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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第五十九話 女神が私に微笑んだ 其の三

 ここには、何も残ってはいない。


 以前、私が訪れた罪人の巡礼地アークヴェルには幸せな人々の笑顔と、豊かな緑、そして降り注ぐ明るい光があった。

 白き神の御許イア・ルマンヌのような溜息をつきたくなるような造形美はないが、そこには生きてる者たちの希望や息遣いを体現した、力強い生命の気配が確かにあったのだ。

 しかし、今の私が目の前にする罪人の巡礼地アークヴェルは全てが炎で燃えつくされ、天使によって破壊されていた。



第五十九話 女神が私に微笑んだ 其の三



 一悶着ひともんちゃくあったものの(というか、私が恥ずかしながら駄々をこねただけか)、現在私たちは白き神の案内で燃え盛る罪人の巡礼地アークヴェルの街を走っていた。

 ティアが言っていた通り私たちのいる辺りとは反対側に銀月の都ウィンザード・シエラの登場したことが陽動になっているらしく、街中を走っていても全く天使と出くわす気配がない。

 今のところは燃え上がる炎や、崩れ落ちそうな建物にだけ注意を払えばいいだけなのだが・・・、


 どうにも、スピードの出ない走りに苛立ちを隠せないでいる私である。


 目の前をひらひらと舞う白いドレスのすそ

 のろのろと進むそれを見ながら、それを抜き去りたいのに、抜き去れないイライラが募っているのだ。

 要は白き神の案内で街を走っている以上、高いヒールをはき、どう見ても早いスピードで走ることができない彼女の後をついている訳で・・・、そりゃあスピードが出ないのも当然な状況といえば、それまでである。

 何しろ、目的の聖櫃せいひつの場所を探せるのは彼女だけらしいから、仕方無いといえば仕方ない。

 それでも、普段はこんなことで女性相手に苛つくことなど、温厚な私には珍しいことなのだ。

 たぶん、さっきの一悶着ひともんちゃくの件もあるし、それにこの現状が私を焦らせているのだろう。

 こうして、ちんたらと走っている間にも、きっとこの街で誰かが傷ついているのだからと思うと、落ち着いてなどいられない。

 だからだろうと思うが、私は自分でも考えられないくらい大胆な申し出を気がついたらしていたりした。


「白き神を私が抱えて走ったら、スピードが上がるんじゃないか?」


 白き神の斜め後ろ、私の少し前を走っていたケルヴェロッカが、それに振りかえって軽口を叩く。

「おっさん。下心が見え見えだぜ?」

「違うわっ!」

 確かにそう間違われてもおかしくない発言だと言われてから気がついたが、そんな下心など微塵みじんもないので強く否定した。

 しかし、ケルヴェロッカがありえないと思ったこの申し出に、ティアが食いついた。

「そうね。その方が早いのは確かだわ。ニルヴァーナ様いかがですか?もし、お嫌でなかったら、ヒロが抱えさせてもらってもいいですか?」

 『お嫌でなかったら』『抱えさせてもらって』・・・と、まあ言い方はいささか引っかかるものを感じるが、とりあえず私も黙って白き神の反応を伺った。

 注目されて白き神はこちらも振り返りながら、ゆっくりと緩慢かんまんな動きで首をかしげ、

「いいんですか?わたくし、重いですけど。」

 と、こちらがれるようなスピードで(優雅とのろいは紙一重だと、私は常々思う)、承諾しょうだくの意を示した。

 その快諾といってもいい答えが予想外で私も一瞬面をくらったが、言いだした手前もう後には引けず、

「ははっ。私も一応男ですから、白き神をかついで走ることくらい大したことではありませんよ。」

 と引きつった笑顔と乾いた笑いを振りまいた。(状況が状況にも関わらず、何故だが白き神を相手にしていると緊張感が薄れるような気がするのは私だけだろうか?)


「ちょ・・・まっ。じゃあ、俺が・・・」

 ケルヴェロッカも予想外の白き神の反応だったのか、私に抱きあげられるくらいなら自分がと慌てて言い出した。しかし、そこは白き神にあっさりと説き伏せられた。

「でも、ケルヴェロッカはわたくしより体が小さいですから。」

 何だ。小さいから、私を持ち上げるのなんて無理でしょ?ということだろうか。

「・・・そうっすね。」

 そんな身もふたもない言葉に、言い返す言葉もないケルヴェロッカ。(案外、小さいのがコンプレックスなのだろうか?確かに成長期前だろう彼は小柄は小柄だ)

 そんなケルヴェロッカの微妙に凹んでいる様子が可哀想な気もしたが、慰められると余計にプライドに触るだろうから私は何も言わずに話を進めた。

「えっと、じゃあ背中に乗ってもらっていいですか?」

 抱き上げるにしても色々方法があるだろうが、背負うのが一番いいだろう。手も空くし、私も動き安い。

「はいっ!」

 ・・・白き神がのりのりなのは少し気になったが、かがんだ背中にふわりと羽のように軽い・・・とまではいかないが、まあ重いとは感じないほどの体重がかかる。

 女性らしい柔らかい体に、心地よい体温、そして僅かに香るいい匂い。

 一瞬だけ自分の中の男が騒ぐような感じはしたが、緊急事態だぞと私は心の中で首を横に振る。

 何しろ相手は神様なのだ。

 普通、神相手にそんな感情を抱くことすら罪だろう。そう頭では分かってはいるのに、どうしてか普通の人間の女性のように、白き神のことを感じている自分に私は戸惑うばかりだ。

「それじゃ改めて、どっちですか?」

 それを隠すように私が言うと背中から、にゅと突きだした白き女神の細い腕が方向を指し示す。

「あちらです。」

 私は一度彼女を自分の良い位置に担ぎなおすと、そちらに向かって駈け出した。

 無論、スピードが先ほどとは格段に早くなったのは言うまでもない。


「ちなみに私たちはどこに向かっているんですか?」

 白き神とこんなに近距離にいることなど、恐らくそうそうあることではないだろう。

 本当なら夢にでも、いや夢にすらも見ない幸運なのだろうが、どうにもそうとは思えない罰当たりな私は、大して気負うことなく背中の彼女に声をかける。

「はい。灰色の花園ですよ。」

 その名前は、確か先ほど天使が近づけるなと叫んでいた場所だ。

「私は前にも罪人の巡礼地アークヴェルにきたことがありますが、そんな名前の花園はなかったように記憶しています。」

 白き神の言うことを疑っているわけではないが、それにしても『灰色の花園』なんて、かわった名前は忘れそうにもない。だから、ふと本当にそんな花園があるのか気になった。

「『灰色の花園』は人間たちの目に触れないように、エヴァンシェッドが封印した場所です。誰も知らないのは無理もありません。」

「万象の天使が・・・ですか?」

 思わぬ所で聞く、美しくも恐ろしい天使の名前に私は眉をしかめた。

 二度と会うつもりはないと喧嘩を売ったにも関わらず、すぐに生体兵器研究所で会う羽目になるし、正直聞きたくない名前だ。


「灰色の花園には彼の思い出が詰まっています。きっと、誰にもけがされたくも、立ち入らせたくもないのだと思います。」

「思い出?」

 亡国の廃墟ドルガバ・チェシエなどにどうして・・・と思ったが、おそらく千年以上前、人間が罰を受ける前、この街も栄華を誇った時代の話なのだろう。

 忘れてしまいそうだったが、この女神も天使たちも人間では考えられないくらい長い時を生きてきた存在なのだ。

「・・・ここは、かつて黒き神が治めていた神も人間も天使すらも共存していた、理想の楽園でした。」

 神も人間も天使も共存していた理想の楽園。

 確かに、罪人の巡礼地アークヴェルという場所は亡国の廃墟ドルガバ・チェシエの中でも比較的大規模な街であるが、そんな大それた街だとは私が知るはずもない。

 しかも、その街を私のご先祖様の主人たる(実感はないが)黒き神が治めていたとは、妙な巡り合わせだ。

 私は一人そんなことを考えていたが、背中の白き神は話を続けている。(酷い話だが、自分で話を振っておいて、自分の思考に没頭すると私はしばしば他人のことを忘れてしまうのだ)


「エヴァンシェッドと彼の恋人ハクアリティスはこの街で出会ったのです。そして、その中でも灰色の花園は二人の思い出の場所。きっと、その場所を暴かれるようなことになって、彼も心を痛めているでしょう。」

 言っておくが別に万象の天使の恋愛模様など、私は全くもって興味がない。

 期せずして、愛人との逢瀬やら、彼の妻であるハクアリティスと知り合う機会はあったが、それは全部私とて知りたくて知った訳じゃない。(断じて違う)

 しかし、話している白き神の声が、幾分か沈んだような感じがするのは気になった。

 その理由というよりは、白き神と天使の関係性とでもいった方がいいのだろうか?

 先に彼女は天使たちにお飾りの神にされているといっていた。天使たちの非道を止めたいとも言っていたはずだ。

 しかし、灰色の花園のことを話す白き神の言動には、目の前の惨状に対しての焦りや、人間を憂う感情も、天使たちを嫌悪する色すら見えない。

 ただ、まるで万象の天使のことを心配しているような気配さえ私は感じている。


「灰色の花園は、そのまま誰の目に触れないままに千年という時を封印されたままにあります。そして、その封印を解くことができるのは力ある極一部の天使たちだけ。きっと、三大天使かエヴァンシェッド本人が来ていはずです。あ・・・次を右へ。」

 白き神の指示通りに私は右へと進路を変える。


 それにしても、万象の天使か三大天使が来ている・・・ね。


 会いたくもない相手の来訪を聞いて、私は顔をしかめる。

 しかし、私の思いなど知らない白き神は背中で「ほう」と溜息交じりに呟くのだ。


「ああ、エヴァンシェッドに会えるかしら?」


 それは溜息というよりは、吐息。

 それも、恋しい人を思うような甘い、甘い吐息だった。


 この惨状を眼の前にして、どうしてこんな言葉が呟ける?


 私は背中に背負って気が付かれないことをいいことに、白き神に嫌悪感すら抱いて顔を歪めた。

 前回と大分雰囲気が変わった話となりました。それこそがヒロと白き神との温度差だと思ってください。ヒロもそれをひしひしと感じています。

 そして次回こそ天使様を出すぞ!と思っています。本当大分彼らの存在を忘れていた様な・・・?(今回エヴァンシェッドだけ名前が出てきましたけど)

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