第四十八話 宣戦布告 其の二
【警告】
この話には、流血表現が一部ありますので、そう言った表現に嫌悪感を抱かれる方などはご注意ください。
大きな振動の後、断続的に大きな音が遠くから聞こえてくる。
天空騎士団との交戦が始まったのであろうか?
「やっと、始まったわね。」
だが、私だけじゃない天使たちも訝しげな中、小さな呟きが聞こえて、私はその声に振り向いた。
そこには、それまで一言も口を開くことのなかったティアの姿。
どうやら、彼女はエヴァンシェッドの力に屈していないようで、放心状態や、私のように辛そうにしている人々を尻目に、平然とした顔をしている。
そんな彼女は私と目があうと、口元に人差し指をあてた。
「?」
そうかと思いきや、一瞬で消えるティアの姿。
「ぎゃあぁっ・・・・・。」
苦しげな叫びと呻きが一緒になったような聞き苦しい悲鳴が聞こえた。
「?!」
まさかと、嫌な予感がして悲鳴の方を見ると、そこには長い剣で胸を貫かれて床に縫い付けられたDrパルマドールがあった。
その瞳は恐怖を映したまま閉じられることなく固まり、顔は涙や鼻水でぐしゃぐしゃなまま彼は、ぴくりとも動かなくなり絶命していた。
サンタマリアがふらふらと死体に近づくと、糸が切れた人形のように、その死体になった男を前に膝をついた。
「あ・・・ああ・・・あああああっ!」
盲目の瞳から涙は出ない。
だが、膝をつき、高い悲鳴を上げる彼女の姿は、私には泣いているようしか見えなかった。
第四十八話 まずは、宣戦布告といきましょう。
左足は、まだ焼けるように痛い。(銃弾は貫通しているし、急所ということもないので、重症とは言い難いだろうが、痛いものは痛い)
だが、混乱する一方の現状は、そんな私の痛みすらも吹っ飛ばす勢いだった。
「・・・ティア?」
エヴァンシェッドの支配下にあったはずの、アラシも思わぬ展開にぽつりと言葉を漏らした。
「き・・・キヤァッ!!!」
床に流れ出る鮮血に、ハクアリティスが悲鳴を上げた。
飛び散る赤黒い血痕が、Drパルマドールの血に覆い隠されてゆく。
「・・・・。」
放心状態のままのサンタマリアは、その血が手につき、断末魔の叫びをあげたまま瞳を見開いて死んだDrパルマドールを前にして、彼女を支えていたリンズをふらふらとしながらも振り払うと、Drパルマドールを刺したままのティアの服を掴んだ。
その手は、血に汚れ、小刻みに震えている。
「・・・どうして?」
声も細く、頼りなく震えていた。
そんなサンタマリアを、ティアの血のように赤い瞳が射抜く。
「サンタマリア様?あなたがぐずぐずしているから、いけないんですよ?せっかく、殺させてあげるチャンスを上げたのに。」
笑うでも、怒るでもない冷静な表情の中に、一抹の狂気の色が光って見えるのは、あの赤い瞳のせいだろうか。
サンタマリアは、焦点の合わない表情でそれを見上げる。
エヴァンシェッドとの会話以降、どうも彼女の様子が可笑しい。
「でも、悪いけどこの外道を殺す資格は天使なんかにないのよ。多くのアーシアンの命の上に立つ天使に、そんなものあると思うの?」
淡々と言葉を紡ぎながら、Drパルマドールから剣を引き抜いて、サンタマリアの頬に当てる。
平凡なくせに、どこか雰囲気のある天使の青白い顔に、べっとりと赤い血がついた。
背後にいたリンズが、すばやく銃口をティアに向ける。
「動かないで。大切な主が死ぬわよ?」
だが、動じることのないティアは、そう言ってリンズと、そして後ろにいるエヴァンシェッドをも牽制した。
サンタマリアを人質に取られては、両者も手も足も出ないようだ。
「何が望みだ?」
サンタマリアに剣を突き付けるティアに、エヴァンシェッドが低く言った。
その声に、彼の支配力が強くなるのを感じた。
あの力でティアに言うことを聞かせようということだろうが、先ほどの様子からティアがエヴァンシェッドの力に影響されているようには思えない。
私やアラシ、ハクアリティスはその力に圧迫され苦しんでいるが、やっぱりティアは顔色一つ変えない。
あれが、単に意地を張っているだけだとしたら、大したものである。(・・・こっちとら、立っているのも、やっとだというのに)
「望み・・・ね。まあ、心配しなくても、それは今から分かるわよ。」
どういう意味だ?と問い直すより先に、爆音と衝撃が再び襲う。
先ほどより、確実に近い。
「・・・っ何だ?!」
怪我で足の踏ん張りがきかない上に、肩を借りているアラシがエヴァンシェッドの力でへろへろになっているため、体勢を保てない私はドンと壁に背中を預けずにはいられなかった。
その瞬間に、少しだけ天使たちとティアから視線が外れる。
すぐに視線を戻した私だが、そこにいた人物が異常に増えているのに気がつく。
実験室のど真ん中に、十人弱の人が忽然と現われていたのだ。
「!?」
幻覚か、はたまたついに頭でも可笑しくなったのではないかと自分を疑った。(いい加減、疲れているのかもしれない)
「やあ、こんばんわ。皆さん。」
若い男の声。
楽しそうといわれれば、そうだし、何の感情もないといわれれば、そう感じられる。
何とも個性のない声。
これも幻聴かと思った瞬間。
「エンシッダァ!」
その声に烈火のごとく反応したのが、エヴァンシェッド。
・・・どうやら、幻覚でも幻聴でもないらしい。
それにしても、いつも人形みたいに表情を変えないイメージのあるエヴァンシェッドが、こんな風に感情を剥き出しにするとは意外である。
そして、それに反応するように私たちを苦しめていた彼の力が、無数の刃が体を貫くような痛みが走ったかと思った瞬間霧散した。
エヴァンシェッドの感情の乱れが、力に呼応しているのだ。
・・・こんなに取り乱すなんて、あの男は一体何者なんだ?
外見は好青年風の人間だ。
白い装束に身を包み、なんともさわやかな印象を受ける。
だが、それを嘘くさいと感じるのは、私が捻くれているだけなのだろうか。
それに、気になるのは彼を取り囲むように立っている数人の男女。
皆、一様に灰色の服を着ており、その胸には十字架の中に、小さな十字架が重なっている様な刺繍が白い糸で縫い付けられている。
あの紋章も何処かで見たことがあるような気がしたが、思い出せずに私は頭を軽く振った。
それよりも、『エンシッダ』といえば黒の雷の仲間のはずだ。
ハクアリティスが、エンディミアンの長だと言っていた。
・・・助けが来たということなのだろうか?
「怒るなよ、エヴァンシェッド。ああ、サンタマリア様も良い姿だね。ティア、アラシ、それにヒロ・・・だよね?御苦労さま。ああ、ヒロは怪我までしてるじゃないの。後で手当てしないとね。」
そう言って、嫌ににこやかに、それでいてどうにも表情のないように見える彼が手を上げると、彼を囲んでいた男の一人が私を助け起こした。
アラシとハクアリティスも、未だ茫然としているところを支えられる。
ティアもサンタマリアから剣を外し、苦痛に歪む私の顔を面白そうに見た。
「?」
なんだよ?
「あれ、エンシッダ様。ヒロを殺すとか言ってたのに、やめたんですか?」
殺す?
この男が私を殺そうとした、相手?
「うん。状況が変わった。彼は手元に置いておくことにしたよ。だって、アーシアンのために戦ってくれるんでしょ?それに何度か殺そうとしたけど、全部それを退けてるんだもん。大した悪運だよ。俺も逆にその悪運にあやかろうかと思ってね。」
何度もって、どういう意味だよ?
言っている意味が分からない。
展開の速さについていけない私は声が出ない。(こんなんばっかだな、私は)
そんな私と正反対なのが、エヴァンシェッドだ。
「何を考えているっ!?」
威嚇するように大声を上げ、エンシッダを睨みつけ、詰め寄る。
サンタマリアは剣が外されても動こうとしないし、リンズはその彼女を庇うように抱きしめている。
二人は、もはや戦力外だ。
一対大勢。
どうみても、エヴァンシェッドに不利な状況としか言いようがない。
「何って?」
「また、お前の嫌がらせか?!たちの悪い冗談はよせっ!」
美しい人というのは、怒っても美しいままだ。
「嫌がらせ?・・・ううん。違う。これは反逆さ。」
そんなエヴァンシェッドを刺激するような、声と表情。
エヴァンシェッドはそれに露骨に反応しているが、やっぱり私にはどうにも芝居がかっているように感じられる。
そんなエンシッダ演出の芝居のようなやり取りを、延々と見せられるのではないかと思われた。
だが、エンシッダが僅かに体をずらした先に、白いドレスと、白いベールに顔を覆われた女性が佇んでいる女性によって、事局はまた急転する。
「・・・白き神、どうして?」
・・・神?
それは私が思っていたよりも小さくて、全然神々しくもなくて、彼女を神だと自覚しても何の衝撃も感じなかった。
神々しいという言葉や、衝撃という意味じゃ、エヴァンシェッドとの出会いの方が余程、大きかったし、彼と対しているときの方が緊張した。
こんな何のオーラも纏っていないような女性が、本当に最後の神なのか?
「そういうことだから、はい。この手を放してね。」
言って、神の名を呟いて固まってしまったエヴァンシェッドの手を自分から外す。
「全く彼女を奪取するために、邪魔な神と契約せし天使を、全員天近き城から引き離すためとはいえ、この作戦は些か派手過ぎたよね。でも、こうでもしないと神を天使たちから奪うことはできなかったからね。」
言葉に疑問が頭をすごいスピードで駆け巡る。
今のはどういう意味なのだ?
私は私に問いかける。
私がここにいるのは、アーシアンのためだ。
Drパルマドールを殺して、サンタマリアの復讐をするためでもなく。
白き神を奪うためでもなく。
なのに、どうしてどいつも、こいつも!
何にが本当で、何が嘘なのか、本当に分からなくなってきて、支えられたまま私は頭を押さえた。
しかし、私を置いてエンシッダの一人芝居のような独壇場はまだまだ続く。
「さて、こうして白き神を手に入れた所で、俺達は天使と敵対を宣言するよ、エヴァンシェッド。」
そう言って、エンシッダは白き神のベールをそっとなでた。
「馬鹿なっ!!」
確かに天使に宣戦布告するなど、馬鹿だとしか言いようがない。
だが、思わずその言葉を信じてしまいそうになる。
彼の言葉には、そんな力がある。
「馬鹿じゃないさ。その宣戦布告のために、わざわざ俺はここに来たんだよ?」
エヴァンシェッドの瞳が、驚愕以外の何物も映していないのが分かった。
その美しさはそのままだが、精彩が欠けて、焦燥が色濃く見えた。
あれでは、エンシッダの思うがままだ。
力さえ使えば、エヴァンシェッドに勝機があるはずなのに、我を失った彼は力を使うことすら忘れている。
・・・らしくない。
エヴァンシェッドという人物を深く知る訳じゃなし、よけいなお世話だろうが、エヴァンシェッドらしくないと思った。
「大丈夫か?」
私を担いだ男が、私に声をかけてきた。
「・・・ああ」
相槌を打ちながらも、私の視線は何故だかエヴァンシェッドから外れなかった。
「ともかく、今回の作戦に参加しているアーシアンをはじめ、贖罪の街のアーシアン、断罪の牢獄の囚人、全てを解放してもらうよ。そのために、俺は軍隊を用意した。聞こえるだろ?その軍隊が今、天使たちと戦っている。」
この音と振動は、やはり天使とアーシアンたちの戦っているのか。
「軍隊だと?人間が天使にかなうはずがない!」
エヴァンシェッドの言っていることは、至極当然といえる。(私だって、そう思う)
だが、エンシッダは涼しい顔だ。
「大丈夫だよ。君も世界の円卓で見たんだろ?」
その言葉に、エヴァンシェッドの肩が震えた。
「ほら、この少年に見覚えあるでしょ?」
エンシッダの足元から一人の年端もいかない少年が出てくる。
その少年を見て、眼を見開くエヴァンシェッド。
この少年は何者なのだろう?
そう思った私に対してではないだろうが、エンシッダは説明を加えてくれる。
「尊き血の天使たちには魔人と説明しておいたけど、厳密にいえば彼らは魔人じゃないんだ。天使により近い、いや天使以上の存在なんだ。」
「ま・・さか・・・。」
エヴァンシェッドの声が嗄れて、だらんと腕が下がる。
確かに魔人には見えない。
私が見た魔人は、継ぎはぎのだらけの人間になりそこないのような、眼を覆いたくなるような姿をしていた。
この少年は、どこからどう見ても人間にしか見えない。
それに、天使に近い、天使以上の存在とは、どういう意味なのだろう?
だが、それにはエンシッダも説明は加えてくれない。
「ま、そういうことで。宣戦布告はこれくらいにしないと、これ以上いじめるとエヴァンシェッドも壊れちゃうよね?」
白き神を盾にとっているような状況のエンシッダは、余裕綽々にもう、声を張り上げる元気もないエヴァンシェッドに背中を向けた。
「さあ、行くよ。」
エンシッダはそういうと、手をかざし何もなかった空間に一つの扉を出現させた。
『はい。』
魔人ではない、天使に近い人々が声を揃えて返事をし、エンシッダに従うように扉に向かって歩き出す。
私も男に支えられたまま、扉に向かう。
ギギギギ・・・。
音を伴って開く扉の向こうは、光り輝いていて見えない。
だが、この状況では扉の向こうに行かない訳にもいかないのだろう。とりあえず。
何より、エンシッダ。
この男が何を考えているか、知りたいと思っていた私が彼に付いていかないはずもない。
彼はエヴァを知り、私を殺そうとし、何より天使に本当の意味で喧嘩を売ったのだ。(私みたいなちんけな喧嘩じゃない)
私は状況がどうなっているか、自分がこの先どうのるのかも分からない。
それでも、この戦いが何なのか、この先戦いはどうなるのか、それを知りたい欲求には勝てないのだ。
最後にちらりと後ろを振り返る。
何となく天使たちの様子が気になったのだ。
・・・振り向いて固まった。
サンタマリアとリンズはいい。
放心したままのサンタマリアと、それを支えるリンズ。
二人はもうこちらに視線すら向けていない。
ただ、私を動けなくさせたのは、美しくも歪んだ深い紫の瞳。
その瞳が私だけを見ていた。
「ひ・・・ろ。」
声は爆音が近くで響く実験室内で、私には届かない。
でも、彼の口の動きが私の名を呼び、そして、彼は私に手を伸ばす。
・・・見なければ良かった。
何故だか、分からない。
ただ、見た瞬間に焼きついたその姿が、きっと忘れられないと思った。
もう会うことはなくて、会ったとしても敵同士でしかないのに、こんな気持ちを残してどうなる?
私にとって、彼はただエヴァの戻る場所というだけの接点。
エヴァさえいなければ、会うことも、こうして視線が合うこともなかったはずだ。
なのに、どうしてそんな切なげな瞳で私を見る?
彼の瞳に、初めて出会った時のエヴァの瞳がダブるのだ。
瞬間、私は自分が喧嘩を売ったことなど忘れて、彼に手を伸ばしそうになった。
しかし、その手は、扉をくぐり、光に包みこまれたためにエヴァンシェッドに届くことはなかった。
第二部 血塗られた楽園編 完
やっと、第二部完結までこぎつけれました!こんな拙い作品を通して読んで頂いている奇特な方がいらっしゃるなら、本当にありがたいばかりです。
大分長い話になりつつあるわりには、一向に本題に入らないこの話も、第二部のだらだらと動きのない部分の我慢を経て、やっとこさ大きな流れに向かいつつあります。
すなわち、天使と人間の戦いです。
ただ、大きな山場はそこにあるんですが、まだまだ片付けないといけない謎が多く残る話ではあるので、まだ長く続く予感がいたします。もしこんな話ですが気に入っていただいている方がいらっしゃるなら気長にお付き合いいただけると幸いです。
今後ですが、とりあえず第二部は完結しましたが、サンタマリアの補完話と第二部のあらすじ等を次にアップするつもりです。それで次なんですが、第三部を更新していくか、久しく更新していない番外編『異邦の少年 亡国の遺産』を重点的に更新するか迷っている次第です。第三部は更新するつもりなんですが、番外編も並行すると、すこしペースが落ちると思います。どっちでもいいかなと思っているんですが、どっちがいいですかねぇ?もし、こんな後書きまで目を通してくださる方々の中で、こっちを先になんて要望があったら、言っていただくと優柔不断な私は助かります(笑)もし、よろしければ感想と合わせて、そういった要望等もあれば、是非ご一報くださいませ。
では、長くなりましたが、最後にこの話を読んで頂いている皆様には感謝ばかりです。ありがとうございました。