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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第二部 血塗られた楽園
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第二十八話 私は天使に喧嘩を売った 其の三

「ヒロさん、ヒロさん。」

いやに嬉しそうなエンリッヒが私の名を呼んだので、私は億劫おっくうな表情のまま彼を振り返った。

「何だよ?」

「あはは、機嫌悪そうですなぁ。」

先日の様子とは違い、完全に自分を取り戻しているエンリッヒの顔には、あの嫌味な笑みが張り付いている。

その表情に私はこめかみのしわを更に深めた。

言われなくても、自分の機嫌が悪いことは自覚している。


「じゃあ、ヒロさんの機嫌が少しでも晴れるような話をしましょか。」

「・・・。」

無言で彼の言葉を促す私にエンリッヒは嫌味な笑みを引きつらせた。

多分、酷く極悪な顔をしている私がエンリッヒを睨んでいることだろう。

機嫌の悪い私に話しかけるなら、睨まれるくらいの覚悟を持って接していただきたい。


その心の声が伝わったのか、エンリッヒはすぐに楽しそうに顔の笑みを深くして私に言葉を続けた。

「聞いて、驚きますなぁ。」


さっさと言え。勿体もったいつけるな。


「ヒロさん、エヴァンシェッド様の『男の愛人』の称号を得ましたでぇ。」


「・・・・。」


「あれ?リアクションなしでっか?」


バコン。


どんなリアクションを期待していたか知らないが、面白そうに私を遠慮なくのぞきむエンリッヒを見ることなく、私は何の前触れもなく彼のあご下を思いっきりぶん殴った。

私のアッパーは綺麗に決まり、エンリッヒはを描いて床に落下した。

リアクションがないわけではないのだ、ただエンリッヒのいった言葉に色々なことを通り越しすぎて、私は感情を表情には出せなかったのだ。

エンリッヒに心配してもらわなくても、心の中では驚きやら怒りやら、吹き荒れまくりである。


『男の愛人』だとぉ?!

ありえない!ほっんきで、ありえない!


これも、それも、全部、あの馬鹿天使のせいだっ!!


私は倒れたまま起き上がらないエンリッヒを踏みつけながら怒りを発散さてみたが、一向に心は晴れないまま鼻息を荒くした。



第二十八話 私は天使に喧嘩を売った 其の三



そもそも、こんなありえない状況の始まりは何だったのだろう。

私が悪夢から目覚めたその日、今となっては数週間も前の話だが、美貌の天使・エヴァンシェッドは私を支配しようとして叶わないことがわかると、私を天近き城フェデス・ジグロア)の自分の離宮に幽閉した。

特に私自身が何かに拘束されていると言うことはない。


ただ、離宮は常にエンリッヒが連れてきた天空騎士団アイリッシュグランドの戦士たち十数人に囲まれ、ネズミ一匹出入りできないような状況だ。

しかも、私は離宮から怪我を理由にされて一歩も外に出ることも叶わない。

力尽くで逃げ出すにしても、天空騎士団アイッシュグランド相手では、私もそれ相応のリスクへの覚悟が必要だ。

しかも、エヴァンシェッドが何を考えているかさっぱり分からないままなので、今のところ私は離宮でじっと息を殺して、彼の出方をうかがうしかなかった。


だから、エンリッヒの言った噂が実際どんなものかは知ったことではないが、何かしらの噂がたつことは予想がついた。

私は天使でも、エンディミアンでもなく、アーシアン。

しかも、天使たちの敵であった黒の一族の末裔だ。

監禁するとなれば、普通は一ヶ月前まで私がいた断罪の牢獄エヴィラ・アメンドなりとしかるべき場所があろうはずである。

少なくとも、万象の天使・エヴァンシェッドが生活している離宮ではないはずなのだ。

そう断じて、こんな監禁生活が許されるはずもないのである。



「ヒロ、何か嫌なことはないかい?」


これが彼の私に対する口癖だった。

エヴァンシェッドが毎日私の顔を見来て(大体これも、どうかと思うのだが)開口一番に口にするこの言葉に、私の答えもいつも一緒だった。


天使の領域フィリアラディアスにいるのが嫌だ。」

不浄の大地ディス・エンガッドに帰りたい。


それだけが、私の願いであり、望みだったがエヴァンシェッドは私に美しく微笑んで、

「そう、何もないならいいんだ。それより、今日は美味しいお菓子を持ってきたんだけど、食べるよね?」

そう言って、私の願いを全て無視する。

私の願いを聞きたくないだけなのかと思って、ある日、

「この部屋の壁紙が気に入らない。」

といつもとは違う、かといって簡単に叶えられそうもないことを言ってみた。

すると、エヴァンシェッドはいつものように美しく微笑みながら、私の願いに快諾かいだくしたのだ。

壁紙はその日の内に、あっという間に違うものに取り替えられた。

それだけでは確信がもてず、何度か同じようなことを繰り返してみたが、そのどれもが相当面倒な願いにも関らず、エヴァンシェッドは微笑み一つで私の願いを聞き届けた。


・・・どうやら、私の願いを聞きたくないわけではなく、不浄の大地ディス・エンガッドに帰りたいという願いだけを聞きたくないらしい。


彼が何を考えているかなど興味もないし、干渉する気もないが、どうして、ここまでかたくなに私を不浄の大地ディス・エンガッドに返さないのか、それが全く理解できなかった。

だって、彼は私をここにとどめておくだけで、サンタマリアのように黒の武器カシュケルの力を求めようともしない。

むしろ、私に協力をあおごうとするサンタマリアと私を会わせまいとしているらしい。(これは、エンリッヒからの情報だ。)

それどころか、エヴァンシェッドが私に近づけないのはサンタマリアだけではない。

黒の一族という、天近き城ここにおいては、どう見ても異端いたんである私に、天使たちが興味を持ったり、差別感情を持つのは至極当然といえるだろう。

しかし、エヴァンシェッドはその全てを私の周りから排除をし、この離宮に出入りする者で、私のことをとやかく言うような天使は即刻そっこくで私の前から消えた。


おかげで私はこの数週間、生まれて初めてこんなに刺激の少ない、ただゆっくりとした穏やかな毎日を過ごすこととなった。

このままここで、朽ちてしまいそうな、ただ只管ひたすらに穏やかでゆっくりとした時間。

・・・正直、息苦しくて仕方がなかった。

不浄の大地ディス・エンガッドのあの乾いた空気が、広がる大きな青空が、恋しかった。

生きることだけで精一杯の毎日だろうが、こんなところで毎日何もしないで死んだように生きているより、余程あの毎日のほうが幸せだ。


だから、何度もエヴァンシェッドにそのむねも訴えた。

エヴァのことに感謝してくれているならば、私をここから出してくれと、相当下手にでて言ってみたりもした。

しかし、その全てをエヴァンシェッドは一切無視するのだ。

暖簾のれんに腕押しとは、正にこのことかと思った。


しかもある時なんぞ、偶々たまたまその場にいたエヴァンシェッドにしな垂れかかっていた連れの女に、

「あらぁ、そんな事いって、エヴァンシェッド様の気を引きたいだけじゃなくて?これだから、人間はいやしいのよ。」

と、口紅で毒々しいまでに赤い唇で嘲笑あざわらわれながら言われた。

男女の逢瀬おうせを邪魔した私が悪い・・・と思えれば、まあ我慢できた。

ただ、それには相当の忍耐を必要としたのはいうまでもない。


しかして、このエヴァンシェッドの連れの女というのに興味を持たれた方もいるだろうから、いくらか説明を加えたいと思う。

彼女こそ、本当のエヴァンシェッドの『愛人』さん。

しかも、ここで更に説明すると、このエヴァンシェッドの愛人というのは、一人ではない数人はいるのだ。

どうして、そんなことを私が知っているかといえば、この離宮はエヴァンシェッドの天近き城フェデス・・ジグロアの自室みたいなものらしく、彼は仕事以外の時間を、ここでおおむね過ごしている。

おかげでエヴァンシェッドが自室に何度も女を連れ込むのが、気配にさとい私には嫌でも分かってしまうのだ。

毎晩、エヴァンシェッドの部屋には女らしい人物の気配がし、しかも何度か気配だけでなく、見かけた女が全部違う女なので、愛人がたくさんいるという予想がつくのだ。

・・・出歯亀でばがめでは、断じてない。


そもそも、奴はハクアリティスという美しい妻のいる妻帯者さいたいしゃであったはずだ。

その妻は現在失踪しっそう中。(というか脱走中か)

なのに心配するとかそう言った様子は皆無で、毎晩違う天使の女性を連れ立って離宮に帰ってくるエヴァンシェッドを私は白い目で見つめる。

確かにあの容姿だ。

寄ってくる女は星の数ほどいるに違いない。

別にそれについて、とやかく言うつもりはないのだが、しかし、ならば妻を持たなければ良いのに・・・と、純粋な感想を抱いた。

何人もの愛人を持つというもの、私には正直理解できない。

しかし、これだけ派手に愛人さん達を連れて歩いているのだ、きっと愛人さん達も互いの存在は認識しているだろう。

それでもいいというのであれば、他人が何かをいうのは野暮というものだろう。

しかし、それでもと思うのは、私が真面目すぎるのか、はたまた天使と人間ではそのあたりの倫理観念りんりかんねんが違っているのか。


・・・まあ、私が口出しをしていい問題じゃないのは重々承知だが、少しだけでも関わりのあったハクアリティスのことを思うと少しだけ胸が痛んだ。

それでも、それが嫌で彼女もここから逃げ出したのかと思えば、そんなことを気にする必要もないのかもしれない。



そんなわけで、私の毎日の刺激といえばエンリッヒ・リリアナ・そしてエヴァンシェッドとの会話と接触。

時々、エヴァンシェッドの情事を目撃するといった、本当に泣きたくなるくらい情けない毎日だった。

数週間たち、私の傷もかなり癒えてきた今、その思いは膨れ上がるばかりで、最近の私はただただ天使の領域フィリアラディアスの白壁に囲まれた小さな空を見上げながら、不浄の大地ディス・エンガッドを恋しがる毎日を送っていた。


そして、ついに色々私の中で限界が越えた。

我慢に我慢をし続けて、遅かれ早かれいつかはくる事象であったが、エンリッヒの愛人発言によって、ついに爆発してしまった訳だ。

本当はエヴァンシェッドと話なり、何なりをして、彼が私をどうしたいのか知ってからここを去ったほうが気持ち悪くないだろうと考えていた。

しかし、私にだってプライドってものがあるんだ。


・・・超ちっちゃいプライドだけどな。


要は『男の愛人』扱いされて、黙っていられるほど人間ができていない・・・じゃない、そこまでのへたれじゃないってことだ。

しかして、場面はエンリッヒをぶん殴ったところに戻り、私は黒の剣ローラレライを掴むと離宮に有るエヴァンシェッドの気配の元へ向かう。


因みに、エンリッヒについては、当たり所が悪かったのか、そのまま床に沈んだままだったが、私はそれには見て見ぬふりをした。


駆け出すというほどの勢いはない、だが静かなる怒りが私の中で沸々ふつふつと燃えているように、若干じゃっかん前のめりになって私は早歩きで廊下を進む。

本当なら、こそこそ隠れながら逃げ出すほうがかしこいのは分かっているが、どうしてもあの色ボケ天使に一言でも言ってやってからじゃないと、気がすまなかった。

なにしろ、もう二度と私の人生の中に、あんな綺麗な生き物が出てくる予定はない。


「あら、ヒロ。どうしたーーーーーーーー。」

無言で突き進む廊下でシーツを抱えたリリアナとすれ違ったが、彼女の言っていることに私は立ち止まることなかった。

そして、少し廊下を進んだ先にある離宮の中心に位置している広い場所。

離宮の共同談話室のような場所、そこに今エヴァンシェッドと、もう一つ気配。

部屋の真ん中にある大きなソファに不必要なほどに引っ付いて座っている男女の天使を見つけて、私は静かに声をかけた。

「おい。」

「ヒロ。」

私の声に、女に唇を寄せようとしていた美貌の天使が顔を上げた。

女が不満そうに顔を膨らませて、きつい瞳を私に向けた。

「何か用?何か嫌なことでもあったのかな?」

「いや、特に何もない。」

女を放ってソファから立ち上がるエヴァンシェッドに、私はこれまでにないくらい笑顔を浮かべた。

しかし、心の中では、こいつのせいで私は気苦労ばかり(しまいには『男の愛人』だよ)、あの綺麗な顔を・・・っていうのは、やっぱり気が引けるから、ボディーブローくらいはくらわしてやりたい、と思うのは仕方ない感情だと思う。


・・・まあ、実際はしないけど。(やっぱり、所詮は小心者なのだ。)


「何かご機嫌だね。」

「エヴァンシェッドさまぁ。」

私の笑顔に何かを感じ取ったのかエヴァンシェッドが一歩近づこうとするが、厚化粧の女がそれを甘ったるい声と、細い指で引きとめる。


精々せいぜい貴様はその女とよろしくしていろ。


「ああ、やっとここを出て行けると思うと嬉しくて仕方ないんだ。」

そう言い放つと、エヴァンシェッドは面白そうに目を見張った。

いかにも私の言うことを信じていないといった風だ。

そりゃそうだ。普通、監禁している側にわざわざ宣言して出て行こうとする脱獄囚などいない。

「それは、それは。」

「あはははっ、バッカじゃないの?」

エヴァンシェッドの馬鹿にするような声に、更に女の甲高い声がかぶさる。

「何者かしらないけど、エヴァンシェッド様に少し目をかけられてるからって、でしゃばらないでよ。邪魔しないで頂戴ちょうだい!」

つかつかと私によってきて言い放った彼女は、頭が足らなさそうな女性だったが、怒った顔も綺麗で愛らしい。

さすが万象の天使の愛人さんだ。

私とは大いに違う。(一緒にされたくもないが)

「申し訳ありません、お嬢さん。もう、出て行きます。世話になったので、一言ご挨拶をと思っただけです。」

私はそう言って彼女にうやうやしく頭を下げ、彼女の後ろにいるエヴァンシェッドをありったけの怒りを込めてを睨みつけてやった。


「本気でここを出て行くつもりんだ。どうして?」

その目に冗談がないことを悟っても、エヴァンシェッドは何でもないように私に問いかける。

ただ、一瞬その顔がまた美しく歪んだように見えて、私は自分を保つために黒の剣ローラレライを強く握り締めて口を開く。

「前々からここを出て行きたいとは、何度も言っていたはずだ。聞いていないとは言わせない。それに、どうして・・・ね。それは何度も言ってるが、ここは天使の場所だ。私の場所じゃない。だから出て行くんだ。」

そんな私にエヴァンシェッドは言い放った。

「俺が君に場所をあげているだろう?」


『あげている?』

その言葉に私の笑顔が固まった。


なんだ、その上から目線。


まあ、エヴァンシェッドが私と対等に接しようとしているのが、よそおっているだけなのは知っているのでその言葉にも驚きはしない。

その本質では、私を酷く見下していることも重々知っている。

エンリッヒやサンタマリアが、私という個人と常に対等でいてくれているから、エヴァンシェッドのその白々しい態度が余計に目だって見えるのだ。


・・・とはいうものの、これが本来の関係であるのは、実際エヴァンシェッドが私なんかが口を聞くのも、おこがましい相手だというのはわかっている。

加えて、確かに私はアーシアンだ。

そりゃ、黒の一族かもしれない。

天使から見れば罪人でしかない。

しかし!しかしである!

こんな愛人とよろしくしているような、馬鹿男にそんな風に言われるのは非常にムカつくのだ。

天使とか、人間とか、天使長とか、黒の一族とか、全部全部取っ払ってしまえば、こんなくそ男にへりくだった態度で接することもないのだ。


ビビるな、私。

そう自分に言い聞かせながら、私は美しく歪むエヴァンシェッドから目を離さずに静かに微笑み、そして悪意を持って言い放った。


「あげるてるだと?貴様が下さるような場所はいらなんだよ、この馬鹿天使が。」


かくして、微笑んだ私は今まで天使の領域フィリアラディアスに来て以来溜りに溜まったフラストレーションを発散するかのように、天使長・エヴァンシェッドに喧嘩を売った。

まさか、この喧嘩のせいで自分が非常にやばい立場になるとは思わずに、ただ、その場ののりで、そんな気は更々なかったのに、私は喧嘩を売ってしまった。


この美しくも、空恐そらおそろしい天使様が、さらには相当に執念深いとは露とも知らずに・・・。

ヒロVSエヴァンシェッド、第一ラウンドのゴングが鳴りました。この二人の相性は最悪です(笑)まあ、二人の相性については、次の話で二人の考え方がもう少しはっきりするので、そこでまた詳しく解説できたらと思ってます。

今回、ヒロは『男の愛人』発言で、ちっちゃなプライドまで傷ついちゃいましたね。しかも、ほんとに囲い者みたいな生活していた自覚があるだけに、本人も溜まりに溜まっていたモノがあったんです。

そうしてエヴァンシェッドの愛人まで巻き込んで、喧嘩を売ってしまったヒロ。エヴァンシェッドは果たして喧嘩を売ってきたヒロにどういう対応をするのか・・・。

次回も頑張って更新したいと思っていますので、よろしくお願いします。

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