第三十三話 天使たちの謀 其の三
俺が何を言っても沈黙を貫いたことに、業を煮やした円卓の面々は魔人については、白の議会で決着を付けてやると豪語して、やっと俺を解放した。
白の議会が魔人の軍事利用を了承したとなれば、何人たりとも、その決定を覆すことができないことは、何度となく自分たちを意見を撥ね付けられてきた、彼らのほうが骨身にしみているはずだ。
それを言い切るということは、この魔人に関して、彼らは何らかの確信に近い自信があるということなのだ。
そうして世界の円卓を後した俺は、今後の対策を協議するためにも、すぐに三大天使たちを召集しなければと、足早に議会場の前に停めておいた馬車に乗り込もうとした。
そんな俺を呼び止める声がして振り向くと、先ほどまで円卓に座っていたケインが、俺に向かって子供のように手を振っていた。
俺は手を振り返すことはなかったが、それでもケインに軽く頭を下げた。
第三十三話 天使たちの謀 其の三
そして、今俺はケインと馬車の中で、向かい合わせに座っている。
「〜♪」
「・・・。」
ケインは何が嬉しいのか知らないが、機嫌良さげに鼻歌交じり。
今まで彼と個人的な付き合いもなかった俺は、そんな彼の真意を測りかねていた。
御者には天近き城には帰らず、喜びの天使の街を適当に流せと命じてあるが、正直今は刻一刻と流れる時間が惜しい。
じりじりと一人じれていると、思いが通じたのか、やっとケインが口を開いた。
「お呼び止めて申し訳ありませんでした、エヴァンシェッド様。この後、何か用事などありましたでしょうか?」
「いいえ。特に急ぎの用事はありませんからいいですよ。」
互いが互いに嘘をつく、何ともいえない、腹の探り合いの空気がひしひしと感じられた。
「それで、一体何の話ですか?」
それでもさっさと話を済ませたい俺は、そう切り出してみるが、ケインは窓の外に視線を移して、言葉を返してこない。
・・・この男、一体何を考えている?
俺はケインが何を考えているのか分からないやら、話が進まないやら、ケインの大人の癖に妙に子供じみた仕草やらが気になって、どうにもイライラが募る。
そんな俺を知らないケインはのんびりとしたもので、話の本題には入らずに世間話を始めるのだ。
「そういえば、昨夜喜びの天使の街で火事があったのをご存知ですか?」
「ええ。」
外を見れば、ちょうど火事の現場の近くを馬車が走っていた。
恐らくヒロが落ちたという火事だ。
「ああ、ほら、あれですよ。うわ、本当に何もかも真っ黒こげですね。」
興味本位丸出しの声に釣られて、視線を外に移してみれば、確かに見るも無残な大きな屋敷の残骸から、火事の規模の大きさがうかがい知れた。
・・・ヒロはこんなところに落ちて生きているというんだから、不老不死の天使が言うのもなんだが、まるで不死身だな。
ヒロが生きているに違いないと思っている俺は、関心半分、呆れ半分で俺はその景色を眺めた。
そうして馬車がその焼け跡前を、ゆっくりとしたスピードで通り過ぎると、ケインは何気ない風に再び話し始めた。
「そういえば、あの屋敷の主は、世界の円卓の一員のヤナウス殿なんですよ。今日は、こんなことの後ですし、参加されてませんでしたけど。」
「ああ、そうなのですか。」
俺は相槌をうちはしながらも、ケインの声に世間話というだけではない、他に別の何かを感じ取って、俺が僅かに眉を顰めた。
それを見て、ケインは身を乗り出して俺に顔を近づけ、ひそひそ話でもするように声を潜めた。
「いえねぇ。私、今日の午前中、早速ヤナウス殿のお見舞いに伺ったんですよ。意気消沈されて、お気の毒に。」
その声に、ヤナウスを気遣う色はない。
「その時ですね、面白い話を聞いたんです。」
「面白い話?」
思わず聞き返すと、嬉しそうにケインは笑った。
「ええ、何でもヤナウス殿はアーシアンたちに襲われたらしいんですがね。」
「ああ、最近よく聞く、アーシアンの・・・。」
天使に虐げられたアーシアンが逆上して天使を襲うという話は、懺悔の街などでは、よく聞く話だった。
そもそもアーシアンと混在できる街など、白の議会で決められたことでなければ、俺が即効でつぶしてやっている。
天使は皆、人間たちを舐めすぎているのだ。
力がなくとも、大人しい犬も時には飼い主の手を噛む事だってある。
「ええ、まあ。ヤナウス殿のアーシアンへの扱いは、天使の我々がいうのもなんですが、目を覆いたくなるほどに、残酷らしいですから・・・。まあ、過激なアーシアンたちに狙われるのも当然という感じですよ。」
そして、ここからが本番といわんばかりにケインは声を低くした。
「ただ、まさか天使の領域で襲われるとは、考えていなかったようですよ?」
ふふふと、人の不幸を楽しそうに話すケインに、虫唾が走った。
・・・これだから、貴族のボンボンは。
だが、ケインが何を遠まわしにいいたいかは、これで何となく理解できた。
『黒の雷』
罪人として虐げられているアーシアンたちが、天使の支配下から解放されたいと願い、天使個人や天使の領域に向かって、暴力的な行動に出るということは、その度に天使はその全てを鎮圧してきたが、この千年来、何度もあった。
ただ、所詮アーシアンがいくら集まったところで、その活動はたかが知れている。
そもそも天使がいる場所が、懺悔の街か、もしくは天使の領域しかないため、彼らが活動しようにも場所は極端に限られる。
そのために、天空騎士団による取り締まりも容易であり、大した被害もなく、その全ては断罪の牢獄から永遠に出ることはないか、もしくは処刑された。
だが、黒の一族の動きが活発になることに呼応するかのごとく、ここ最近現れた黒の雷という、武装集団のテロ行為といってもいい活動は、それまでのアーシアンたちとは明らかに違い、俺も目を顰めざるを得なかった。
彼らのテロ行為は、今まで侵されたことのない守護天使の白壁内にまで及び、今回のようにアーシアンに対して非道を行うような天使たちの屋敷が襲われるという被害が、黒の雷が現れて以降、頻繁に起こっている。
天空騎士団で警備を強化し、何人も黒の雷の工作員を摘発もしたが、一向にその勢いが留まることがなく、また、その存在も色々調査はしているが謎が多い集団なのだ。
火事としか、サンタマリアから聞いていなかったため気にしていなかったが、ヒロが落ちた先がそんな場所だったとは。
そう思うと、急にヒロのことも気になりだして、俺はさっさとケインとの話に、けりをつけたくて、やんわりとだが話を急かした。
「面白い話というのは、そのことですか?」
さすれば、大げさなほど手を振って、それを否定する。
「ああ、違います。違います。面白のは、これからですよ。」
・・・だから、何の話なんだ。
感情の何一つ、この天使に見せる気はなかったが、苛付きは押さえられなかった。
元貴族だという連中は、優雅すぎて、どうにも俺にはあわない部分が多い。
俺とて優雅な様子は、貴族なんかより完璧にこなして見せるが、だからって元は普通の平民。
我慢はできても、馴染めない部分は捨てきれない。
だが、そんな微妙な気分も、次のケインの言葉で吹っ飛んだ。
「実はヤナウス殿が見たって言うんですよ。襲ってきたアーシアンにまぎれていた、天使の姿を。」
黒の雷が、どれほどのものか定かではない。
しかし、そもそもアーシアンが、そんな簡単に天使の領域の中に入れるはずはないのだ。
黒の雷が、どうこうという問題ではない。
守護天使の白壁の警備は今も昔も完全だ。
問題は天使の領域の内部にあるのだ。
それは、すなわち黒の一族にしてもそうだが、内部に裏切り者がいるということを示唆しているに他ならない。
それも天使の領域内で、天使に始終監視されているエンディミアンではない。
天使でなくては、アーシアンや黒の一族を天使の領域の中にいれることなど、現実的に不可能だ。
裏切り者は、我が一族の中にいる。
・・・・信じたくない、考えたくない現実だったが、一族を守る長として、目を逸らすことはできなかった。
だから、その方向で内偵も進めていたが、こうして、本当に天使がアーシアンに手を貸していたという事実を突きつけられると、衝撃が違った。
顔に出していない自信はあったが、内心は動揺を隠せないでいた。
俺は人間が嫌いだ。
人間はかつて、この世界を千年戦争によりめちゃくちゃにした。
そしてその人間から一族を守るために、俺を初めとする多くの天使は戦い、この楽園を守り続けているのだ。
その想いを踏みにじられたような気がした。
それなのに、ケインは更に俺の心を揺さぶるような言葉を続ける。
「しかも、ヤナウス殿は、その天使に見覚えがあるというのですよ。」
どれほど調べても分からなかった、裏切り者の姿を見た?
「・・・本当ですか?」
俺の声は震えてはいなかっただろうか?
「ええ、知りたくないですか?私も聞いて驚いたんですがね?」
裏切り者を知りたいという思いは強い。
だが、個人的な感情からは、知りたくないという思いが強い。
知りたい。
知りたくない。
知りたい。
知りたくない。
・・・・だが、一族の長として俺は、それを知らなくてはなるまい。
「ええ、是非知りたいです。」
気持ちとは裏腹に、言葉は恐ろしいくらいにすんなりと出た。
「はい、もちろんですよ。エヴァンシェッド様。そのために、こうして貴方をお呼びたてしたんですから。」
ケインは俺の言葉に晴れやかな声で答えた。
この男が何を考えて俺を呼びたて、こうしてこの話を俺にしたかは分からない。
恐らく単なる好意ではない。
だが、一族を守ることこそ、我が願い。我が務め。
そのためならば、何を犠牲にしても構わない。
「それで、誰なんです?」
感情は揺れていたが、俺の決断は揺れない。揺れてはいけないのだ。
「ーーーーーーーです。」
だが・・・。
「え・・・。」
ケインの告げた天使の名は、そんな俺の決断すら揺さぶった。
にこやかなケインの顔が霞み、規則正しい馬車の振動が遠のいた。
「さあ、どうさなさいます?」
そういわれて、瞬時に答えられない俺がいた。
あいつが?
その天使が自分を裏切っていることが指し示す意味を、俺の頭は瞬時に理解したが、感情が拒絶した。
嘘だ。
すぐにそう思った。
「まあ、信じられないのもわかりますよ。まさか、あの天使が・・・。私も驚きましたから。」
当たり前だ。
そんなこと、信じられるはずはない。
「しかし、そう思って躊躇していたら、取り返しのつかないことになるかもしれませんよ?」
分かっている。
黒の一族、黒の雷、それらは天使一族に害をなすもの。
そして、その害を排除するのが、俺の役割だ。
「それにしても、こんなことを聞かされても表情一つ変えないとは、さすが万象の天使。」
意外そうな、嬉しそうなケインの声。
ああ、俺はこんな時でも、仮面を被っていられているのか。
「これなら、今から言う話も話しやすいですよ。実はお願いがあるんです。」
やはり、この情報は何かと交換条件というわけか。
だが、今はそんなことはどうでも良かった。
俺は冷静にケインの話を、一から十まできちんと聞き、理解をした。
だが、心は未だにケインの話を信じられずに、混乱したままあり続けている。
ヒロのこと。
魔人のこと。
黒の一族のこと。
黒の雷のこと。
・・・裏切り者のこと。
何かが動き出している予感がした。
そして、それは俺を待ってはくれないようである。
それでもいい。
俺は何でもないように、全てを受け入れる。
ただ、気休めでもいい。
今だけでいいから、誰かいってくれ。
あの人が、俺を裏切ったなどと嘘だと・・・。
・・・誰か、嘘だといってくれ。
天使の裏切り者は、果たして誰か?エヴァンシェッドをこれほどまでに動揺させるとは、徒事じゃなさそうですね。(私が他人事みたいに言うのもなんですが)
でも、こうしてエヴァンシェッド視点で物語が展開すると、ヒロは彼に対して感情が見えなくて怖いみたいなことを言ってましたが、そういう訳じゃないんです。彼の場合は隠すのが上手いんです。
エヴァンシェッド視点は、あと一話。次は、三大天使が全員集合する予定ですので、よろしければお付き合いください。