第四十六話 嫌がらせの君 其の二
それから、エンシッダはべらべらと俺の神経を逆撫でする言い方で全てを話した。
その一つ一つを聞いていく中で、苛つく自分を抑えるのに酷く労力を使ったのは言うまでもない。
だが、一族を守るため、何より三大天使のために、俺は多大な精神力を要して我慢に我慢を重ねたのである。
エンシッダの話によれば、三大天使のうち、奴の術中にはまっているのは、ラインディルトとサンタマリア。
本当は全員を手玉に取ろうと考えていたらしいが、シェルシドラには隙がなかったというか、彼の弟のディアスオーレの監視が厳しかったらしく容易に近づけなかったらしい。(どうやら、エンシッダはディアスオーレに嫌われているようだ)
しかも良く聞いてみれば、ラインディルトには俺を、天使を裏切っているという自覚はなく、エンシッダに弱みを握られているだけで、ヤナウスの屋敷にエンシッダの名前で呼び出された所を目撃されただけだったというのだ。
その弱みについてはエンシッダは口を割ろうとしなかったが、しかし、問題はどうしてラインディルトを目撃させたかということで、その事実に俺は愕然とすることになる。
「別に俺はラインディルトを利用しようなんて思ってなかったんだ。でも、サンタマリアが言うだよね。」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「この期を利用して、魔人の監視もできないラインディルトを失脚させたいから、彼が天使を裏切っているように見せかけよう・・・てね。自分の裏切りの罪を全部ラインディルトにかぶせる気なんだね。だから、ヤナウスに目撃させて、こうやって君の耳に入るようにした。あー女はこわい。いうなれば、この裏切りというか、この嫌がらせは俺というよりはサンタマリア・プレゼンツなの。」
サンタマリアが、この巧妙な裏切りを考えた?
「言ったろ、これは嫌がらせ。俺主導の裏切りじゃなくて、三大天使主導の裏切りの方が君には打撃が大きそうだから。サンタマリアに作戦は一任しているんだよ。俺は従順なエンディミアンを演じながら、彼女を手伝っているだけ。ああ、でもこうして君に作戦をばらしているのは俺の独断。だって、知らせないと嫌がらせにならないからね。でも、彼女の相手は疲れるよ、俺の本性を知られないために、色々苦労しているよ。」
そう言って高らかに笑うエンシッダの笑い声を聞きながら、俺は盲目の彼女がいつもどんな瞳で俺を見ているか必死で思い出していた。
第四十六話 嫌がらせの君 其の二
嫌がらせの君・エンシッダと別れた後、一人打ちひしがれている暇もなく、俺は三大天使を招集し、魔人の件で話し合った。(話し合った内容については、第三十四話参照)
あの時、俺がついた嘘は2つ。
1つはヒロが死んだと認めること。
別につかなくてもいい嘘だったが、サンタマリアは俺にヒロを諦めてほしいことが、明らかだったので、とりあえず、それを信用してやるふりをした。
変な所で彼女を疑って、警戒されるのを防ぐためだ。
もう1つは、俺がDrパルマドールを悟らせずに殺せることができれば一番だと匂わせたこと。
むしろ、俺としてはDrパルマドールには死んでもらうわけにはいかないと思っているくらいなのに、そんなことを言ったのには訳がある。
それは、サンタマリアへの警告。
エンシッダによれば、サンタマリアの目的は、Drパルマドールの抹殺。
どうして、サンタマリアがあのエンディミアンを殺したいかその理由には見当が付いている。
その理由から彼女があのエンディミアンを殺したいと願うのも、分からないでもない。
でも、だからって、そのために黒の雷の襲撃を目くらましに、そのドサクサに紛れてアーシアンたちにDrパルマドールを殺させ、黒の雷を手引きした罪はラインディルトに着せようとしたのだ。
確かに黒の雷によって殺されたというのであれば、尊き血の天使に付け入る隙は与えないだろう。
それでも、今はDrパルマドールを殺されるわけにはいかないし、ラインディルトに失脚されても、ましてや、サンタマリアの裏切りが明るみに出られても困るのだ。
だから、黒の雷の襲撃まで、俺はさまざまな手を使って、本心を隠しながらサンタマリアに警告を促した。
ただ、エンシッダのことは俺の都合で言うことがかなわないし、エンシッダのことさえなければ、何の証拠もないのに、いきなりサンタマリアに俺を裏切っているだろうと聞けるわけもなく、曖昧な警告しかできなかった。
例えば、さっきのように彼女の作戦を匂わせるようなことを言ったり、はたまた、ケインの証言だけ、ラインディルトが怪しげな行動をしているとをサンタマリアに話して、ラインディルトの心を読んでくれと頼んだりもした。
ラインディルトはサンタマリアの作戦については何も知らない。
だから、彼女が本当に俺を裏切る気がないなら、エンシッダが言うような彼女主体の裏切りではないというなら、ラインディルトを庇うようなことをいうと思った。
でも・・・、
「間違いないわ。ラインディルトは黒の雷の手引きをしている。作戦は2日後の夜。天空騎士団を配備させましょ。これで、黒の雷も一網打尽ね。」
彼女は嘘をついた。
エンシッダの言っていることを、100パーセント信じているわけじゃない。
だけど、確かにサンタマリアを疑い、彼女の裏切りの一つ一つを確認し、彼女のその思いを考えている今のこの時ほど、苦しいものはない。
エンシッダは、こんな苦悶に喘ぐ俺が見たいのだ。
これが嘘では、あいつの楽しみも半減するというものだろう。
そんなことをするような男じゃないことは、嫌がらせを長年受け続けている俺には分かりすぎるほど、分かっている。
だから、多分、あいつの言っていることは正しいのだ。
・・・こんなことで、それを確信するのも嫌なんだけどな。
そして、サンタマリアに直接切り出せないまま、黒の雷が襲撃してくる夜になった。
色々考えた末に、襲撃の前に黒の雷を討伐してしまえばどうかと考えた。
でも、それは頑としてそのアジトなどは教えてはくれないので、できなかった。
多分、俺の考えていることなど、あの男にはお見通しなのだろう。
一方、直接彼女を説得しようとも、サンタマリアがしらを切ると想像がついた。
証拠もなしに彼女を問い詰めたところで、それで彼女が作戦を止めるのであれば、はじめから俺を裏切ろうとはしないはずだと思うのだ。
彼女の人となりは理解しているつもりだ。
そして、彼女とてあの事さえさければ、エンシッダに付け込まれて、俺を裏切るようなことはしかなかったと断言できる。
だからこそ分かる、彼女の覚悟が半端ではないということが。
故に俺は彼女がDrパルマドールを殺す現場にいくだろうと推測していた。
エンシッダの話では、Drパルマドールは黒の雷に殺させるとしていたが、確実主義なサンタマリアの性格と、あのエンディミアンに対する彼女の憎悪を考えると、直接自分の手で殺しに行くのは目に見えていた。
彼女の思いを知っているから、その思いを遂げさせてあげたいとも思う。
だが、それをしても、たぶんサンタマリアの悲しみや憎しみが晴れることはないと思うのだ。
残るのは、きっと虚しさだけ。
それを俺が知るからこそ、俺を裏切ってほしくないという感情と同じくらい、憎しみの果ての凶行を彼女にして欲しくないと思う気持ちが強かった。
だからこそ、きっと彼女を止めるのであれば、その思いが最も強くなるDrパルマドールを殺す、その瞬間しかない。
そして、俺はその全てを一人で受けとめようと決めていた。
他の天使にその姿を見せるわけにはいかないのもあるし、これもまたエンシッダの嫌がらせの一つなのだと思う。
ならば、一人で立ち向かわなければという使命感みたいなものがあったのかもしれない。
そして、騙されているとは知らないラインディルトは、今回もエンシッダに呼び出されて黒の雷の陽動の現場に呼び出されている。
これも、他の天使に目撃されるのは避けたかったので、そちらの方は裏切りについては話さないままシェルシドラに取り押さえるように頼んだ。
気のよいシェルシドラは、訝しげにしていたが俺の頼みを快諾してくれた。
もちろん、サンタマリアに感づかれないよう、また、ついでに黒の雷を殲滅してしまえるように、サンタマリアとラインディルトが現れる場所以外には天空騎士団を配備した。
サンタマリアも黒の雷に手こそ貸しているものの、Drパルマドールさえ抹殺できれば用がないらしく、彼女がラインディルトの心を読んだふりをした時に言っていた黒の雷の襲撃場所は生体兵器研究所以外はすべてエンシッダに教えてもらったものと同じだった。
用がなくなれば、天使に捕まろうがいいということだ。
今夜は、天使の領域で未だかつてない騒がしい夜になるだろう。
今はまだ静けさを保つ夕闇の中、俺は一人天近き城の庭園で物思いに耽っていた。
指示できることはすべて完了した。
黒の雷を包囲するための天空騎士団の配備も、これから俺がとる段取りも何度も頭の中でシュミレーションした。
だが、なんどもサンタマリアと対峙する様子を思い浮かべても、何もかもが不確かで落ち着かなかった。
「エヴァンシェッド。」
そんな俺に女の声がかかった。
振り向けばそれは純白のドレスに身を包み、純白のベールに顔を覆われた女性。
その女性を俺は知っている。
俺は、揺れる心を隠して、とっておきの笑みを彼女に浮かべた。
「我が、白き神。我が主よ、どうされました?」
そう、それは東方の楽園にたった一人残った女神、白き神・イヌス・ニルヴァーナ、その人。
普段は天近き城の上空にある神の揺りかご出てこない彼女が、どうして・・・と思った。
「何やら、下界が騒がしいので気になって。」
確かにここ最近、ヒロのこと、翼のこと、黒の雷のこと色々と天使の領域内も騒がしい。
特に今日は、天空騎士団のほとんどが街の中に潜んでいたり、普段は天近き城に誰かはいる三大天使が、このままだと皆出払うのだ。
感受性の強い女神が、この殺伐とした空気に気がつかないはずはない。
「我が君が心を悩ますほどのことではありません。心配いりません、今日全てに片がつきます。」
俺は跪き、女神が安心できるよう、できうる限りの優しげな声を出した。
こんな時でも、仮面さえ被ってしまえば自分の心など隠してしまえる自分が可笑しかった。
「・・・貴方の心がざわついている。」
だが、我が君はそんな俺の心もお見通しらしい。
ざわぁ・・・。
風が強く吹く、神のベールが舞う。
その奥に隠された女神の瞳は、まっすぐに静かな瞳で俺を見つめていた。
「貴方は一人ではありません。なのに、どうしてそんな風に一人で抱え込むのです?」
「・・・。」
「エヴァンシェッド。」
声が俺を呼ぶ。
だが、その声は俺の心を支える声じゃない。俺を癒す声でも、助ける声でもない。
俺は俯いた顔を上げ女神に、最上級の白々しい、それでも誰もが見とれる笑顔を浮かべた。
「わかっております。それでは、私もこれから出向くところがありますので、白き神もどうか神の揺りかごにお戻りくださりますよう。」
俺は女神に一つ頭を下げると、その場を辞した。
そう、わかっています。
俺は独りだ。
ずっと、ずっと、彼女が消えてから俺の心には誰もいない。
誰も俺の中に入ってくる者などいなかった。
それで良かったし、それを望んできたのは俺だった。
でも、今は俺は独りでいることが不安なのかもしれない。
信頼していた三大天使に裏切られ、そこをエンシッダに揺さぶられ、きっと情緒不安定なのだ。
もしかしたら、遅い思春期なのかもな。
そう考えると、何故だか笑えた。
だからじゃないけど、ヒロが何故だか恋しかった。
決して変な意味じゃない。
もしかしたら、翼の感情が残っているのかもしれない。
でも、あんな風に俺に何の隔たりもなく、一人の存在として喧嘩を吹っ掛けてくるような彼といれば、なんとなくこの不安がなくなるんじゃないかと思ったのも本当だ。
だからこそ、彼を『−−−−』にしてしまいたいと思った。
そんなことを考えながらも、今の俺は独り闇に立ち向かうしかない。
さあ、サンタマリアに会いに行く時間だ。
・・・そして、今俺は生体兵器研究所で、想像した通りにこの場にいたサンタマリアと対峙していた。
思いがけず、ヒロがここにいたのは嬉しい誤算だが、あとは概ね考えていた通りにことは進んでいたようだ。
「俺は全てを知っている。サンタマリア。もう、言い逃れはできない。今ならまだ間に合う、もう馬鹿な真似はやめろ。お前がラインディルトの心を読んで告白した通り黒の雷はもう全て捕まったし、何も知らないラインディルトはシェルシドラに秘密裏に確保させている。ここも、すでに多数の天使たちに囲ませてある。」
ただし、俺が指示を出すまで、ここには入ってくるなと言ってある。
天空騎士団の出番は、ここからサンタマリアを逃がしてから、黒の雷を捕まえることだけだ。
「どういうことですか?!」
そう声を上げたのは、サンタマリアではなくやたらとでかい男。
サンタマリアに食ってかかっているところを見ると、たぶん黒の雷の人間なのだろう。
エンシッダは自分も黒の雷に加担しているくせに、その正体だけは話さなかった。
そういえば、黒の雷といえば、エンシッダは気になることを言っていた。
「いっとくけど、君のその翼を確保してくれたのは黒の雷の皆さんなの、それを俺が確保してきてあげたんだから感謝してよね?」
そう言って、エンシッダは俺の元に戻った翼を指さした。
てっきりラインディルトがマルーの予言を元に探し当てたかと思っていた翼であるが、その時、エンシッダが連れてきたのだと初めて知った。
俺のためになるようなことをする男ではないのは分かり切っているので、見つからなかった翼を何の目的で見つけたのだと、怪しむのは当然の成り行きだと思う。
「いやな顔するなよ、別にそれに対しては悪意はないよ?ただ、あんたの力が万全じゃないと、俺の地位も危ういからね。」
そんなもの誰が信じるものか。
だが、その先の思惑を知る術は俺にはないし、釈然としないままにその話はうやむやになった。
後、翼の話が出た時、エンシッダはヒロにも興味を示したようだった。
「そういえば、どうしてあの黒の一族を手元に置いておいたの?」
翼との契約のことを知られれば、嫌がらせのネタにされることは分かっいたので、俺は気のないふりをして、そっけなく言った。
「ああ、サンタマリアが気にしているようだったからな。様子を見ていただけだ。」
「そう。」
エンシッダはそれ以上は何も言ってこなかったが、翼のことといい、どうにもエンシッダの言動は気になった。
まあ、今はそんなことを考えている暇もないか。
こちらを隙なく、見つめてきているサンタマリア。
開かない瞳のはずなのに、なんとも強い感情が蠢いているように見える。
分かってるさ。
どうして、君がここにいるかも、君が何をしたいかも。
「では、どいて。」
俺の感情を読み取ったサンタマリアが、平坦な声で俺を威嚇する。
邪魔をするなら、俺とてただじゃ済まないということだろう。
だが、だったら俺の気持ちも分かっているだろう?
「それは・・・。」
サンタマリアの表情が揺れる。
彼女とて、分かっているに違いないのだ。
ただ、今は混乱している。戸惑っている。
そこをエンシッダに付け込まれた。
でも、俺は、君に俺を裏切って欲しくない。
そして、それ以上にあの時の俺みたいになって欲しくないんだ。
この想いが、サンタマリアに届くよう強く思った。
どうでしょうか、色々ちゃんと伝わりましたでしょうか?こうして二話前のヒロ視点の話と繋がってますかね。上手く伝わっていなかったら、申し訳ないです。
まあ、こうして舞台は第二部最終章に、ヒロ視点の話に立ち戻ります。後、2話で何とかまとまりそうですので、あと少し、第二部も最後までお付き合いいただければ幸いです。