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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第五十五話 掌の上のヒロ 其の六

 天使が人間の村を襲う。


 そんな話を、世界中旅していても私は今まで聞いたこともなかった。

 そもそも天使たちにとって不浄の大地ディス・エンガッドとは、罪にけがれし踏み入らざる大地。(まあ、実際はそれと違っていたんだが)

 天使を見たという人間の話すら聞いたことも、見たこともなかった。

 なのに、いきなり天使が人間を襲うなどと考えもしなかった。現状でこの銀月の都ウィンザード・シエラを襲うならともかく。


贖罪しょくざいの街の人間の補充ほじゅうかもしれないな。それとも、俺達のいぶりり出しか、罠か?」


 そういうエンシッダに私に対するようなお茶らけた態度や、からかうような様子はない。

 でも、彼に対する懐疑心かいぎしんで満たされた私には、そんなエンシッダの真剣な様子すら、彼の一人芝居の続きのような気がしてならなかった。



第五十五話 てのひらの上のヒロ 其の六



 エンシッダだけ物知り顔の中、私が彼の問う。

「どういう意味だ?」

贖罪しょくざいの街の人間が消えたということは、天使の領域フィリアラディアスの楽園のような姿を保つ存在がないということだからね。とりあえず、その解消のために人間の確保をしているんじゃないかって思ってね。まあ、僕らをおびき寄せるっていう後者の推測も可能性としては高いと思うけど・・・ね。」

 そう言うと、エンシッダは私に向って手を振る。

「?」

 急の態度にあっけにとられる私に、エンシッダは更に私を驚かせる。

「そういうわけだから、早く天使たちを倒しに言ってくれるかな、ヒロ?まさか、何の罪のない人間が、すぐ近くにいるというのに見捨てたりはしないよね?言っとくけど、確かに俺は天使に対抗できるような軍隊をつくったつもりだけど、それも黒の武器カシュケルノの力には早々敵わないよ。君の力があるとないのとでは戦力に大きな違いがある。」

「・・・。」

 私の性格からして、確かにそんなことできるはずがない。

 それができるなら、黒の雷オルヴァラに手を貸してすらいないだろう。

 だが、それはすなわちエンシッダの思惑通りになるということだ。


「だから言っただろう?君は俺達のために戦うことになるってね。」


 苦々しい思いで、私は黒の剣ローラレライを握る手に力を込めた。

贖罪しょくざいの街の人間を解放したって、結局はイタチごっこ。何の解決にもならないんだよ。だからこそ、俺は全ての人間をこの銀月の都ウィンザード・シエラに集め、全ての人間を天使から守り、そして全ての天使を討ち滅ぼして人間たちを解放させる。それが叶わないなら人間は、天使たちに家畜同然に扱われて死んでいくだけの存在として永遠に苦しみ続けることになる。君はそれを許せるのかい?」


 許せるはずがない。

 そんなことになるくらいなら、ここに集まった人間たちと同様に私も戦う道を選ぶ。

 だが・・・


「許せないのなら、君は俺に力を貸すしかない。ヴィスの予言能力があれば、君の力も有効に活用してあげるし、人間の勝利は100パーセント成功するに決まっているだろ?別に君の力を悪用しようっていうんじゃない。人間の未来のために力を発揮できるんだ。むしろ感謝して欲しいくらいだよ?」


 ヒノウの死、先のほどの謎の予言など、この男を信用できないのも事実だ。

 だから、私の中に迷いが残る。(本当にエンシッダさえいなきゃ、喜んで力を貸すだろう。)

 でも・・・


「さあ、ティアと村を助けに行ってくれるかい?俺は銀月の都ウィンザード・シエラで援護するよ。俺って、君と違って非力だからね。」


 今天使たちに襲われているという人間たちは、エンシッダとは何の関係もない、本当に罪のない人間たちだ。

 それを見捨てて、この場をさることはできない。

 結局、あーだこーだと理屈を並べて見ても、このエンシッダの言うように私には、彼に力を貸す道しか残っていないのだ。

 こんな奴のてのひらの上でいいように動かされているなんて・・・。

 私はそんな苛立たしい思いのまま、無言で(口を開けば罵詈雑言ばりぞうごんでも出てきそうだったから)荒々しく部屋を出ていこうとしたが、その前に聞きた事を思い出して、最後にもう一度エンシッダを振り返った。

「最後に二、三聞いてもいいか?」

「もちろん、でも時間もないし手短にね。」

「あんた、この人間の村が襲われることも、もしかしたらあらかじめ知ってたんじゃないのか?」

 疑問形で聞いたが、ヴィスの能力をもってすれば知っていて当然だと思った。

 そして、私が出ていこうとするタイミングで、今までなかった天使たちの急激な動き。

 それが、私を引き留めるために用意されたような事象に私には思えた。

 こんなことを考えるのは自意識過剰かもしれない。それは、すなわち私を引き留めるために村の人間たちを人質にしたということだ。

 そんな下らないことをするくらいなら、その村人たちを助ける努力を、人間の未来を憂えているなら普通するだろう?

 なのに、どうしてそれをせずに、村人たちは襲われている?

 そういう疑惑を込めて、エンシッダを睨みつけた。

 だが、エンシッダは相変わらず飄々ひょうひょうと落ち着いたものだ。


「知らないよ。言ったろ、ヴィスの能力も万能じゃないのさ。」


 エンシッダから出たのは否定の言葉だったが、瞬間に私はそれが嘘だと思った。

 根拠はない。

 だが、私の本能がそうささやくのだ。

 それに、こんな時だけヴィスの能力が万能じゃないというのが、そもそも空々そらぞらしい。

 だが、エンシッダを追い詰める武器がない今の私は切り返すこともできず、もう一つの疑問を促すしかできない。


「最後にもう一つ。お前は私を殺そうとしていたな。だが、さっきの予言の詩を聞けば私が、くさびが生きるのは運命とやらで決まっていたんじゃないのか?なのに、どうして私を殺そうとした?」

 詩の内容を全て理解した訳じゃないが、世界がどうのこうのするのにくさびというフレーズが何かしらの影響を及ぼすようなことを歌っていたように思う。

 それは、世界が変わる時にはくさびはその場に存在しているということではないのか?そして、少なくとも世界が変わった瞬間というほど大げさな事件は、まだ起こっていないように思う。

 まあ、私がくさびかどうかという議論はとりあえず置いておいて、彼は私をくさびだと思っているのだ。

 世界を変えたいというならば私を殺そうとするのは、やはり矛盾むじゅんを感じるし、運命に従えば私が少なくとも世界を変える瞬間までは死なないことは決まっているということになるのだ。


「ふふ。そうだなぁ。君はどうしてだと思う?」

「分からないから聞いている。時間がない。言葉をはぐらかさないでもらおうか?」

 今度は私がそういって皮肉を言ってやると、エンシッダは見た中では一番晴れやかな顔で私に向ってほほ笑んだ。


「うーん、いて言うなら、運命に逆らってみたかった・・・ってところかな?」


 エンシッダはそれだけ言うと、もう答えてやらないよと言わんばかりに私に背中を向けると、ヴィスを連れて隣の部屋に行ってしまった。

 それを追うことは叶わず、結局、何も分からないままティアに連れられて私は部屋を出る。

 ここにきて、いくつか解決した問題もある。

 だが、もろもろは分からないまま更に混乱をしただけのような気がした。

 そして、私の胸を支配するのはエンシッダという名の不気味な男。

 そこが知れない上に、ヴィスという予言の能力者を要する彼が何を考えているのか、全く見えなことが嫌だった。

 正直、今は彼の言うとおり天使たちから人間を守り、戦うことしか私にはできなさそうだが、それしかできない自分が、それすらエンシッダのてのひらの上にいるということが私の不機嫌さに拍車をかける。

 まあ、戦いの際に苛つくことは、命を落とすすきになりかねないから気持ちを落ちつけようとは思うが、それにしても・・・・。


「結局、エンシッダ様の口車に乗っちゃったわね。情けない。」

 一人の世界に入って色々ぐるぐると考え込んでいると、いつの間にか月見の塔ミュージアシェタを箱に乗って降りる最中だった。

 そして、今のは出し抜けにそれまで沈黙を守っていたティアの言葉。

 その声には、なんとなく私を非難するような色が含まれている気がした。

「何だよ、私が力を貸したら邪魔か?」

「そう言う訳じゃないわよ。確かに貴方がどれだけ強いか知らないけど、天使相手に猫の手だって借りたいわよ。」

 そう言いながら、ティアは何故だか苛立たしげだ。

「なら、存分に利用してくれ。私だって人間の端くれだからな、困っている人間が目の前にいたら助けないでいられん。」

 彼女とて、これから戦いに行くのだ。

 何をイライラしているかは知らないが、私の軽口で少しは気を落ち着かせて欲しかった。

「・・・貴方って、本当にお人好しね。」

 だが、返ってきたのは結局は私をより不機嫌にするような、深いため息。(・・・軽口なんて、言わなければ良かったか?)


 箱を降りると、そこはさっきまでの緊迫した雰囲気だけでなく戦士たちが右往左往うおうさおうと動き回り、怒号が響きわたり、まさに戦場さながらの混沌とした様子があった。

 私は初めての雰囲気に圧倒されながら、その中に足を踏み入れ一歩二歩と歩みを進めて、ティアが箱の中から出てきていないことに気がつく。

「ティア?」

 私は彼女を振り返って、彼女の名を呼んだ。

 だが、たぶんこの雑音が飛び交う中では、私の小さな声は彼女には聞こえなかったかも知れない。

 どうしたのだろうと、私が彼女の元に駆け寄ろうとすると彼女は私の顔を見つめながら、箱の中から出てくる。

 そして、すれ違いざまに彼女はぼそりと独り言を呟いたようだった。


「でも、そんな貴方だからエンシッダ様の術中にははまって欲しくなかったのかも知れない。私みたいに・・・・・。」


「?」

 声はあまりの小さく、私の耳にはよく聞こえない。

 そして、もう一度それを聞きなおそうとしたが、足早に戦士たちの合間を縫うように歩くティアに追いつくのが精一杯で私はすぐにそんなことを忘れてしまうのだった。

 本編復活です。思ったより、早くに連載が再開することができまして嬉しい限りです。(この一週間ちょっと頑張りました)これから、のんびり不定期連載になるとは思いますが、また頑張りますのでよろしくお願いします。

 さて、話の本題について少し。エンシッダとヒロのファーストコンタクト終了です。事態はごちゃごちゃとしたやり取りから、天使の襲撃という混乱へ。今からしばらくヒロは戦いの中に身を投じる感じですが、これまでにない敵が出てくる予定です。

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