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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
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第144話 絶望が貴方を殺す 7

 エンシッダ様の魔法の強さは本物だ。

 ある程度の武術に通じているのも知っている。

 だが、それはあくまでも『ある程度』であって、一応はレジスタンスの頭を張っている俺から見れば『まだまだ』の域を超えない。

 エンシッダ様は突っ込んできた俺に気がついてすぐに防御壁を張ろうとモーションに入るが、俺はそれより早く彼の鳩尾に魔力のこもった拳を叩きこんだ。

 バチバチと電撃が弾ける音と、エンシッダ様の体に黒い光が走る。

 黒の魔力の属性は『死』と『破壊』であるが、俺程度の魔力では『死』には程遠く細胞の破壊程度に効力は留まる。

「ガッ!」

 だから、苦しげなエンシッダ様の呻きが聞こえたが、俺はそれだけで終わることはなく連続して攻撃を続ける。

 相手は元は人間とは言え、もう何百年と生き続けている…?と、そこまで考えて俺は初めて違和感を感じた。

 エンディミアンとはいえ人間である以上、寿命は普通の人間と同じである。

 なのにエンシッダ様は千年も前に封印されている白き神に直接仕えていたのだ。

 考えられるのは恐ろしき灰色の魔力の効力ということになるだろうが、だったら、ヒロも不老の存在になったということなのか?

 だが、少なくともアオイはそんなこと一言も言っていなかった。

『灰色の魔力じゃねえ。エンシッダは白き神に繋がれた、お前らで言うところの神の子マイマールなんだよ。』

 そういえば聖櫃を使って大量の人間と契約を交わさずとも、神と人は契約を交わすことができるのだ。

 俺が黒き神と黒の武器カシュケルノを通して契約を交わしたように、エンシッダ様は白き神と契約を交わし、彼女に絶対的な服従を誓っているわけだ。

 そこまで理解できて俺は更にエンシッダに対する攻撃を強めた。

 人間でないならば、この程度の攻撃で簡単に倒れてくれるとは思えない。

 そして、どんなに使っても使っても湧いてくる魔力に気分は高揚し、自分の中に湧きあがる黒の魔力による破壊衝動と思われる感情が強くなるのを感じた。

 だが、突如として振り上げられ続ける拳がピクリとも動かなくなる。

 エンシッダ様は見たこともないくらいみっともない姿で転がり、その彼を守るように俺の拳を止めたのは…

「ヴィス?」

 俺の拳と魔力を押しとどめたのは小さく細い少女の手。

 俺は目を見開き、ぐっと更に力を込めるがヴィスは全く微動だにしない。

『奴は3人の魔女。異能者・運命の羅針盤の忘れ形見…厄介な奴がしゃしゃり出てきたな。』

 黒き神の言葉に彼の意識が流れて、その言葉の意味をワンテンポ遅れて理解する。

 東方の楽園サフィラ・アイリスに『世界の理』という名の異能者がいるように、西方の魔境シェストリアには『運命の羅針盤』という名の異能者が存在した。

 その能力は時を操る力。

 未来・現在・過去、その全てを行き来することができ、その流れを変えることができる。

 世界の摂理を決める『世界の理』と同等の能力を持つ異能者。

 三人の魔女とはその分身。

 故にヴィスやマール・ドシャは未来はもちろん本当は過去も現在に起こっている全てをも見通せる能力を持っている。

 異能者ほどの力を持ってはいないが、神も他の種族も持たない力を有する…それが『3人の魔女』。

 彼女の戦闘能力までの情報は黒き神も持たぬようだが、黒の魔力を帯びた俺の拳を平然と受け止めていることから人ならざる力を有しているのは間違いないらしい。

「やめて、アラシ」

 彼女たちは異能者によって人に似せて造られた存在。

 しかし、異能者の力の一部を与えられたに3人の魔女たちはそれと引き換えに、人が持っている何かをそれぞれ一つずつ持たずに生まれ落ちた。

 ヴィ・ヴィスターチャが失ったものは『心』。

 故に美しい少女は思考できても、感情は持たない。

 俺を見る瞳は怒りも悲しみも喜びも映さない。

 彼女がどうしてエンシッダにつき従っているかは定かではないが、エンシッダを守りたいという必死さも感じられない。

「どけっ!!」

 転がるエンシッダの先でヒロの体を使って悪魔が封印を解こうと、灰色の魔力を体から溢れださせている様子が見えた。

 ヴィスと禅問答をしている暇はない。

「どかない。」

 だからといって、力づくで彼女を退かせる気がしなかった。

 押すこともできなければ、引くこともできない。

 非力そうな少女相手に情けないことだが、ヴィスの不思議な力で俺は完全にホールドされていた。

『いなくなったとはいえ異能者の力は強い訳か…アラシ!仕方ねえ…『西の人柱』の名を出せっ』

(『人柱』を?だけど、感情のないヴィスにその手が通用するのか?)

 聞いたことのない名のはずだが、黒き神の記憶を共有する俺にはその意味が理解できた。

『いいからぁ!俺の言うことが聞けねえのか!!!』

 そう吠えられた瞬間に体に痛みが走り理解する…なるほど、命令に従わなければ痛みに訴えるという訳である。

 これが下僕になり下がったということなのかと思いながら、俺は黒き神の言うとおりにする。

「ヴィス、これ以上俺の邪魔をするなら『西の人柱』の命は保証しない。」

 その言葉を告げ瞬間に表情は動かなかったが、ぴくりと肩が揺れた。

「俺が今、同化しているのは黒き神だ。黒き神が今いる場所は分かっているだろう?」

封印された異端エルヴァナンド…あの人が眠る場所。でも、あの人を消滅させれば、西方の魔境シェストリアがなくなる。」

「そんなことは百も承知だ。だが、世界が滅びるより、西方の魔境シェストリアが滅びるだけの方がましだと黒き神は考えるはずだからな。」

「…わかった。」

 感情というよりは冷静な思考を巡らせたのだろう。

 僅かな沈黙の後にヴィスは俺から手を離した。

「ヴィス!!!」

 その返答に怒り狂うエンシッダ様。

「お前は俺の言うことを聞いていればいい!アラシを止めろ!殺せ!!お前ならそれができるはずだ!!」

「エンシッダ」

 彼を振り返った彼女の声が悲しそうに聞こえたのは俺の聞き違いだろうか?

「お前は俺の言うことを聞くための人形だ!感情のない、時を見るだけで運命を変えることのできないお前を使ってやれるのも俺だけだ!!!」

 悲しい言葉だ。

 いや、ヴィスだけじゃない。

 エンシッダ様にとっては、白き神以外その全てが使ってやるだけの存在なのだろう。

 それはとても悲しいことだと思う。

 だが、その悲しさが感情のないヴィスにはきっと分からない。

 でも、その分からないということがより一層に俺に悲しさを募らせる。

 だけど、たった一つ良かったのは、こんなに悲しいだろうと想像がつくのに、今の俺はそれを感じることもないということ。

 死んだ心では悲しいだろうと思うのに、心は何一つ痛まない。

 もしかしたら、ヴィスもこんな感じなのか?

 ならば、彼女も悲しいということは理解しているのかもしれない。ただ、それを痛いと感じないだけで…。

 だから、エンシッダ様に怒鳴られても彼女は俺を再び止めようとしないのかもしれない。

 動かないヴィスの横を通り、動かない体でどなり散らすエンシッダ様の横を通り過ぎながら俺はそんなことを思った。

『ヴォルツィッタを止めろぉおおおお!!!』

 五月蠅い黒き神の声を聞きながら、灰色の魔力を黒の剣ローラレラに集めて今にも第二の悪魔の封印を解かんとするヴォルツィッタに俺は拳を再び振り上げる。

「オリャアアア!」


―――バシィイイイインンン


 しかし、俺は見事に吹っ飛ばされた。

 見えない壁、恐らく灰色の魔力による魔法防御壁に阻まれたのだ。

 エンシッダ様に通用した黒の魔力も、灰色の魔力の権化のような悪魔には歯もたたない。

『くっそおおお!だからこそ、俺はヒロと契約を交わそうとしたのにぃ!あの人間の女が邪魔さえしなけりゃあ!!』

 ヒロの体さえ今の俺のように支配してしまえば、悪魔に好き勝手されることは確かになかっただろう。

 だが、例えヒロと黒の契約を交わしたとしても、今の俺にようにあの諦めの悪いヒロが易々と黒き神に体を明け渡したとは思えない。俺だって…。

 いや、ヒロも今の俺と似たような状況なのか?だから、悪魔に全てを乗っ取られた?

「ああ、もうすぐ会える。ローラレライ。」

 灰色の魔力を前になす術のない俺を無視して悪魔は呟いた。

 その視線の先には黒の剣ローラレライではなく、彼から溢れた灰色の魔力によって形作られた女性の形をした魔力。


―――ローラレライ…それは黒の武器カシュケルノの名前


『そして、あの悪魔を突き動かすたったひとりの女の名っ!あの女のためだけに世界は壊れる!』

 黒き神の絶叫は実際には鼓膜を揺らすこともないのに、その声は俺の体全体に響いた。


―――アアアアアアアアア


 灰色の魔力で作り上げられた女が悲鳴のような声を上げ、そして、目の前で何かが弾ける。

 目の前で砕け散る景色は欠片となり、きらきらと無数の光となって舞う。

 砕け散った景色は悪魔の封印。

 白き神と黒き神と共に封印された世界の中心、異能者がいるはずの場所への道が今開こうとしている。

 そして、同時に朽ち果てた白ヴォルナガ・ニルヴァーナを纏っていた灰色の殻が破れていくのが見えた。

 白と黒の神、不在であった世界の統べるべき神の復活だ。

『こうなったら仕方ねえっ!俺様が直々に悪魔を殺す…アラシィ、お前はその手伝いをしろぉおお。』

 悪魔が開いた最後の扉によって世界は大きく変わろうとしていた。

 そして、その行き着く先は誰にも分からない。

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