第六十三話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の四
神に愛された天使を妬んだ悪魔は、天使の背中にあるその美しい翼の片方を切り落とした。
そして、神の力を宿した翼を二度と天使の元に戻らぬように、悪魔はそれを隠してしまったのだ。
隠された翼は天使の元に帰るために人間に話しかける。お前の願いをかなえる代わりに、自分を天使の元へ連れて行けと。
『ヒロは翼に何を願うの?』
古い御伽噺に対する例え話のはずなのに、ユイアの表情は何故だか悲壮感に包まれていた。
彼女がそんな表情をした理由を、私は未だに知らない。
第六十三話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の四
悲劇の扉を開いた後の話をする前に、父親の研究について私が知りえたことを記したいと思う。これから起こる思い出したくもない出来事に、それは深くかかわる話となる。
はっきり言って私一人では父親の研究について何も知りえることはなかっただろう。
全てはユイアの語った伝承が、私を真実に近づけた。
それはユイアがこの地に古くから生きてきた一族の末裔であり、父親の研究を知る上で重要な伝承を知っていたためだ。
しかし、ユイアがその伝承を知っていたことが、もしかすると全ての悲劇の始まりだったのかも知れない。
何故なら私が真実を知らなければ、あの扉を開かなければ、きっとユイアが死ぬことなどなかったはずだから。
しかして、ユイアが私に語った話。
とある罪人が罪人の処刑台で処刑されたという話が、私とユイアをあの扉の向こう、悲劇の始まりへと誘うこととなる。
罪人の処刑台は、その名の表す通り罪人を処刑するための場所だったらしいが、それは、人間を処刑するための場所ではあっても、人間たちが造った場所ではなかったという。
人間たちの過去の栄光の名残りである亡国の廃墟だと思っていた私は、まずそこで驚いた。
更に驚くことに罪人の処刑台とは天使たちが、終焉の宣告という人間たちに対する最大の罰が下る前に、人間たちを裁くための場所として機能していたというのだ。
罪人の処刑台とは、天使が罪深き人間を処刑するための場所であったわけだ。
それだけでも、この当時は(現在はそうでもないが)天使に対してある種、神聖な印象を抱いていた私はその事実に愕然としたことを覚えている。
そして、そんな場所にまつわる話としてユイアが語ってくれたのが、天使の片翼を切り落とした罪で処刑された罪人の話であった。
その罪人こそ、あの御伽噺の『悪魔』に違いない。
ユイアの話を聞いて、私はすぐにそう直感した。
そして、伝承に話を戻すと寵愛していた天使の翼を奪ったその罪人に対し白き神の怒りは大きく、人間に対して翼のありかを話させるために惨たらしい拷問を繰り返したという。
しかし、罪人は決して翼の場所を教えようとはせず、それに業を煮やした白き神は、罪人に処刑を言い渡した。
それも、処刑の中でも最も重い罪人に課せられるそれを。
白き神。
今その現物と実際に接した私は彼女の万象の天使への執着ぶりから、悲しいことにこの話を納得する部分もあるのだが、実態を知らない当時の私は白き神の罪人に仕打ちに戸惑いを隠せなかった記憶がある。(しかも、今考えればその処刑された罪人は、もしかしなくても私のご先祖様である訳で、・・・今考えても微妙な気分だ)
そして、その最も重い罪人への処刑方法というのが、『異端の扉』としかユイアにも名前しかわからないという謎の処刑だという。
まあ、結果として罪人は恐らくその『異端の扉』という名の処刑方法で殺されたのだと思う。
しかし、、ユイアの話もここで終わりとなり、実際の結末は今も知りえない。
とまあ以上のユイアが語った伝承から、いつくか父親の残したメモと重なる部分があることが分かると思う。
『異端の一族』
この言葉があるわけではないが、処刑方法の『異端の扉』と何か関連があるかもしれない。
『最果ての渓谷の戦い』
これについては、物語に記述はないものの、時系列としては同時代のはずだ。
『罪人の処刑台』
罪人の処刑された場所。
『翼』
罪人が天使から切り落としたもの。
こうして父親が残したメモの言葉とユイアの語った伝承の関連を見つけたからと言って何が分かったという訳ではないのだが、とりあえず『罪人の処刑台』と『翼』という二つは繋げることができた。
しかし、実際に見直してみると分かるように、伝承と繋がりのない言葉、説明がつかない部分もある。
また、例え私の考えが正しく、父親が調べていたのがあの御伽噺の『翼』のことだったと仮定したところで、どうして父親がそれを調べていたかも私には皆目見当もついていない。
結局、全てがまだまだ謎は深まるばかりなのだ。
だから、その話を聞いてから私はその罪人についての情報が罪人の処刑台に残っていないだろうかと調べ回ることにした。
まだ、何か見落としている部分があり、それがもしかすると父親のメモに残っている言葉と繋がる何かかもしれない。
そして、その結果、私は罪人が処刑された場所を突き止めるにいたった。
古い文字で『異端の扉』と刻まれた石造りの扉を、罪人の処刑台の隠された地下室から見つけたのだ。
それを見つけた日というのが実は悲劇の前日であり、ユイアに告白をした日であった。
地下室は『異端の扉』で行き止まり、他に通路もない。
更に『異端の扉』は私はいくら力を込めて押しても引いても開くことができなかったため、告白ついでに翌日私はユイアにその扉を見てもらうことを約束していた。彼女なら何か分かること、気づくことがあるかもしれないと思ったのだ。
しかして、明朝、思いが通じあった興奮冷めやらぬまま、私はユイアと少し照れくさいような感じで向き合うこととなる。
「・・・おはよう。」
私の声は若干上ずっていた。
「おはよう、ヒロ。」
しかし、ユイアの方は私が照れているのが恥ずかしいくらいに、平常通りの彼女のように見えた。
もし、照れずに私が彼女の顔を見れていれば、ユイアの表情がいつもより青ざめて、強張っていることに気がついたかもしれない。
だが、この時の舞い上がっちゃった私には、すぐにそんなユイアの様子に気がつくことができなかった。
しかして、私とユイア、思いが通じあったと思った途端、すれ違い始めた私たち二人で連れ立って『異端の扉』に向う途中、ユイアが不意に言葉を発した。
「・・・ねえ、もし本当に『翼』があったら、ヒロは何かお願いすることがある?」
いざとなれば扉を壊す覚悟で、宿屋で私の身長と同じくらい大きなハンマーを借りて(どうして、宿屋にこんなものがあるか知らないが)担いでいた私は、突拍子もないユイアの問いに体が少しふらついた。
「お願い?」
正直、父親の研究を引き継いだという感覚しかない私には考えもつかないような質問だった。(そもそも、そんなお伽話みたいな話は信じない性質だ)
しかし、ユイアは少しばかり夢見がちな性質をもっていることを知っている私は、ここで正直なところを言って彼女の機嫌を損ねるのも面倒なので『お願い』を考えてみたが、とりあえず昨日ユイアに告白を受け入れてももらったばかりで満たされている自分に気づいてしまい、結局『お願い』は何もでてこなかった。
しかし、そんなこと恥ずかしくてユイア本人に言えるわけもなく、
「そうだな・・・、別に今はないな。」
と言葉を濁すしかなかった。
「本当?」
だが、ユイアの方はそれでは納得がいかないようで、妙に強い語調で突っ込まれた。
「あ・・ああ。」
どちらかといえば、おっとりとした普段の彼女とは違うそんな様子に私は戸惑う。
「誰かに会いたいとかないのっ!?」
だが、そんな私の戸惑いにも気が付かずユイアは更にそんなことを言い出した。
誰かに会いたい?
そんなどうにも限定された『お願い』をユイアが言い出したことにも疑問を感じた。
「・・・まあ、死んだ両親には会えるものなら、会いたいかもしれないけが。とりたてて、会いたいと思う人はいないな。」
そもそも、会いたい人と言われても旅を続けてきた私にはそんな人は両親以外にはいはしない。
そんなことは、私の生い立ちを聞いているユイアならば分かりそうなものだが。とどうにもユイアの質問に疑問を隠せない私だが、
「本当っ!?」
それでも、ユイアは納得してないように更に言葉を重ねてくる。
いい加減、温厚な私もちょっとばかしイラっとした。
「だから、いないって言ってるだろ?!どうしたんだよ、いきなり??」
私の声も言葉も自然と語気の強いものとなる
そこで、ユイアもやっと自分がらしくないことをしていると気がついたのか、何かに切羽詰まったような表情が私から逸らされた。
「・・・ううん。ごめん、何でもない。」
そういうユイアの表情は見るからに暗い。
どう見ても、何でもいいという風じゃない・・・が、この様子ではどうしたと聞いても押し問答になるだけだと思った私はユイアに話を振ってみることにした。
「じゃあ、ユイアはどうなんだ?」
「・・・え?」
虚をつかれたようなユイアの表情。
もしかして、昨日の今日だけに私の告白を受けたことを後悔でもしているのかと、心中をヒヤリとした何かが通る。
「もし、『翼』が本当にあったら何を願うんだ?」
「私は、ヒロとずっと一緒にいたい。」
しかし、間髪入れずにけってきた言葉に、面をくらった反面、非常に照れくさくて、心底ほっとした。
・・・どうやら、私の思いを受け入れてくれたことに後悔はないらしい。
しかし、それならどうして、これほどにいつもと様子が違うのだろう?
それをユイアに聞くべきだろうと思うが、彼女の言葉が嬉しくて私は衝動的にユイアを抱きしめた。(ハンマーは地面において)
「そんなの『翼』に願うこともないだろ?私たちはずっと一緒だ。」
「ほ・・んとう?」
頼りなさげな言葉とともに、おずおずと私の背中にまわされる手。
「ああ・・・っていうか、そうじゃないと私も嫌だ。」
自分で言っていても恥ずかしい言葉だが舞い上がってしまった私はそんなこと気にならなかったし、同時にユイアのおかしな様子のことまで気にならなくなった。(というか、自分で手一杯でそこまで頭が回らなくなった)
「だから、他の願いにしろよ?何かないのか?」
「・・・じゃあ、歌がもっと上手くなりたい…かな?」
本当にユイアの願いは欲がなかった。でも、だからこそとても愛おしかった。
「今でも十分・・・上手いさ。他には?」
それから、しばらく私たちは抱き合いながら、とりとめのない会話を続けた。
思えば、もっと様子のおかしいユイアに突っ込んで話を聞けばよかったのだ。
いや、様子がおかしいと分かった時点で、彼女を罪人の処刑台へ連れていかなければよかったのだ。
そうすれば、彼女を失わなくても良かった。彼女を巻き込まなくても良かったのに。
全てが、惨めで、叫びだしたいような後悔でしかないが、私は未だにそれを思わずにはいられない。自分を罵らずにはいられない。
そして、『異端の扉』が開く。
全ての悲劇の始まりの扉が・・・。
ユイアが死んだ理由が明らかに・・・とか言ってたくせに、結局まだ確信まで至らずに申し訳ありません。そこに至るまでというか、色々補足したい部分が思ったより多くなってしまったのです。次こそは!
あと、お気づきの方も多いでしょうがサブタイトルを修正しました。話数が多くなってきたので、ある程度、話で繋がりのある部分はサブタイトルでその区切りが分かりやくすできたらと思いまして。でも、内容は全くかわってないです。