第143話 絶望が貴方を殺す 6
注意:この話は非常にネガティブな表現が使われています。苦手な方は避けてください。
心の中で黒き神の言葉に頷いた途端、今まで感じたことのない力、そして、自分ではない何かが入っている感じがした。
だが、何も感じなかった。
俺はもはや生きながらに死んでいた。
ハクアリティス様を殺した時、俺は自分の中で一番譲れないものを自分で破壊した。
『誰かを守りたい』はいつしか『大切な人を守りたい』へと変化を遂げ、その『大切な人』はハクアリティス様になっていた。
いや、本当はハクアリティス様でなくても良かったのかもしれない。
ただ、父が母を想ったような『大切な人』が欲しかった。
自分しか明確に感じられない世界で、誰かに何かに執着してみたかっただけかもしれない。
そうすればもう誰かに取り残されることはなく、一人で生きていく辛さに耐えなくてもいいのかと思った。
いや…黒の武器の真の力を引き出すことができたのだから、やはり、ハクアリティス様は俺にとって『大切な人』だったのだ。
だけれど、俺は彼女を自分で殺した。
彼女のしたことが許せなかった…彼女によって死んだ神の子とその家族を見ていられなかった…彼女をそこまで追い詰めたエンシッダ様が許せなかった。
だけど、本当は知っている。
それ以上に俺が目をそむけたいのは、そんな彼女を愛していた、『大切な人』にしていた自分。
そのことに後悔をする自分、彼女を愛していなければこんな思いを自分がすることはなかったと思う自分の醜さに嫌悪した。
だから、俺は俺を殺した。黒き神に体を明け渡してもかまわないと思った。
なのに、浅ましい俺はまだ生きていたいと心の片隅で思っている。
だから、自分の体の中に入ってきた神を無条件に受け入れない。
俺は自分の中の矛盾の中に存在した。
その矛盾に語りかける神。
『俺の名はウ・ダイ。お前に力を与えてやることができる黒き神だぁ。』
神、それは人間が届くことのない崇高なる存在のはずだ。
しかし、神と名乗った男の声は嫌らしく、汚らしかった。
『黒の武器の契約は果たされた。お前は力を得るために愛する女の命を俺に捧げたぁ。俺はお前に力を与えよう…だが、同時にお前は俺の僕になったことを忘れるな?』
矛盾の中の俺は二つの答えを導き出す。
(黒き神の人形となって生きる屍になるのもいいだろう)
(いやだ。俺はまだ俺として生きていたい)
しかし、俺の矛盾は黒き神には届かず、神は言葉を続けた。
『しかし、僕と支配は同義じゃねえ。お前は俺の命令に従う義務はあるが、だからと言ってそれは絶対じゃない。』
義務はあるが絶対じゃない…それは矛盾している言葉に感じた。
その矛盾に矛盾の中にいる俺は反応する。
『俺は何でも命令を聞くだけの駒がほしい訳じゃねえぇ。同じ目的を果たすための仲間が欲しいのさぁ。』
神の仲間?
『俺は人間だとか神だとか種族には大して興味はねえ。ただ、利用できるかできねえか…だ。俺は神…この世界を支配する義務があるからな。そのためにはこのままじゃ困るのさ。エンシッダとヴォルツィッタの野郎は異能者に干渉をする気だ。それじゃ世界が狂っちまう。俺は狂った世界を支配する趣味はねえ。』
本当ならば分からない単語が並んで意味不明な言葉の羅列のはずだったが、黒の神と俺は今意識を共有している状態なのだと思う。
俺の知らない知識が自然と理解できた。
それでも言葉の意味を理解できても、いまいち黒の神の言葉に反応できないのは、多分、俺がバカで黒き神が言葉の割に賢いということなのだと思う。(要は頭のできの違い)
『俺はお前に力を貸す。女を利用したエンシッダに復讐するもよし、このまま人間たちを救うために天使たちに打って出るもいいだろうぉ。だが、その前にお前は俺の封印を解こうとする輩を全員殺せ。』
黒き神の封印、白き神と共に封印されし朽ち果てた白。
その封印の先には世界の中心と世界を支えし異能者が存在する。
その異能者に誰ひとり触れさせない…それが俺の任務という訳だ。
「了解。」
気が付けば躊躇いもなく頷いていた。
それは決して俺が黒き神の僕に無条件でなったという訳じゃない。
僕であり仲間…黒き神の提案した言葉の矛盾に強烈に惹かれた。
理由など、目的などもういらない。
そして、生きる意味をなくした俺に黒き神の突きつけた新たなる目的は甘く優しい言葉であった。
矛盾の中にいるのも苦痛だった。ハクアリティス様の死を繰り返し思うのも、自分を嫌悪し続けるのもうんざりだ。
何も考えず、黒き神の目的に手を貸す。
そして、更に人間のためにも尽力できる…それは全てに見て見ないふりをするための十二分なほどの大義名分じゃないか!
そうして全てを放棄した俺は矛盾を捨て去ると、すぐに意識を外へと向けた。
目の前には自我を失った時と同じ光景が広がっているはずなのに、もう一度それを見ても何も感じなかった。
「…」
使ったことのない魔力も、黒き神の意識が存在すれば自然と使うことも可能である。
ハクアリティスの血で濡れたままの黒の雷に意識を集中させる。
何も感じない麻痺した感覚の中で、魔力が高まる高揚感だけが心地よいと感じられた。
今まで力を出すことのなかった武器が、黒の雷という名のごとく魔力をバチバチと雷のように弾けさせて、俺は瞬間移動の魔法を唱えた。
「アラシッ!!!!」
置いていかける子供たちの悲鳴が聞こえたけれど、今の俺は何も感じられなかった。
ハクアリティス様を殺したことも、天使と人間の戦いのことも、何も感じない。
それが黒の神と契約したことに関係しているのか、それとも俺がしでかした罪のせいなのか分からない。
だけど、今の俺はただ黒の神に言われたことだけを実行しなければという思いと、それを思うことで何もかもを忘れていられると逃げていたに違いない。
全ては他人事だった。
さっきまで生きている以上は、俺が行動する全てが俺の主観であったはずの全てが、まるで何かを見ているかのような感覚。
俺は生きていながら死んだのだ。
生きる意味をなくした時、それを見つけるまで人はある意味死んでいる。
きっと、俺は今その状況なのに違いない。
そして、今の俺はこの先、その代わりとなるものを見つけられるような気がしなかった。
世界の胎は黒の神から与えられた知識以上に、生々しい空気を吸うだけで気分が悪くなるような場所であった。
「アラシ!俺に逆らって人間たちがどうなるか分かって―――」
「あんたは俺が逆らわなくても人間たちを見捨てる。」
いや、元々このエンシッダ様にとって人間とはさしたる興味もない存在だったのだと感じてはいた。
俺はそれでも仲間の為にそれに気がつかないふりをしていた。
人の上に立つものとして最悪だ。
「俺はもう何もかもどうでもいいんだ。」
「だから、黒き神の言いなりになる?それは楽でいいだろうが、お前はそれでいいのか?」
いきり立つエンシッダ様を見るのは初めてだったが、それを遮るように静かな声が何もかもに無視を決め込んでいる俺を揺さぶる。
「ヒロ…いや、悪魔ヴォルツィッタか。」
「黒き神はお前が考えているような甘い神じゃない。人間なんか襤褸雑巾のように使い捨てるだけなんだぞ?」
ヒロだったら、この状況で何と言うだろう?
お人よしな彼も同じように利用されている俺を心配する?
いや、多分きっとまずぶん殴られるだろう。
『それでいい。』
黒の武器の契約の真実を聞いた時、臆病者の俺はそれをしたくないと訴えた。
そうした時に見せたヒロの顔は全てを後悔していた。
彼もまた俺のように大切なものを力の為に失ったんだろう。
だが、あいつは俺のように生きることを諦めた様子はなかった。
エヴァのことも人間のことも諦められないまま、一生懸命生きていた。
そんな彼からしたら、俺は最低な野郎でしかない。
『余計なことを考えるなぁ』
湧き出てきた心の乱れが黒き神の言葉一つで、再び凍てついていく。
「あんたがヒロだったら俺を動かせたかもしれないが、俺は黒き神の意識をある程度は共有しているんだ。あんたの目的を知っている以上、俺はあんたの言葉には耳は貸さないさ。」
ヒロの皮を一瞬だけ被っていた悪魔がその表情を変えた。
「ならばアラシ…お前に邪魔はさせない。エンシッダ、奴を殺せ。」
「俺に命令するのか?!」
「黒き神に力を付けさせる前に、封印を解く。お前は時間稼ぎを。」
「ちっ!」
『悪魔に封印を解かせるなぁああ!』
分かっているから興奮するな。
バリバリと右手にためていた魔力を一気に放つ。
「灰色の魔力を使う俺に魔力の攻撃は効かないぞっ!!」
エンシッダ様が戦うところは見たことがない。
しかし、ヒロの実験の中でも見てきたように、全ての魔力を吸収する灰色の魔力というやつは対魔力攻撃に対してはやはり有効だ。
かなり強い力を悪魔に向かって放ったはずだが、それはエンシッダ様の作りだした防御壁によって防がれた。
俺はそれを見て遠距離の攻撃では相手を倒せないと悟ると、すぐさま近距離攻撃に切り替えるべく二人に向かって突っ込む。
エンシッダ様は動きについてはさして早い訳ではないらしく、すぐに間合いを詰められる。
そして、直接電撃の属性を帯びた黒の魔力を相手に叩きこむべくその懐に飛び込んだ。
久々の更新…色々遅れていて申し訳ありません。暗い話が続いていますが、もう少しでこの鬱ゾーンは脱出できるかと思われます。
次はきっと大したことはないと思われますが戦闘シーン、そして、きっともっと早く更新できるはずです。