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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第一部 流離う翼
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第14話 人間というものの定義 2

 閉鎖された牢獄から出ることができた瞬間、澄んだ空気が肺の中に入ってきたことに違和感を感じた。


―――そうか、ここは天使の領域フィリアラディアスなのだ


 生まれてから今まで不浄の大地ディス・エンガッドの乾いた、よどんだ空気しか吸ったことのない私は、天使の領域フィリアラディアスの空気すらにも馴染めないらしい。

 空気だけじゃない、私の頬を撫でる風も降り注ぐ太陽の光も踏みしめている豊穣な土地も、全てが全て私には今まで夢にすら見ないものたちなのだ。

 明るい日の光が眩しい緑の草原の広がる場所。

 広々とした草原にはどこかに水場もあるのか涼やかな音も聞え、花でも咲いているのか、甘い匂いがした。

 純粋に綺麗な景色だと思う。

 でも、何だか私には幻のような現実味のない景色に感じられた。

 全てが今まで見たことないものばかりだったが、それでも広がる空だけは同じだろうと見上げてみると、空すらも様子が違った。


―――空が狭い


 高い白壁がぐるりと草原を囲んでいて、空はまるで切り取られたかのように小さかった。

 いつでも、永遠と広がる空しか見たことのなかった私には、その空はまるで別物の空のように思えた。

 僅かな青だけが覗き、太陽も雲も見えず、それでもこの世界が明るいのは、白壁内に太陽に変わる光る物体が浮かんでいたから。

 そして、その小さな空の下には、天使とエンディミアンが住んでいるだろう巨大都市がそびえている。

 草原を囲む白壁と同じ、全部が白い石で作られている都市は神々しく荘厳だ。

 都市はひたすら空に向かって高く聳え、最上部は白壁の天辺と同じくらいの高さにある。

 地上にいる私にはその部分は、まるで豆粒ほどにしか見えない。

 全てが未知で、全てが私には関係のない世界だった。

 これが、最後の楽園・天使の領域フィリアラディアス

 本当はもう一ヶ月以上ここにいたはずなのに、私は今始めて自分がこの世界フィリアラディアスに立っていることを実感した。


 しかして、生まれて初めて見た景色に目を奪われていた私であるが、エンディミアンに鎖を引っ張られて我に返る。

 そして、今までどんなところにいたのか確認をしておきたくて断罪の牢獄エヴィラ・アメンドを振り返る。

 しかし、さぞ大きな建物だろうと思って振り返った断罪の牢獄エヴィラ・アメンドは、草原の中にポツリとある石造りの小さな建物だった。

「あれ?」

「んんん?何?何だね?」

 私が思わず声を出すと、草原の整えられた道でせわしく動きながら何かを待っているDr.パルマドールが私を見た。

「いや、断罪の牢獄エヴィラ・アメンド)があまりに小さくないかと思って。」

「ああ、ああ。まさか、あそこには何百人という囚人、囚人がいるのに、あんなちっぽけ、ひひ、ちっぽけな豚小屋みたいなもので全部なわけないでしょ。ちみは馬鹿だな。馬鹿。」

 いひひひと人間ではない、別の動物の鳴き声のようなキーキー声で鳴くように笑うDr.パルマドールは、私を馬鹿にしたようにそう言った。

「そんなこといっても、他には草原しかないじゃないか。」

 カチンときたが断罪の牢獄エヴィラ・アメンドと思しき建物の前には、4人の天使が警備に立っているのが確認できる以上、ここで暴れるわけにはいくまい。

 それに実はこの手に付いた拘束具をはめてから、何故か体に力が入らないのだ。

 私は殴りかかりたいのをグッと堪えた。

 しかし、私のそんな感情など全く気にずかず、Dr.パルマドールは私に視線を置いたまま地面を指差した。

「何だ?」

「まだわからないの?わからないかね?」


―――そんなんで、分かるわけないだろう


 しかし、私がその意思表示をする前にせっかちなDrはさっさと説明しだした。

 本当に慌しい男である。

「だから、だからね。地下なんだよ、地下!ちみはさっきまで地下にいたんだよ。断罪の牢獄エヴィラ・アメンドは入り口以外は全てが地下に埋まってるの。埋まっちゃってるわけなのよ!!」

 と、勝手にきれだして地団駄じたんだを踏みだす。

 その様子は何だか壊れた玩具のようで非常に滑稽だ。

 しかし、訳の分からない物言いと行動であるが、いいたい事は理解できる。

 そういえば思い出してみると空気は妙に薄かったのは、また牢獄内には窓一つなかったのは、牢獄全体が地下に埋まっているからだったのだ。

 私が納得しような様子を見せるとDr.パルマドールは、

「これだから、野蛮なアーシアン。アーシアン。は馬鹿だというのです。見える、見えるものしか、信じようとしない。この世界にはね。世界には。目には見えなくとも、大事な大事なことがたくさんあるのですよ。あるんです。いひひひひひ。」

 と言ってまた不気味に笑った。

 私はそれを無視して改めて今までいたはずの断罪の牢獄エヴィラ・アメンを振り返る。

 一見すればまさかこの綺麗な草原の下に広大な牢獄が広がり、何人もの囚人が捕らわれているとは思いも付かない。

 まるでこの草原が臭いものにされた蓋のように思えて、私はいいようのない感情に捕らわれた。

 でも、それがアーシアンをこんな地下に閉じ込める天使に対しての怒りなのか、それともこの草原を美しいと思った自分に対しての罪悪感なのか、はたまた、この草原自体に対して気味悪さを感じているのか、私には判断が付きかねた。

 どれもが正しいように思えて、それでいてどれもが違う気がした。

 そうして、そんな感情だけを残し私は断罪の牢獄エヴィラ・アメンドを後にした。




 その後、私は草原の向こうからやってきた『車』という動く鉄の塊に押し込まれ移動させられた。

 車の乗り心地は悪くなかったが、道が悪いのか少し揺れる。

 私が車の中で不思議そうにきょろきょろしているとそれが気になるのかDrは、この車のことについて私の分からない言葉で一々詳しく説明してくれた。

 しかし、私があまり意味をわかっていないと分かると、馬鹿ですね。馬鹿。とさっきと同じようにあの鳴き声みたいな声で笑った。

 この男、どうも自分の知識をひけらかしたい、話したがりの性格のようである。

 しかし、言い方がムカつく上にしゃべり方も聞き取りにくいし嫌味な物言いなので、こんな男の話はそうそう聞く耳をもたれないだろうなと言う感想を私はもった。

 かくして車は草原を過ぎると、高くそびえる白い都市に迷うことなく入り、鎖には繋がれたままであったが、車の窓から外を眺めることは咎められることもなかったので、私は遠慮なくじろじろと外を見ることができた。


―――都市の名は白き神の御許イア・ルマンヌ


 話によると全ての生命の源たる白き神イヌア・ニルヴァーナの街であるらしいが、内部は外から見ているよりも、きらびやかで美しい装飾の施されている白い石造りの建物たち、様々に咲き乱れる木々や花々に彩られている。

 また街中は活気に溢れており、生き生きと生活している天使とエンディミアンがそこかしこに見ることができた。

 しかして、車がどれくらい走ったか分からないが、白い石造りが眩しい明るい場所から何となく暗がりに入って、建物の白さが灰色っぽく感じられるようになり、私はあれ?と思った。

 そして、見るからに先ほどまでの美しい建物たちとは雰囲気が違う、無機質で冷たい雰囲気のする四角い建物に車がぐんぐん向かっていくのを感じて、私はやっと自分の置かれている状況を思い出した。


―――そういえば、私は人体実験・・・されるんだったか?


 外に出られたことで、つい自分がどうして外に出られたか忘れてしまっていたらしい。

 白き神の御許イア・ルマンヌを見て高揚していた感情が急にしぼんで、今頃どうしようかと急に焦りだした私であるが、まあ、何もかもが遅いわけで・・・、私は何の手段を講じることもできず、車でその建物まで運ばれていく。

「さあ、さあ。降りるのです。」

 そして、車の中に居座るわけにもいかず、Drドクターパルマドールに急き立てられ、建物の入り口に降り立った瞬間ひやりと空気が冷たく感じられた。

 周囲は車から眺めていたにぎやかな白き神の御許イア・ルマンヌの気配一つせず、何処からか不気味なカラスの鳴き声さえ聞えてくる。

 生えている植物もどこか湿っている感じがして、建物全体の醸し出す雰囲気がオドロオドロしくて、まさに如何にも何かが出そうな・・・そんな雰囲気がびんびんする。

「こっちです。こっち。」

 そう言っていつの間にかエンディミアンではなくDr.パルマドールが、明らかに建物に恐れをなしている私の鎖を握っている。

 私は思わず引っ張られる力に逆らって足を踏ん張った。

 何せひょろひょろした男相手だ、力で負けることはあるまいと、高をくくったのがいけなかった。

 何と私が足を踏ん張り逃げ出そうとし力を入れようとした瞬間に、体から力がガクンと抜けたのである。

「?!」

 予想もしない力の抜け具合にそのまま地面に倒れこんだ私を見下ろして、Dr.パルマドールがヌフフと気持ち悪く笑う。

「逃げようとしたでしょ?逃げようと?無駄ですよ。その拘束具は、このわたくし、わたくしが作った特殊な鎖なんでしょ。それを付けて、付けている限りはどんな超人だろうが、子供にすら勝てない、イヒヒ、勝てなくなるんです。」

「なにっ?」

 見ても至って普通の鎖だが、牢獄にいたときからこれを付けられると力を込めれないのは確かだった。

 どんな原理で鎖が作られているかは定かではなく、その説明を聞いてもどうせ分からないだろうが、もしこれを作ったのがこの男だと言うのであれば、やはりこの男が天才というのは確かなのだろう。


―――この鎖さえなければ、こんな細い男など片手でつるし上げてやるものを!


 Dr.パルマドールにひゃひゃと笑われながら見下ろされて、私はうつむいて奥歯を噛み締めた。

「さあ、さっさと入れ、入るのです。」

 そして、Dr.パルマドールは私のそんな感情など気にすることなく、せわしなく私を引っ張る。

 今の私に逆らう力もなく、悔しいかな私はこの不気味極まりない建物の中に入っていかざるを得なかったのである。

「さあ、ここが生態兵器開発研究所なのです!なのですよ!!!」

 何に興奮しているか謎だが、Drは奇声を発してなにやら鼻息を荒くし始めた。

「生態兵器研究所?」

 やたらと長たらしい、堅い名前である。

「ヤハハハハ!わたくしめが、わたくしが責任者を務めている研究所!研究所です!!」

「・・・あんたが責任者って言うよりは、あんたしかいない研究所じゃないのか?」

 建物内のロビーのようなところにはいっても、誰の気配もしない静まり返った暗い空間を見つめて私が言い返してやると、壊れるくらいDrが首を横に振った。

「何、何いってるのよ!!まず、わたくしのじょじょ助手のアースラ君!アースラ君がいるでないの!ねねねね?」

 と大声で断罪の牢獄エヴィラ・アメンドからずっと一緒にいる、やけに影薄い見るからに真面目そうな容貌のエンディミアンを指差した。

「はい。私はDrのことを尊敬しもうしあげています。」

 すると、今まで言葉らしい言葉を殆ど発していなかった男が、何の感情も見せない様子でそう言う。

 それを聞くとDr.パルマドールが嬉しそうにイヤヤヤヤと照れているのか、またあの奇声じみた笑いか分からない声を上げた。


―――何なんだこの二人?


 私は両極端な二人の様子にひきまくりで、乾いた笑いしか浮かばない。

 こんな濃い人間に未だかつて出合ったことのなかった私は、正直どうこの状況に対処していいか分からないのだ。

 しかし、この狂った科学者様にはアーシアンの気持ちを思う遣る心などあるわけもなく、私の様子など一切無視して更にマシンガントークを続ける。

「それに、ここにはわたくしのたくさんの研究の協力者たちがたくさん、たくさんいるのですよ??」

「協力者?」

 支援者とか、助手とは違う共同研究をしている科学者が他にもいるのだろうか。

 まあ、この入り口にいなくとも研究所は大きそうなので恐らく他所にいるのだろうと、私はそれ以上聞かなかったし、ハフフフフとDr.パルマドールは一人笑うだけだった。そして、

「ままま、こんなところで立ち話、立ち話もなんですから!お茶でも飲みましょ、飲みましょうよ!わたくし、じじじ実は、ちみに聞きたいことがあるんです!あるんですよ!!」

 と言うと、Dr.パルマドールは私を建物の奥のほうへ助手のアースラ君を置いて、グイグイと引っ張っていく。


―――聞きたいこと?お茶だと?


 てっきり人体実験か何かされるのかと身構えていた私は拍子抜けしてしまった。

 しかし、この不気味な男を簡単に信じるのも危ないし、アーシアンの私がこの天才だが狂った科学者に教えることなど何一つないように思う。

 早歩きで薄暗い建物の中を進む後を続きながら、私は油断しないように気を引き締めた。

 研究所内の照明は薄ぼんやりとした緑の光だけが廊下を点々と照らしているだけで、足元すらも覚束ないが、さすが自分の研究所というだけあってDrの足取りに迷いはない。

 何処までも静かで薄気味悪い建物であったが、よくよく気配を探ってみるとDrの言っていたように確かに人の動く気配もあった。

 そして、暗いし迷路みたいな研究所内をどれくらい進んだか定かではないが、Dr.パルマドールはやたら豪華な一室に私を通した。

 手術室みたいなところに通されるのではないかと緊張していた私であるが、しかしこんな部屋に通されたら通されたで、何が起こるのか分からず身をかたくした。

「ささささ、この椅子に座れ、座るのです!」

 部屋に入るとDr.パルマドールは鎖から無用心に手を離した。

 私が鎖が付いている限り自分に敵わないと思っているからだろうが、逃げ出すとは考えないのだろうか。

 しかし、すぐに釘を刺された。

「言っておきます、言っておきますが、この部屋の扉はわたくし、このわたくし以外は開けられないようになっております。」

 要はこの部屋に私は閉じ込められたわけである。

「・・・」

 私は憮然としたまま部屋の中心にぽつんと置かれた椅子に腰掛けた。

 そこは妙にガランとした寂しい部屋で、作り自体は豪華で、壁紙や絨毯の図柄や室内照明などはきらびやかで凝ったものだったが、如何せん物が少なかった。

 私が座る椅子以外は一つの机とその上に黒い縦長の箱が置かれているだけ。

 部屋の異様な雰囲気に飲まれ、これから何が始まるか全く予想も付かない私は、Dr.パルマドールの一挙手一投足を緊張したまま見つめるしかない。

 しかして、Drは私のそんな視線など意に介さないように、机の上の黒い箱を手に取り話を切り出したのである。

「しししししっ。わたくし、こいつのことについて、ちみに、ちみに聞きたいことがあるのですよ!聞きたいことが!!!」

 そして、何の緊張感もなくばばっと、箱から何かを取り出すと私の前に突きつけた。

 一瞬それが何か分からなかった私であるが、目の前のそれに見覚えがあって私はぼんやりとその名を呟いた。


「・・・黒の剣ローラレライ

加筆・修正 08.5.30

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