第六十一話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の二
『ズット・ズット・マッテイタ』
第六十一話 白と黒、混じり合いしは異端の色 其の二
煙が晴れてゆく灰色の花園、私は天使たちの次の攻撃に備えて黒の剣を構える。
しかし、天使の攻撃は一切襲ってくることはなかった。
早い話、魔法攻撃を仕掛けてきた天使が皆、地面に倒れて目を回していたのだ。
私は気が張り詰めていた分、気が抜けたというか、肩すかしをくらったような気持ちになった。
そして、地に伏した天使たちの上にふんぞり返っているのはケルヴェロッカとティア、それに魔法攻撃を受ける前はいなかったはずの大きな犬のような獣。(どうやら、煙の中で動いていたのはこの二人と一匹だったようだ)
しかして、人間に倒される天使たち山盛という見慣れない図式に、口を開けてぽかんとしている私と目が合ったケルヴェロッカがにやりと子供らしくない笑みを浮かべた。
「油断すんなよぉ、おっさん。なぁ、ロッソ?」
「キャンっ!」
またこの子供は、とカチンとくる気持ちもあったが、それよりも・・・『ロッソ』っていったか?今。
「このデカイ犬はあの子犬・・・なのか?」
鳴き声もなく大人しくしていたために実はずっとケルヴェロッカの足元にいたのだが、私もいることを忘れかけていた葦色の子犬ロッソ。そう、確かに『ロッソ』という犬は私の顔ほどしかない子犬だったはずだ。
なのに、この目の前にいる『ロッソ』はなんだ?
体長は2,3メートル。確実に私より大きいだろう。ころころと子犬らしい丸い体は、引き締まり強靭な足腰と鋭い牙に爪をもつ獣と化し、その瞳は円らな愛くるしいものから、眼光鋭い威圧感のあるものになっている。
思わず目を擦った私であったが、その疑問はすぐにケルヴェロッカが生意気な物言いで解決してくれた。
「俺の魔法で大きくしたんだぞ!カッコいいだろう!」
『カッコいいだろう』って言い方は妙に子供じみていたが、言われてはいそうですかと普通は頷けないだろう。
魔法で子犬を獰猛な獣にしてしまうなんて、聞いたことも見たこともないのだ。そんなことできるなんてことも、私は知りもしないのだ。
私はそれに驚くとともに、やはりティアもケルヴェロッカもただの人間ではないのだと、そこで初めて認識することとなった。
これまで私が生きてみてきた魔法と名のつくものは、大きく二つに分類される。
一つは天使が使う魔法だ。これは言い伝えによると天使は白き神と契約を交わしたことで、永遠の寿命とともに手に入れたのが魔力であり、それを行使したものが魔法ということになる。(まあ、もうそんな話はどこまで本当か分からないが)
ともあれ、天使は天使というだけで魔法を使えることができる。
この場合、魔法を使うための魔力の根源は、天使本体ということになる。
そして、もう一つは人間である私も使うことができる魔法。基本、神に見捨てられた人間は天使と違い魔力を有しておらず、魔法を使うことはできない。
しかし、黒の剣など所謂魔法アイテムを介した場合、人間でも魔力を使用することができるのだ。
この場合、魔法を使うための魔力の根源は、天使と違い魔法アイテムということになる。
天使がどういった魔法を使うか詳しくは知らないが、二つの大きな違いはその魔力の根源に求めることができるのだ。
しかし、今、目の前の二人はどういうことか、人間が有していない魔力を、天使と同じように自身の体に有している。
私は自分の肌に強い魔力をひしひしと感じていた。そして、見たところ彼らは魔法アイテムらしきを持っていない。
更に目の前の二人から立ち上る魔力。(ケルヴェロッカは銀色、ティアから深紅のオーラみたいなものが見える)
それは、肌で感じるだけでなく、眼に見えるほど強い。
いい加減に、自分の予想を超えた出来事にも慣れてきてもいいところだが、人の良い私はそれでもやはり驚いてしまう。いや、驚きというよりは戸惑い、疑心といった方が正しいのかも知れない。
・・・彼らは、本当に人間なのか?
人間じゃなかったら、何なんだと自分で突っ込みを入れたくなるような馬鹿げた問いだと思う。
しかし、それは私は真剣に自身にそれを問うてしまうほど、眼の前の二人に戸惑っているということなのだ。
『サア・コッチヨ』
そんな風に一人戸惑いに揺れていると、ふと耳に聞き覚えのあるような女性の声がしたような気がして、私は辺りを見回した。
「どうかした、ヒロ?」
「あ・・・いや。」
ティアの言葉にも気持ち半分で言葉を返して、きょろきょろとなおも周りを窺う。
誰かに呼ばれたような気がした・・・が、見回しても白き神やティア達のほかには天使が倒れているだけで、灰色の花園に特に変わった様子はない。
だが、気配には敏い方だと思っているし(そうでないと、中々不浄の大地を生き抜けはしない)、だから何だか気になるのだ。
『ヒロ・ヒロ』
・・・やっぱり、声が聞こえる。でも、その声の主は見当たらない。
何だ?どうして?
そう、この声は聞いたことがある。だが、その人物のはずがないのだ。
だって、彼女は・・・。
そう思うからこそ、こんなにも心が騒ぐ。
「おっさん、何でそんな挙動不審なんだよ?」
「きゃんっ!」
「大丈夫ですか?」
もはや、彼らの声に答える余裕すらなかった。
私の耳に聞こえてきたのは、声だけではなくなっていた。
『ソコニ・アナタハ・イルノデショウカ』
歌。彼女の歌だ。
「―――ぃあ?」
私は掠れた声で彼女の名前を呼んだが、声は意味をなさない音となる。
おかしい。おかしい。彼女の声がどうして聞こえる?彼女の歌がどうして聞こえる?
だって、彼女は、私が・・・殺したんだぞ?
ティア達は明らかに様子のおかしい私に戸惑いを見せている。
その様子から、彼女たちには声も歌も聞こえていないんだろうことは分かる。
これが、もしかしたら、彼女を失った直後に何度もあった幻聴の類かもと一瞬思った。しかし、悪夢に襲われることは未だにあるが、幻聴はもう何年も前からなくなっていた。
ないとは言い難いが、それでもこんな状況で自分が幻聴に襲われるなんて思いたくなかった。
それに、黒の剣が騒いでいる。
混乱のあまりにすぐには気が付いていなかったのだが、言霊で発動さていないはずの黒の剣が熱い、それに黒く染まり始めているのだ。
こんなことは、黒の剣の力を解放させてから初めてのことだった。
間違いないと思った。
「・・・こだ?」
「ヒロ?」
ティアが気遣わしげに私の肩に手をかける。私はそれを振り払って、今度は力の限り叫んだ。
「何処にいるんだ!?出てきてくれっ!!!」
いる。いる。彼女がここにいる。
焦る感情、彼女への罪の意識、そしてずっと心の中にあったありえない希望が私に言葉を叫ばせる。根拠のない確信を私に抱かせる。
「さすが、ヒロ。よく気がついたね。」
ああ、やっぱり君は生きていてくれたんだ。
そんな思いを抱いて私はその声に振りかえった。その声を聞けば、それが女どころか男のものだと分かるはずなのに、この時の私にはその判断さえできなかった。
彼女だと思って振り向いた先にいた人影に、私は強い落胆を覚える。
「・・・・っ!エヴァンシェッド!」
喜色に満ちた白き神の声。それを聞いても、彼女のことが頭を占めている私には何の感情も湧いてこない。
ただ、どうして彼女ではなく、エヴァンシェッド、この万象の天使が出てくるのだと不思議に思ったくらいだった。
「っち。」
本当なら、今のティアのように舌打ちでもしたい感情にならないといけない状況のはずなのに。全てが彼女のことに支配されて、今の私は麻痺しているのだ。
「気配も魔力も完全に消し君らの背後から一気に拿捕してしまおうと思ったけど、まあそうは上手くいかないってことか。できたら、無駄な抵抗はしないでもらいたいなぁ。」
そう言って、透明になる魔法でもかかっていたのか万象の天使以下、次々に天使たちが灰色の空間から突如として姿を現してくる。
違う。違う。
私はお前たちになんか会いたくないんだ。
今にも万象の天使に飛びかからんばかりの白き神を止めるようにケルヴェロッカが彼女を押さえ、ロッソが先頭になって天使たちを威嚇するように唸り声を上げ、ティアが剣を構える。
だが、私は何もしない。いや、何もできないのだ。
心の麻痺が、いつのまにか思考も体の自由すらも麻痺させていた。
「おい!おっさん、しっかりしろよ!!」
ケルヴェロッカの罵声にも何も動かない私。
今の私を動かすことができるのは、ただ一人。
『ソウ・ワタシハ・ココヨ』
やっと会えた。
私の視線は彼女を捉えることができた。
次々に現れた天使たちの先、灰色のドレスに身を纏い、まるでこの花園の主かのように、ぴったりと花園に合わさった姿で彼女は私に微笑んでくれる。
歌は止まず私の中で響き続け、視線は天使たちなど一切映さない。
人間も、天使も、罪人の巡礼地での出来事も、聖櫃すら、全てのことが私の中からなくなって、私は五年前の私に立ち戻っていた。
しかし、この時の私は気が付いていなかった。
黒の剣、いつもは黒い魔力を纏っているはずの私の黒の武器が、どういうことか灰色の魔力を発していたことを。
ヒロの過去編と銘打っている第三部ですので、そろそろその一端を・・・と言う訳で、その始まりです。(本当に始まりで、まだ何も分からないですよね(笑)すいません)でも、次は完全にヒロの過去編となります。というか、次はヒロ回想編です。