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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
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第131話 君こそが僕の罪の証 5

注意:残虐な描写があります。嫌悪感を感じる方はご注意ください。

「アオイィィィィ!!!」


 淀んだ世界が目の前で砕け散り、飛び込んできたのは俺の罪を証であるティアの俺を呼ぶ叫び。

 その声に俺の中で何かが生まれた。

 それは淀んだ世界で生まれたのか、はたまた、ティアの声により生まれたのか、自分のことであるのに分からない。

 ただ、この瞬間、腐り終わるはずだった俺の体で何かが確実に変化したんだ。

『アアアアアアア!!!!』

 変化する叫び。

 それは悲鳴から絶叫へ、苦しみから気合へと、滴る血は蒸発し、禿げ落ちた羽は灰となった。

 俺というものを形作る全ては、一度世界から消え去った。


―――ドクン・ドクン


 だが、俺の心臓の鼓動は聞こえ続けていた。

 心臓すら消えたはずなのに、胸を叩く心臓の気配を精神だけになった俺は感じていたのだ。

 体の全てが消え去っても、鼓動はまるでそれだけで生き続けていたように、なり続け俺という生を繋いでいた。


『マダ・イキタイ?』


 あの生き物の声が聞こえた。

 瞬間に俺の中で生まれた何かが爆発した。

 眩い光があたりを支配し、次の瞬間に俺は肉が血が臓器が、俺を先ほどまで形成していた全てが新たに再生するのを感じた。

 本来、神の体に死はない。

 体がある程度は損なわれても、溢れる魔力ですぐに欠損部分を再生できるから。

 しかし、他の色の魔力が体内に注がれ、魔力の源である血が毒となり果てている状態で、自分の体がほとんど一からに近い状態で再生されるとは思いもよらなかった。

 経験したことない状況に、想像できない死を覚悟したくらいだ。

 だが、その非常事態が結果として、同時にこの現象は長年続けてきた俺の研究を証明することとなった。

「ば…化物が!」

 完全に殺したと思った相手があっというまに再生を果たしたことに、シェルシドラが低い声で叫ぶ。

 そして、すぐに再び臨戦態勢に入ると、荒れ地に落ちた剣を拾って俺に襲いかかってくる。

 それはいつも冷静に戦いに臨む彼にしては、あまりに猪突猛進というか、ものを考えていない戦い方であった。

「シェルシドラ!」

 それを制止するようにサンタマリアが名を叫ぶが、シェルシドラは止まらない。

 俺は新たに生えた翼をばさりと振り回すと、シェルシドラを弾き飛ばす。

 再生した翼は先ほどよりも強度が上がっているようで、いとも簡単にシェルシドラを俺の足元に叩きつけた。

 大地に這いつくばる天使の姿に、再生を果たし、体に興奮を覚えたままの俺は、酷く残酷な気持ちを抱く。

「ゥアアアアアアアッ!!!!」

 その気持ちのままにシェルシドラの半身に、巨大化したままの足を振りおろし、彼を踏みつぶす。

 小さな彼の体がバリバリと割れてゆく音が、再生した骨を伝わって聞こえた。

「やめてええっ!」

 絶叫するシェルシドラの声を聞いて、初めて三大天使以外の天使が俺に向かって刃を向けた。

 だが、全ては遅い。

 その声に従ってシェルシドラから足をどけ、半分が血に染まった彼を見た。

 左半身の半分はもはや人の形を保っておらず、さりとて半分は美しい彼のままそこに存在しており、それは倒錯的な芸術作品のようだと俺は思った。

「ヒューヒュー」

 それでも半分のまま彼は生きている。

 左半身が潰れていては、心臓すら潰れているだろうに彼は生きている。

 それこそが、俺が再生し証明したことの裏付けともなる。

『神の心臓が右側にあって良かったな、シェルシドラ。いや、シェルシドラは死んだか?お前はもうレギューなのか?』

 体の半分が潰れているというのに、ぎろりとシェルシドラの右目が俺を睨みつけた。

 その人相はシェルシドラのものではなく、間違いなくレギューのものだった。

 それが一時的なものなのか、はたまた、永遠なものなかのは、今のところはっきりしない。

 だが、一つ確実なものとしているのは、彼の中にある『二つ』の心臓のうち、一つは永遠に失われたということ。

 今さっき俺が踏みつぶした彼が本来持っていた人間としての心臓。そして、もう一つは千年前に、俺が彼に移植した蒼の神レギューの心臓。

 神喰い(グリプス)とは、すなわち神の心臓をその身に持つ人間のことだ。

 もっとも、その際には人間に魔力を与えるために、人間の血を抜き全てを神の血へと入れ替える作業も伴い、その後も神の血を供給するためだけに初めは心臓を移植したはずだった。

 まさか、その心臓移植後に神の意志が、人間に宿るなんて初めは全く考えられていなかった。

 だが、手術後にシェルシドラの中には移植した神の人格レギューが確かにいた。

 そこから俺はある一つの推論にたどり着いた。


―――心臓とは血を巡らせ、命の源であると同時に、魂の宿る場所であるのでは…と


 身体的な意味での死がない神にとって、何を持って生きているかという定義は非常に難しいものだ。

 息をしていることを『生』と定義づけるのであれば、聖櫃にいる全ての神は生きているということのなる。

 はたまた、精神さえ残っていれば『生』とするのであれば、三大天使やなりそこねた神リーヴァネルの中に寄生している神は生きているということになる。

 どちらも、生きているというには歪としか言いようがない。

 その境目について、俺は研究者ながら不思議に思っていた。

 しかし、精神などというものは形がなく証明することも難しく、息をしているという『生』の形のほうが証明するに容易かった。

 故に神に死は存在しなかった。

 神はどんなに傷つけられようと、身体的欠損は補うことができたからだ。

 体が消滅しない以上、神に死はない。

 また、心臓に魂が宿るというのであれば、心臓すらも再生が可能な神に死は存在しない。

 しかし、精神、魂の宿る場所が確定できれば、神の死についても、また、聖櫃というあの忌まわしき箱についても定義が可能になる。


―――魂、精神の消滅こそが神の死であり。聖櫃、それはすなわち、心臓に宿る魂を屠る場所。神に死を与える箱なのだと…


 聖櫃に入って身体機能は正常にもかかわらず、眠り続ける神を俺はずっと不思議に思ってきた。

 だが、心臓こそが魂の宿る場所であるというのであれば、その場所に何らかの精神にダメージを与えることができれば、そして、それにより精神が死んでしまえば、残るのは魂の抜けた容れ物としての朽ちない体だけが残る。

 …そう考えることができるのではないか?

 俺がこの考えに至る前に、聖櫃を造りだした神はそれに気が付いた訳であり、そして、容れ物と化した神を使って神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラは人間を神で繋いだ。

 それは天使を唆すための一つの手段と思ってきた。だが…

『どうして、こんな手段を使ってまで神と人間は繋がらなくちゃならなかったのかしら?』

 以前、ティアにそう言われたことがあった。

 俺たちは白き神の命令を通した神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラに従ったにすぎないのだが、今になってその言葉が大きく俺にのしかかる。

 どうして?神の命を損なう形になってまで、俺たちに人間の支配する方法を実行させたのだろう?

 しかして、その答えを知るすべを今も昔も俺は持たない。

 また、その答えを俺が知ることは永遠にできないだろう…しかし、『彼』ならばその答えにたどりつけるかもしれない。


『うるさい。罪だ罪だと、自己嫌悪に陥るのは勝手だ。だが、犯した罪をぐちぐちとこんな所で私に懺悔したところで時間の無駄だ。それは私に言うことじゃないだろ?』


 そう言った彼と別れて少ししかたっていないはずなのに、そう言って俺を突き放した彼の言葉が妙に懐かしく響いた。

 そして、そう言われたのに、未だに進歩のない自分に僅かに苦笑して、俺は改めて現実に向き直る。

 冷静な内の自分と、それとは対照的な妙な興奮と残虐性に支配され続けている自分が、完全に引き裂かれているのを、今更ながらに感じた。

 見下ろした先にある半分が真っ赤に染まった三大天使シェルシドラ。

 恐らくは魂の宿る場所である心臓をなくしたシェルシドラは死に、彼の体の中に残った右側の心臓とその中に宿るレギューが生き残った。

 体はシェルシドラのものでも、恐らくシェルシドラは永遠にこの世界から消えたのだ。

『残念だな、レギュー。いくら心臓だけが残っても、体が人間のものじゃ、俺のように再生はできまい。』

 そして、外の俺はそう言って獣の咆哮を上げた。

 所詮は天使の体は人間のままであり、先に俺がしたように魔力で体の欠損を補うことはできない。

 姿は同じでも、神と人間ではやはり体を形成するものが違い、身体的な死が存在し、心臓を再生できない彼はその精神すらも死に絶えた。

 そして、俺がどんなに嫌味を言っても、体の半分を失ったレギューか、はたまたシェルシドラか、どちらと呼んでいいかも分からなくなった彼はそれに答えることはできない。

 代わりに泣き叫ぶ天使たちの動揺と悲鳴が大地に轟いた。

「兄さんっ!!!」

「シェルシドラ様ぁ!」

「いやあああっ」

 恐らく彼らにはまだシェルシドラがレギューになったことまでは理解できていないことだろう。

 彼らに突き付けられて居ているのは、シェルシドラの半分が無くなってしまったということだけ。

 だが、それは彼は生きているということは分かっていても、彼が死んだという事実よりも残酷に突き付けられている。

 天使の頂点に立つ三大天使の一角が落ちたことにより、動揺が走る天使。

 そして、そこに新たなる追い打ちがかかる。

「天使ども!覚悟しろ!!!!」

 轟く声とともに、俺の背後から現れた多数の人影。

 そこには傷だらけになりながらも、前線に配置されていた天使を打ち破ってきたのだろう神の子マイマールの部隊・女神の十字軍イヴィスタン・ディードが立ちはだかっていた。


『さあ、全てを終わりにしよう。天使』


 天使と人間の最終決戦が、ついに最終局面に達しようとしていた。

久々に後書を残したいと思います。

この物語を読み続けてくれている奇特な皆様に、最近、また色々な事情から執筆が遅れていることをまずお詫びいたします。せめて年内に完結させたいなと思っていたのですが、今の状態ではそれも難しく…鋭利努力中ではあるのでどうか暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。

また、今回は神の死の定義について触れていますが、これはあくまで私見や物語の設定上で必要な描写です。色々、複雑で難しいテーマであるので、もし、これを読んで気分を害された方がいましたら、この場でお詫び致します。申し訳ありません。

そして、これからの展開についても一言。アオイ視点の話は終了で、これで一応は最終章の三分の一ほどは進んだ形となります。これからは長きにわたり不在だった主人公攫われたヒロが戻ってまいります。彼が好きだという読者の皆さま、期待していてくださいませ。

また、誤字脱字について、色々なところで読者の皆様にご迷惑をおかけしているようで大変申し訳ありません。評価・感想の中だけでなく、メールでも色々アドバイスや指摘を頂き、恐縮するばかりであり、また、大変参考にもなっています。本当にありがとうございます。物語を完成した後は、かならず全面的に修正を加えていきたいと思っていますので、こちらも暖かい目で見守ってください。

それでは、長くなりましたが、最後に読者の皆様にお詫びと感謝を表し失礼します。これからもよろしくお願いします。

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