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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第二部 血塗られた楽園
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第三十八話 再び流離人は牢獄へ 其の四

『ヒロちゃんは、生きて。』


それはエヴァとの約束。

そして、彼女とも約束でもある。


だから、どんな状況になろうとも精々せいぜいみっともなく、足掻あがきながら生きてやる。

あの天使たちに囲まれた、天近き城フェデス・ジグロアで死んだように生きながら、エヴァンシェッドに啖呵たんかを切った私はそう決めた。

いつか、この命が尽きるその日まで、私はエヴァと彼女の幻影をこの胸に抱きながら生き続ける。


なのに、どうしてそんな命を大事にする私に、無遠慮に死を突き付けるような存在が現れるのだろう?

そうして、私は一人なげき続ける。(誰も聞いちゃいないだろうが)



第三十八話 再び流離人さすらいびとは牢獄へ 其の四



一人目の客人・アラシは、私の答えに背を向けた。

二人目の客人・ハクアリティスは、噂に怒り、私を泥棒猫と言った。

そして、三人目の客人は・・・


「さようなら、死への旅路を貴方に。」

闇夜にギラギラ光る短剣を振り上げて、私に死の言葉を呟いた。


牢屋の硬く冷たい床で就寝しゅうしんについていた私は、その夜、死の言葉とともに発せられた、すさまじい殺気で目が覚めた。


ギンッ・・・。


覚醒かくせいすると同時に、喉元に振り下ろされようとしていた攻撃を回避できたのは、ひとえに夜も野生の動物たちがうようよしている不浄の大地ディス・エンガッドでの野宿に慣れていたためだろう。

たが、この瞬間はそんなことを考えている余裕はない。

ある意味、牢屋の中というのが、一番襲撃などないだろうと安心していたのだ。

そんな場所で、こんな夜討みたいなことをされるとは、普通思わない。


「だれ・・・うわっ!」

一撃目の攻撃をほとんど無意識の本能だけで、転がったまま避けた私は膝立ちに体勢を立て直しながら、私を襲撃した相手を見定だめようと、暗い牢屋で目をこらした。

しかし、相手は私が状況を把握する前に、短剣を突き付けて突進してくる。

それを何とか避けてみるが、生憎あいにくここは狭い牢屋の中、どんなに私が避けるのがうまかろうと、先はすぐに見える。

避けた拍子に壁際に追い詰められた私は、牢屋の中では言うまでもなく当然丸腰、両サイドは壁にはさまれ、避けるスペースは皆無。

私は勢いをつけてもう一度こちらに向かってくる相手を、瞬時に避けれないと判断した。


やられるっ!


そう思った。

だが、諦めの悪い私は、突進してくる相手の動きを見つめながら、相手があと一歩で私に短剣が突き刺さる瞬間に、体をかがめ、無防備になった相手の腹部に抱きついて押し倒した。

咄嗟とっさの行動だった。


カラン・・・。

短剣が床に落ちる乾いた音。


・・・避けるのが駄目なら、攻撃に転じるまで。

短絡的な行動とはいえ、結果は上々。

私は相手を押し倒しすことに成功し、私の体の下で何事か動く気配のある相手の首を手で押さえこんだ。

「ぐ・・・。」

首を押さえられ、息苦しそうなくぐもった声。

「動くな。動けば、首の骨を折る。」

掴んだ首は想像してたより細い。

ギクリとした。

・・・恐らく相手は女か、子供。

内心、面倒なと思ったが、そんなことは表に出さずに、私は声を低くした。

「何者だ?」

夜目に慣れてきて、次第に相手の姿が私の前にあらわになる。


まずはじめに、目についたのはその血のように赤い、ルビーのような瞳。

その瞳は首を押さえられているというのに、怯えの色は全くなく、ただ私を見上げている。

肩くらいまでの黒髪が石の床に広がり、私が力を込めてしまえば折れてしまいそうな細い首、体。

私を襲った相手は、私の想像していた通り『女』だった。

それも、若い私とそう年頃も変わらないだろう、どこにでもいそうな普通の『女』。


だが、物騒な殺気を身にまとった、どうみても普通じゃない『女』。


だが、その女に見覚えはなく、こんなことをされるような覚えは私にはない・・・はずだ。

「貴方の死神。」

「真面目に答えろ。」

からかうような言葉に、ぐっと首を絞める。

女は一瞬苦しそうに顔をゆがめたが、大して動揺することもない。

「私を殺しに来たのか?」

「ええ。でも、さすがね。完全にやったと思ったけど、まさか避けられるなんて。」

「何故?」

ついて出たのはそんな言葉、正直殺されるような覚えは皆無だ。


すると、女は面白そうに笑みを浮かべる。

「あら、自覚がないの?憎い男。あの熱い夜の出来事を覚えていないの?」

そう言って、口元に婀娜あだっぽい笑みを浮かべる。

「冗談はなしだ。残念だが、ここ何年か子供のお守で手一杯で、私にそういう色っぽい出来事はなかったんでな。変な嘘はつかないでもらおうか。」

こんな女に、相手をしてもらった覚えなどないし、エヴァと旅をし始めてからは、女性との交際など正直皆無といってよかった。(別にだからと言って、困ったことがあったわけじゃないけどな)

「うふふ。冗談が通じない固い男ね。」

しかし、どれほど脅したところで、この女には全く通用していない。

込めた殺気も、全部受け流されている。


さてさて、口じゃ勝てない、脅しても口を割らないじゃ、力づくでも話を聞き出すか?

しかし、どうにもやはり女性に乱暴するのは気が引けるのが私である。

私は首を押さえたまま、しばし固まった。

そんな私を見て、女が先に口を開く。

「貴方、優しいのね。女性には手を上げないなんて、私が冗談で殺すと言ってないことはわかってるんでしょ?殺そうとした相手に、遠慮してどうするのよ?」

どうやら、こちらの考えもお見通しのようだ。

「悪かったな。相手がどんな恐ろしい女だろうが、女は女だろ。それとも君は、男なのか?」

「ふふふ。まさか。」

そう言って笑う女の顔は、こんな異常な状況にもかかわらず、至って普通。


うーん、これは舐めきられたな。


そうとは分かっていても、女性には手を上げたくないと思う。

だが、こうも舐められるのもしゃくに障る。

だが、どうにも女をやりこめられそうな気もしない。

・・・・もう、こうなりゃ、やけだ。

「それは光栄だな。そんな好きな男を殺そうって言うのか?あんたは酷い女だな。でも私は好きだぞ、そういう思い通りにならない女。」

無論、冗談だ。(私は素直で、優しい女性が好きだ)

正直、何か言い返したくて、やけっぱちで言った言葉だったので、鼻で笑われるか、無視されるかのどちらかと思った。

言ってから後悔したのは言うまでもないのだが、女は一瞬だけ、きょとんとした顔になってから、彼女は声をたてて笑い出したのだ。


「あははははっ!貴方、中々面白い男ねっ。今の本気で言ってる?!うんうん、好きよ、そういう男!」

「笑うなっ!」

冗談で言ったつもりだったが、こうも笑われるとなんだか恥ずかしくなってくる。

私は、照れ隠しに一つ叫んんだ。

するとさらに女の笑い声は、高く大きく牢屋に響く。

「・・・っくく、苦しぃ。」

「・・・。」

しまいには目に涙まで溜めている。


何だ、何がそんなにこの女のツボに入った?


別に笑われるのは構わないんだけど、まあ、それにしても気分がいいものじゃない。

多分、そんな思いが顔に出ていたのか、一頻ひとしきり笑いきると女は私の顔をじっとみた。

「ふふ。今日のところは失敗ね。これだけ笑わせてもらったお礼に、もう殺さないであげるわ。」

「は・・・、いっ!」

思いがけない言葉に、聞き返そうと思った瞬間だった。

女を押さえつけていた私の体が急に宙に浮いたかと思ったら、牢屋の鉄格子に打ち付けられた。


「ふふふ。今日は会えて楽しかったわ、ヒロ。」

「くそっ!だから、何なんだ!!」

いきなり私を殺そうと現われておいて、何も言わずに今度はさっさと消えようというのか?!

訳がわからないが、ともかくこのまま何もわからないまま、女を逃がしてはおちおち眠れたものではない。

だから、女をこのまま逃がすまいと飛びついたら、私の腕は女の体を通り抜け、再び硬い床にダイブする羽目になった。

「・・・っ!」

驚いて振り向けば、闇の中で透けて消えそうな女が、まるで幽霊のように立っている。


「無駄よ。まあ、そんなに私の正体を知りたければ、一つだけ手掛かりをあげましょう。」

「手掛かりだと?」

私が低く唸れば、あら怖いと、女は笑う。

・・・いちいち、しゃくに障る女である。

「3日後に黒の雷オルヴァラは、天使の領域フィリアラディアスに対して、強襲をしかけるつもりよ。」

私と関係のある話ではなかったが、意外な言葉に目を見張った。

「まさか・・・、天使に喧嘩でも売るつもりなのか?」

黒の雷オルヴァラがどれほどの戦力を備えているか知らないが、人間が天使に牙をむくなど正気の沙汰とは思えない。

失敗するのは目に見えている。

私はありえないと、首を横にふった。


「ふふふ。まあ、信じられないのも分かるわ。でも今の黒の雷オルヴァラはある天使の後ろ盾のせいで、周りが見えなくなっているの。普通に考えれば、上手くいくはずのない作戦であることは、火を見るより明らか。」

アラシが言っていた、繋がりというやつか。

でも、それだけでそんな愚かなことをしようというのか?

「どうして天使が人間に手を貸す?」

それに、天使が人間に手を貸したところで、一体何の利益があるというのだ。

しかも、そんな結果が見えているような作戦。

天使が手を貸していることがわかれば、その天使とてタダでは済むまい。

そんな危険な橋を渡ってまで、その天使はどうして人間に手を貸す?


「天使は黒の雷オルヴァラの天使襲撃に手を貸す代わりに、一つだけ条件を出したのよ。それは天使の領域フィリアラ・ディアスを襲撃するのに乗じて、生体兵器研究所を破壊すること。」

『生体兵器研究所』、Drドクターパルマドールの研究所だ。

私はあの悲しくも醜い魔人ベルトゥールのことが頭をよぎり、わずかに眉をひそめた。


「それは魔人ベルトゥールに関係しているのか?」

「あら、魔人ベルトゥールを知っているのね?そう、その天使は魔人ベルトゥール研究を消し去りたいのよ。そのために黒の雷オルヴァラに、今までにないほど肩入れをすることにした。」

私は女を睨みつけた。

「馬鹿な。天使なら、そんなまどろっこしい方法を使わなくてもいいはずだろ?研究をしているのはエンディミアンだ。」

天使が中止といえば、エンディミアンの研究など、すぐに辞めさせられるに違いない。


しかし、女はそれには首を横に振った。

「まあ、そう簡単な話でもないのよ。色々複雑な問題があるのよ、天使にも。」

女はふふふと、楽しげに笑った。

「ふふ、楽しみよねぇ。あの天使がついに動き出した。」

この女は何を知っている?

黒の雷オルヴァラの作戦のだけじゃない、天使のことも知っている?

本当に一体、何者なんだ。

しかも、大体そんな話をして、それが私に関係あるというのか?

女の支離滅裂しりめつれつとも思えるような話に、私は混乱した。


「でも、あの天使には邪魔はさせないわ。」

「?」

独り言のように小さくつぶやかれた言葉。

私にはその声は届かなかったが、一瞬だけ女の赤い瞳が暗く光った気がしたて、私は首をかしげた。

そんな私に女は笑みを浮かべた。

「何でもないわ。その生体兵器研究所で、貴方を殺したいと思っている人が現れる予定なの。私はあの人にあなたの抹殺を頼まれただけ・・・、知りたければ、そこに行ってみたら、どうかしら?」

先ほどまで自分が私を殺そうとしていたのに、今はもう私に何の関心もなさそうに女は言い捨てた。

この女の真意が本当に見えてこない。


「行ってみたらって・・・、状況を見て言えよ。」

牢屋に閉じ込められていて、どうして外に出れるっちゅーねん。

「大丈夫よ。アラシは必ず貴方に力を求めるはず。きっと、すぐに外に出れるわ。」

この女、先日の私とアラシの会話を知っているのか?

私がそれについて、口を開こうとした瞬間、女の姿は跡形なもなく消えていた。

何もかも見透かされたような、気持ち悪い感覚と、混乱するだけを私に残し、女はさっさと言いたいことだけ言ってしまうと、牢屋の中に楽しげな声だけ残して・・・。


「私も行くつもりだし、また会えたら嬉しいわ。じゃあね、素敵な黒の一族さん。」


「・・・。」

私はまるで狐にでもつままれた様な、夢でも見たいたような気さえした。

しかし、先ほど鉄格子てつごうしにぶつけた背中は、まだ痛む。

これは夢でも、幻でもないのだ。

しかし、誰が私を殺そうというのだ?

まさか、逃げ出した私にエヴァンシェッドが抹殺命令でも出したのか?

嫌、ならばここで黒の雷オルヴァラごと殺さず、生体兵器研究所に私を誘い込むような真似まねをする?


嵐のように現れて、去っていった女のせいで、混乱のあまり牢の中で頭を抱える私。

しかして静けさが戻った夜の牢屋には、こんなにバタバタとしていたにもかかわらず、まったく何も気がつかないかのように眠りこけている見張りの寝息だけが聞こえいた。

最後の客人は、ヒロを抹殺しようとする刺客の女。突然現れて、突然去って行きました。ヒロも茫然としてますね。はてさて、彼女の正体は?そしてエヴァンシェッド視点の話でも見え隠れする、ヒロを殺そうとする人物とは?謎は深まるばかりですね(笑)


若干今までの謎の布石を全部、これから上手にさばいていけるか、私の力では不安です。というか、すでに皆様に伝えられているか不安なばかりです。何か変な箇所、辻褄合わないんじゃないの?みたいな所があったら、本当に私の不徳の致すところです。申し訳ありません。

それでもいいと言ってくださる、ここまで、そしてこれからも読んでやろうと言ってくださる奇特な方々には、本当に感謝でございます。


はてさて、どうしてか長い謝罪文になりましたが、物語自体は第一部と違い、ヒロが捕まってばかりで動きのない第二部が、女が口にした黒の雷の作戦を通し、ついに動きを見せ始めますのでお楽しみに。

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