第四十九話 誰がために君は歌う
【注意】
この話には、一部流血表現があります。そういった表現に嫌悪感を持たれる方はご注意ください。
♪そこに、貴方はいるのでしょうか?
私には貴方が見えないのです。
貴方、道に倒れていないでしょうか?
貴方、誰かに傷つけれていないでしょうか?
貴方、未来を見失っていないでしょうか?
ああ、貴方のことを思うだけで心が引き裂かれそう。
私は貴方のことだけを思って、眠りにつきます。
せめて、貴方の夢を見れるように・・・。
闇の中、一つだけのスポットライトに照らされて君は歌う。
君がいつも歌っていたあの歌を、着てみたいといっていた真赤なドレスを身に纏い、まるでどこかのお姫様のようにキラキラと輝きながら君は歌う。
愛を囁くように、
夢を見るように、
私はそのたった一人の観客なりながら、ただただ罪を請うべく君にひれ伏す。
どうか、私が君を二度と殺すことなどないようにと願いながら。
第四十九話 誰がために君は歌う
「どうかしたか、息子?」
父親は私のことを、名前で呼ぶより『息子』と呼ぶことが多かった。
多分、私の名前は幼い頃に死んだ母親が付けたものだから、私の名を呼ぶと母親を思い出すのが辛いのかもしれない。
もう、母親が死んで月日も流れたはずなのに、父親は未だに母親の死を引きずっていた。
それだけ、母親を愛していたのだと思う。
「別に何でもない。」
「・・・その物言いは、子供らしくないのではないか?」
「こんだけ大きな息子を捕まえて、子供らしさを求めるのもどうかと思うがな。」
互いによく似た容姿に、よく似た性格。
年齢の差異こそあったが、私と父親はまるで鏡に映った姿のようによく似ていた。
母親はそれが嬉しいようだったが、年頃の息子と父親がそんなことで喜ぶわけもなく、でも笑う母親に何も言えずに、父親も私も苦笑するしかなかった。
そんな父親と他愛もないことで言い争う。
これは私にとって、とてもとても幸せな記憶。
私が十代の半ば、父親がいて、ここにはいないが彼女に出会って、そしてあの惨劇が起こった、一番幸せで、一番不幸だった時の記憶。
気がつけば、時が止まったように静止している幸せだった父親との記憶の一ページ。
その中に佇んでいる二十代になった私がいて、一番幸せで、一番不幸だった過去の私が、現在の私を見ていた。
「よう、未来の私。」
彼は私に口を開く。
今より幼くて、子供っぽい私。
隣で時間が止まったように固まっている父親の顔は、気がつけば今の私とよく似ている。
それは年月がそうさせたのか、それともあの頃は知らなかった父親の苦労を今の私が知っているからなのか。
「私は彼女を殺す。」
そう言って、気がつけば過去の私は黒の剣を手にしていた。
この頃は父親が所持者であった黒の剣。
・・・そして、父親が持っていた時は、何の力も持っていなかった何の変哲もない黒の剣。
「黒の剣は、先祖代々受け継いできただけの、どこにでもある普通の剣。そう、教えられていたよな?」
ああ、そうだったな。
「例え、大切な人の命をささげれば、強大な力を得られると伝えられていても、それを試してはいけないと言われていたし、お前もそんなの下らない迷信だと思っていたんだろ?」
力なんて興味がなかった。
ただ、不浄の大地を旅するのに、自分を守れるだけの力があれば、それだけで十分だった。
過ぎた力は、身を滅ぼすだけだと父親に教えられていた。
だから、黒の剣の伝承については知っていたけど、大して気にもとめていなかったし、信じてもいなかった。
「でも、結果としてお前は黒の剣を目覚めさせた。彼女の命を使って。」
「っユイア!!」
私は何年振りかに彼女の名を叫んだ。
過去の私の腕の中に、黒の剣に貫かれ絶命しているだろう彼女の姿。
何年たっても忘れることができない私の罪を目の前に、どうして叫ばずにいられるだろう。
いつも適当に切るという、揃っていない短い髪。
手入れなどされていない日に焼けて、ボロボロな肌。
でも私に見せる切れんばかりの輝きを放っていた笑顔はとても魅力的で、なのにいつもどこか陰りがあった彼女の笑顔。
私は彼女が好きだった。
その笑顔と一緒に、私に聞かせてくれるあの歌声が大好きだった。
「ヒロ。」
茫然と死んだ彼女に見とれていた私を、誰かが呼ぶ。
それに操られるかのように振り返ると、そこには今そこで私に殺されていたはずの彼女、ユイアが私の大好きな笑顔で笑っていた。
「ゆ・・・いあ?」
「なあに?そんな幽霊でも見た顔しちゃって・・・・うわっ。」
私は彼女を抱きしめていた。
この彼女が、いつも見る消えてしまう夢ではないと確かめたかった。
彼女は抱きしめても消えなかった、高めの子供体温も、どこか甘い香りのする彼女の汗の匂いも、痩せて骨ばかりが当たる硬い体も私が覚えている彼女と同じだった。
「ユイアユイアユイアユイア、ユイアっ!!」
私は腹の底から彼女の名前を呼んだ。
もう、涙声だろうが、何だろうがどうでも良かった。
「本当に、どうしたの?ヒロが、私にこんな風に甘えるなんて珍しい。」
ユイアは混乱する私の背中をぽんぽんと叩いてくれた。
エヴァに私がしてやるのと同じ所作だった。
ああ、彼女が私にしてくれたことだったのだと、初めて気がついた。
そんな彼女の優しさに安心して、その私より小さな体に身を任せてしまいそうな心地よさから私は一瞬で覚めることになる。
「・・・それとも、また、私を誰かの身代わりにしているの?」
何の感情感じることのできない声に、私は冷水でもかけられたような心持になり、咄嗟に彼女の肩を掴んで否定の言葉を言おうとした。
「っちが・・・・!!!」
だが、私の腕の中にいたのは、生身の彼女ではなく、冷たくなった骸骨だった。
驚いて、さっきまで彼女だったそれから私が身を離すと、骸骨はがしゃりと音を立てて崩れ落ちた。
『そこに、貴方はいるのでしょうか?
私には貴方が見えないのです。』
何が何だか分からない私の耳に、闇の中からどこからともなく歌声が聞こえてきた。
『貴方、道に倒れていないでしょうか?』
心臓がうるさいくらいに音を立て出した。
『貴方、誰かに傷つけれていないでしょうか?』
呼吸が荒くなる。
『貴方、未来を見失っていないでしょうか?』
ごくりと生唾を飲み込む。
『ああ、貴方のことを思うだけで心が引き裂かれそう。
私は貴方のことだけを思って、眠りにつきます。』
ヴァンっ。
私の目の前に、闇の中一筋だけ差し込む強い光に目が眩んだ。
そこに佇む人影、たった一つのスポットライトを浴びて、真っ赤なドレスを身に纏い、美しい歌声を響かせる。
『せめて、貴方の夢を見れるように・・・。』
・・・その胸に深々と黒の剣を突きたてて。
良く見れば、スポットライトのあたった彼女の足元には赤黒い血溜まりができ、真っ赤なドレスだと思っていたその深紅は、黒の剣が突きたてられた胸からあふれ出る鮮血の色だった。
吐き気がするほどの血の匂いに、眩暈すらした。
そして、彼女は歌を歌い終わると私の方を見た。
血の気の失せた青白い顔に、口から一筋の血が流れ出ている。
それでも彼女は何の穢れもないままに、あの私の大好きな笑顔を私に向ける。
そして、一層その笑みを深くして、私に呪いの言葉を呟くのだ。
「ヒロ、愛しているわ。」
そして、まるで糸の切れた人形のように彼女は、自分の血の海に倒れ落ちる。
倒れたまま絶命して、生命のない濁った瞳が私を見つめる。
「あ・・・あ・・・あ・・・。」
かつて見た同じ光景が、フラッシュバックする。
そして彼女の死に顔が私の方を見つめながら、血の海に沈んでいく。
歌は彼女が完全に血の海に沈んでも続いている。
どうして、どうして、どうして??
何度、彼女を私の中で殺せば、私は許される?
頭の中で止むことのない歌声が、私の罪を責め立て、私を狂わせていく。
「や・・・、やめろぉぉぉぉっ!!!」
絶叫する私に誰も答えることもなく、美しき歌声に責め続けられながら、私は一人闇の中に取り残された。
第三部、開始です。
短めのプロローグなので、全く話は進んでいないのですが、これを見ていただいて分かりますように、第三部はヒロの過去編的な感じです。どうぞ、気長にお付き合いくださいませ。
後、ここで一つ宣伝を(またかい!とは言わないでくださいね)。本編の番外編『異邦の少年 亡国の遺産』も現在本編と合わせて更新中。こちらは本編と違って、展開も早くて短め(10話前後の予定)で終わる予定ですので、もし良ければ、本編と併せてご覧頂けたら嬉しいです。