第18話 偶然は後に運命と呼ばれるのだ 2
「おい、これは何の冗談だ?」
低く地を這うような声は自分でも驚くくらい迫力があった。
「いやいやぁ冗談なんかありゃしまへんよ?これはれっきとした作戦・・・ぷぷぷ」
しかし、鏡に映る私の後ろで笑いを耐えるエンリッヒを見れば、そんな声も訴えたかった相手には通じてないことが分かる。
「あははっ!良く似合っているわよ、ヒロ!!」
そして、女のくせに大口開いてわらっているシャオンの声に私の堪忍袋の緒が切れた。
「私に女の恰好が似合うわけないだろっ!!」
・・・言っておくが、断じて私は好きでこんな恰好をしているわけじゃない。それだけは断じて違う!
しかし、何が悲しいのか大きな鏡に映る私は今、天使たちに連れられて研究所から脱出後、攫われるように白き神の御許の中にある建物の一室に押し込められると、有無を言わさず女の恰好をさせられているのだ。
鏡の中には笑いを堪えきれない天使二人と(目に涙までためてやがる)、怒りと恥ずかしさと情けなさが入り混じった複雑な表情を浮かべた格好な女が一人、白いワンピースと長い黒髪、そして天使に化けるためにと偽の翼まで付けてそこにいる。
そして、更に追い打ちをかけるようにシャオンが言い放つ。
「ヒロったら男のくせに細いし、髪も長いものね。あははっ!何か妙にはまってて面白いわ!!」
「〜〜〜っ」
ぐうの音も出ないとはこのことだと思う。
いっそ女にも見えないのであれば、文句の言いようも、諦めのつけようもあろうというものなのに、どういうことかこの女装させられた私という奴は何となくその辺にいそうな女なのだ。
かといって、そこにいるのは別に絶世の美女というわけでもなく、どう贔屓目に見ても平平凡凡の十人並みの女。
まあ、女装が似合っているなどと言われても男の私が喜ばしいことなど何一つないのだが、何もかもが中途半端な自分が余計に私を情けなくさせた。
しかして、どうして私がこんな姿を晒す羽目になったかと言えば・・・
「ヒロさんには今から天近き城でとあるお人に会って頂きます。」
そんなエンリッヒの提案が全ての元凶。
何しろ天近き城、そこは白き神の御許の頂上にありし天使たちの居城で、天使の中でも選ばれた存在だけが立ち入れることができる場所であり、世界でたった一つ白き神イヌア・ニルヴァーナのいる神の揺りかごへの入口がある場所ともされているのだ。
まあ、私が知っているのは精々がアーシアンたちでも知ることができる噂や伝承程度の内容だから、それに大した信憑性があるわけではないが、それでもその場所が天使たちにとって重要な場所であることは確かなようで
「だけどですな?そこはわいらでも仕事以外じゃ、そうそう入れる場所じゃないんですわ。まして人間なんてよほど例外以外では入ったことのない場所です。だから、ヒロさんにはとりあえず天使に化けてもらいます。」
そう言って、まずは偽物の翼をつけられた。(うん。まあ、そこまでは私も大人しくしていたさ)
「しかもっ!天近き城はわいらを始めとした天空騎士団が警備を任されとるんです。やから、万が一にもヒロさんのことを断罪の牢獄で見かけた天使がいるかもしれません。よって!絶対ヒロさんだと分からない変装をせんとかんのですわ。」
そして、ここで一呼吸。(いや、あとから思えばこれから言うことに対してエンリッヒは一瞬吹き出しそうになったのかもしれない)
「・・・せやからここはヒロさんに女子の恰好をしていただきまっす!」
「はあっ!?」
どうしてそうなる?!と私が大声を出したのも納得していただけるだろう。
話は理解できるが、だから、何だって男の私が女の恰好をしないといかんのだ?
しかして、私がどんなに嫌だと抵抗し暴れまくったところで、天使二人に武器も取り上げられ、力づくで押さえつけられては結局押し切られる形で現在に至り、
「ささっ!ヒロさんの支度がすんだところで、いざっ天近き城へ!とあるお方がヒロさんを待っとりますよぉ。」
更にはそんな楽しげというか、私で楽しんでいるとしかいいようのないエンリッヒの声のままに私は着替えさせられた一室からも急きたてられ、何やら豪華な造りの乗物に乗せられると、気がつけば白き神の御許の天辺まで来ていたりして・・・
不浄の大地から断罪の牢獄、人体兵器研究所をほんの少し経由して、そして、天近き城へ。
―――私は本当に一体、これからどうなるんだ?
天使に捕まってから、いや、ハクアリティスを助けてからのあまりの目まぐるしい展開に私は追いつけないまま、そこに立っている。
「これはこれはエンリッヒ殿、今日は如何なされました?確か今日の城の警護は我ら第三師団のはずですが?」
そして、天近き城の正面に乗りつけた私たちを迎えたのは無論、ここを守る天使。
どうやら、エンリッヒ達も今日はここにいるはずではなかったらしく、訝しげに私たちを見る。
いっそ、このまま私たちを追い返してくれ!と私は切に願った。
「どうも、ご機嫌さんです。今日はうちの主さんがこのお人にお会いしたいっちゅーことでお連れしました。連絡はいっとると思いますが?」
「ああっ!申し訳ありません。伺っています。」
しかして、その願いは呆気なく崩れ落ちる。
天使の居城などと言われているのだから、女の恰好までしたものの人間である私が入ることなど、そう安々とはいくまいと腹をくくっていた私だがどうやらそれは間違いらしい。
それにしても、私に会いたいという人物とは何者なんだ?
一応は天使に化けているとはいえ、今のやり取りからエンリッヒの言ったようにここに入るのは天使といえども容易ではなさそうだ。
なのに、その人物の一声で見知らぬ天使がこうも易々と天近き城に入れてしまうのだ。
―――私、ひょっとして結構やばいんでない?
天使に捕まった時点である程度は覚悟していたが、その程度がどんどんと深刻な状態になって、もう抜け出せなくなってきているような気がして私は二人の天使について歩きながら、冷や汗を流していた。
おかげで見たこともないような、巨大なクリスタルでできた美しい城の外観も内部もほとんど目に入らない。(まあ、おかげでそこらじゅうにいる天使たちにも緊張せずに済んだので、それはそれでよかったのかもしれない)
だが、ほとんど現実逃避と言っていいほどに自分の意識に入り込んでいた私は、突如として叫びをあげてこちらに近づいてきた存在にびくりと体を震わせた。
「副師団長っ!!」
そこには尋常ではない様子で走ってくる天使(エンリッヒを副師団長と呼んでいることから、おそらく天空騎士団の一人なのだろう)。
「あれぇ?どうしたん?」
それに対して、何とも緊張感のないエンリッヒ。
だが、それもいつものことなのか、慌てた様子の天使はそんなことも気にせずに一気に言い切った。
「団長たちがっ!」
・・・?
「何ぃっ!?ほんまかい!!」
え?ええ?
「ちょっと、あの二人はディアス・オーレたちはどうしてるわけ!?」
「それがっ、たまたまお二人ともいらっしゃらなくてっ!!」
しかして、私に分からない会話がぽんぽんと交わされる。
大体、普通は『団長たちがっ!』だけで何を言いたいか分からんだろう?(述語はどうした?述語は!)
そして、更に驚く私を尻目にエンリッヒは言い放つのだ。
「悪いですが、ヒロさん。ちょっとばかし、ここでまっとってください!!」
―――いや、普通、脱獄したアーシアンを一人、何の拘束もしないでおいて行かないとおもうぞ?
「すぐ戻ってくるから、いい子で待っててね?」
―――いい子って・・・、私もいい加減、大人なんですが?
二人の天使たちに言いたいことは心の中にはすぐに浮かんだが、何一つ口に乗せられることもなく、しかして、私は一人取り残された。
天使に化けたアーシアンが一人、信じられないことに天使の城に拘束の一つもなく。
「・・・逃げちゃうぞ。」
なんて、ぽつりと沈黙に落ちる私の言葉が虚しく城内に響いた。
加筆・修正 08.10.13