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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
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第138話 絶望が貴方を殺す 1

 私の絶望は貴方の胸を貫くことだろう

 貴方が私に与えた絶望は、貴方の愛が引き起こした悲劇

 その絶望は貴方の傲慢により生まれ至った愛の結晶

 しかし、愛だからと貴方が私にもたらした絶望は許されるのだろうか?

 絶望を生みだしたその愛は、いつしか回りまわって貴方を殺すことだろう

 それが貴方が殺した私の呪い


 私の絶望が貴方を殺す



【絶望が貴方を殺す】



「おかえり、ヒロちゃん」


 大人の男が『ちゃん』と呼ばれて喜ぶはずがない。

 だが、今の私にそれを突っ込む余裕は存在しなかった。

「お前はエヴァか?それともラーオディルなのか?」

 万象の天使の姿をしていようとも、私にはもはや彼が万象の天使であるとは思えなかった。

 悪魔の記憶から現実世界に返ってきた私は、目の前で微笑む万象の天使の皮を被った存在を睨みつけた。

 記憶の中にどれくらい私はいたのか定かではないが、微妙に体が固まっているような気がする所を考えると存外に長い時間だったのかもしれない。

「僕はエヴァでありラーオディルだよ。エヴァは過去の記憶を持たない僕なんだ。」

「だが、万象の天使はお前ではない。」

「よく分かるね。」

 エヴァとラーオディルが同一人物であるということには納得できた。

 二人はその表に出す感情の様子は違っても、根本的なところで似ていると感じたからだ。

 だが、万象の天使とはそれが感じられなかった。

「僕とエヴァンシェッド、いや、ヨイは元は同じ人間だったけど、あまりに分かれていた時間が長すぎた。体も意識も完全に別に分かれていた僕たちそれぞれの魂はそれぞれに変質をして、今さら同じ体、同じ意識になったところで一つになれるはずがなかったのさ。」

 千年…いや二人が別れていたのはもっと長い時間。

 それは元は同じとはいえ、二人はあまりに違いすぎたということなのだろう。

「こうして一つに戻っても魂がしっくりこない。溶け込まない魂の中に俺とエヴァンシェッド、二人の意識が混在している感覚。それでも僕とエヴァはほとんど同じと言ってもいい。エヴァはただ昔の記憶がないだけの僕と言うだけのことだから。」

 それでも記憶というのは非常に大きい。

 魂が同じでも万象の天使がヨイでないのと同じように、やはりエヴァとラーオディルの二人も違うものなのだというのが私の見解だ。

「どうして私にあの記憶を見せた?」

 冷静に物事を考えている一方で心臓は未だに早鐘のように鳴り続けている。

「それが必要だと思ったから。貴方は自分がしようとしていることの重要性に気がつくべきなんだ。」

「肝心な場面は見せないでか?あれを見て私が分かったことはただ一つ、封印を解けば世界が終るということと、朽ち果てた白ヴォルガナ・ニルヴァーナに纏わる忌まわしい神の恋話だけだ!」

 万象の天使だかラーオディルだかわからない人物に対して私は吠えた。

 だが、いつものようにあの歪んだ笑みで私を見下すのかと思いきや彼の美しい表情は不可解そうに私を見るのだ。

「?どういうこと?僕は貴方に全てを見せるつもりで貴方の魂に干渉したはずなのに…貴方は異能者との場面は見ていないということ?ヴォルが封印した理由も?」

「悪魔が私に何も見せなかったさ。」

「…ヴォルが?まさかっ!彼にそれほどの力がまだ残っているっていうの?!千年前、彼の魂から砕かれて、それが再構築されてヒロに転生しているはずなんだよ!?ヴォルの意識がそんなに力を持っているなんてありえない!」

 その酷く驚いたような表情に偽りはないように感じたが、彼が驚いている理由が分からない私は眉をひそめるしかない。

 なにしろ悪魔はずっと私の中で膿のようにじくじくと痛みを伴って存在している。


「それはお前の思い込みだよ。ラーオディル。」


 混乱する子供と私の間に現れた新たなる登場人物。それは

「エンシッダ!」

「やあ、久しぶりだねラーオディル。エヴァンシェッド様の意識を完全に掌握したのか…さすが君のヴォルツィッタへの執着は大したもんだ。」

「今さら何しに来たんだっ!お前に出来ることはこれから先何一つない!!」

 何処からともなく現れたエンシッダ、そしてその後ろに人形のように佇むヴィ・ヴィスターチャ。

「だけど、知りたくない?ヴォルツィッタが何処にいるのか?」

「ヴォルはもういない!罪人の処刑台ディッチ・ア・ヴァリスで魂を粉々にされたんだっ!どんなに僕が望んだって彼が返ってこないことは分かっている。僕を惑わそうとしても無駄だ。」

 それを自覚していてもラーオディルは、その面影を求めて私を求めている。

 だが…悪魔は確かに私の中に存在している。

 魂が壊され再構築された私という存在の中に本来ならば悪魔は存在しないのか?じゃあ、私の感じている悪魔は?


『―――るよ』


 疑問に感じた瞬間に何処からか声が聞こえた気がした。

「そう…ラーオディルがそういうならこの話はもうやめよう。だが、俺はヒロに用がある。彼に最後の引き金を引かせるためにね。」

 そうしてひたりとエンシッダに見据えられて私は体を震わせた。

 この嫌な男とは何度となく対峙してきたし睨みあったこともあった。

 だが、こうしてここまでがっしりと視線がかみ合ったことがあっただろうか?

 いつも何処か違うところを、遠い先を見ているようなエンシッダが初めて私を見た…そんな気がした。

 そして、かみ合った視線の先に彼の濁りきった瞳の色に寒気を覚えた。

「私に何を―――」

「何か変なことをしたら、僕はお前を許さない。殺す!」

 そういって万象の天使の姿をしたラーオディルが私とエンシッダの間に立ちはだかる。

 その姿はかつてのエヴァと重なるが、少なくとも巨大な力を有さなかったエヴァはこんな物騒なことは言わなかった。

「ヴォルツィッタが存在している以上、ヒロはヴォルツィッタとは違う。なのにそのヒロをお前が守る理由は何だ?ああ、いっそヒロを消してしまってヴォルツィッタを表に出せばその理由ができるかな?ヴィス…やってくれ。」

 くすくすと楽しげに笑って言いながら、エンシッダはこれまで気配すら消していたヴィ・ヴィスターチャに声をかけた。

 その瞬間にスイッチが入った人形のように彼女はか細くも確かな声で歌いだす。


白き光より堕ちた翼は黒き寝台で眠る

千の夜千の朝の果て

を白き光より引き千切りし

黒の血がを永き眠りから目覚めさす

目覚めし翼は契約という名の楔を身に刺し

白き光に還るのだ

しかして翼の永い旅は終わを告げ

世界の胎動が全ての始まりを告げる


しかして世界の胎動は汚れた神の目覚め促す

全ての始まりは破滅の階段を転がり落つ

翼の帰還

は始りにして終わりを告げるもの

東方の楽園サフィラ・アイリスの封印を解くもの


しかして始まりと終わり・再生と破滅を決めるは

目覚めし翼が白き力に刺したる契約という名の楔

世界の全てを握りし鍵

世界は楔の存在に全てを委ね    

楔は全ての始りにして終わりなるものと相成あいなりなん


 それはかつて聞いたヴィ・ヴィスターチャの未来を予言したという歌。

 それを聞いた瞬間に胸が大きく一つなった。


『ああ、やっとここまでこれた』


 そして、腹の底から低い声が聞こえた。

「!?」

 驚くと同時に体に強い痛みがはしった。

 何が起こったか分からないままに、強い痛みに膝をつき倒れこむ。

「どうしたの!?エンシッダ何をした!?」

「俺に何かしたらお前の大切なヴォルの身代わりがどうなってもしらないぞ?」

「くそっ!」

 何が急に起こったかも分からず、ラーオディルの私を心配する声が聞こえてくるが、それに答える余裕すらない。

『俺は千年、この時を待っていたんだよヒロ。俺の魂をもった存在が再びこの地を訪れることを。』

 その声は間違いなく悪魔ヴォルツィッタ。

 だが、彼という存在がここまで私に影響を与えたことなど今まであっただろうか?

 先の記憶の中の悪魔が急激に私の中で大きくなり、驚き以上にせりあがる恐怖を感じた。

「で…出てくるなっ!」

 私は急激に強くなる悪魔の存在に痛みに耐えながら叫ぶ。

「さすがヒロ。ヴォルツィッタの力が強くなっている今でさえ抑え込む精神力が君にはある。軟弱なエヴァンシェッドと君の違うところがここだよね。だけど、引き金を引いてもらうためには君には退場してもらう他ないんだよ。」

 過去の記憶の中で不気味な気配を見せた悪魔。

 その悪魔の思惑を知っているらしいエンシッダは、私から悪魔を引き出そうとしている。


―――ではその悪魔の目的とは何だ?


 痛みは遠ざかることもなくその痛みに気が遠くなっても、その後に襲い来る強烈な痛みにまた意識を引き戻される。

 その繰り返しに次第に体力も奪われ悪魔に意識を乗っ取られるより先に、私の命が潰えてしまう気がする。

 だが、痛みに苦しむ私を前にエンシッダがいつものあの嫌味な笑みで私を見下ろすと手を一つ叩く。

 すると空中に大きな鏡の様なものが現れ、苦しむ私の姿が大きく写ったと思った瞬間に鏡の画面が変わり、どこかで見た光景が目の前にうつされた。

「き、黄色の女神?」

 そこには永遠に神の子マイマールの命となった聖櫃に眠る女神ディルアナが、安らかな表情で映し出されていた。

「さあ、最高のショーを君に見せてあげるよ、ヒロ。」

 エンシッダがこれから何をしようとしているかなど、私が知る由もない。

 ただたった一つ分かることは、決して私にとってそれが最高ではないということだけであった。

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