。
そして全ての感覚を殺し私自身を消した時、瞑った視界の端に仄暗い黒い気配が映るのが感じられた。
これか?
私は僅かに感じられる気配を辿って、手探りのままに灰色の空間を目を瞑ったまま走った。気配は思ったよりも遠い。
どうせ、私以外物も人も何もないのだ。目を瞑って走ったところで怖がることもない。(だが、あとから思えば、気配の位置さえ大体掴めていれば、目を瞑っている必要などなかったのだ)
そして、全力で走りながら気配を辿った私だったが、薄い膜のようなものに弾かれてそれ以上先に進めなくなる。
「おいっ!どうやれば、この先に行ける!?」
私は息を荒くしたまま怒鳴った。
『黒の剣と同調しろ。』
「同調ってなんだ?!」
『もっと、もっと、黒の剣の気配を深く探れってことだぁよ。』
だったら、初めからそう言えと怒鳴り散らしたい気分だったが、それすら今は時間が惜しい。私は、すぐにもっと自分の意識を集中させる。
だが、冷静さの欠けた状態の私では、中々それもうまくいかない。更に声が私の集中を邪魔するように話しかけてくるのだ。
『この先には、本当の罪人の処刑台が、あの悪魔の墓場がある。地上の廃墟なんぞ、所詮はカモフラージュにすぎねぇよ。』
本当の罪人の処刑台?
乱される集中。もうすぐそこまで感じている黒の剣らしき黒い気配までも、ノイズがかかって感じられにくくなる。
『この灰色の空間は、世界に散らばった異端の扉によって閉じ込められた封印された異端。全ての異端につながる大元で、罪人の処刑台はその異端の一つという訳だ。』
全ての異端?異端ってなんだ?
『・・・と、さっさと黒の剣と同調しろよ。お前の女が悪魔に間違われてアレに殺されちまうぞ?』
「黙れっ!!!お前がうるさいから集中できないんだっ。」
いい加減、頭にきて腹の底から湧き上がる感情とともに怒鳴った。
『あ、なるほどね。』
だが、声の方はあっけらかんとしたもので、それが更に私の神経を逆撫でする。
もっと、言ってやろうかと思ったが、そう思った次の瞬間に感じていた黒の剣の気配に変化が起こる。
それまで、感じていた黒の剣らしき気配の色は黒だった。
しかし、確かに黒だったそれが、異端の扉を開けた時に見た情景と同じ様に、白色が混じり合って次第に灰色へと姿を変えていくのだ。
『―――ォ。』
そして、頭の中に男の声とは違う声が聞こえた気がした。
「・・・?」
私はそれに一瞬気を取られたが、すぐに私を遮っていた薄い膜が異端の扉を通り抜けた時と似たような液体状となり、膜によりかかっていた手がずるりと通り抜けたことで、すぐにそれを忘れた。
『お?同調成功だな?俺様はこれから先はお前の手助けはしてやれねぇ。最後に一つだけアドバイスしてやるよ。この先は、散らばった封印された異端の一つがいる罪人の処刑台だ。お前が黒の剣の真の力を手に入れれなかったら、お前には死しか残っていねぇ。精々みっともなく足掻くんだな。』
「おいっ!おま―――。」
声が頭の中で、次第に小さくなっていく。
それに追いすがるように私は声を発したが、灰色の液体みたいなものに突っ込んだ手がものすごい力で引っ張られ、私は結局声の正体を知ることのないままに、異端の扉をくぐった時と同じような息苦しさに見舞われた。
私は何も分からない混乱したまま、灰色の息苦しい液体の中をものすごい力で引っ張られ続け、そしてそれが終わったと思ったら硬い何かに叩きつけられる。
「いっ・・・。」
叩きつけられた衝撃で呻きのような声が漏れ、私は痛みのせいで倒れたまま蹲った。
だが、そんな痛みも耳に入った高い悲鳴によって消え去る。
「・・・ヒロ!!!」
「ユイア!!」
愛しい、愛しいユイアの声。
愛おしい女の悲鳴など聞きたくもないはずだが、今はそれすらも嬉しかった。それは彼女はまだ生きている証拠だ。
すぐに助けてやろうと、私は痛む体も忘れて立ち上がり、ユイアの名を呼んだ。しかして、私の目は驚愕に見開く。
そこは、先ほどの灰色の空間など微塵も感じさせない不浄の大地の荒野の廃墟のようだった。
何かの劇場の廃墟のようで、円形の舞台が崩れた壁の向こうに見える荒れた大地と空から射す天然の照明に照らされている。
こんな景色は、何度も見たことある。
だけれど、そこでたった一つ見慣れない、見たくもない悪魔のような光景。
十字架に磔にされている、今にも処刑されようとしていたユイア。
「ヒロ・・・・っ!逃げて!!!」
そして、磔にされたまま涙を流して私に叫ぶ彼女の後ろに大きな影。そして、心を縮み上がらせるような低く、暗い声が心臓に響く。
『ダレダ?』
それは、生き物が発する音ではない。まるで、全ての醜悪を寄せ集めたかのように、聞くもの全てを不快な気持にさせ、不安にさせ、恐怖させる音。
『ワガ・シメイヲ・ジャマスル・モノハ・ユルサナイ』
そこにいたのは、身の丈5メートルはあろうという巨人だった。
大きな手は、間違いなくユイアを異端の扉に引きずり込んだあの手に違いない。そして、恐らく私を先ほど引っ張ったのもあの手に違いない。
声が言っていた、白き神が造りし異端の処刑人、『アレ』に決まっている。
そしてこの巨人こそが、封印された異端・・・だ。
巨人を目の前にしてそう思う。
その肌も髪も全てが灰色に染め上げられた、まるで石造のような異様な容貌こそ異端と言わずに何と言おう。
そして、筋骨隆々とした体は腰布だけを纏い、その猛々しい体からはかなりの存在感と怪力が想像された。
また、口からは唾液が滴り落ち、はき出される息の荒さから、巨人がかなり殺気だっていることが分かった。
正体不明の声のおかげで、ユイアは見つかった。
しかし、巨人と磔にされた彼女を目の前に、私は自分がいわゆる絶対絶命の状況に陥っているということをここにきて初めて自覚するのであった。
謎と混乱まみれのヒロ過去回想編、思ったよりスムーズにすすんでおりません。でも、今後大いに関わる重要な所なので、ちょっとずつでも丁寧に話を進めていきたいと思っております。(でも、ちゃんと進んではいますので(笑))