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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第一部 流離う翼
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第二十四話 流離いし翼の果て

私はいつも一番大切なものを守れない。

それどころか、大切なものはいつも私のために消えていくんだ。


エヴァ、私と一緒にいたいって言っただろう?

なのに、どうしてそんな目で私を見る。

なのに、どうしてそんな言葉で私に別れを告げる。


孤独な私を救ってくれたお前までいなくなったら、私は一人になってしまう。

本当は私の傍にエヴァがいたわけでなく、私がエヴァの傍にいたのだ。

私にこそエヴァと言う存在が必要だということを、お前は知っているのか、エヴァ?


だから傍にいてくれと、みっともなくエヴァにまとわり付こうとする自分の浅ましさも、醜さもわかっている。

それでも、それでエヴァが傍にいてくれるならと、私は手を伸ばしてもエヴァに手は届かない。


そして、エヴァは私に淡く微笑みながら白い光に還って行く。

私にはエヴァと出会った時と同じように、ただ一つ血に染まった純白の羽が残った。

それが無性に悲しくて、いとおしかった。



第二十四話 流離いし翼の果て



黒い影が言った。


「恨むなら、黒の掟を忘れた先祖を恨め。黒の武器カシュケルノを天使にやるわけにはいかないからな。貴様には死んでもらう。知らぬことが罪なのだ。」


貫かれた腹部は焼けるように熱く、朦朧もうろうとする意識の中で、私は処刑宣告を聞いた。

かすむ視界の中、黒いマントを頭から被った黒い影が、私の血で光る黒い槍を振り上げて、私にとどめを刺そうと動くのが見えた。


黒い影の動きには無駄がなく、スピードも速い。

しかし死ぬ間際だからか、何故だか私にはその動き全てがスローモーションのコマ送りのように見えた。

それでも熱を持った私の体は攻撃を受け止めることも、逃げることもできず、ただぼんやりと自分の上に落ちてくる凶器を眺めた。


ああ、これで終わりか。

そう思った瞬間だった。


『おい、テメェはそんなに諦めがいい人間だったかよ。』

頭の中にいやに柄の悪い声が聞えた。

『ったく。あんな天使の小難しい話なんぞ、大人しく聞いたりしてっから、あんな攻撃一つ避けきれねぇんだよ。情けねぇ。』

よく分からない一方的に罵倒ばとうされたというには、のんびりとした口調でののしられながら、私は妙にその男の意見に納得してしまった。

確かに、自分の柄にもないことをして調子を狂わせているような気はしていた。

『・・・納得すんな。それに、これしきのかすり傷で弱音を吐くんじゃねぇよ!』

・・・かすり傷というには、いささか大怪我なような気がするが。


『細けぇことはいいんだよ!大体よぉ。おめぇが今その手に持ってるのは何だよ?日傘か?そこらに落ちてる棒か?違うだろ?』

そうだ、とそこで天使の手から返されたばかりの自分の相棒を思い出した。

『このまま、何もしねぇまま、殺されるようなら、地獄に来たってあいつ・・・に叩き出されっからな。まあ、精々みっともなくあがけ。潔く死んでやるなんぞ、馬鹿のやることだぁ。お前は知ってるだろ、それが俺たちの掟・・・・・だろ?』

あははははと、下品な笑い声が頭にガンガンと響いた。

五月蝿うるさい声だし、言ってることはめちゃくちゃだし、これが誰の声なのかも私は全く分かっていなかった。


しかし、それは私を生き返らせる声であり、言葉だった。


それでも声は私をやる気にさせても、奇跡を起こすものじゃない。

体は相変わらず熱くて苦しくて動かないから、正直この攻撃を避けるのは不可能だ。

ならば・・・と、私は振り下ろされる槍を睨みつけ、痛む体をおして手の中にある黒の剣ローラレライを握り締めた。

幸いに刺されたところからあふれ出た血が、銀の刀身にはべったりと付いているはずだ。


「目覚めよ、黒の剣ローラレライ。」

呟く言葉は、息を吐く音に掻き消えるほど小さかったが黒の剣ローラレライは私の言葉に呼応するように、手の中で熱くなるのを感じた。

私は頭の中で、黒の剣ローラレライがロープのように伸びて、黒い影を貫く光景を描いた。

口と手は動かせても、剣を振り切ることができない私には手持ちの術で攻撃を避けることができない。

そんな私が咄嗟に思いついたのが、エンリッヒと戦った時のことだった。

あの時、黒の剣はローラレライはロープのように伸び、エンリッヒを攻撃できたのだ、それなら今だってできるはずだ。


行け!

私は血の付いた手を、祈るように力の限り握り締めた。

黒の剣ローラレライはそんな私に答えるように、大きく一つ胎動し黒い影を襲った。


「ほう。さすが黒の剣カシュケルノの中でも一番最強と謳われた黒の剣ローラレライ。一瞬、ひやりとしたぞ。」


しかし黒の剣ローラレライの攻撃が急襲したわりには、どこか楽しげで余裕のある黒い影の声が耳に飛び込む。

私の攻撃は黒の影にはかすりもしなかったのだ。

言い訳じゃないが、黒の剣ローラレライは、私の描いたとおりの軌道を描き、黒い影に向かっていった。

しかし、相手の身体能力のほうが上だったというわけだ。

こいつ、槍を振り下ろしている途中だったにも関わらず、黒の剣ローラレライが自分に向かって伸びてくるのを察知し、そして黒の剣ローラレライまで距離1メートルとなったはずなのに、紙一重で攻撃を避けるという人間離れした動きを見せたのだ。


・・・普通なら、間違いなくクリーンヒットの完璧に意表をついた攻撃だったが、こうもあっさりと避けられてしまうと笑うしかない。

「マントもかすりもしない攻撃に・・・、光栄な言葉だ。」

「思ったより元気じゃないか。」

そう言う黒い影と私との距離は5メートル。

リーチの長い槍なら腕を伸ばせば届く距離。また、先ほどの黒の剣ローラレライの攻撃でもまた届く距離だろう。

互いに互いとも、次の攻撃のタイミングを図るように見つめあい、駆け引きをする緊張感と体の熱さで喉がなる。


「急所を外したつもりはなかったが・・・、あの一瞬で避けたのか。大した反射神経だ。殺すには惜しい人材だな。」

最初の視界からの一撃。

確かに全く反応できていなかったが、急所を少しだけ避けることは何とかできた。

反射神経というには、あまりにお粗末な動物的本能に近い反応だったが、おかげで出血は多いが致命傷には至らないし、何とか意識は保っていられた。

「ふ・・・ん。この様でそんな事いわれても、嬉かないわ。」

謙遜けんそんするな。それに先ほどの黒の剣ローラレライの攻撃。あれほどまでに思い通りに動かすことができるとは・・・、一体何を掛けた・・・・・?」

一瞬マントの下から見えた眼光が、私を貫く。


その言葉に呼応するように思い出される、生々しい黒の剣ローラレライを介して伝わる誰かを刺した感触。


「・・・関係ないだろ。」

私に言えるのは、それだけだった。

黒い影の口元が皮肉そうにゆがめられる。

「確かに、最もな意見だな。では、余計な話はこれくらいにしてそろそろ終らせてもらおう。先ほどのようなことは二度はない。これで決めさせーーーーーっ。」


そしてマントの下に見える眼光に殺気が浮かんだ刹那せつな、黒い影を取り囲む天使たちが私と彼の間を遮った。


「ヒロさん、応援呼ぶ時間を稼いでいただいてご苦労さんです。おかげでサンタマリア様を安全なところまで、連れて行けましたわ。それにしても、いやはや、前とは逆の光景ですな。」

黒の影を取り囲んだのは、ずらりと二十は下らない武装した天空騎士団アイッシュ・グランド

緊張感のない声と笑顔のエンリッヒが、瀕死に近い私を面白そうに見下ろした。

恐らく、エンリッヒが言っているの『前』とは、一ヶ月前の戦いのことを言っているのだろうが、相変わらず嫌味な男である。

「言ってろ・・・。たく、死ぬかとおも・・・?」

とりあえず、助かったと息を吐いた私は何かが聞えた気がして言葉を止めた。


『さあ、パーティの始まりだ。』

誰かが笑った。


しかし、それが誰の声なのか問いかける余裕はなかった。

「ヒロちゃん!!」

何故なら、ここにいるはずのない声が私を呼んだことで、私が混乱したからだ。

エンリッヒもその声に反応して驚いたように、声の主を私と振り返った。

「あらぁ、エヴァさんやないの。」

表情とは裏腹に驚いているとは思えないような口調で、エンリッヒはエヴァに手を振る。


しかし、エヴァはエンリッヒなど眼中になく、私から視線をはずさないまま一目散に走って、私に詰め寄った。

「どうしてここにいるの?なんでそんな血まみれなわけ?!」

いきなり現れて耳元でわめくエヴァは私の幻覚ではない。

その思いがけない展開に、私は目を白黒させるしかない。

「ど・・・て、おまえこそ、どうして?」

一瞬、ハクアリティスと共に天使にでも捕まったのかとも思ったが、一ヶ月ぶりのエヴァは、私の情けない姿に動揺しているようだが、外傷は見当たらない。

むしろ、前より小奇麗になっているくらいだ。

私のように、拷問されたりということで、ここにいるようには見えない。

では、どうして、ここにエヴァがいる?


「僕のことはいいよ!そんな大怪我して!!ヒロちゃんは馬鹿じゃないの?!」

エヴァは血まみれの私を見て酷く動揺し、興奮してまともに話すことができる様子ではない・

ここはとりあえず、互いに落ち着かなければなるまい。

怪我は命に別状あるものじゃないことを示すため、そして私自身も落ち着くために、私は息を一つ吸って、微笑んでエヴァの肩をぽんぽんと叩いた。

腕を上がるだけでも、体が痛んだ。

「馬鹿とかいうな。私の怪我は大した事ない。それよりお前のことが、私にとってどうでもいいはずないだろ?ちゃんと説明しろ。どうしてここにいるんだ?ハクアリティスはどうした?」

なるべくいつもと変わらぬ様子でエヴァに接すると同時に、黒の影の様子にも視線を走らせた。

天使たちは皆で黒い影を取り囲んで、緊張状態を保っている。

天使たちの戦闘能力を疑っているわけではないが、ここを早く離れたほうがいいと本能が呟いている。

動けない私は仕方ないとして、何とかしてエヴァだけでも逃がせないものかと、頭をフル回転させるが出血が多くていまいち考えがまとまらない。


しかし、そんな私を見つめるエヴァは私の質問に答えることなく、じっと私を見ている。

その視線に僅かな違和感を感じた。

「エヴァ?」

「なあに、ヒロちゃん。」

笑うエヴァの姿が、ふいに揺らいだ気がした。

見たことがないほど、淡くて消えてしまいそうな微笑みに胸が騒いだ。


どうして、そんな風に笑うんだ?


そして、不安になった私の目にあの純白の片翼が見えた。

幻ではない。

「あ・・・。」

私は小さく声を漏らす。


「な、エ、エヴァンシェッド様!どなして、こんなところに・・?!いや、それよりお逃げください!あの黒助、多分ここ最近の天使殺しの下手人ですわ。」

呆然とする私に気が付かずエンリッヒが、片翼の美しい天使を認めて慌てたように声を上げた。

だが、あの片翼の天使は笑ってエンリッヒの指示をかわしながら、私とエヴァを見下ろすところまでやってきた。


不浄の大地ディス・エンガッドの何処かには、どんな願いも叶えてくれるという白い翼が眠っている。』


「だ・・・駄目だ。エ・・・エヴァ、逃げろ・・・。」

震える声で、私はあの言葉を使った。

まだ間に合う。


『神と契約を交わした天使を妬んだ悪魔が、剣で切り落としたエヴァ。それは眩しいほどの純白で、見るもの全てを魅了するという。』


でも、エヴァは私に消えそうな笑みを浮かべたまま、首を横に振った。

「ごめんね、ヒロちゃん。」


『ふーん。それで、翼を失った天使はどうなったんだ?』

『いやいや、普通聞くのは、そこじゃないだろ?普通はその翼はどこにあるの?と可愛らしく聞くもんだろ?』


「僕は還る事にしたんだ。ヒロちゃん、知ってるんでしょ?」


『まあ、いい。翼を失った天使は空を飛べなくなり、飛べない翼の天使エヴァンシェッドと呼ばれるようになった。』


「知らない!」

私は力いっぱい首を振った。

体はその動きに悲鳴を上げたが、そんなこと気にならなかった。

知らない、知らない、知らない。

私は知らない!


エヴァが・・・・・

「僕がエヴァンシェッドの翼だってこと・・・・。」


私の記憶の中にある、不浄の大地ディス・エンガッドの乾いた大地に、黒い鎖で繋がれていた白い翼。

これが幼い頃に聞いた事のある伝説の白い翼に違いないと思った過去の私は、白い翼に願いをかけた。


「ああ・・・。」

エヴァは全部知っているのだと、私が今まで隠してきたことを全て思い出したのだと、エヴァの言葉により理解させられた。

思い出せば私の元からエヴァが戻ること、私が止めてもエヴァが戻ってしまうことは分かっていた。

だから、エヴァには絶対思い出して欲しくなかった。

だって、私はずっとエヴァに何も教えないという、卑怯な手でエヴァを手元においていた。

そんな浅ましく醜い自分を知られたくなかったから、思い出して欲しくなかった。


そんな自分を見られたくないのと同時に、エヴァが下した決断を直視したくなくて、私は項垂うなだれてエヴァから視線を外した。

だが、エヴァはそれを許さなかった。

「ヒロちゃん。僕を見て。」

そんな私の肩を抱いてエヴァは、優しく私の名前を呼んだ。

それはいつもエヴァが取り乱したり元気がないときに、私がしてやった動作そのものだった。

私はエヴァを見た。

エヴァは私と目があうとゆっくり話し出した。


「僕はエヴァンシェッドの中に還る。これは決まっていたことなんだ。でもね、少しの間でも僕はエヴァとして生きることができた。これは本当に奇跡みたいにすごいことで、僕にとっては、本当に大切な大切な時間だったよ。」


サンタマリアのように私の心を読んだわけでもないのに、どうして、そんなことを今言うんだ。


「まあ、不浄の大地ディス・エンガッドの生活なんてろくなもんじゃないし、ヒロちゃんは細かくて厳しいし、いちいち僕のこと叩くし、何しても怒るしさ・・・。やんなっちゃうことも、何度だってあったよ。」


もう、なるべく細かいことも、厳しいことも言わないようにする。

叩く回数も減らすさ。


「でも、でもね。僕にはそんな事だって、とっても大切な毎日だったって、今なら思えるよ。」


馬鹿いうなよ。

楽しいのはこれからだろ?


「どんなときでも、ヒロちゃんがいてくれたから。僕にはそれだけで幸せだったんだ。」


これからだって、一緒にいるだろ?

そんな涙を流しながら笑って言うことじゃない。


「僕はエヴァンシェッドの中に還る。でもね、ヒロちゃんのことをずっと見守ってるよ。ずっと一緒にいる。だから・・・。」


だから、なんだよ?

どうして、エヴァの体が透けて見えるんだ!


「行くな、エヴァッ!」


体が透けるエヴァは、白い光に包まれて今にも消えそうだった。

そんなエヴァを少しでも引き止めておきたくて、痛みを忘れた体で私はエヴァに手を伸ばした。

だが、無常にも手はエヴァをすり抜けて私は地面にまた倒れこんだ。

地面に顔を突っ伏しながら、私は目を強く閉じ、拳を握り、悔しさや悲しさに震えた。

もうエヴァに手も届かない。


「ウワッ!」

倒れこんだ私の耳に、誰かが叫びを上げる声がした。

「黒助!何やっとるん、取り押さえんかい!!エヴァンシェッド様、お逃げください!ヒロさん、起き上がってぇな!」

断続的な叫びと剣戟けんげき、エンリッヒの焦った声が聞えた。

強い殺気が近づくのを感じた。


でも、私は動かなかった。

エヴァがいなくなるなら、死んでいもいい。

そんな風に思った。


倒れこんだまま震える私の頭を誰かが優しく撫でて、耳元でそっと呟いた。

「大好きだよ、ヒロちゃん。ずっとずっと、傍にいるから。生きていて。僕のこと・・・、忘れないでね。」

今にも消えそうだが、優しい声だった。

「・・・エヴァッ!」

その声にはっとして、起き上がった先にエヴァはいなかった。


代わりにあったのは、美しい純白の世界。

頭の中でなり続ける、あの羽音。

まみえる白と黒。


全て3年前と同じ情景に眩暈がした。


「エヴァンシェッド様!」

「やめろ!攻撃するな、エヴァンシェッド様に当たる!!」

そこにいたのはエヴァを全て自分の中に戻し、もう片翼ではなくなったエヴァンシェッドと天使たちを振り切って私を殺そうとする黒の影。

私が見上げる先で互いに白と黒の武器を交わらせ、それを天使たちが囲いこんでいた。


「万象の天使ともあろうお方が、まさか黒の一族をかばうとは・・・、下手な冗談は止めてもらおうか。」

黒い影が低く唸るように言った。

確かにそうだ。私もその理由が全く分からなかった。

「冗談で片付けられればいいが、事実だよ。黒の一族の末裔よ。」

私に背を向けているエヴァンシェッドの表情は窺えないが、その声には黒の一族を前にした天使たちが発していたような緊張はない。


「まあ、俺のことはこの際良いだろう?それより、君は少々おイタが過ぎた。」

まるで悪戯をした子供に言い聞かせるような声音だった。


はためく翼から、抜け落ちた羽が呆然と二人を見上げる私に降り注ぎ、私から二人の姿を隠した。


「白き力は全てを制する力なり。」

鈴が鳴るような声が、肌を切り裂くほどに研ぎ澄まされた氷のように色を変えた。

「グハッ、ガッ・・・・ア・・・ギャァーーーーーッ!」

純白のはねに覆われた視界の中、ただ耳が痛くなるほどの黒い断末魔が天近き城フェデス・ジグロアに木霊した。


エヴァがあの天使の翼になったというなら、この羽はエヴァそのもの。

それが今私を何もかもから守るように、私の全てを白で覆い隠そうとしているように思えて切なくなった。

そして雪のように降る白い羽が、地に堕ち、溢れでた私の血に触れ赤く染め上がる。

その様が何故だかどんなに私が白い羽に守られようと、決して血に穢れた自分が許されるはずもないといっているような気がして笑えた。


白い景色が次第に晴れ目に映る、黒い影は血に染まり、白き羽に覆われていた。

ふいにそれが自分の姿を重なった。

にも関らず、私はその光景を泣き笑いの顔で見ていた。

色々な感情があふれ出して、制御できない自分を感じた。

私は今どんな顔をするのが相応しい?

エヴァを身に戻したエヴァンシェッドをどんな顔をして見れば、エヴァは喜ぶ?私は救われる?


混乱する私を白い翼が再び全て覆った。

「ヒロちゃん?」

エヴァと同じ言葉を、エヴァとは全く違う声が私の名を呼んだ。

「ヒロちゃんて、呼ぶな。」

違うと分かっていても、私はいつもと同じように返した。

返ってくる言葉が、いつものエヴァと同じであるという期待を抱いて・・・。


「じゃあ、何と呼べばいい?」

しかし、返ってきたのはいつもと違う言葉、声、姿。


ああ、本当にいなくなってしまった。

「ヒロと呼び捨ててくれればいい。」

涙はもう出なかった。

だが心は慟哭の叫びを上げ続け、血の涙を流し続け、ただエヴァを求め続けていた。


エヴァ、エヴァ、エヴァ。

そう何度心で名を呼んでも、私の目の前には美しすぎる天使しかいない。

それがもう、死ぬほど辛くて、悲しくて絶望しているはずなのに、現実の私は泣くことも、声を上げることも、エヴァを求める言葉もいえない。


私の中で何かが死に、何かが終った音がした。

この時の私には、それが全てだった。


だから気が付かなかった。


私を見つめる美しき天使が胸に秘めたエヴァとの契約も、

倒れる黒い影の正体も、

私に力を貸して欲しいといったサンタマリアの目的も、

ここにいないハクアリティスの行方と思惑も、


全て終ったわけじゃない。

今、全てが始まろうとしていたことを、私は気付きこうともしなかったのだ。



第一部 流離う翼編 完

第一部流離う翼編、無事終幕となりました。ここまでお付き合いしてくれた方がおりましたら、本当にありがとうございました!

もしよろしければ、一言でもいいので感想等を戴けると、とても嬉しいです。今後の励みにします。


さて、第一部について少し。

謎ばかりが残る終わり方となったんですが、実は第一部は本当に導入部分なので、話の本題はこれから・・・ということになってます。

これからどろどろの愛憎劇を予定しておりますので(笑)、今まで恋愛要素は0に等しかったのですが、今後は少しは期待していてください。


最後に、あらすじと登場人物の説明を、同時にアップしております。

これを読むと、第一部も少しは全体像が分かりやすくなるかと思もうので、もしよく分からないようでしたら参照してください。最後に第二部の予告もあります。興味がある方はどうぞ。

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