第四十話 人間と天使は違う生き物だったのだ 其の一
天使の領域の夜に月はほとんど昇らない。
何故なら、守護天使の白壁に高く囲まれているから、空の天辺に月が昇らなければ、その姿は見えないのだ。
だから、天使の領域の中には、偽物の月がある。(同様の理由で、昼には偽物の太陽が昇る。)
私は今、黒の雷の一員として、その偽物の月の下で戦っている。
・・・ということは、私は今天使の領域にいるということで、わざわざ命がけで逃げ出したたくせに、私は戻ってきてしまったということだ。
二度と天使の領域になど戻ってくるものかと思っていたくせに、二度と天使なんかと関わるものかと決めていたくせに、二度と・・・。(言ってると切りなくなってくるから、これ以上はやめておくが)
まあ、そんな下らないことを考えながら、ついに黒の雷たちによる天使の領域襲撃作戦に参加した私は、たくさんの天使の前に立ちはだかり、背後にアーシアンたちを庇って、今戦っているのだ。
「くそっ!このアーシアンが!!天使に逆らってタダで済むと思っているのか?!」
相手はおそらく、見回りの天空騎士団。
天使の領域に入り込むことには成功したのだが、運悪く偶然その一団に私たちは見つかってしまったのだ。
天使たちは十数人、私たちも十数人。(ちなみに天使の領域に入り込んでいるアーシアンの人数は数百人で、今はバラバラに行動している)
天使の人数は、この間私を天近き城で追ってきたのと同じくらい。
あの時は逃げるだけで精一杯で、正直、天使たちを相手にしようなど考えてもいなかった。
でも、今は・・・違う。
私はアーシアンたちを後ろに庇いながら、いきり立つ天使たちをと睨みつけると、最大級の虚勢を張った。
「さっさと、かかってきたらどうだ?私は逃げも隠れもしないからな。」
・・・やっぱり、ちょっと虚勢を張りすぎたか?
すぐにそう思ったけれど、しかして、こんな緊迫した場面では、言い直すこともできないのは当然である。
第四十話 人間と天使は違う生き物だったのだ 其の一
『3日後に黒の雷は、天使の領域に対して、強襲をしかけるつもりよ。』
3日前、私を殺そうとした女の話は本当だった。
しかも、彼女が言い当てた通り、黒の雷と繋がりがあるという天使に(この天使についてはよく分からないままだが)、天使の領域に入り込む手引きをしてもらう代わりに、生体科学研究所を破壊するという所まで、あの女は言い当てていた。
ちなみに今アラシを中心とする私たちのチームは、その生体科学研究所に向かっている途中だったりする。(他のチームは街を強襲するために散らばっている)
はてさて、女の正体も非常に気になるところなのだが、とりあえず、今はその話は置いておいて、その作戦の話を聞いた時の自分の反応を、私はよく覚えている。
『まさか・・・、天使に喧嘩でも売るつもりなのか?』
正直、失敗するのは目に見えている作戦だと思った。
そんな無謀な作戦を、天使の後ろ盾ごときで成功すると思い込んでいるなんて、正気の沙汰とは思えなかったくらい、私はアラシ達の行おうとする作戦を馬鹿にしていた。
それはアラシに力を貸してやるといった時とて、同じだった。
ハクアリティスを、エヴァンシェッドを人質に取っているといわれても、天使の圧倒的な強さの前には、到底意味がないと私は思っていた。
大体、ハクアリティスに、それほどの人質としての価値があるというならば、エヴァンシェッドがもっと心配していたと私は思うのだ。
ハクアリティスには悪いが、エヴァンシェッドと一カ月近く共にいて、あの天使が彼女を心配していたという素振りは一度としてなかった。(まあ、あの天使が何を考えているか分かったもんじゃないが)
だから、私は正直にいえば、ハクアリティスの人質としての価値を疑っていた・・・、というか『契約者』という存在の認識が違っているのではないかと思っている。
どんな風に違っているかは推測の域を越さないが、とりあえず彼女の命とエヴァンシェッドの命の連動については違うのではないかと考えている。
ともかく、そういう考えもあったから、私はアラシに力を貸してやるとは言ったものの、その実はこの作戦には、あまり乗り気ではなかったのだ。
アラシに恩を売る意味でだけ、力を貸してやり、あとは適当に死なない程度に戦おうと思っていた。
きっと劣勢というか、自分たちの考えがいかに甘いかがわかれば、アーシアンたちも自分の命が惜しいから即時撤退をすると思ったのだ。
私もそれに乗じて逃げてしまえばいい。
そんなやる気半分で、この作戦に臨もうと思っていたのだ。
だが、私は今本気で天使たちと対峙している。
あの時のやる気半分の私はもういない。
「ヒロっ!」
天使に剣を向けた私に、アラシが声を上げた。
「ここは私が何とかする。アラシ達は先に進め。」
「でもっ。」
次に声を上げたのは、人質として連れられてきたハクアリティス。
「後から、すぐに追いつく。」
だが、私は天使たちから視線をそらすことなく、冷たくアラシたちを突き放しした。
背後のアラシ達の様子を見ることはできないが、僅かに戸惑う気配の後、アラシたちが走っていく足音が遠のいていく。
「逃がすものかっ!追え!!」
しかしそれを天使たちが逃がしてくれるはずもなく、追跡をしようと数人の天使が私の横を通り抜けようとする。
だが、私だってそれを許すわけにはいかない。
「目覚めよ、黒の剣。」
素早く言霊を唱えると、私はすぐさま天使たちを剣で薙ぎ払った。
黒い衝撃波が天使たち目がけて、狙い定めた通りに飛ぶ。
上がる悲鳴。
衝撃波で吹っ飛んだ天使たちは、白き神の御許の白い石の町並みに、激突し、そのまま力なく倒れる。
「今のは何だ?!!」
「こ・・・、こいつ、アーシアンかっ?!」
黒の武器を知らないのか、アーシアンらしからぬ力を持つ私に天使たちに動揺が走るのが分かった。
この動揺を逃す手はない。
飛び道具で攻められれば、私に勝機はないのは確実だ。
とりあえず、遠距離戦は避けて、接近戦で短期決戦が望ましい。
私は目を細めると、黒の剣の柄を強く握り、混乱する天使たちに突っ込んだ。
突っ込んだと同時に、未だ戸惑っている一人の天使の懐に入ると、私はその天使を黒の剣で峰打ちして昏倒させる。
しかし、天使たちも戸惑っているのは一瞬で、そこは普段訓練を受けてきている天空騎士団の団員達、一人やられたことで自分を取り戻すと彼らは一斉に私に武器を突き付けた。
「う・・・動くな!」
「武器を離せ!」
だが、私はその言葉など聞こえないように、天使たちを見据えると再び黒の剣を構えると天使たちに向かって言った。
「ぎゃあっ!」
「い・・っ。」
飛び道具で集中砲火を浴びてしまっては、到底彼らには敵わないのは分かっていたが、私は今までこの剣一本で不浄の大地を生きていたのだ。
悪いが、接近戦においては彼らに負ける気は更々なかった。
しかも、エンリッヒ並(天空騎士団の副師団長並)の天使が十数人もいたら裸足で逃げだすしかないだろうが、幸い彼らは見回りをしている下っ端の天使だったのも幸いした。
天使たちの小さな叫びがあがる中、私は次々にこの剣だけで、天使を全員を倒していくことに成功したのだ。
そして、彼らと対峙して数分。
私は見回りの天使たち全員を、白き神の御許の美しき石畳に沈めることができたのだ。
「・・・ふう。」
私は一つ息をつくと、黒の剣についた僅かな天使たちの血を払った。
悪いが、黒の雷が暴れきるまで彼らにはここで大人しくして頂かなくてはなるまい。
私は黒の雷から支給された長いロープを取り出すと、気を失った彼らを一か所に集めると、全員をふん縛ってやった。
「ふふん。どうだ、私が本気を出せば、こんなもんさ。」
私の声は息が上がり、僅かに震えていた。
正直、天使十数人に対し一人で戦うに当たり、アラシ達には見栄を張ったものの、かなりの不安があったのだ。(だったら、見栄なんぞ張るなという話だが、変なところで私は意地っ張りなのだ)
大体ここは天使の本拠地なわけであり、いつ応援が来るとも分からない。
まあ幸いに、ここは白き神の御許の中でも最下層部の人気のない、薄暗い場所。
短い時間と、大した音も立てずに天使たちを倒すことができたために、ほかの天使たちに気が付かれた様子はない。
それをきちんと確認することができ、誰に聞こえるでもない大見栄を張りながら、そこで私はやっと、息をつくことができたのだ。(全く自分の小心者っぷりには、泣けてくる)
しかして、私はアラシ達を追うべく、気を失った天使たちを建物の影に隠してしまうと、踵を返して駈け出した。
黒の剣片手に走る私には一分のやる気のなさもなく、それこそ正に本気と書いて、マジという私的には超本気モードなのだ。
あれほどにこの作戦について、やる気というものがなかった私が、如何にしてこれほどの変容を致したかといえば、それにはいろいろ理由があるのだが、まず第一にこの戦いに私が戦う意味を見出したことがあるだろうと思う。
しかして、その戦う意味は、天使と関わりたくないと思っていた私を奮い立たせ、再びエヴァンシェッドに囚われる、いや、今度こそ殺されるかもしれないという恐怖や意地も吹っ飛ばし、本気で天使に喧嘩を売る覚悟をもさせているのであった。
と言う訳で、いきなり『黒の雷、天使の領域襲撃作戦』(長いですね)開始です。
実際、作戦がどのようなものかとか、ヒロがどうして本気になっているとか不思議なことこの上ない感じですが、大丈夫です。あとでちゃんと説明します。
いや、先に説明あってもいいんですが、最近どうにも会話ばかりの動きのない話ばっかりだったので、久々に戦闘シーンを入れてみました。(短いですけど)
ともかく、こんなにやる気のあるヒロというのも珍しいと思うので、本気で戦うヒロをしばらくお楽しみください。次はヒロと因縁のある天使が出てきますよ。