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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第一部 流離う翼
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第2話 永遠なる牢獄 1

 逃げて、逃げて、その先に貴方はいたの


 許されることのない罪人同士が出会ったのは

 永遠に出ることのかなわない牢獄


 貴方は、今度こそ私を助けてくれる?



【永遠なる牢獄】



 自己紹介が遅れたが、私ことヒロと相棒のエヴァはこの世界・東方の楽園サフィラ・アイリスを旅する流離人さすらいひとというやつだ。

 どうして、そんな風に呼ばれるようになったかは知らないが、特に目的地を決めているわけでもなくただ当てもなくフラフラしている私には流離さすらうという言葉が本当にぴったりと当てはまる。

 そして、私たちがそんな風にブラブラしている世界の名が、東方の楽園サフィラ・アイリス。その大部分が生命の息吹くことのない荒地・不浄の大地ディス・エンガッドに覆われた死の世界という訳だ。

 故に人々が暮している街や集落しゅうらくなどはあまり多いとはいえず、私たちが世界を流離さすらうにおいても宿屋に泊まることはほとんどなく、野宿が大半を占める。

 今夜も無論、野宿である。

 しかし、今夜は少しだけ特別だ。

 死の大地たる不浄の大地ディス・エンガッドでは、植物はほとんど育たないし動物もあまり生息していない。幸い雨は降るので飲み水には困らないのだが、故にこの大地で食料を得ることは非常に難しいと言える。

 なので、普段は集落などで得ることができる不味まずい保存食を、大事に大事に食べるしかないのだが、今夜はご馳走ちそうなのだ。


―――そして、そのご馳走ちそうが何かと言えば・・・


「ほんっと!久しぶりの新鮮な肉は美味おいしいねぇ!!」

「ああ!」

仕留しとめた僕に感謝してよね?!」

 そう、それは私たちは喧嘩けんかしていたときは、その存在すら忘れていた怪物豚かいぶつぶた

 特に肉に何か手を加えることなく、塩胡椒しおこしょうをして火で焼いただけであるが、保存食に比べれば、ひたすら美味おいしい。

 死ぬ思いをして逃げていたことがむくわれた思いがした。

 現金なものでこうして腹がふくれてしまうと、殴り合いの喧嘩けんかをしていた私とエヴァであるが、食事は終止なごやかに終了してしまうから不思議である。

 そして、食後は二人で手分けをして怪物豚かいぶつぶたを解体した。保存食用に切り分けたり、毛皮や丈夫そうな骨も取り出すのだ。(動物の骨や毛皮も貴重品で集落などでは重宝され、食料などと物々交換ができる)

 しかして、二人で作業に集中しているていたところ、き火の影に私とエヴァ以外の人影がうつるのが私の目にはいる。

「!」

 私たちからは見えないように岩陰に隠れているつもりらしいが、こちらをうかがっている人影が丸見えである。

「エヴァ。」

 私は骨を取り分けていて下を向いている彼に声をかけて影を見ろとジェスチャーした。

 エヴァも一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに私の言わんとすることに気が付いて小さくうなずく。

 私は相手に気が付かれないように、かたわらにある自分の剣を手探りで探してそのつかを握る。

 相手が何者だか知らないが、隠れてこちらの様子を伺うとは、夜盗などの悪党か、もしくは何かしら私たちにやましい気持ちがあるに違いない。

 そうなれば、こちらとしてもそんな相手に大人しくやられてやるわけにもいかないだろう。

 そして、私は何気なく立ち上がろうと見せかけて、岩陰に隠れている人物まで一気にその間合いを走って詰め寄り、その首元に剣の切っ先を突きつけた。


「きゃあっ!」


『・・・・きゃあ?』

 男だけのむさ苦しい旅では聞きなれない、女性の高い叫び声に私とエヴァは思わず間の抜けた声を出した。

 しかして、私の剣の先には白いワンピースに身を包まれた顔は汚れていたが一見して美しいと分かる女性。

 彼女が私をただ驚いた表情で見返していた。

「あなたは一体・・・。」

 私が彼女から剣先を引き、問いかけようとしたときだった。


 ぐるぐるぎゅ〜


 何処かで聞いたことのあるような音が夜の不浄の大地ディス・エンガッドに響いた。




 はぐはぐはぐはぐはぐ。

 そうして、どうやら怪物豚かいぶつぶたを焼く匂いに釣られてやって来た腹すき女は、私たちの食べ残しを分けてやると食べること以外、一切の行動をしなくなった。

 綺麗な姿形とは裏腹に豪快に肉に食らいつく女に、私とエヴァも呆気あっけに取られる。

「・・・・・美味しい?」

 エヴァが鬼気迫ききせまる女の様子に恐る恐るという感じで聞くと、女はうなずいた。

 しかし、肉から口を離すことない。

「ちょっと、何なのあの女は?」

 彼女とき火をはさんで向かい合わせていたエヴァは、視線は彼女に向けたまま隣にいる私に小さくつぶやいた。

「私が知るわけなかろう?・・・夜盗のたぐいには見えないが。」

「でも、普通に考えて女が一人で不浄の大地ディス・エンガッドを旅してるわけないでしょ?」

「まあ、確かに。」

 そう、エヴァの言うとおり、私も生まれてから二十数年、そのほとんどをこの不浄の大地ディス・エンガッドの旅に費やしている人生を送っているが、女性の一人旅というのはお目にかかったことはない。

 しかし、こちらが飯を差し出してから、女はひたすらに無言で食べ続けているので、正直女が一体何者なのかさっぱり分からないのだ。

 ただ女が何者であれ、現在の彼女に声をかけることは互いに戸惑われて、私たちは女性が落ち着くのをしばし待つことにした。


 そして、数十分後。

『・・・・。』

 私は無言で目の前の状況を分析していた。

 私とエヴァは怪物豚かいぶつぶたを保存食にしたり、骨や皮を必要分だけとって後は 色々世話になったこの怪物豚かいぶつぶたを、明日埋葬まいそうしてやろうと思っていた。

 いくら私たちが色々なもの怪物豚かいぶつぶたから取ってしまったとはいえ、二人で持ち歩くには限界がある。

 大して非常にでかかった怪物豚かいぶつぶた

 勿体もったいないが、そのほとんどは埋葬まいそうしてやる他なかったのだ。


 ・・・なのに、女はそれを一人でぺろりと食べたきりやがった


 今は怪物豚かいぶつぶたであった名残なごりすらない。

 骨と皮の一部分しか残っていない怪物豚かいぶつぶたは、なんとも哀れだ。

「ごちそうさまでした。」

 そして、そんな現状を目の当たりにして私たちがものすごく女に不審ふしんそうな視線を送っているにもかかわらず、女のほうは全く気にした風でもなく笑顔で食事を終えた。

 女はやっと人心地ひとごこちついたのか、言葉を話す気になったらしい。

 そして、怪物豚かいぶつぶたの衝撃からまだ立ち直れていない、私とエヴァに追い打ちをかけるような女の攻撃が続く。


「私の名前はハクアリティス。まあ、所謂いわゆる『天使の花嫁』ってやつよ。」


 美しい笑顔でさらりと自己紹介されたが、二人して曖昧あいまいに笑うしかなかった。

 なにせ、私たちは彼女のことをご存じではない訳で、この自己紹介では何が何だかさっぱり意味不明なのだ。

 だが、そんな私たちの心情など知ったことではないのか、『天使の花嫁』様は自分の話を勝手に打ち切ると、次の話題に移っていた。

「不味くはなかったけど、肉だけじゃなくて他の物もあるとよかったわ。あ、デザートは別にあるの?後、ベッドはどこかしら?今日はもう歩き疲れちゃって。」

 『デザート』に『ベッド』

 聞きなれない単語に私は頭が付いていかなかったが、エヴァのほうはその意味をすぐに理解したらしい。

「だぁーっ!何様なの、あんた!!!」

「え?」

「食べ物を恵んでやったっていうのに礼の一つ言わずに、更にデザート?ベッドォ!?そんな贅沢ぜいたくなもんが、この荒地の真ん中にあるとでも思ってるの?!バッカじゃない!」

 エヴァが切れた。

 まだまだ、子供で華奢きゃしゃで男っぽくないエヴァだが切れると中々の迫力はくりょくである。

「ちょっと、子供だからって私に向ってそんな口を聞いて、ただですむと思っているの!?私は『天使の花嫁』なのよ!!」

 しかし、ハクアリティスも負けてはおらず、エヴァの怒声に怒声で返す。

 見た目とは違い、かなり気の強い女性のようだ。

『はぁ?』

 だが、それよりも問題は、その『天使の花嫁』という言葉の意味だ。

 ハクアリティスにとっては、その意味は誰でも知っている常識のようだが、こちらとしては、その言葉の意味など字面どおりにしか受け取れない。

 おかげで、私たちは同じ世界に住み、同じ言葉を話しているにもかかわらず、互いに意志の疎通そつうができていないのだ。


 その後、色々話し合ってはみたものの、結局私たちは相互理解に至らず、エヴァが怒り狂い、ハクアリティスとは会話が成立しないままに、夜も更けてきたので、とりあえず話は明日ということで一端の終息しゅうそくとなった。

 まあ、どうして彼女が不浄の大地ディス・エンガッドに突如として現れたかは置いておくとして(あんまり初対面の訳のありそうな女性の話を突っ込んで聞くのも不躾ぶしつけだろう)、次の街まで連れて行ってやればいいか、くらいにこの時の私は考えていたのだ。

 結果、エヴァはこんな女の面倒を見たくないと怒りのあまり不貞寝ふてねをするし、ハクアリティスはそれでいいとしながらも、ベッドがないと寝れないと駄々だだを捏ねるし、私は一人で苦労を背負って二人をなだめ続けて夜はけていく。

 しかして、この怪しいことこの上ない、超我儘わがままな『天使の花嫁』・ハクアリティスとの出会いが全ての始まりになろうとは、二人の機嫌を取ることに疲れ果てた私には思いつきもしないことであった。

加筆・修正 08.4.12

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