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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第五十七話 女神が私に微笑んだ 其の一

「おっさん、足手まといになるなよ。」

 生まれて初めて『おっさん』と言われた。(エヴァにはよく年寄り臭いとからかわれたものだが、言っておくが私は20代だっつーの)


「こちらが、白き神イヌア・ニルヴァーナ様よ。」

 生まれて初めて神というものと目を合わせた。


「はじめまして、ヒロ。」

 そして、生まれて初めて女神が私に微笑んだ。

 


第五十七話 女神が私に微笑んだ 其の一



 ティアに引きずられるように、慌ただしく殺伐さつばつとした雰囲気の中にある月見の塔ミュージアシェタを移動した。(目まぐるしく移動したため、正直、どこがどこだか私にはさっぱりだ)

 かなりの距離を移動した末にティアが立ち止まったのは、銀月の都ウィンザード・シエラを一望できるガラス張りの展望室のような場所だった。

 通常ならばここでお茶を楽しむ人がいてもおかしくないだろうに、こんな非常時だからだろう人っ子一人おらずガランとして静まり返っている。


「ここで待つわよ。」

「何を?っていうか、こんな所でのんびりしてていいのか?あの煙、罪人の巡礼地アークヴェルだろ?」

 外に目をやれば、ガラス越しの青空の向こうに黒煙こくえんが上がっているのが見えた。

 まだかなり離れているらしく炎や街は見えないが、現状から考えれば間違いなく罪人の巡礼地アークヴェルから上がる黒煙であろう。

「後、15分くらいで天使との戦闘に入るってところね。」

「だったら・・・」

「言ったでしょ?私たちは特別任務があるの。そのために、ある人に協力が必要不可欠。その人を待っているの。」

 だから、私はその『特別任務』をするとは言っていない!とティアに訴えようとしたが、それは待ち人が現れたために口から出ることはなかった。


「お待たせしました。」

 その人は、部屋の中心にあった豪華な螺旋階段らせんかいだんをしずしずと下りてきた。

 後ろに灰色の制服を着た女神の十字軍イヴィスタン・ディードの少年を伴い、白いヴェールをかぶり、白いドレスを身にまとっているその女性。

 どうみても、これから戦場に行こうという服装ではないだろう。(あんな純白といってもいい格好など、目立って敵の的になるだけだ)

 『お待たせしました』といった以上、彼女は『特別任務』とやらの関係者なのだろうが、こんな戦力にならない女性を連れていくなど問題外だと、いつもの私ならすぐさまティアをいさめようとしただろう。

 だが、私は何も言わずにティアにならって、その女性に頭を下げている。


 何故なら、私は彼女を見たことがあり、何者であるかを知っているからだ。


「二人とも頭を上げてくださいな。」

 そう言われて頭を上げた先には、あの夜に生体兵器研究所で見た女性が微笑んでいた。

 とはいえ、こんなに近くで話しかけられ、微笑えまれるのは初めてだ。

 きっと、彼女の方は私があの場にいたことも気がついてはいまい。

「こんな状況です。堅苦しい挨拶はやめましょう。」

 丁寧で謙虚な物言い、柔らかい声、優雅な仕草、美しい容姿。

 女性は明らかに私と縁遠そうな種類の人間だ。それは確かである。

 だが、私には彼女が悲しいほどに凡庸ぼんような人間に見えた。

 そして、それははなはだしく問題なのだ。


「はい。では、簡単な紹介だけさせてください。彼はヒロ。黒の一族で、先の天使の領域フィリアラディアス襲撃から力を貸してくれています。ヒロはこの前会ったから分かってると思うけど、こちらが白き神イヌア・ニルヴァーナ様よ。」

 そう、彼女こそが我らが主。

 この世界にたった一人生き残った神。白き神イヌア・ニルヴァーナ、その人なのだ。

 その女神様を凡庸ぼんようなる人間としか思えないというのは、やはりはなはだしく問題であろう。(まあ、口に出さなければ私が思っていることなど、そうそうバレないだろうが)

 だから、自分でも戸惑ってはいるのだ。それと見せないようにしているのだが。


「そうですか。はじめまして、ヒロ。わたくしはイヌア・ニルヴァーナと申します。」

 私の心中など知らない丁寧な挨拶に、私は直角に近い角度で体を曲げる。

「ヒロです。」

 それ以上に今は言うことも思いつかない。

 何しろ、彼女が神だとどんなに自分の中に言い聞かせても、私の瞳には『神』という絶対的な存在とはとても思えないほどに、凡庸な彼女にしか映らない。

 いや、もしかしたら私が作り上げた『神』という名の偶像があまりに神々しかったり、人智を越えた存在だったために、それとのギャップに戸惑っているだけなのかもしれない。

 だが、それとは別にエヴァンシェッドという、どこから見ても神々しく、人智を超えた存在としかいえないような存在がいるのも確かなのだ。

 私から言わせれば、エヴァンシェッドの方が、些か禍々まがまがしいというか、毒々しい気もするが余程『神』という存在に近い気がする。


 要は私の中で『神』とは支配者なのだ。


 遥か昔とは言え、人間に罰を与えこの不浄の大地(ディス・エンガッドに生きることを強要した。東方の楽園サフィラ・アイリスの絶対的な存在こそが『神』だ。

 なのに彼女には誰かを支配し、屈伏させるような強い力を感じない。

 それが、やはり腑に落ちないのかも知れない。


 ・・・まあ、しかし、私がどう思うが彼女が神であることに違いはないのだが。


「それから、ニルヴァーナ様の護衛をしている女神の十字軍イヴィスタン・ディード最強の戦士・ケルヴェロッカ。」

 そう言われて一歩前に出たのは、最強という名とは縁遠そうな細っこい少年。どうみても10代前半だ。

 そんな子供が私を勝気そうな大きな瞳で見上げてくる。

「ケルヴェロッカだ。後、俺の相棒のロッソ。」

 相棒と言われて彼の足元を見ると、尻尾をふっている葦毛色あしげいろの子犬と目があった。(・・・犬が相棒かよ。)

「ニルヴァーナ様は俺が命に代えても守るから、せめておっさんは足手まといになるなよ。」


「・・・。(誰が『おっさん』だっ!私はぴちぴちの20代だっつーの!!)←声にならな叫び」


 子供というのは総じて生意気なものだ。

 エヴァでそれに対する耐性を養っていたため、私は沈黙で一瞬爆発しそうだった感情を押さえることができた。(私は大人。大人なのだ。)

「わかった?」

 しかし、総じて子供というのは、大人しくしているとつけ上がるものなのだ。

 正直はたいてやろうかとも思ったが(これがエヴァなら一発ははたいているに違いない)、何とかそれもこらえた私である。

 何しろ忘れそうだが、今は天使が罪人の巡礼地アークヴェルを襲っているという未曾有みぞうの緊急事態なのだ。

 こんな所で、下らない時間をついやしている暇はないだろう。


「善処しよう。」

 私の怒りを押させた答え。にっこりと引きつった笑顔もサービスしてやった。

「善処?」

 力は強いが(それもこんな子供じゃ怪しい)、頭の方は馬鹿らしい。

「君の足手まといにならないよう努力しますという意味だ。」

 私の声は微妙に震えていた。

「あはは。おっさん、いい心がけだね。」

 だが、それに気が付いているのかいないのか、ケルヴェロッカはあっけらかんと笑う。子犬のロッソも何やら嬉しそうに鳴き声をあげて、尻尾を振る。

「ヒロはおもしろい人ですね。」

 更に白き神からは、のんびりとした状況を理解していない褒め言葉。(おもしろいは、褒め言葉でいいんだよな?)

 もう何とでも思ってくれと乾いた笑みを浮かべ続ける私の耳に、ぼそりとティアのこ声が聞こえた。

「・・・・本当に、お人好し。」


 それは否定できないなと、私は心の中で苦笑した。



「ともあれ、顔合わせは終わりです。さっそく、今から罪人の巡礼地アークヴェルに私の魔法で移動します。ニルヴァーナ様も準備はよろしいですね?」

 仕切りなおすように、なごやかな空気を断ち切ったのはティアの冷静な声。

「・・・白き神も一緒に行くのか?」

 そうだろうなとは思いつつ、本当にそうするのかと確認の意味で私はティアに聞いた。


 その理由として、まず、どう見ても白き神が戦力にはなるまいというのが一点。

 それよりも気になるのが、本来天使を寵愛ちょうあいし、人間に罪を与え続けてきたはずの神が、どうしてこの銀月の都ウィンザード・シエラでにこやかに立っていられるのか、そして人間に味方しようとしているのかという点。

 女神は天使を見捨てたのか?

 それとも、他に理由があるのか?


「私たちは今から『ある物』を取りに行くの。そして、天使がいきなり罪人の巡礼地アークヴェルを襲ったのも、ヒロがいうようにアーシアンに対する見せしめもあるだろうけど、それ以上に恐らくその『ある物』を私たちに渡さないためなのよ。」

 天使も人間も欲しがる『ある物』・・・ねえ。そりゃまた何ともきな臭い。

「それを見つけるためにはニルヴァーナ様の協力が必要不可欠なの。そして、神は私たちに協力をしてくれると約束してくれたわ。」

 私は白き神に視線をやった。

 美しいが、凡庸な穏やかなる微笑みが私に向けられる。


「はい。わたくしは天使たちが人間たちに、これ以上非道をしているのを見ていたくはないのです。」

「なら、どうして今まで人間を助けようとしなかったのですか?」

 責めるつもりないが、咄嗟とっさにでた言葉は正直だった。

 『神』であるならば、天使たちの非道を止めることなど造作もないはずだ。

「・・・わたくしは、お飾りの『神』ですから。」

 女神は自嘲気味に笑った。

 ああ、そんな表情もまた、彼女の人間臭さを助長する。

 やめてくれ。私は普通の女性を責めるような趣味はない。

 私が責めているのは、絶対的支配者たる『神』なのだ。

 そう思いたいのに、眼の前の彼女はやはり私には普通の人間の女性にしか見えない。

 だから、悲しそうに笑う彼女に罪悪感が湧いてくる。

「世界を支配していたのは、わたくしではなく天使。わたくしに天使を止める力はありませんでした。こんな事を言っても、きっと言い訳ににしか聞こえないのでしょうが・・・。」


 天使が世界を支配していた?

 じゃあ、天近き城フェデス・ジグロアで聞いた、神と天使と人間の戦いの話を、サンタマリアの話は、黒き神の凶行や、白き神が天使を寵愛したというのは嘘なのか?

 だが、現に白き神は天使の元にいたのだ。

 全部が偽りという訳では・・・


 白き神の言葉に、彼女への罪悪感よりも混乱の方が先行し始めた思考だったが、それを断ち切ったのはケルヴェロッカの声変わり前の高い声。

「ニルヴァーナ様を責めるのはやめよろっ、おっさん!!」

「・・・『おっさん』ではない、私にはヒロという名前がある。」

 白き神をかばうように立ちはだかるケルヴェロッカ。足元では子犬が威嚇いかくするようにうなり声を上げている。

「うっせー!ニルヴァーナ様を責めるような奴は、おっさんで十分なんだよ。おっさん・・・・!」

 最後の『おっさん』は妙に強調された。

 それにいい加減切れそうになった私だが、それを遮るように私とケルヴェロッカの間にティアが割り込んでくる。

「二人ともやめて。何にしても天使は既に罪人の巡礼地アークヴェルに入っているのよ。今は時間がない。話は後にして頂戴ちょうだい。」

 そう言われては、言い返す言葉もない。(混乱のあまり、私も冷静さに欠けていた)

 だが、それでもりずに、これだけはと思い私は彼女に聞いた。

「『ある物』とは、何だ?」


聖櫃せいひつよ。」


 ティアは私の顔を見ずにそういった。

 贖罪しょくざいの街で見た赤黒い血のこびり付いたひつぎが、頭の中に思い出された。

 お忘れの方も多かったことでしょう。私もいつ頃、エンシッダとともに銀月の都にいるはずの白き神を登場させようかと思っていました。やっと、登場です。そんな神をも巻き込んで、罪人の巡礼地で色々起きる予定ですのでお楽しみに。

 更新ペースは今のところ一週間に一度くらいを目標に頑張っていますので、どうか見捨てずに(笑)お付き合いくださると嬉しいです。

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