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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第二部 血塗られた楽園
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閑話 静かに壊れゆくもの

僕には、厳しくて、怖くて、それでいて変わり者の祖母がいる。


僕の祖母の名は、サンタマリア。

三大天使が一人、深海の天使のサンタマリア。



閑話 静かに壊れゆくもの



祖母は生まれた時から目が見えず、でも他人の心をのぞき見ることができるらしく、僕は昔から祖母には嘘をつけた試しがない。

悪いことをした時は、いつも母親以上にきついお仕置きが待っていたものだ。


そんな祖母が無条件に甘くなる人物が、母親の兄で、僕の伯父にあたるハイン。

祖母は、伯父を溺愛できあいしていた。

おかげで、俺の母親はたくさん子供を持つまでになったのに、伯父はまだ結婚すらしていなかった。

祖母が伯父を手放そうとしなかったのだ。

でも、伯父の方も「まったく、お袋にはまいるわ。」とか言いながら満更でもなさそうだったから、まあお互い様なのかもしれない。


同時に祖母は人間を愛した。

人間を蔑視べっしする風潮のある天使において、それはあまりに異端いたんだった。

理由は知らない。

ただ、祖母は人間を生贄のように扱う贖罪しょくざいの街の廃止を天使たちに訴え、エンディミアンやアーシアンなど人間を近くに置いて重用した。

天使たちに白い目で見られること、酷いののしりを受けることもあったが、長たる万象の天使が表立ってとがめることがなかったから、何か処分が下ることもなかった。

おかげで、僕をはじめとする祖母の家族たちは一様に人間を嫌うということがなく、人間と接することに躊躇ちゅうちょすることもなかった。


そんな僕ら家族が許せない存在が、先の贖罪しょくざいの街と、もうひとつ魔人ベルトゥール

人間を使ってつくる異形のモンスターである。

祖母は激しく嫌悪を示し、廃止を天使たちに求めたが、白き議会イピシデュア・カルヴァで承認されることはなかった。

その様子ははたから見ていても常軌じょうきを逸しているように見え、僕には単に人間に肩入れしているだけとは思えなかった。

しかし、魔人ベルトゥール研究はそんな祖母の思いとは裏腹に進み続け、祖母の悩みは募るばかりであった。


「お袋、最近笑わんようになったと思わんか?」

伯父と僕は、同じ天空騎士団アイッシュ・グランドに所属していたので、よく話すことがあった。

大人しく、引っ込み思案な僕に対して、伯父は誰に対しても明るく、親しみやすい人だったので伯父が話しかけることが多かったが、僕は伯父と話すことが嫌いじゃなかった。

その日も、いつものように明るい笑顔で何気なく伯父が話しかけてきた。

僕もその通りだと思ったので、伯父の言葉に僕は素直に頷いた。


「やっぱり、そう思うか?わいもそう思うんよ。お袋のあないな顔は見とうないのぉ。」

「でも、魔人ベルトゥールのことは仕方がないよ。白き議会イピシデュア・カルヴァで決まったことは絶対だし。」

心配なのは僕とて同じだけれど、こればっかりはどうしようもない。

そういうと、そうやなあと、伯父は曖昧あいまいに笑う。

何でも白黒はっきりつけないと気が済まないような性格の伯父にしては、らしくない笑い方だと思った。

その笑い方が気になった僕は、何かあったのかと彼に問うた。

「いーや。何でもないわ。ただ、ちょっと・・・な。」

やっぱり、そんな言葉をにごすような言い方をする。

気になったのは確かだけど、これ以上突っ込んで聞くこともできず、去っていく背中を見送ることしか僕にはできなかった。



・・・そして、それが伯父の姿をみた最後となる。



伯父は、その夜非番であるはずだったが、天空騎士団アイッシュ・グランドの団員の一人と交代して夜の見回りを買って出ていたらしい。

その夜の見回りをしている時、生体兵器研究所から脱走したという魔人ベルトゥールが暴走を起こし、伯父に襲いかかったというのだ。

でも、伯父は強い。

魔人ベルトゥールなんて、伯父の敵ではないはずだったのに、最悪の偶然が続くのだ。

伯父が戦っている所に、偶々騒ぎを不思議に思ったエンディミアンが現れたのだ。

暴走した魔人ベルトゥールは、戦いと血だけを求める狂戦士バーサーカーと化す。

魔人ベルトゥールは無防備なエンディミアンに狙いをつけ、そして伯父はそれをかばって凶行の刃に倒れたという。

以上が、伯父と一緒に見回りとしていた天空騎士団アイッシュ・グランドの団員の話だ。


そして、伯父は死んだ。


魔人ベルトゥールにやられた伯父は、正直目を覆いたくなるような姿で死んでいた。

その姿を見て、誰があの笑顔の似合う伯父とこの死体を同一人物だと思うのだろう。

その思いが一番強かったのが、祖母だった。

だからこそ、伯父の死を最も受けれ難かった祖母が、返ってきた伯父の亡骸なきがらを見て拒絶反応を示すのは当然だったのかもしれない。


「違うわっ!これはあの子じゃ、私のハインじゃない!!返して、私の子供を、あの人の子を返してぇっっ!!!」


いつも冷静で、穏やかな笑みをたたえている祖母の、狂ったような慟哭どうこくは聞いていて辛かった。

結局、祖母は伯父の葬儀の間、ずっとそんな様子だった。

僕は祖母を取り押さえる役割を与えられ、そんな祖母にやるせなさに胸が押し潰れそうだった。


そして、それから祖母は壊れ始めた。


まず、リンズ以外、誰も近寄らせなくなった。

ぶつぶつと始終何事か呟き、リンズ以外が近寄ると叫びをあげて暴れ出す。

僕ら孫はもちろん、母親や、母親の妹も心配して祖母に話しかけるのだが、彼女たちでも駄目だった。

祖母が、このまま狂ってしまうのではないか。

祖母を愛していた僕らだったが、何もできず、僕らは祖母を心配するしかなかった。


それから、どれくらい月日がたっただろうか。

僕はある日、突然リンズに呼び出された。


「サンタマリア様がお呼びです。」


喜びよりも、驚きが先だった。

ずっと天近き城フェデス・ジグロアの自室にこもり続けて、誰も近づけようとしなかった祖母が僕を呼んでいる?

しかし、断る理由もなく、僕はリンズに連れられるまま祖母の元に急いだ。


部屋は閉め切られていたはずの、カーテンと窓が開け放たれ、明るい日の光と爽やかな風が通り抜けていた。

その日の光の中で、伯父が死ぬ前と変わらぬ姿で立っている祖母がいた。


「・・・おばあさま?」


やはり何日も部屋に閉じこもり、食事もまともに取らなかったので、やつれている様子は否めないが、それでも僕が名を呼ぶと開かない瞳で、口元だけでほほ笑むあの独特の笑顔が僕の心を安心させた。

「心配をかけたわ。もう、大丈夫よ。」

「よかった、おばあ様!すぐに母や兄弟を呼んできます!!皆、本当に心配していたんですよ?」

涙が出そうなほどに嬉しかった。

すぐに皆に教えてやらなければと、僕は取って返そうとした。

しかし、それをリンズが扉の前に立ちはだかってさえぎった。


「リンズ?」

しかし、普段無口な彼女が僕に答えることはなく、代わりに背後の祖母が口を開く。

「今はまだいいの。今日は貴方に頼みがあって、ここに呼んだのだから、まずは座って話を聞きなさい。」

「・・・?はい。」

僕は祖母をエスコートして、部屋の椅子に向かい合わせに座った。

すぐにリンズが、祖母の背後に立つ。

祖母が部屋に閉じこもって、重用していた人間たちはリンズ以外全てが解雇された。

彼らが悪いという訳じゃないが、伯父の死に関わったのは人間たちばかりだった。

きっと、祖母も人間を近くに置いておきたくなかったのかもしれない。

そんな風に、軽く考えていた。


だが・・・。

「まず、もう二度と人間と関わるのはやめなさい。」

祖母は開口一番にそう告げた。

「あの子は人間のために死んだ。私はもう人間に家族を殺させたくないの。」

これが、あの人間を愛していた祖母の言うことなのだろうか?

僕は耳を疑った。

「もとはといえば、人間などを擁護ようごした私がいけなかったのよ。そうでしょ?」

「あ・・・はい。」

その表情には鬼気迫るものがあった。

気がつけば、僕は頷かされていた。


「ああ、やはり貴方なら分かってくれると思ったわ。ハインに一番よく似た貴方なら。」

その言葉を聞いた瞬間にぞくりと、悪寒が這い上がった。

確かに僕は、両親には似ず、珍しく伯父によく似た容姿をしていた。

伯父とおいよりも、兄弟だとよく間違われたものだ。

だが、伯父を溺愛できあいする祖母は、いつも僕など伯父の足元にも及ばないと、似ているとはやし立てる周囲を一蹴いっしゅうしていた。

なのに、今目の前にいる祖母は何と言った?


「ああ、貴方を見ているとハインが戻ってきたような気がするの。ねえ、あの子と同じようにしゃべってくれない?」

祖母は笑った。

その時、僕は知った。


祖母は元に戻ったわけじゃない、まだ、静かに壊れ続けているのだ。


祖母が異常に愛した伯父と人間。

祖母の心中を僕が図り知ることなどできはしないけれど、人間によって殺されたも同然の伯父、伯父を殺したも同然な人間。

この最悪の取り合わせによって起きた、最悪の事態が祖母の心にどれほどの傷を負わせたのか想像するに難しくない。


「それでね?私、あの子に似た貴方と復讐をしようと思っているの。」

僕を見ながら、伯父を見つめる祖母はうっとりと言葉を紡ぐ。

厳しい祖母のこんな甘い声を、僕は聞いたことがない。

こんなに優しげな微笑みを向けられているのに、恐怖しか湧いてこない。


そして、祖母は僕のこんな臆病おくびょうな心を見ているはずなのに、僕に何の言葉をかけてはくれない。


「手伝ってくれるわね、エンリッヒ?」


その日、引っ込み思案で口数の少ない僕もまた死んだ。












それから、何年かという月日が流れた。


「まあ、命を助けてもらった、お礼ってことにしといてください。」


伯父に似た僕は、未だ祖母の言いつけどおり伯父と同じしゃべり方をして、祖母のために伯父の復讐を手伝っていた。

でも、僕は突如現れた黒の一族・ヒロを足止めしておくように言われているにも関わらず、彼を生体兵器研究所に行かせ、尚且つ、彼に壊れた祖母の復讐劇のヒントを教えた。

どうしてかは、分からない。

ただ、あれ以来リンズ以外の人間を毛嫌いするようになった祖母が、あれほどに執着するヒロならば、もしかしたら壊れゆく祖母を助けてくれるのではないかと思ったのかもしれない。


馬鹿だよな。


何も知らないヒロが、そんなことできるわけがないと分かっているはずなのに。

僕は唯、もう逃げ出したかったのかもしれない。

祖母のために伯父のできそこない見たいな芝居を続け、復讐などと誰も喜びもしないことをし続けることから解放されたかったのかもしれない。


走りゆくヒロの背中を見送りながら、ふいに伯父の背中が彼に重なる。


もし、伯父がいきていたら、祖母は今も壊れないままだったのだろうか?

そして、復讐を遂げた祖母は、これからどうするのだろうか?

祖母は元に戻るのか?

それとも、壊れ続けるままなのか?


・・・僕は、ただ元の天使が好きで、人間が好きで、皆を愛していた祖母に戻ってほしかっただけなのに、僕は結局、何もできなかった。


ヒロにやられた傷を引きずり、冷たい街の建物に凭れ掛りながら、ギュッと瞳をつぶった。

そして・・・・



ドォ・・・・ン。



大きな爆音と、次の瞬間に揺れる大地。

「?!」

思わぬ出来事に、眼を見張る。

確か生体兵器研究所以外は、黒の雷オルヴァラを捕えるために天空騎士団アイッシュ・グランドが彼らを待ち構えて、今頃全部が捕えられているはずだ。

それにもかかわらず、見上げた天使の喜びの街カイラークから上がる炎と遠くから聞こえる悲鳴。


それが、どんどん白き神の御許イア・ルマンヌ全体にそれが広がるのに、大して時間はかからなかった。


僕はそれを、伯父が死んだ時と同じように何もできずに見つめ続けた。

・・・それしか、できなかったのだ。

サンタマリアの話をと思いつつ、気がついたらエンリッヒの身の上話みたいになってしましました。

この二人が祖母と孫という設定につきましては、初めから決まっていました。(驚きました?)ちなみに、第十八話『天使の棲家』でエンリッヒが『ばあさま』、すなわちサンタマリアのことを語っている場面があります。これは過去のサンタマリアのことを話しています。(ほかにも、二人の関係を匂わせている部分がいくつかあるんですが、分かりますかね?)

正直、本編では語る必要もない設定部分ではあるので、まあ、こんな事情があったのね。くらいに思っていただけると嬉しいです。


今後ですが、一応方針を決定しました。(決めるの早いですかね?こういうのさっさと決めないと、先に進めないタイプです。)これから、本編と番外編を交互に更新していくことにしました。そんなこと、お気になさらない方もいらっしゃるかと思いますが、一応ここに報告しときます。(ちなみに次が番外編、その次は『第二部のあらすじ』を更新する予定です。)

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