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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第五十三話 掌の上のヒロ 其の四

「やあ、ヒロ。」


 ティアに案内された部屋に入ると、涼しげな声に迎えられる。

 声の主は、生体兵器研究所で見た時と同じように好青年としか見えないエンシッダ。

 あの時の私とエンシッダの視線があったのは一瞬だけだった。

 でも、こうしてちゃんと顔と顔を突き合わせた時、あの時も感じていた彼の芝居がかったような、わざとらしいような雰囲気が濃くなるのを感じた。


 やっぱり、どうにも好きそうになれない。


 別に見た目や第一印象で他人を嫌ったりする人間ではないと私は自分のことを思っているのだが、このエンシッダという男はどうにも好きにはなれない、いや、はっきり言って嫌いなタイプだと直感的に思った。

 どうしてそんな風にを思うのか、自分でも不思議だったが、嫌いなものは嫌いなのだ。仕方ない。


 ただ、彼を嫌う理由が自分の中でも明確にならないのが、どうにも気持ち悪かった。



第五十三話 てのひらの上のヒロ 其の四



 この部屋は月見の塔ミュージアシェタでも上層部にあるらしく、私を迎えるエンシッダの背後にある大きなガラス張りの窓からは、私がさんざん見飽きた青空が見えるだけで、銀月の都ウィンザード・シエラのビル群の頭すら見えていない。

 そういえば、ティアと一緒に乗った私たちを上に連れてきてくれた建物内を上下する箱には、かなり長い間乗っていたような気がする。

 今まで地べたに這いつくばるような生活しかしたことがなかったが、最近この銀月の都ウィンザード・シエラといい、この間まで世話になっていた天近き城フェデス・ジグロアといい高い場所に縁があるらしい。(もう、落ちるのは勘弁して欲しいが)

 そんなことを頭の片隅で考えていると、エンシッダが扉の所で立ち止まっている私を部屋の中へ促した。


「とりあえず、椅子にでも腰掛けてよ。まずは、謝らないといけないかな?何も知らせないままに。君のことを放っておいたことを。ティアから聞いたかもしれないけど、状況が状況だし、君も怪我していたからというものあったんだけど、怒っているかな?」


 まずは席を勧められながら、先手を打たれるように謝られた。

 ティアは、椅子には座らずにエンシッダの後ろに控えるように背後に立つ。

 先ほどの会話のことがあるからか、その表情は幾分か硬いように見えた。

 私は彼女に一瞬だけ視線をやると、すぐに向かいに腰かけたエンシッダにそれを戻す。

「別に構いません。それにしても、まだ油断できる状況ではなさそうですが、私をここに呼んだ理由は何ですか?」

 エンシッダ相手にするに当たり、まずどういう言葉遣いにしたものか迷ったが、ティアが『様』付けしていたのを思い出して、とりあえず無難ぶなんに下手に出ることにした。(下手に出られて、嫌がる人間というのも、そうそういないだろうと思ったのだ)

 こんな所で、いきがったところで仕方がない。


「そうなんだよ。天使たちがこの銀月の都ウィンザード・シエラのことを気が付いていないはずもないのにね。どうしてか、天使から何のアクションもないのさ。不気味だろ?」

「そうですね。」

 そう言われても、外の状況を何も知らない私が分かるはずもないのだが、とりあえず頷いておいた。

「まあ、何をしてくるにしても俺達は戦うしかないんだけどね。それで、戦力的にも俺たちが楽なはずもないし、そろそろ君も正式に俺たちの仲間になってもらおうかと思ってね。その前に、君にはちゃんと話をしたいと思っていたから、ティアに呼んできてもらったんだよ。」

 さっきから、言っていることは至極しごくまっとうなことで、聞いていても何の違和感も疑問も浮かばない。

 私は黒の雷オルヴァラに、人間に力を貸すとアラシに言ったのだから、エンシッダがこう言ってくることは想像できた。

 だが、何故だかエンシッダの言葉には、その裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう私がいた。だからだろうか、

「君には、これから俺直属の指揮下に入ってもらい、ティアとコンビを組んでもらう予定だ。俺達に協力してくれるんだろ?」

 という、エンシッダの至極当然な確定にも等しい問いかけに、


「いいえ。」

 

 出たのは自分でも驚くほど、はっきりした拒否の言葉。

 正直、色々相手の腹を探りながら会話を進めていくつもりだったはずなのに、こんなにあっけなく自分の手持ちのカードをエンシッダに見せてしまっては、腹の探り合いもくそもない。

 私は視線を天井に向けて、自分の素直というか、馬鹿正直な部分に自分であきれた。

 だが、正面に戻した視線の先にはティアはその言葉に面をくらったような表情があったが、エンシッダは眉ひとつ動かさず、変わらぬ好青年風の表情のままだ。

 まるで、私の答えなど予想していたかのような余裕がそこにはあった。


「どういうことかな?」

 その声も、どこか楽しんでいるような気配さえある。

 色々考えていた話の持っていきようも、馬鹿な私のせいで全部おじゃんであるが、しかし、見せてしまったカードをなかったことにすることはできない。

 私は頭を切り替えると、あれこれ考えるのも面倒になって、この際聞きたいことをさっさと聞くことにした。


「さっき、ティアにあんたがヒノウを殺したと聞いた。」(もう、下手に出た言葉遣いも面倒になった)


 そんな、もう半分やけっぱち気味な、でも正にズバリな私の問い。

 ティアの表情がけわしくなるのが見えた。

「ヒノウって誰?」

 だが、返ってきたのはキョトンとして、何を言われているか分からないといったエンシッダの顔。

「・・・。」

 一瞬、彼が私をからかっているのかと思い、ティアの方にも視線を移すが、彼女は険しい表情のままだ。

 更に沈黙に沈黙で返すエンシッダの表情は、彼の名を本当に分かっていないように見えて、私を困惑させる。

 私は少しだけ、頭の中でどうしたものかと思ったが、話も進まないのでエンシッダに言った。

「・・・天近き城フェデス・ジグロアで、私を襲った黒の一族のことだ。」

 暗に『あんたが襲わせた』と言わんばかりに、皮肉をこめていったつもりだったが、全くそれに気が付いていなのか、無視しているのか、初めて気がついたというようにエンシッダは手を打った。

「ああ!彼か。へえ、ヒノウという名前だったんだ。確かに、俺が口止めのために殺したよ。生憎あいにく、たくさんの人間がここには出入りしているからね。全員の名前を覚えるに至らないんだ。名前だけ言われても気が付かなかったよ、ごめん。ごめん。」

 エンシッダの言っている言葉は、非常に謙虚で殊勝しゅしょうといえようが、聞いているだけで胸糞むなくそが悪くなるのは私だけなのだろうか。


『どうせなら殺したくなかった?』

『エンシッダ様も危険を冒した?』


 簡単に肯定された、明るい声。にこやかな表情。

 それを目の前に、頭の中で先程のティアとの言葉を思い出して、一層苦々しい気持ちになった。

 なら、どうして、その名を覚えていない。それとも、しらばっくれているだけなのか?

 どちらにしても、仲間がたくさんいて、全ての名前を覚えられないというのは分かるが、だからといって、戦いの中で命をとした、増してや自分が殺した仲間を覚えていないなんて、神経を疑うとしか言えない。

 しかも、私の目の前にあるエンシッダからは、懺悔ざんげも後悔すらも感じられない。

 彼を殺してわずかな時間の経過で、これほど簡単に自分が殺した相手の名前を忘れ、尚且つ明瞭めいりょうに彼のことを口にするなど、別にヒノウに特別な感情がある訳ではないが、聞いていて気持ちのいいものではなかった。


「それが?」

 だが、エンシッダはそんな私を知ってか知らずか、更に私の神経を逆撫でするように、それがどうしたと聞く。

 エンシッダに聞きたいことはヒノウの話だけではなく色々あったはずだが、全部頭の中で消えた。

「あんたたちが、どれだけ人間を救いたいと思っているか知らないが、私はヒノウを、仲間を簡単に殺すような奴らと、共に戦うつもりはない。私にだって譲れない一線というものがある。」

 綺麗事を言うつもりはなかったが、だからって自分を偽ってまで戦うことに意味は感じない。

 天使たちにしいたげられる人間たちを助けたいという気持ちに嘘はないが、だからといって、こんな彼らと一緒に戦えるとは思えなかった。仲間になりたいとも思えない。 


「ふーん。」

 しかし、はっきりとした拒否の言葉を二度も口にしたはずだが、エンシッダは気のない風で、私をまじまじと見るだけだ。

 ・・・彼は、大して私の力など欲していない?

 エンシッダの様子に、彼が私という存在に大きな意味を持っていない感じがして、それならそれでさっさと出ていくだけだと思い、席を立とうと僅かに体を前のめりにしたが、それはエンシッダの次の言葉で止められる。


「まあ、そう言ったって、君はちゃーんと俺達のために戦うことになる。」


「だから、今の言葉を聞いていなかったのか?」

 これだけ拒否の言葉を吐いた私に、戦ってくれと頼むわけでもなく、彼は『戦うことになる』と、まるで未来でも見てきたかのように言った。

 その言葉もだが、その言い様が気になった。

「聞いていたよ。でも、君は戦う。だって、そうなるように俺が決めた。あの時、君を生かすって決めた時にね。」


 全く成立しない会話。


 いい加減、天使たちと接して、上から目線の言葉には慣れているつもりだったが、このエンシッダという男との会話は、なんとも気持ち悪いという感覚を覚えた。

 会話をしているのに、意味が分からない、意味が通じていない。

 そんな意味のない会話をしたのは、初めてなような気がする。

 大体、『決めた』といわれて、この私が『はい』というとでも思っているのだろうか。

「自分のことは自分で決める。あんたに決められることは何一つない。」

「いーや、決まってるの。もう、この話はいいよ。きりがないでしょ?それより、もっと聞きたいことがあるんじゃないの?」

 自分で話を振っておいて、この男、どれだけ自分勝手な野郎だ。

 私はぎりりと歯ぎしりでもしたい気持ちになった。(実際はしていない)

 だが、次のエンシッダの言葉により、私はさらに驚くこととなる。


「例えば、そうだな、万象の天使のエヴァのこととか?」


「・・・。」

 ふいに思い出したのは、サンタマリアと会話した時に似た違和感。

 一言もエンシッダに言っていないエヴァの話。

 だが、この男は的確に私が聞きたいと思っていたエヴァの話を持ち出した。

 エヴァと私の関係を知っているというならば、まあこの手の話を持ち出してくるのも納得できるが、それにしても、どうしてエヴァが私と旅していたことを知っていたのか、ということが問題になる。

 どちらにしても、このエンシッダという男。

 私のファースト・インプレッション通りの嫌な男というのは勿論のこと、ただのエンディミアンという訳でもないらしい。


「何?だんまり?まあ、いいよ、君の聞きたいことは分かっている・・・・・・し。俺が勝手に話してあげるね?」

 『分かっている』?

 やっぱり、サンタマリア同様にこの男も、人の心を読むことができるのだろうか。

 そういう考えに行きついて、そうであれば何をしても無駄なのだが、エンシッダを黙って目つける私。

 それを見て、これまでで一番晴れやかに笑って、エンシッダは『分かっている』という私の聞きたいことを話しだす。


「どうして、俺がエヴァのことを、そして君のことを知っていたか。そして、どうして君の言いたいことを、そしてこれから君が俺たちのために戦うと決まっているか。それはね、全部、一つの答えに求められるんだよ。」

 言い終わると、ぱちんと、芝居がかった仕草でエンシッダが指を鳴らした。

 すると、私が入ってきたのとは違う扉から新たなる人物が現れる。(合図があるまで、扉の外で待っていたのだろうか?そんな所も、芝居みたいだな)


「紹介するよ。予言者、ヴィ・ヴィスターチャ。全部、彼女のお告げによって知ったんだ。分かったんだ。」

 ヒロ、腹の探り合いをするつもりだったらしいですが失敗してます(笑)元々、そういう駆け引きごとに向いている人じゃないので、これは仕方ありません。しかも、相手は嫌がらせの君エンシッダ氏ですから、彼はまだまだヒロ相手に本領発揮してませんが、ヒロはその辺り動物的な嗅覚で察しているのかもしれないです。

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