第五十四話 掌の上のヒロ 其の五
「紹介するよ。予言者ヴィ・ヴィスターチャ。全部、彼女のお告げによって知ったんだ。翼のことも、君のことも全部ね。」
エンシッダの芝居かかった演出で私の目の前に現れたのは、見たこともないほどに美しい少女。
だが、その表情はまるでガラス細工で造られた人形のように、繊細で儚げで冷たくて微塵も動くことのな完全な無表情。
そして、何より頭から被ったマントのためにその全体像は定かではないというのもあるが、これが本当に人間かどうか私は判断に迷うくらい少女には人間が放つ生命力というものが感じられなかった。
本当に呼吸をしているのか、心臓は鼓動しているのか。
そんなありえない考えが頭をよぎる。
彼女にはそれくらい生きているという気配がしなかった。
第五十四話 掌の上のヒロ 其の五
だが、私のそんな馬鹿げた考えと反し、ちゃんと生きている少女ヴィ・ヴィスターチャは部屋の中にしずしずと入ってくる。
エンシッダはその肩を抱いて、彼女を席に座らせてやる。
「ヴィ・ヴィスターチャ。ヴィスって呼んであげてね?」
エンシッダの表情が晴れやかな分、ヴィスの陰鬱さがより強調されるような気がする。
「この娘が本当に予言者だというのか?」
「怖い顔してるとヴィスに嫌われるよ?」
だが、私のそんな思いすら見通しているようにエンシッダが茶化す。
「もともと自分が女好きするような顔じゃないことは分かっている。今さらだ。」
「君、こんな軽口までに付き合うなんて、本当にお人よしだね。」
「・・・。」
どう見てもおちょくられているのに気が付き、思わず黙る。(悪かったな。自分でも自覚しているさ)
「ふふ。そんな君だから、翼は君を楔に選んだんだろうね。」
「・・・楔?何の話だ?」
「心配しなくてもヴィスの予言の力は本物だよ。」
さらりと私の直前の問いは無視されて、話が立ち戻る。
「だって、君の言いたいことをはっきりと俺は言い当てただろ?あれは、君がここに来る前にあらかじめ、ヴィスが俺と君の会話を予知していたから分かったるのさ。俺が先に翼のことを口にしなくても、君はそのことを俺に聞いたろう?それをヴィスは予言して、俺に教えてくれていたんだ。」
エンシッダは私に向かって話しているはずなのに、私には視線を向けずヴィスをべたべたと触り続けている。その様は、まるでセクハラ・ロリコン親父だ。
なのにヴィスはエンシッダがそんな風でも、眉ひとつ動かさずにじっとしている。
「それに、彼女の力があってこそ俺は翼を見つけることができたんだよ?君も不思議に思っていたんだろう?翼のことを探していたのであれば、もっと早くに天使側に動きがあってもいいはずだ。なのに、今更になって自分と翼が離れた時を狙ったかのように、翼がエヴァンシェッドの元に戻ったことを・・・さ。」
私はエヴァが、飛べない翼の天使の翼であることを、エヴァがいつか飛べない翼の天使の元へ還ることを知っていた。
どうして、私がそれを知っていたのかといえば、それは初めて出会った時のエヴァの様子が、私の父親に聞いた不浄の大地にある封印された翼の伝説の翼と同じだったから。
その伝説というのは以下のようなものだ。
昔、とある悪魔が神に寵愛を受ける天使を妬み、その天使の翼の片方をもぎ取った。
その天使からもぎ取られた翼は天使と同じ魔力を秘め、眩しいほどの純白で、美しく見るもの全てを魅了する、すごい力を持っていた。
それを知った悪魔は奪った翼を、天使が再び手にすることがないように、この不浄の大地のどこかに封印してしまったという。
今になって思えば、天使は万象の天使であり、悪魔とは私の先祖である黒の一族ということになるんだろうな。
さて、天使の元に帰りたい翼だが、封印されていては身動きがとれない。
また、翼を失い飛べない翼の天使と呼ばれるようになった天使は、天使故に穢れの象徴である不浄の大地には踏み入ることができない。
だから、翼は封印の場所に足を踏み入れる人間に契約を持ちかけるというのだ。
自分を飛べない翼の天使のもとに返してくれるのなら、お前の願いを何でも一つだけ叶えてやろうと。
とまあ、父親に聞いた伝説というのはこんな感じだったと思う。
封印されていたエヴァとの出会いをここで詳しく思い出すつもりはないが、実際これに近いやり取りが私と翼の間にはあった。
だが、そのやり取りを終えるまでエヴァは確かに翼としての自分を持っていたはずなのに、その後翼は全てを忘れ私のエヴァとなった。
しかし全てを忘れたといっても私の中には、いつかエヴァが自分の元を去ってしまうのではないかという思いがあった。
何故なら、エヴァは私の願いを叶えてくれていたから。(エヴァはその時のやり取りも、そのことも全部忘れてしまっていたが)
しかし、私はエヴァが自分が翼という自覚を失っていたのをいいことに、あいつを飛べない翼の天使の元に還してやろうとはしなかった。
気がつけば、私にとってエヴァは大きな存在となりすぎていたのだ。
しかし、エヴァと出会って3年。
エヴァを探す存在どころかエヴァ自身もそんな素振りすら見せず、私は安心しきっていた。
そんな時、期せずしてエヴァと離れることとなり、そして私は飛べない翼の天使に出会い、エヴァはその元に還ったのだ。
今更だと思って何が悪い?
「エヴァと私のことはヴィスの予知能力で知ったとして、どうして私とエヴァが離れるその時まで待った?エヴァを捕えるチャンスなどいくらでもあったはずだ。」
「君が近くにいては翼は、君の元を離れるのを嫌がり、それが失敗に終わることが分かっていたからだよ。」
まるで見てきたかのような言い方だった。
実際はエヴァを連れていこうとする輩など、これまで一度もなかったはずなのに。
「ヴィスの能力は万能でね。彼女が見るのは、必ずやってくるたった一つの未来じゃない。未来なんて、その瞬間が来るまでどうなるか分からない流動的で、無限の可能性のある存在だからね。予言をするとヴィスは、一度でたくさんの未来を見る。その予言する未来が時間的に現在より離れていれば、離れているほどその数は多くなる。そここそ千、万という単位になるほど・・・ね。ヴィスはその中から、俺が欲している未来を選択して、その未来のためにはどうすればいいかを教えてくれるという訳さ。」
未来を選択する?
「すなわち、翼のことは待っていた訳じゃなくて、たくさんの可能性のある未来の中からから翼がエヴァンシェッドに戻る一番早い未来のためにすべきことをヴィスに教えてもらい、俺はそれに従っただけという訳だよ。」
私はヴィスの予言なり、予知能力は一つの未来を見ることだと思っていたが、どうやら違うらしい。
ヴィスの能力、それは現在から広がる無限の未来を見ることができる。例え予言したその未来を選択しなくても・・・だ。
そして、その中から自分の欲しい未来だけを選ぶことができる。
まるで夢のように、後悔も失敗もない人生を送れる。それは人間というよりは、神に近い能力といえるのではないだろうか。
人は未来を知らないから失敗を犯し、その失敗を恐れて行動を起こす前に恐怖をし、その失敗に後悔をする。
でも、過去を変えることはできないから、人はそれでも生きていく。その胸に例え大きな傷を負ったとしても。
それが人間であり、そうでなければこれまでの人生を否定されたようなものだ。
自分で選んだと思っていた未来、でもヴィスという存在を仮定するともしかすると、その選んだと思っていた未来は、誰かが選んだ未来かもしれないということにもなるのではないか?
そこまで考えて、嫌な予感が胸をよぎる。
「じゃあ、エヴァが還ったことはあんたが全部仕組んだことなのか?ハクアリティスと私たちを出会わせたのも、エンリッヒに私たちを襲わせたのも、足跡の指輪の誤作動も全部・・・。」
「そう、全て俺が望んだ翼がエヴァンシェッドの元に還るために用意したシナリオだよ。でも、俺は何一つ手は出していない。そうなるように、駒を動かしたにすぎないのだから。」
過去を後悔したところで何が変わる訳じゃないことは分かっているつもりだ。
でも、今になってどうしてこんなことが分かる?
ふいによぎるのは、消える瞬間のエヴァの泣き笑いの表情。
エヴァは自分で選んで還ったはずなのに、本当はこの嫌味な男の手のひらで転がされていただけだというのか?
怒りとも悲しみとも後悔とも、グチャグチャして言葉にならない感情が胸の中を支配する。
爆発しそうなそれを押さえるかのように、私はぐっと拳を握りしめエンシッダを睨みつけた。
「・・・どうして、エヴァの封印を私が解くのを待っていた。エヴァを手に入れるのに私が邪魔ならば、その前にエヴァを手に入れればいいだけだ。それほどの予言の能力があればエヴァが封印されている場所など分かっていただろう?」
エヴァと出会ったのは3年くらい前。そんな昔の話ではない。
「それに、エヴァが還れば万象の天使に力が戻るようなことを?」
そう。すっかりエンシッダは敵のような感覚で話をしていたが、この男は天使から人間を守るために立ち上がった男であるはずなのだ。
だが、相当突っ込んだ質問だったはずだが、エンシッダの表情も態度も変わらない。
「やっぱり、そこに気がつくかぁ。」
笑いながらヴィスを抱きしめ、私への言葉のはずなのに何故か彼女の耳元に話しかけるエンシッダ。
「まず、この歌を聞いてくれる?」
歌?と私が聞き返す前に、それまで瞬きさえしていないように動かなかったヴィスからか細い歌声が聞こえてくる。
白き光より 堕ちた翼は 黒き寝台で眠る
千の夜 千の朝の果て
其を 白き光より 引き千切りし
黒の血が 其を 永き眠りから 目覚めさす
目覚めし翼は 契約という名の楔を 身に刺し
白き光に 還るのだ
しかして 翼の永い旅は 終わを告げ
世界の胎動が 全ての始まりを告げる
しかして 世界の胎動は 汚れた神の 目覚め促す
全ての始まりは 破滅の階段を 転がり落つ
翼の帰還
其は 始りにして終わりを 告げるもの
東方の楽園の 封印を解くもの
しかして 始まりと終わり 再生と破滅を 決めるは
目覚めし翼が 白き力に 刺したる 契約という名の楔
世界の全てを 握りし鍵
世界は 楔の存在に 全てを 委ね
楔は 全ての 始りにして終わりなるものと 相成りなん
「これは、変えられない運命の歌だよ。」
この歌は何だ?と私が聞き返す前に、今度はエンシッダが言葉を重ねる。
「運命?」
「さっき言ったみたいに、未来はいつ何時どうなるか分からない流動的で、無限の可能性を秘めた存在だよ。でも世の中には、誰にも動かすことのできない運命という名の未来もある。これは、それを示した予言の歌。そして、君はこの歌にある楔なんだよ。さっき言ったろ?」
だが、そんなこと言われても私にはその意味が分からない。(正直、歌の内容もよく分からない)
「君、結構バカなのね。」
それが顔に出ていたのか、エンシッダが私を馬鹿にした顔で見る。
その横のヴィスの顔も変化はないはずなのに、何だか私を馬鹿にしているように見えるのは多分私の被害妄想だろう。きっと。うん。
「まあ、簡単に言っちゃえば君が翼の封印を解くことは運命で決まっていたってことだよ。」
どうして、私とエヴァが出会うことなんかが『運命』になるのだろう?
あれは私にとっては、偶然でしかなかったはずだ。
「そして、エヴァンシェッドの力が完全になった時、世界は初めて変動を始める。確かにあいつの力を目覚めさせることは、こっちにとっても大きな痛手と言えるけど、それがなければ俺達は、人間たちは天使や神の束縛から逃がれようとすることさえできない。これは、それを俺達に教えてくれる歌なのさ。」
「じゃあ・・・」
それが嘘か真か分からないが、もっとエンシッダに話を聞こうとした瞬間だった。
「エンシッダ様っ!!大変です!!」
慌てた大声を上げながら、灰色の制服の女神の十字軍が飛び込んできたのだ。その様子は尋常ではない。
「どうしたんだい?」
だが、エンシッダの言葉のテンポは変わらない。淡々としていて、どこか他人事のような、芝居がかったような物言いも。
だが、事態は急転直下の動きを見せることとなる。
「天使ですっ!天使が近くの人間の村を襲っています!!!」
今回の話は、エンシッダ、ロリコン説?も飛び出して、本当に彼の独壇場といった感じでしたがいかがでしたでしょうか?色々ややこしい設定とかも出してしまい、私の力量不足で分かりにくい部分もあったかと思いますが、話も何となく進んできた感じがしませんかね?そういう雰囲気だけでも察していただけると嬉しいです(笑)
さて、こんな稚拙な話しながら、何人の読者様が読んで頂いているという非常にありがたい環境に恵まれている私ですが、先日ショックなことがありました。
この物語、実は以前から自分で書き溜めていた物語を修正してアップしていたのですが、その書き溜めていた物語を保存しておいたものを、事情があってなくしてしまったんです・・・(涙)(その事情をここで詳しく書くことはしませんが、もちろん不可抗力です)
物語の流れやら、設定は別で保存して無事だったので、物語自体が変わるとかはないと思うんですが(実はこの後も結構続く予定なのです)、何もないところからまた文字をおこしていくとなると、絶対に今の更新ペースは不可能だと思います。
なので、とりあえず本編はしばし止めさせて頂いて、番外編も無事だったので、そちらをとりあえず最後まで更新してしまおうと思っております。(あと4話くらい)
まあ、そんなこと気にしてないやという方々が、大半を占めているとは思うのですが、いきなり更新をしなくなって、やめたのかな?と思われるのも悲しいので、ここで一つ長くなりましたがお知らせさせていただきました。こんな所まで、読んで頂いてありがとうございます。
付け足し
物語は流れは決まっているので、全部書き上げてから更新という長いスパンではなく、ある程度物語を復活することができたら順次更新する予定です。なので、更新ペースがゆっくりになるくらいだと思います。(そのペースがどれくらいになるかは、やってみないと分からないのですが。番外編が終わったら、本編も更新を再開できたらとは思っています)