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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第五十一話 掌の上のヒロ 其の二

 私とティアは、銀月の都ウィンザード・シエラの端から中央へと延びる、高いビル群が連なるメインストリートを連れ立って歩いていた。

 太陽の光がたくさんのビルを反射して、ちかちかと強い光を放ったり、その光を受けて銀色の鉱物が七色に光ったりと、なかなかきらびやかだ。

 これで、たくさんの人でもいたら、一層にぎやかなのだろうが、見える人々はまばらで、みんな天使に追われているという不安からか疲れた表情をしていて、街はひっそりと静まり返っている。


 そんな、まるでちぐはぐな街に言葉にできないような違和感を、私は感じていた。



第五十一話 てのひらの上のヒロ 其の二



「なあ、銀月の都ウィンザード・シエラはお前たちが用意したものなのか?こんなものどうやって造った?」


 この空中都市は、私が知らない五万のうちの一つだという認識でいる。(何しろ空を飛ぶ街だの、銀色に光る街だの、私は見たことも聞いたこともない)

 だからこそ、こんな現在の人間の文明ではありえない規模の街をどうやって用意したのか、エンディミアンに協力者がいたとしても天使たちの監視下で、こんな大きなものを如何いかにして造ったのか非常に気になったのだ。

 私としては、元々天使のものだった銀月の都ウィンザード・シエラを奪ってきたという線も考えていたが、それにしたって天使の領域フィリアラディアスに引きこもりの天使たちがこれほどの空中都市を造る理由が思いつかなくて、その推測も確信に足るものにはならなかった。

 なので、ここはティアにその真実を聞こうと思ったわけだが、彼女の答えは私の想像を越えたものだった。


「まさか、こんな超科学のかたまりみたいな街を今の時代の人間に造れると思うの?この街はね、亡国の廃墟ドルガバ・チェシエの一つなのよ。」


「ありえない。」

 ティアの言葉を私は即座に切って捨てた。

 確かに空を飛んでいるというだけではなく、この街の至る所には天使の領域フィリアラディアスで見た様な不浄の大地ディス・エンガッドでは存在しえないような超科学がある。

 今の人間たちにこの空中都市を造れというのが不可能だというのは理解できる。

 だからこそ、この街がどういうものなのかティアに聞いた。

 だが、その答えがこの空中都市が亡国の廃墟ドルガバ・チェシエだということには納得はできない。


「だって、こんな完全な形で残っている亡国の廃墟ドルガバ・チェシエがあるはずがないだろう。終焉の宣告ディルト・ヴェネスの残骸だから、廃墟というんだぞ?廃墟がこんな綺麗な形であるわけがない。」

 亡国の廃墟ドルガバ・チェシエとは、千年前に東方の楽園サフィラ・アイリスが死の荒地におおわれる前の栄華を誇った人間たちの文明の名残り。

 終焉の宣告ディルト・ヴェネスを、辛うじて生き残った過去の遺物なのだ。

 私は不浄の大地ディス・エンガッドに点在するいくつかの亡国の廃墟ドルガバ・チェシエを訪れたことがある。

 街の中の建物などは、壊れかけてはいるが見たこともないデザインや、鉱物によって建物が造られており、そこに確かに今のアーシアンたちの原始的な文明では到底造れないような技術を見ることもできる。(アーシアンたちはそんな廃墟に居着いてしまい、新しく自分たちの街にしてしまうことも少なくない)


 しかし、所詮しょせんは残骸であり、抜け殻なのだ。

 銀月の都ウィンザード・シエラに見ることができる、超文明と言わざるを得ない空を飛ぶやら、光を放つなんて技術は、少なくとも私が訪れた亡国の廃墟ドルガバ・チェシエには微塵も存在せず、全て終焉の宣告ディルト・ヴェネスにより消滅させられていた。

 それが、普通だと私は思う。

 終焉の宣告ディルト・ヴェネスを受けてなお、これほどに完全な、そこなわれたものが何一つないような銀月の都ウィンザード・シエラがありえないのだ。

 だから、私はティアの言葉をすぐに否定した。


「でも、これほどの街を造る技術が今の世界にないことも知っているはずよ。恐らく天使だって、この街を造る技術を有していない。それじゃあ、銀月の都ウィンザード・シエラは、どうしてここに存在しているの?」

 ティアは私に答えを求めたが、それが分かっていれば彼女に質問などしない。

 私は首を横に振り、それを見たティアが勝ち誇ったように笑う。

「なら、答えは千年前の文明に求めるしかないでしょ?」

 その論理はいささか強引な気もするが、とりあえず私は反論する言葉を持たなかったので黙った。

 そんな私の沈黙をどうとったのか知らないが、ティアは更に言葉を続けた。

「それに、この街が何かなんて関係ないじゃない。何であろうと、生きるために、戦うために私たちは利用できるものは何でも利用する。それぐらいじゃないと、この先はやっていけない。そうでしょ?」

 ひたりと、ティアの強い赤い視線が私の上に定まる。

「・・・まあ、そうかもしれないな。」

 ティアの言葉には、いなと言わせまいとする強い意志が感じられ、私はその勢いに押されるように一つ頷いた。

 まあ、確かにこの空中都市が何であろうが私には関係ないのかもしれないが、それでも僅かなわだかまりが私の中に残ったのは確かだった。


 そして、ティアは私が一応納得した様子を見届けると表情をやわらげ、

「さ、ここよ。入って。」

 そう言って、私を一つの建物の中にうながした。

 それは、街の中心に位置する銀月の都ウィンザード・シエラで一番大きな建物。

 高くそびえる建物の上部が傘のように広がっておりビル群全体をおおい、太陽の光をかしながら様々な色に変化している。

 どう見ても、この空中都市で一番目立つ場所であるのは確かだが、ここは私をはじめとして非戦闘員たちが入ることを禁止されている区画であった。


「ここは、銀月の都ウィンザード・シエラの心臓部、月見の塔ミュージアシェタよ。ここで、銀月の都ウィンザード・シエラの全部を制御しているの。同時に今のところ私をはじめとする武装集団の溜まり場になってるわ。」

 そういって、コンコン・・・ココンとティアが銀色の壁を叩くと、人が5人くらい余裕で通れそうなくらいの穴が開く。

 扉がないと思ったら、そんな便利な機能が付いていたらしい。


 そして、そこをくぐった途端にまばゆい光に目がくらんだ。


 それは一瞬のことで、すぐに建物の中を確認することができたが、それにしても室内だというのに、この光の強さは半端ない。

 どういうことかと室内を見回してみると、気がつくのは遙かに高い天辺てっぺんまで吹き抜けになっている建物の天井はガラス張りにでもなっているらしく、太陽の光が差し込み、街の外観と同じようにその光がチカチカと反射したり、様々な光を放っていたのだ。

 こりゃ、まぶしいわと思いながら上を見上げて、改めて周囲を確認すると、建物の中は街の外とは違い、人と熱気にあふれており、たくさんの武装した人間たちがざわざわしている。

 そんな外からは分からない、思わぬ月見の塔ミュージアシェタの様子に私は圧倒されティアの後ろにつきながらキョロキョロと落ち着きなく首と目玉を動かした。


「ティアっ!どこに行っていた!?」

 しかし、私のそんな挙動不審きょどうふしんな行動も、大きく響いたどなり声によって一端中止となる。

 声に驚いて振り向くと、そこには、生体兵器研究所でエンシッダを囲んでいた(多分)女神の十字軍イヴィスタン・ディードの灰色の制服を着た中年というにはまだ若いが、かといって若いとも言い難い男性。

 彼が非常にいきりたった様子で、最初はティアを見ていたが、私を見るとさらに目尻を釣り上げた。


 何なんだよ?


 だが、私のそんな戸惑いは、一切無視される。

「しかも、部外者をこの中に入れるとは、この非常時に命令を忘れたのか?こんな薄汚い男はさっさと・・・うわっ!」

 怒った勢いのまま、私をつまみ出そうとする男。

 私は別に何をしたわけでもないのに、怒られるのは割に合わない(しかも、薄汚いと言われたしな)と、男の私に伸ばされた腕をけると、反対にその腕をひねり上げた。

「何をするっ!?」

「何って・・・、それはこっちのセリフだろう?別に出てけと言われれば、あんたにつまみ出される前に出ていくさ。私はティアに案内されただけだ。」

 そう言って、ぎゃんぎゃんとわめく男を放してやる。

 そうして、はたと気が付いてみると、その場にいる人々の目がこちらを向いているではないか。

 それは灰色の制服を着ている者もいれば、見たことがあるような姿もある(多分、黒の雷オルヴァラのアーシアンだろう)。

 嫌な目立ち方をしている自分に、酷く居心地の悪さを感じた。


「どういうことだ、ティア?!」

 しかし、男の方は何も思わないのか、更に大声を出して再びティアにくってかかる。(あんなに怒って、血管でもきれないだろうか?)

 それに対して、ティアは動じることなく平然としている。

「彼はヒロ。私とコンビを組む予定の人で、エンシッダ様のご命令でお連れしたの。何か文句があるかしら、ハレ?」


 いやいや、私は場所を移すとしか聞いていないが。


 ティアの発言に非常に戸惑った私だが、それ以上に衝撃を受けたのは周りの野次馬の人々だったようで、ざわざわと波のように人々の声が広がる。

 そして、私をつまみ出そうとした男が信じられないといった顔でつぶやいた。

「まさか、この薄汚い男がヒノウのかわり・・・なのか?」


 ヒノウ?(ていうか、薄汚いって一々しつこい男だな)


「そうよ。」

「こんな弱そうな男が、ヒノウのかわりになるわけがないっ!」


 ・・・あのさ、本人の目の前で弱いとか言うなよ。

 二人のやり取りに置いていかれながら、そんなぼやきを心の中だけでつぶいてみるが、とりあえずここは私は黙っておくことにする。


「私はあんな気位だけが高いヒノウより、ヒロの方が強い思ってるわ。ましてや、ヒロはヒノウと同じ黒の武器カシュケルノを持つ黒の一族よ?」

 話が進むにつ入れて、こちらに向けられる視線が増えていくのを感じる。

 正直、こんなさらしものみたいな状況は、勘弁願かんべんねがいたいのだが、状況は更に私の思いなど知らずに、ヒートアップしていく。

「じゃあ、こいつが黒の剣ローラレライの所持者か!それでは、こいつのせいでヒノウは死んだのではないかっ!大体、こいつは殺す予定ではなかったのか?そいつがどうして?!!」


 私のせいで死んだ?

 それに、私と同じ黒の一族。

 記憶の棚を色々と開けてみる中で、ふいに頭をよぎる映像。


『恨むんなら黒の掟を忘れた先祖を恨め。』


 それは私を殺そうとした黒の一族の言葉。

 まさか、二人の話題に上がっている『ヒノウ』とは、天近き城フェデス・ジグロアで私を殺そうとした黒の一族のことではないだろうか?

 しかし、それは単なる思い付きにすぎず、何の確証があるわけでもない。

 そもそも、同じ黒の一族は私を襲った黒の一族とアラシくらいしか知らないのだ。

 省略法で行けば、生きているアラシは却下で、残るはあの時の黒の一族ということになるが、だからといって私のせいで彼が死んだという訳じゃないしな。

 私は二人の会話をもう少し聞くことにした。


「あなただって聞いてるでしょ?ヒロの抹殺命令は取り消されているわ。」

 そりゃそうだ。でなきゃ、私がここに今いられるはずがない。

「それに、ヒノウが死んだのはヒロのせいじゃないわ。天使に捕まって、私たちの情報が彼から漏れることはあってはならない。」

 天使に捕まった黒の一族。

 やっぱり、あの私を襲った黒の一族のような気がする・・・が、今はそれを聞く雰囲気ではないな。


「そして、そのために、彼は自ら命を絶った。その崇高すうこうな行為をそんな風に言って、おとしめることは私が許さないわ。」

 それまで、いくらかの余裕をもって彼に接していたティアの様子が、ぴんと張り詰めた。

「し・・しかし・・・。」

「ともかく、彼の死にヒロは全くの無関係だし。これからは、ヒロは私たちの仲間なの。わかったら、行かせてくれる?私たちエンシッダ様をお待たせしているのよ。」

 言い切るとさっさと歩いていくティア。

 どうしたものかと一瞬迷ったが、言葉が出ない男と、たくさんの奇異きいの目の中に一人置いて行かれるのも、はなはだしく居心地が悪い。


 私はとりあえずティアを追った。(というか、この場合はそうせざるを得なかった。)

 銀月の都がどういう場所かという補足半分、そして第二部でほっぽとかれた黒の影こと、(やっと名前が出せました)ヒノウの話ですね。(詳しくは第二十四・二十五話参照)

 彼のことなど、皆さま忘れ去っているかもしれないですが、しばらく彼に纏わる話が続く予定です。

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