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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
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第148話 愛より出でし呪いは死の薫りがした 4

「ヒロ!ほんとにお前なの―――イッ」

 声を発して私に掴みかからんばかりの勢いであったアラシだが、倒れこんだ体を起こそうとした瞬間に崩れ落ちる。

「大丈夫か?大体、どうしてお前が世界の胎内こんなところに―――」

 『いるんだ』と続けようとして、封印された異端エルヴァナンドに落とされる前の出来事が脳裏をよぎった。

 私の表情の変化に気がついたのだろう。

 アラシは大きな体で私を威嚇するように睨みつけて吐き出す。

「分かっているんだろう?俺がしたこと…そうさ!俺がハクアリティス様を殺したっ!!そして、その事実から逃げるために黒き神と契約を交わして、お前が言っていた力を手に入れた…」

 何かにあたりつけるようにして吐き出された言葉は、次第に尻つぼみになっていった。

黒の武器カシュケルノの力を手に入れたのか…ハクアリティスの命でっ。」

「…そうだ。やっとお前が言っていた言葉の意味を本当の意味で俺は理解できたのかもしれないな。でも!他に俺はどうすれば良かった?!ハクアリティス様は神の子マイマールを殺したんだぞ?!それを許せって言うのか??」

 何一つ報われない、やりきれない悲劇の連鎖に吐き気がした。

 アラシを責めたい気持と同様に、アラシのその姿にかつての自分を重ねた。

 だが、私はもう罪悪感だけに縛られないと決めたのだ。

「お前の懺悔を聞いている暇はない。」

「なっ!?」

「そうだろ?お前は私にそれを聞かせて何を言ってもらいたいんだ?慰めの言葉か?励ましか?それとも責めてほしいのか?だがな、何一つお前のやったとこは正当化されないし、お前の罪は償われることはない。一生背負っていくんだ。私もお前も。…自分のやったことと向き合え、犯した罪は永遠に変わることはない。」

 アラシは放心したように私を見上げた。

 彼がこれから私のように罪を背負ったまま生きる覚悟をするのか、今までの私のように罪から目をそむけ続けるのか、それとも別の道を歩むのか、それは私が決めることではない。

「それよりエンシッダや万象の天使は…悪魔はどこだ?悪魔の封印はどうなったんだ?!」

 話を打ち切るべくそう言ってあたりを見回せば、ある物を見つける。

 恐らくそれは先ほどまで朽ち果てた白ヴォルガナ・ニルヴァーナであったはずのもの。

「あそこだな。」

 石で造られたアーチ、その向こう側に世界の胎内ヴァラヴィーダとは別世界が広がっていた。

「…そうだ。結局、俺や黒き神が抵抗したところで灰色の魔力を統べる悪魔には敵わなかった。奴は第二の封印を解きやがった!!」

「第二の封印を?それを解けば世界が崩壊するほどの灰色の魔力が溢れるという話だったが…そんな気配はないな。」

 第二の封印は本性を現した白と黒の神の交わりによって発生した灰色の魔力を封印していたはずだ。

 さすれば神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラ誕生と同じ程の灰色の魔力があってしかるべきであるはずだが、世界の胎内ヴァラヴィーダは静寂を保っている。

「悪魔が全て吸収していったよ。あいつはもはや人間じゃない!神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラ同様に灰色の神同然だ。白き神も黒き神も灰色の魔力が全て悪魔に吸収されたからか人間の姿に戻って、悪魔を追って第三の封印のもとにすっ飛んで行った。残ったのは役に立たない駒の俺だけさっ。」

 やけくそ気味にそう吐き出すアラシ。

 私はそれを一瞥しただけで言葉はかけず、神と悪魔が向かった解かれた第二の封印を見やる。

 向かい合ったアーチのその造形は普通ではなく、よく見ればその全てが先ほどまで朽ち果てた白ヴォルガナ・ニルヴァーナを形作っていたと理解できた。

 石造りの両方の柱にはそれぞれ白と黒の神の断末魔の顔がこちらを睨みつけ、それぞれの体がバラバラにアーチに纏わりついているようだった。

「じゃあ、私も行くか。」

「ばっ!お前がどうやって悪魔から独立したかは知らない!だが、今の俺には分かる…お前にはもう何の力もないんだろ?黒の武器カシュケルノも灰色の魔力もさっきまで悪魔が俺に向かって振り下ろしていた!それに向こうには白と黒の神もいる…お前ができることは何一つない!命を大事にしろ!」

 そんなことは言われなくても分かっている。

 今までの私だったら恐らくそれに頷いていたはずだ。

 罪悪感によって生かされた命をそうやって惨めに守り続けていた。

「なあ、それは本当に命を大事にするってことなのか?」

「え?」

 私はアーチに向かって足を進め始めた。

「そもそも命を大事にするって何だ?逃げ回ってただ死ななければ命を大事にするってことになるのか?」

 もちろん、人間は死んだら終わりだ。

 もうそれ以上何をすることもできない。

 だけど、ただ死なないように逃げ続けること…それは果たして本当に命を大事にしているってことなのか?

「私は違うと思うんだ。」

 それに気がつくのに長い時間がかかった気がする。

「命を大事にするっていうのは、ただ生にしがみつくことじゃない。いや、しがみつくことが悪いんじゃない。そのしがみつき方が重要なんだ。」

「はあ?しがみつき方?」

 私の言い方が妙だったからだろう。アラシがシリアスな雰囲気にそぐわない素っ頓狂な声を出す。

 だが、私自体もうまく言葉にできる気がしなかった。

「逃げ回って生き続けるんじゃない。戦って、生きるんだ。」

「ヒロ?」

「戦って負けるかもしれない。ボロボロになって勝敗もつかないかもしれない。結局、敵わなくって逃げ出すかもしれない。いや、そもそも戦っている相手なんかいないのかもしれない。それでも私は戦い続けたい。そして、生き続けたい。立ち向かい続けたいんだ。」

 今まで私はある意味逃げ続けていた。

 戦うことを避けてきた。

 だって、戦って戦って、全てを失ってきたから…、もう何も失いたくなくて戦うことをやめていた。

 そして、それを罪悪感という大義名分の前に戦うことから目をそむけてきた。

「人間はどんなに命を大切にしたっていつかは死ぬ。神を見ていればわかる、永遠を約束されていても終わりはいつかやってくる。だったら、その死に、いつかくる終わりに私は誇りを持っていたいんだ。自分の中で納得した人生を歩みたいんだ。中々そんな生き方はできないかもしれない。だが、とりあえずやろうとしなければ何も始まらない。まあ、その結果、神やら悪魔の戦いに首を突っ込んで呆気なく死んでしまうかもしれないがな。」

 戦うことが怖くない訳ではないが、それは口にしない。

 言葉にしてしまえば、それが現実になると分かっているから。

 私はアーチのすぐ前で立ち止まって、最後の決意を口にする。

「でも、絶対に諦めない。東方の楽園サフィラ・アイリスも、戦っている人間も…自分の命も!」

 アーチの向こうには今は白い光を放っているだけだが、恐らく封印した異能者が、そして第三の悪魔の封印がある。

 多分、ここをくぐったらもう後戻りはできない。

 ごくりと一つ唾を飲み込む。

 力を持とうが持つまいが、私という人間はあまりに弱い存在だ。

 この先、どんな展開が待っているかなど、私には想像もつかない。

「じゃあ、行ってくる。」

「ヒロ!!!」

 私の名を叫ぶアラシに振り返ることはなく、私はそのまま不気味なアーチをくぐって、白い光に包まれた。



―――ドオォオオンッ


 白い光に包まれて目がくらむかと思ったが、そんなことはなく白い空間から急に色彩鮮やかな世界に放り込まれたかと思った瞬間に轟音と衝撃が私を襲った。

「うわあっ!」

 何一つ構えていなかった体は無防備に吹っ飛び、私は地面に叩きつけられた。

 しこたま背中を打ちつけて、強すぎる衝撃に息をするのを一瞬忘れ、そのまま地面に倒れこんで悶絶する。

 幸い地面に尖ったものや石などがなかったため、骨が折れたり流血の気配はないが、痛いものは痛い。

「まったくいきなりこれか…一体何がどうなっているんだ?」

 背中を庇いながら立ち上がれば、相対する存在同士が戦いを繰り広げていた。

 それはある意味想像通りというか、想像を通り越しているというか…しかして、二人はきっと世界が思っている理由では戦っていない。

 それは戦いながら交わされる二人の会話から分かった。

「どうして?!世界の理さえなくなれば私たち一緒になれるのよ?!」

 その真実の姿はオウェルの記憶の中で垣間見た、無垢なる白を纏いし女神イヌア・ニルヴァーナ。

 だが、その瞳は禍々しく黄色に光り、無垢とは相対する形相で白き装飾の施された槍と体から灰色の魔力らしきものをを振り回していた。

 それを黒で彩られた巨大な剣で交わすのは、相変わらず神とは見紛う汚い神ウ・ダイ。

「一緒になれたところで世界がなくなれば意味がないだろう!イヌアッ、目を覚ませ!!」

 白と黒の神。

 世界の神話より相対し、交わらないはずの二神。

 生と死を司り、その本性すらも交わらない。

 世界も、境遇も、理も、全てが二人の交わりを禁じていた。

 二人がそのままに相対しあい、憎しみあい、蔑みあえば、全ては丸く収まったのであろう。

 だが、二人は愛しあった。求めあった。


―――そして、交りあった


 それが全ての悲劇の始まり。

 そして、白と黒から生まれ出でた灰色の神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラ

 禁じられた交わりから生まれたのは、全てを破壊する存在。

 やはり、禁じられた理は破ってはいけなかったのだろうか。

 それでもそれを認められない白き神は、世界が壊れても黒き神との交わりを求めている。

 だが、黒き神は…

「俺たちには最高神としての責任があるんだぞ!?」

「そんな大義名分を振りかざして、貴方はもう私のことを愛してはいないのでしょ!?貴方は貴方のために全てを捨てた私よりあの女を愛している!!」

 何だか雲行きが怪しい。

 まるでどこかの修羅場に遭遇したような会話だと思いながら、私はどうやら誰にも気が付かれていなそうなことを幸いに、そのまま木陰に身をひそめる。

 正直、やっぱり何の力もないままの私にとって神同士の戦いの中に足を踏み入れれば最後、あっという間にあの世行きなのは目に見えている。

 そして、やっと第二の封印の先にある異能者がいるという世界を改めて見回した。

 雰囲気は先程までいたローラレライの世界とよく似ている。自然に溢れた緑の世界。

 だが、ローラレライの世界が森の中だったのに対して、この場所は明らかに人の手が入った庭園といった雰囲気だ。

 開けた庭の所かしこには意味のわからないモニュメントや、手入れされた草木や花が綺麗に植えられている。

 私はこんな場所にはトンと縁がなかったはずだが、強いて言うなればかつて天使どもに追いかけられた天近き城フェデス・ジグロアの庭園を思わせた。

 だが、あの場所の様な開けた空はこの世界に存在せず、見たことのないような赤と黒が混ざったような気を重たくさせる不気味な色が庭園の美しさを損なって空間を埋め尽くしていた。

(さて…異能者とやらは一体どこだ?)

 あたりを見回してみるが、神同士が大きな場所をとって戦っているためあたりがよく確認できない。

 白き神に心酔しているらしいエンシッダも、神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラに乗っ取られた万象の天使も、私の体を支配した悪魔も近くにいる様子はとりあえずない。

 異能者と呼ばれる『世界の理』が皆の目的であるのは確実だ。

 私は激しい戦いに巻き込まれないように、気配を消すと物陰に隠れながら異能者を探すことにした。

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