第二十六話 私は天使に喧嘩を売った 其の一
私は悪夢の中にいる。
私の中で貴方が何度も死ぬ・・・、そんな悪夢に私は永遠に責め続けられている。
・・・それが、私の犯した罪の代償。
第二十六話 私は天使に喧嘩を売った 其の一
そしてまた、私の中で貴方に似たエヴァが死んだ。
「大好きだよ、ヒロちゃん。ずっとずっと、傍にいるから。生きていて。僕のこと・・・、忘れないでね。」
黒い影によって受けた傷に苦しみながら、私は何度も何度も夢とも現とも分からぬ時の中で、エヴァを失う悪夢に魘される。
何度も何度もあの淡い微笑が、あの細い声が、あの通り抜けた体が、私の前で繰り返し現れては消えうせる。
繰り返される悪夢に、私は気が狂いそうな悲しみと絶望に苛まれる。
いっそ気が狂ってしまったほうが楽なのかもしれない。
だが、低く懐かしくも厳しい声が私を引き止めるのだ。
他者のせいにして、罪を犯すことはかなわぬ。
罪を犯すのであれば、それは常に自分の責において犯すべし。
それは罪のみにあらず、生き続ける限り行われる、全ての行動に当てはまる。
汝、生きるということは、自分であり続けるということである。
自分ならざる生とは、それは生きるということに在らず。
しかして、死したるということでもない。
流離人としての掟、それは幼い頃より貴方から聞かされ続けていた私を縛り続ける呪い。
貴方を、エヴァを理由に生きることを放棄してはならぬと、私を戒め、責め続ける。
だから、私は狂気に逃げることすら叶わずに、未だにこの醜くも、いとおしい現にあり続けなければならないのだ。
エヴァ、お前はやっぱり子供だ。
言っただろ?
『自分にされて嫌なことは、他人にしてはいけません。』
あんなに私がいなくなるのを怖がっていたお前だ。
私がお前を失うことを怖くないなんて思わないだろ?
お前がいなくなれば、現に戻る、生き続けるのが嫌になるくらい、私が弱いことをお前は知っていただろう?
だが同時にお前は知っていたはずだ。
それでも、私がどれほど辛かろうと現に戻ると、生き続けると・・・。
何故なら、お前は私が自分で自分の命を諦められるほど、強い人間ではないことを知っていただろ?
そして、私が掟に縛られ続けていることも、お前は知っていたはずだから。
・・・だからこそ、私はお前を許せないんだ。
お前無しで生きるには弱いのに、お前を追って現を捨てることが叶わない私を知っているのであれば、この状況が私にとって生き地獄でしかないことは分かっていただろ?
その生き地獄に・・・・。
・・・・。
・・・・。
・・・・。
・・・・。
・・・・。
・・・・、はあ、生き地獄か。
そこまで思考が行き着いて、私は思わず自分の心中にもかかわらず、溜息をついた。
だんだん、言ってることが暗くなってきたな。
私らしいというか、なんというか・・・、このままどん底まで落ちていったら、どんな思考に行き着くか自身に興味はあるが、何かキリがない気がするだよ。
そもそも、エヴァを失ったことを私自身が吹っ切れていないのに、悶々と考え続けたところで、その果てに何か答えが出るわけがないのだ。
あーだ、こーだ言ってみたところで、エヴァが翼に戻ったこと、私の前から消えたことは、もう取り消せない現実でしかない。
ならば、エヴァの消失に悲観して気落ちし続けることが、エヴァのためになるかといえば、それはノーだろう。
大体エヴァのせいにして、エヴァを守れなかった自分を嘆き続けるのは柄ではない。
せめてエヴァにしてやれることは、エヴァが最後の言葉通り、きっと『エヴァを忘れずに、生き続けてやる』ことくらいなのだ。
結局、また私は一人になって、私の中で何度となく死んでいく人々を抱えて、いつか私が死ぬその日まで、悲しみと絶望を胸に、みっともなく生を全うするしかないのだ。
それが、彼らの望みであり、多分私の罪であるから。
深い底なし沼から、這い上がるような重い意識の浮上を感じた。
ここが、もし慣れ親しんだ不浄の大地であったならば、浮上をやめて再び意識を沈めていたかもしれないが、私はここが親しんだでないことを本能で感じていた。
だから、無意識下で私は無理をしてでも意識を浮上させる。
長年アーシアンとしてしぶとく生きていると、本人が望む望まざるは関係なく生存本能というものが、先立つものなのだ。
「・・・ん。」
瞼をあけることも億劫なほど、体が重い。
そうして折角開けた瞼だったが、隙間から入る強い光が眩しくて、すぐにまた私に瞼を閉じた。
起きぬけのぼんやりとした意識が、徐々に覚醒してくると、腹部が焼け付くように熱く痛むのを感じた。
そして痛みが私の置かれた状況を、紙芝居のようにコマ送りで急速に思い出させた。
黒い影に腹部を貫かれた熱い衝撃。
私が捕まえることができなかったエヴァ。
何故だか私を守ったエヴァンシェッド。
そして、エヴァンシェッドは黒い影を捕らえる天空騎士団を確認すると、私を抱えて持ち上げた。
「大丈夫か?少し辛抱してくれよ。」
私は返事をしなかった。
ただ、体を揺らされて痛みとも苦しみとも取れぬ鈍い感覚と、エヴァを失った喪失感、その両方を忘れたくて、私は呼びかけるエヴァンシェッドを無視して、意識を保つことを放棄した。
記憶はそこから途絶えたままだ。
それから果たしてどれくらい時間が経ったのか、部屋の明るさからいえば、恐らく朝方であろうが、それがあれから何日たった朝かは分からない。
何度となく悪夢を見ては、魘されて目を覚ましたような感覚はあったが、夢とも現ともいえぬ、曖昧な記憶しかない。
ただ、夢の中で何度も繰り返しエヴァの別れの言葉を思い出してはその名を呼び、エヴァを失った失意の迷宮に迷い込んでいたような気がする。
果たして私が出口にたどり着いたかは、夢から覚めた私には分からない。
しかし、エヴァを失って悲しい気持ち、絶望する気持ちは無論あるのだが、今の私には、エヴァを失った直後の死んでもいいという、あの狂気にも似た感情はまるで起こらない。
そんな自分に安心しつつ、私は思ったよりもダメージを受けているらしい体を起こす。
「よ・・・こらせ。」
思わず年寄り臭い掛け声が口をつく。
そうしてやっと起き上がった私の視界には、綺麗で、豪華で、広い部屋。
てっきり、黒の一族として認識されているはずの私は、また断罪の牢獄にでも投獄されるかと思っていたが、違うらしい。
恐らくだが、ここはまだ天近き城だ。
どうにも独特の澄みすぎた空気の匂いは、私には馴染まずにその存在を私に知らしめる。
思わず頭を抱えた私である。
よくもまあ、天使の本拠地とも言えるような場所で、昏々と眠り続けていたと自分でも呆れるしかない。
エヴァを失った直後だったこともあり、心身ともに喪失状態だったのかもしれないが、それでも今まで、これほどまでに無防備に、例え重症を負おうとも意識を失い続けるなんて、私的には非常にありえない状況だ。
それと同じくらいありえないのは、いくら重傷者とはいえ、天使たちから見れば危険人物の私に拘束どころか、監視が一人も付いていないことだ。
室内どころか、扉や窓の傍にも動くものの気配がない。
監視一人も置かれずに、室内で休まされている自分という状況が信じられなかった。
しかも、視線を落とせばベッドの傍に黒の剣が立てかけられているのが、目に入った。
果たして今の自分は天使間で、どういう位置づけになっているのかが非常に気になった私である。
武器まで与えられて、そこまで天使に対して無害になった覚えはない。
と、そこで頭を抱えた私は、サンタマリアの言葉を思い出した。
『貴方には私たち天使に力を貸して欲しいのです。』
まさか、黒の一族に襲われた私が、だからといって簡単に天使に力を貸すものと思われているわけではあるまいか。
その想像にげんなりと私は肩を落とした。
そんな風に思い込まれて、私というか、黒の剣の力を当てにされても困る。
エヴァの事もあるし、正直これ以上天使たちと関わりたくないというのが本当だった。
天使の翼を見れば、必ずエヴァのことを想わずにはいられないことは想像に容易い。
エヴァのために馬鹿なことをする気はないが、それでも今はまだ思い出せば酷く胸が痛む。
しばらくは悪夢に魘されるだろうし、あの時ハクアリティスを助けなければなどと、今となってはどうしようもない愚かなことも考える。
エヴァのことを忘れるつもりは毛頭ないが、今は極力自分のそういう弱い部分を刺激したくなかった。
そんな風に自分の思いに浸りながら、私は部屋の外に人の動く気配を察知した。
気配は次第に近づいてくると、部屋に一つしかない扉の前で立ち止まり、それを開けた
「あら、目が覚めたの。二、三日は目が覚めないって聞いてたけど、さすがアーシアンね。一日で目が覚めるんなんて大した生命力だわ。」
どんな輩が現れるかと自分が弱っている分、構えていた私であるが、現れたのは何処かで見覚えのある天使の女性だった。
シャオンのようにあからさまな色気ではなく、しどけなく色っぽい空気を纏う美しい天使は、私を見ると癖のある婀娜っぽい微笑を浮かべた。
それを見て頭の中に、エヴァンシェッドを呼びに着て、恋人のように寄り添っていた女性が思い至った。
「あ・・・。」
「あら?どうかした?」
しかし、女性のほうは私に気付いていないらしい。
いやそもそも、あの時の私と今の私が一致していないのかもしれない。
なにせあの時の私は、今の自分の面影のあまりない変装をしていた。
・・・それならば、それはそれでいいだろう。
あんな自分を自分だと思われたくないというのが正直な思いだが、説明するのも面倒だった。
私は首を横に振った。
「いや、何でもない。・・・・・ていうか、貴方は?私は今どういう状況なのか聞いてもいいだろうか?」
天使は私の問いに笑顔を返すと、そのまま何も答えずに手にしていた果物を私に見せた。
「まあ、とりあえずお腹すかない?私、一晩中貴方の看病していて、お腹ペコペコなの。」
「・・・。」
そんな風に言われては、強く出られないのが私の小心者なところで、黙って頷くしかない訳であった。
しゃりしゃりしゃり。
手際よく、瑞々しい赤い果物の皮が薄く剥かれてゆく。
白魚のような、指先まで丁寧に綺麗に整えられた手にしては、中々の包丁さばきである。
リリアナと私に名乗った天使は、私の寝ているベッドの横に椅子をつけると、宣言どおりに本当に果物を食べるつもりらしい。
よく、アーシアンの横でこうも平然としていられるものである。
私は何も言わないが、天使の領域に放り投げられてからというもの、エンリッヒが言うには天使の大多数は人間を差別しているらしいが、こうして人間に対しても平然としている天使にも多く出会っているのだ。
人間をどう思うかなど天使たちから見れば、それは個人の自由であるのは分かっているが、断罪の牢獄のあの虫けらでも見るような天使たちとのギャップに、戸惑うのは私が小心者だからなのだろうか。
「よし。上手く剥けた!ヒロも食べるでしょ?」
「あ、いや、私は。」
「まだ、固形物は厳しいか。だってお腹に穴が開いてるんだもんねぇ?後で食べれそうなもの見繕ってくるわね。」
見た目の家事なんて一切しないわ、みたいないい女っぷりからは窺い知れないほど、リリアナ嬢はテキパキ、ハキハキとモノを言い、行動するタイプのようだ。
第一印象とは大きく違う彼女に戸惑いながら、私は乾いた笑いを浮かべた。
よくよく部屋をちゃんと見れば、ベッドの傍らにある机には途中で取り替えた血に汚れた包帯や、タオルなどが無造作に置かれていた。
どうやら、彼女がここで一晩私を看病していたという話は本当らしい。
「・・・どうして、私にこんなに良くしてくれるんだ?」
本当のところは天使に力を貸す気など更々ない私には、天使たちの好意にも似た行為が、気の小さい私にやたらと重く圧し掛かる。
その思惑が知れなければ、どうにも気分が悪い。
「どうしてって言われても、私は貴方の世話をエヴァンシェッド様に頼まれただけよ。」
私が聞くと、リリアナはあっけらかんとそう言った。
「エヴァンシェッドが?」
てっきりサンタマリア辺りの指示かとも想ったが、確かにエヴァンシェッドと一緒にいるところを見た彼女が世話をしてくれているのだ。
エヴァンシェッドの指示という方が、しっくり来るのかもしれない。
だが、どうして私を助けるのか、その理由が見えてこない。
そうして私が訝しげにしていると、リリアナが面白そうに笑みを浮かべた。
「あら、万象の天使を呼び捨て?様付けしとかないと、尊き血の天使たちに殺されるわよ?あの人たちの人間嫌いは徹底しているから。人間は天使に傅いて当然と思っているんだから、彼らには今みたいに喧嘩売っちゃ駄目よ?」
ああ、エヴァンシェッドは万象の天使だったのか。
リリアナの言葉に、初めてそれに気がついた。
『万象の天使ともあろうお方が、まさか黒の一族をかばうとは・・・。』
同時に黒い影の低い呟く声を思い出した。
しかしそれまでの、いや今でも私にとって彼は、エヴァを奪った御伽噺に聞いた『飛べない翼の天使』なのだ。
今更万象の天使といわれても、ぴんとこないものがあった。
だが、そんなことを言ってもリリアナに理解されるはずもないだろう。
私はリリアナの言葉に頷いた。
「すまない。なら今後は気をつける。・・・尊き血の天使というのは?」
ここでは私の常識など一切通用しない。
長居する気はないが、何も知らないで厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁願いたい。
知れることは、何でも知っておきたかった。
「尊き血の天使っていうのは、天使一族のなかでも由緒正しき貴族様のこと。まあ、王国解体後の今となっては貴族なんて特権階級は存在しないけど、天使一族はずっと昔は、王様を頂点とし貴族がその周りを囲む王国を形成していたの。」
リリアナはしゃべりながら、果物をおいしそうに食べている。
「まあ、今でも貴族という存在が全く消えたわけではないんだけどね。今でも、踏ん反り返って偉そうにしてるわよ。」
「リリアナは尊き血の天使が嫌いなのか?」
私の問いにリリアナは当たり前でしょといわんばかりに頷いた。
「あんな頭の固い連中を好きな分けないじゃない!私はエヴァンシェッド様を筆頭としている神と契約せし天使の天使たちに仕えているのよ?」
「エヴァンシェッド・・・様は、尊き血の天使じゃないのか?」
てっきり、今の天使の頂点である彼こそ、天使一族の王だと思ったが、どうやら違うらしい。
「違うわよ!あんな偏屈爺どもとエヴァンシェッド様を一緒にしないで。」
怒られても知らんもんは、知らん。
「あいつらは何の苦労も知らずに私たちを虐げ続け、見捨て続けた。でも、エヴァンシェッド様を始めとする神と契約せし天使たちは、私たちを解放してくれた。力を持った彼らは、貴族から、全てから解放してくれたの。」
「なるほど、ではエヴァンシェッド様たちが王国を解体したというわけか。白壁の外からじゃ、天使たちの様子なんて何一つ分からんからな・・・。」
リリアナの言葉に相槌を打ちながら、違和感を感じた。
純粋にクーデターを起こし王国を解体したにしては、貴族たちという名残が残っているらしいし、リリアナの『全てから解放してくれた。』という言葉が妙に引っかかった。
「そういうことよ。以来、天使一族は神と契約せし天使たちを中心にして導かれているわ。まあ、尊き血の天使たちも、世界の円卓を使って無駄な足掻きをしているようだけど?」
「あ・・でぃ?」
またまた、聞かない言葉が彼女の口から出た。
しかも上手く口が回らない。
「世界の円卓。天使一族の総意を決める議会の名前よ。そこで色々天使一族の将来のことを決めたりする・・・てことになってるわ。そんなものほとんど機能していないけどね。」
無法地帯の常識しか知らない私には聞きなれないし、よく意味の分からないことばかりである。
王国に、議会、貴族に神。
何もかもが、意味は理解できても身近に考えられらない言葉ばかり、起きぬけの頭には少々荷の重い内容のようだ。
思わず息を吐いてしまうと、リリアナが気遣わしげにこちらに視線を向けた。
「あら、大丈夫?そういえば、まだ重症人だもの。長々と話ている場合じゃないわよね?どっか痛む?」
「リリアナは私の質問に答えただけだろう。大丈夫だ、これくらい・・・・、誰か来るな。」
リリアナが私の背中を支えて、ベッドに横にさせようとしてくれたのを遮った。
殺気だった気配が、こちらに近づいてきたのだ。
「え?」
何だか分からないが、迷いなくこちらに近づいてくる気配に、私はベッドから起き上がり黒の剣を手に取った。
体は痛んだが折角今生きているのだ、ベッドに横になったままやられてしまっては、馬鹿馬鹿しい。
「ちょっと、何してるのよ!傷口が開くわよ!」
そんな私をリリアナが驚いたように止めようとしたが、私は彼女の手を払いのけた。
彼女やエヴァンシェッドは私に敵意がなくとも、さっき言っていた尊き血の天使やら、その他大勢の天使全てがそうじゃないのは今の話でよく分かった。
万全な私なら悠然と待っていてやってもいいんだが、弱っている以上、卑怯といわれようとも生きるためには待ち伏せ上等である。
私は近づいてくる気配を感じながら、自分の息を殺した。
私のただならぬ様子に、リリアナも呆然としている。
バァン。
そして、扉が荒々しく音を立てあけられると、人影がすばやく私のいたベッドに向かって突っ込んでいった。
私は扉側の壁に張り付いて、人影の背後を取るとその後ろから襲い掛かろうとした瞬間だった。
「ヒロさんは、どこや!」
ん?
黒の剣を振り上げようとしていた私いは、聞いた事のある妙な口調に固まった。
「・・・・エンリッヒか?」
私が思わずその名を呼んでしまうと、殺気だった天使が勢いよく私を振り返った。
「ああ、ヒロさん!何処におったんですか!良かったぁ、どこも怪我はありまへんか?」
と、エンリッヒは私に掴みかかってきた。
「痛い!怪我なら昨日、これでもかというくらい大きなのを喰らってるわ。お前も見てただろう。」
どうも、私を襲いにきたわけではないらしいが、妙なことを言い出したエンリッヒに私は眉を顰めた。
一体、何事だ?
「ああ、そうですな。・・・・て、そういう意味じゃなくて、あれから誰かに襲われたりしとりませんか?!」
切羽詰って、焦ったようなエンリッヒに私は押された。
「・・・今さっき、目が覚めたばかりだから分からんが、もし襲われてたら、生きてないだろ。」
眠っている間に襲われていたら無抵抗のまま、殺されるしかない。
「心配しなくても、一晩中付いていたけど、エヴァンシェッド様以外は誰もこの部屋には入っていませんよ?」
私の言葉を補完するように、リリアナが言葉を添える。
「はぁ〜。そうでっか、よかったわぁ。もしヒロさんに何かあったりしたら、サンタマリア様に殺されるとろこでしたわ。」
その言葉を聞いて、へたり込むエンリッヒ。
そこでやっと、いつもの嫌味な笑みが復活した。
「何だ?サンタマリア様が、どうかしたのか?」
立っているのも疲れるので私はベッドに腰掛けながらエンリッヒに問いかけた。
「いえいえ、サンタマリア様がどうした言う訳じゃないんですわ。」
そういって笑う、エンリッヒの顔は微妙に引きつっている。
どうも、この天使はサンタマリアに対して怯えているような所作が見え隠れする。
「じゃあ、何だよ?あんな殺気だって駆け込んできて、何もないってことはないだろ?」
私が襲われるかもと構えていたのだ。
「・・・いえですね。まだ極秘な話なんで内密にお願いしますよ?」
「内密って・・・、アーシアンの私が天近き城に噂話をする相手がいるわけないだろ。」
どうも、混乱しているのか、エンリッヒは馬鹿なことを言い出す。
「あ・・・、それもそうですね。えっと、そちらの別嬪さんも、ご内密でお願いします。」
私のと言葉にぽんと手を叩くと、リリアナを見て笑いかけるエンリッヒ。
「ええ、分かりました。」
そして、リリアナが快くエンリッヒの言葉に頷くと、彼は他には誰もいないのに、声を低く内緒話でもするかのように言った。
「それがですね。殺されたんですわ。」
「主語を言え。」
「まあまあ、そう焦らせんといて。ええ、殺されたんですわ。ヒロさんを昨日襲った、あの黒の一族が。」
腹部の傷が、熱を持って疼いた。
「あいつが?誰に?」
あれほど強い奴が、エヴァンシェッドに痛めつけられていたからといって、そう簡単に殺されるだろうか。
それに、天使たちも昨日の今日では、天使殺しの下手人という話であったし、すぐに処刑というわけではないだろう。
「それが、よう分からんのです。ただ、監視しとった天使も殺されとるし、なにより黒の武器が奪われとったんで、もしやヒロさんの黒の武器も狙われとるかもしれんと、こうして慌てて来たんですわ。」
「黒の武器が?」
嫌な予感がした。
エンリッヒがもたらした、その報せに胸が騒いだ。
元来、勘が鋭い気質ではない私だが、如何せんこういう悪い予感だけは、妙な的中率を発揮するのだ。
エヴァを失い、重傷を負い、黒の剣を狙われる?
いい加減、自分の不幸っぷりに、腹部の傷と連動するように頭がズキズキと痛んだ。
ヒロのエヴァを失った心情を主にした話だったので、最初はすごいグルグルしてますね。でも途中から急に調子が変わって、明るくなったりしているんですが、あれはヒロの強がりです。(ヒロが薄情なわけじゃありません)
基本は最初みたいにウジウジしているヒロが根底にある所に、あの強がっているヒロが被さってきて表面上は見えなくなってしまったのです。そして、それは本人自体もあまり意識してやっていません。だから、目が覚めたヒロは普通に装っていますが、本当はあんまり大丈夫じゃないんです。一人称なのに分かりにくくて、申し訳ありません。
次は、ヒロからエヴァを奪った、あの美貌の天使様が登場する予定です。