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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第二部 血塗られた楽園
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第二十五話 始まりは真夜中の狂気

【注意】

第二十五話には一部、残酷な描写、流血表現がありますのでご注意ください。

俺は真夜中の散歩が好きだ。

昼の太陽の暖かな光よりも、月の静かな光の冷たさがいとおしい。


「ふんふんふん。」


特に今日みたいな月の光が、特に細い日は言うことがない。

俺は鼻歌交じりで、スキップでもしてしまいそうなほど軽やかな足取りで真夜中の散歩を楽しんでいた。

自分でも上手くないという自覚がある、相当調子の外れた鼻歌。

普段は鼻歌なんて歌うのは柄じゃないが、今日は特別だ。


だって、今日は俺が待ちに待った日だったから。

気分は最高にハッピーだ。

今からしなくちゃいけない面倒な仕事だって、全く苦にならなかった。


薄い月明かりに浮かぶ俺の影が、にやりと口元を歪めのが見えた。



第二十五話 始まりは真夜中の狂気



暗くて、じめじめと湿気が多い感じがする空気の中を進む。

足元を照らすものは、うっすらとした月明かりだけ。

生きるもの全てが死に絶えてしまったように静かな夜。

吐息すらも漏らすことを躊躇とまどう夜の暗闇の中を、俺は鼻歌を歌いながら闊歩かっぽする。

真夜中の暗闇は俺の領域、誰も侵すことのない絶対の空間なのだ。

だから、俺に話しかける人も誰もおらず、俺は一人、鼻歌を歌い、スキップをして、笑みを浮かべながら闇夜を歩く。


「ふんふんふふん。」


気が付くと僕の手には、闇の中で鈍く光るナイフがあった。

ああ、そういえば、ずっと手の中にあったような気もするし、突然魔法のように手の中に現れたような気もする。

何だか妙に浮かれている俺は、頭の中がふわふわとしていて現実と夢の境界が曖昧あいまいになっているのだ。


でも、そんなことは、どうでもいい。

俺は手の中のナイフを、まるでお手玉で遊ぶように上に放り投げてキャッチした。

ナイフは手から離れると、月明かりを反射しながらくるくると回転する。

なんだかそんな様子が面白くて、何度も何度もそれを繰り返した。

自分では確認できないが俺の目には闇の中に浮かび上がる、危険で鈍い光がぎらぎらとまたたいていることだろう。

きっと空に浮かぶ星のまたたきより、よほど刺激的で甘美な匂いがすることだろう。

そんなナイフの放つ光をじっと見ているだけで、ぞくぞくと背中を快感が駆け上がる。


ああ、堪らない。

ほうと、一つ生暖かい息を吐いた。


そして、しばらく危うい手元のままに闇の中を歩いていた俺は、前方に月明かりに照らされる扉を確認した。

その扉の前には、二人の武装した天使が仁王立ちで立っている。

邪魔だな。とぼんやりと思った。

でも、今日は機嫌が良いから許してあげるよ。と後から付け足す。


俺はにっこり笑って二人に手を振った。

「どうもどうも、ご苦労様です。」

「−−−−殿。」

こんな真夜中に、突如とつじょ現れた俺に天使たちが驚いたような表情を浮かべて、俺の名を呼んだ。


俺が何でここにいるのかって顔。


感情駄々漏れだよ、天使さん。

あなたたち天空騎士団アイッシュグランドの戦士でしょうに、俺なんかにそんな簡単に心読まれちゃっても言い訳?

まあ、俺は何考えてるかなんて、君たちに知られるようなヘマしないけどね。

俺は滅多めったなことでは見破られることのない、笑顔を張り付かせたまま言葉を続けた。

「いやいや、ここに噂の連続天使殺しの下手人がいると聞いたもので、ちょっとどんな感じかと見にきました。」

「そんなことは、貴方には関係ないことだ。」

天使たちに、人間である俺に対する差別の色が浮かぶ。

天使はいつもそうだ、関係ないのだと人間を締め出し、そして人間は愚かだとせせら笑う。

いつまでたっても、天使という生物は変わらない。

天使と話をしたりすると吐き気がする俺がいる。

だからいつもなら、ここで頭に血が上るところだが、今日の俺は機嫌がいい。

俺は天使たちのすぐ傍まで近づくと、自分でもわざとらしいなと思うほどの笑みを浮かべて二人を見ながら、行動に移った。


「なっ・・・・ガハッ。」


何が起こったか天使が分からない間に、一人の天使の胸を手で突いた。

ナイフは使わない。

「な・・・なにを!・・・・ギャッ。」

傍らの天使が急に倒れたことに、こちらに槍を向ける天使だが、今更遅い。

俺は天使の胸から手を抜くと、その血にまみれた手で今度は武器をこちらに向けている天使の懐に飛び込み、その首元を切り裂いた。

血が噴水のように飛び散り、舞い落ちる。

暗闇の中に散る赤い華は、中々目にも楽しいものだ。

バタリバタリと、倒れる二人の天使の顔には恐怖も悲しみも映さず、ただ驚愕きょうがくに目を見開いたまま絶命している。

そんな表情を見て、何だか急に高揚していた気分が冷めた俺は、べたつく右手の血を舐めとると、血はざらりと鉄の味が口の中に広がり、思わず顔をしかめてしまう。


まあ、気分はいくらか冷めてしまったが、これでやっと彼と俺の間に障害はなくなったわけだし、と思い直して改めて自分の姿を確認する。

思ったより返り血を浴びてしまったが、これはこれでお洒落かな?

今まで彼にはいつもきっちりとした姿でしか、会ったことがなかったし、こんな姿もたまにはいいかな?

彼はこんな僕の姿を気に入ってくれるかな?


そう思うと、ふふふと笑いが零れた。

はやく彼に会いたい。

楽しい気持ちを取り戻して、血の濡れた扉を開けて俺は更に深い闇の中を進んだ。

やっぱり今日の俺は、ちょっとやそっとちゃ動じないほど、どうにも浮かれているようだった。


「ふんふんふん。」


誰もいない長い廊下を、こつんこつんと、一歩ずつ一歩ずつ彼に近づく。

しばらく使われていないかび臭い牢獄には、今は彼しか捕らわれていないはずだ。

一つ一つの牢屋の中を、彼がいないかどうか確認しながら進む。

そして、いくつかの牢屋を見た後、牢屋の中に黒い影が一つ。


「ああ、いたね。」

俺の声に、牢屋の床にうずくまっていた影がぴくりと動いた。

「・・・・−−−−−様!」

嬉しそうな彼の声が俺の名を呼ぶ。

耳に付く高い声だった。

楽しい気持ちに、影が差した気がした。

しかし彼の歓迎に答えてやるように、俺はにっこりと微笑んでやった。

「やあ、酷い目にあったね。体は大丈夫かい?」

「はいっ!万象の天使は、私に聞きたいことがあるといって、加減をして攻撃したようですから・・・。」

鉄格子てつごうし越しに相対する俺と彼。


彼は一気に言い切ると、言いよどむように僅かに言葉を濁らせた。

その顔には怯えの色が見えた。

「どうしたんだい?」

しかし、優しげな声で俺が聞いてやれば、躊躇ためらいながらも口を開く。

彼には俺に対して絶対服従をするよう、それと悟られぬ様に教育してきた。

俺の命令に逆らうはずもない。

「あ・・・、私は、ーーーー様の命令を達することができず、あの黒の一族を殺すことができませんでした。それが、申し訳なくて・・・。」

案の定、彼の気にしていたことは、俺の命令を守れなかったことに対する、自分の不甲斐ふがいなさ。

その声がどうにも耳障りな気がして、俺は手にしているナイフを落ち着きなく指でこすった。


「なんだい、そんな事を気にしていたのか。」

しかし僕はそんな様子を悟らせることなく明るく返した。

だって、そもそも気にする必要なんて彼にはないのだ。

すると僕の言葉に安心した彼は、嬉しそうに顔を上げる。

その顔はご主人様に褒められた犬のよう。

尻尾しっぽがあったら、はちきれんばかりにそれを振っていることだろう。

それを想像して、俺は更にイライラすると同時に、笑みを深めた。

それをどうとったか知らないが、彼は俺の顔を見ると決意も新たに、こう言い出した。

「あ・・・、ありがとうございます!私は絶対にーーーーー様のご期待に沿えるよう、今回は万象の天使の邪魔が入ったせいで失敗しましたが、次こそは必ずあの黒の一族を殺して・・・・え?」


ぎこちない笑みを浮かべながらしゃべる彼の、笑顔が固まる。

ポタリ・・・。

彼と俺以外はいない牢獄に、床に落ちる水音。

ああ、やっと静かになった。

いつも静かにしろと言っていたのに、彼はそれを忘れていたらしい。

俺はそれを思い出させてやった。

「うるさいよ。こんな静かな夜はもっと声量を落とさないと駄目だろ?」

そう言って、笑う俺の手には、やっとその役割を果たすことができたナイフが、深々と彼の胸に刺さっている。

このために天使たちにはナイフは使わなかった。

はじめからこのナイフは、彼の胸に刺すために用意されていたのだから。

血がどくどくと、まるで音を立てるようにナイフから滴り落ち、水音が断続的に聞えた。


「・・・・ど・・・どう・・して?」

かすれた声、その目からはみっともなく涙が流れ落ち、崩れ落ちるのを堪えるように彼が俺の服の胸元を握り締める。

「どうして?だって、君失敗したんだもの。次回なんてある訳ないだろ?あいつはあの時、確実に殺しておかなければならなかったのに・・・、君が失敗するから。全く、君といいあの女といい、どうして俺の言ったことを守れないんだろうね?そんな難しいことを要求した覚えはないはずだけど。」

あまりに当たり前の事を聞かれたので、呆れてしまった。

同時にいいながら思い出して腹が立ってきたので、ぐりぐりとナイフでえぐってやったら、苦しそうにうめきを上げた。


そう、何もかも俺の段取りどおり、完璧に進んでいたはずなのに、彼とあの女のせいで厄介な問題だけが残ってしまったのだ。

それも決して無視のできない問題。

「まったく君には多大な信頼を置いていたのに、君だから任せたのに・・・・がっかりだよ!」

「うぁ・・・。」

いいながら更にナイフに力を込めてやれば、顔を歪める。

中々いい表情だ。

「しかも、おかげで俺がわざわざ君を消しにこないといけないっていう、面倒まで俺が処理しないといけなくなったしね。また、他の誰かを天近き城フェデス・ジグロアに入れようとすれば時間がかかる。その前にサンタマリアなんかに君の心を読まれれば、折角ここまでもぐりこんだ面倒まで、ぱあだからね。まあ、唯一黒の槍アルヴァトーレを天使に頑として渡さなかったことだけは褒めてあげるよ。」

そう言って、彼が天使に何をされようと握り続けていたという黒の槍アルヴァトーレにそっと手を触れた。

おかげで、彼は天使たちに黒の力を封じられる鎖をされているから、簡単に殺せちゃうしね。


酷く饒舌じょうぜつな俺。

普段はこんなにぺらぺらしゃべるわけじゃないけど、やっぱりどこかウキウキしている心が隠しきれていないのかもしれない。

まあ、いつくかの問題は確かにいくらかの計画に支障をきたそうとしているが、それよりも上手く言った部分のほうが大きいからね。


だからといって彼の失敗を見逃すわけにはいかない。

あの女も、そのうち消えてもらおうと思っているけど、彼女にはまだ使い道があるからね。

でも、彼はもう用済みだ。

「だから消えてよ。いっただろ、俺のためになら何でもするって。」

そう、彼は俺に何度となく忠誠を誓ってくれた。

まあ、俺がそういう風に仕向けたんだけど、でもそれを決めたのは間違いなく彼だ。

自分の言葉には責任を持たなくちゃね?


しかし、彼は激しく首を振る。

あらら、俺への誓いは嘘だったの?

あはは、まあ、そんな程度だと思ってたけど?

でも、もう遅いでしょ。

「だって、所詮しょせん君は俺の駒。駒には自分の意志なんて存在しないの。俺が消えろといったら、大人しく消えちゃいなさいよ。」


そして、静かな牢獄に断末魔だんまつまの叫びが小さく上がった。


「さようなら、・・・・あれ?名前忘れちゃった。ま、いっか。どうせ死んじゃったしね。」

俺は彼の死体を置いたまま闇の中を、やっと面倒が一つ片付いたとばかりに、彼の手から落ちた黒の槍アルヴァトーレをナイフの代わりに手にし、鼻歌を歌いながら歩き出す。

さあ、真夜中の散歩の続きをしよう。

それにしても、天使と違って、絶望と悲しみに満ちた彼の死に顔は中々良かった。

やっぱり死に顔は、ああでなくちゃと、俺は口元を緩ませる。


「ふんふんふふん。」


狭い牢獄を出て、月明かりの元に舞い戻る。

俺は空を、月を見上げた。

小さな空と、大きな月が血まみれの俺を照らしている。


「どうして、こんなに空は小さいのかな?」


俺は空を見上げながら、誰にでもなく呟いた。

誰も答えてくれないし、別に答えを期待しているわけではない。

大体、俺は答えを知っているからね。


この空が、こんなに小さいのは簡単なこと。


何故なら、大きな壁で世界を囲い、本当の大きな空を誰も見ることができないから。

外は不浄で野蛮だと、天使たちはで楽園を囲い、自分たちの楽園を守っているのだと安心しているから。


馬鹿馬鹿しくて、あまりに滑稽こっけいな理由。


馬鹿な天使どもは、何もわかっていないのだ。

天使どもは壁に守られているわけではない、本当はこの壁の中に閉じ込められて・・・・・・・いるのだ。

その事実を自覚すらしていない彼らは、この空が小さいことにも気付きはしないのだろう。

だから、かたくなにこの壁を守ろうする天使たちに気が付かれない様に、この壁を壊そうとするには本当に長い時間と多大な労力が必要だった。


ああ、そのためにどれだけの苦労をしたことか・・・。


だが、それもやっと報われる。

やっと、全てが動き出したのだ。

あまりの嬉しさに、先ほどまでの苛ついた気持ちなど全部忘れて思わず声を出して、俺は笑ってしまった。


「何がそんなに嬉しいのですか?」

そんな俺に女の声がかかる。

静かな俺の好きな声だ。

振り返った先には、見慣れた姿が立っていた。

「ああ、君か。やっと待ちに待った宴が始まるんだ。これが嬉しくなくて、何が嬉しいというんだ。」

そう言うと、女は何も言わずに一つ頷いてくれる。

やはり彼女は、先ほど殺した男と違い、静かを好む俺のことを分かってくれている。


それが更に俺を嬉しくしてくれて、はしゃいだ声が出た。

ああ、いつもはこんな声は出さないのに、今は自分を抑えることができない。

「さあ、前祝だ!うたってくれ。全ての始まりま告げる、予言者が告げたあの予言を!」

女は返事もせずに従うと、静かに予言を紡ぎだす。

その声はまるで、鳥のように美しく、あまりに儚い。

少しでも力を込めれば、ぽきりと折れてしまいそうにか細く、切ない声は、俺の背中をぞくぞくさせる。


白き光より 堕ちた翼は 黒き寝台で眠る

千の夜 千の朝の果て

を 白き光より 引き千切りし

黒の血が を 永き眠りから 目覚めさす

目覚めし翼は 契約という名のくさびを 身に刺し

白き光に 還るのだ

しかして 翼の永い旅は 終わを告げ

世界の胎動たいどうが 全ての始まりを告げる


美しくも、儚い詩に、うっとりした。

予言は更に続く。


しかして 世界の胎動たいどうは よごれた神の 目覚めうなが

全ての始まりは 破滅はめつの階段を 転がり落つ

翼の帰還

は 始りにして終わりを 告げるもの

東方の楽園サフィラ・アイリスの 封印を解くもの


これは予言者マルーも知らない、共犯者である俺と彼女しか知らない真実の予言。

誰も知らない。

万象の天使も、三大天使も、エンディミアンも、アーシアンも、黒の一族も・・・

誰も知らない。

だから、誰も知らないうちに始末をつけなければならないのだ。


しかして 始まりと終わり 再生と破滅を 決めるは

目覚めし翼が 白き力に 刺したる 契約という名のくさび

世界の全てを 握りし鍵

世界は くさびの存在に 全てを ゆだ

くさびは 全ての 始りにして終わりなるものと 相成あいなりなん


くさびとなったのは、恐らくあの黒の一族。

だから、この予言を天使たちに知られる前に、あの黒の一族を消さなければならないのだ。


「ふんふんふんふん。」

でも、今は彼女と一緒に歌おうと思う。

あの黒の一族を殺すことは、今は忘れよう。

もうすぐ、全てが叶うから。


血にまみれた体で俺は鼻歌を歌い、真夜中の闇に溶けていく。

全ては始まったのだ。

そう、全ての終わりが始まった。


今日は最高の始まりにして終わりを告げる日なのだから・・・。

第二部連載開始です。

まだプロローグですので話自体が動いた訳ではないのですが(笑)、何だか再びヒロを襲う不幸の臭いだけがプンプンします。そんな第二部ですが、気長にお付き合いいただければ幸いです。


最後にすこし宣伝を(笑)

ヒロとエヴァが不浄の大地を旅していた一年前を描いた番外編『異邦の少年 亡国の遺産』の不定期連載を始めました。読まなくても本編には全く関係ありませんが、第一部では描ききれなかった日常の二人がおりますで、興味がありましたらご一読してもらえると嬉しいです。

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