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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
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第128話 君こそが僕の罪の証 2

<千年前回想 SIDEアオイ>



―――それは俺がまだ神であった頃の話、俺は神の中でも知識に長けた存在として『天使創造計画』の一役を担っていた


 圧迫感を感じさせる四方を壁に覆われた部屋に俺はいた。

 その中で反響する機械音・蒸気音が鼓膜だけではない、細胞の全てを揺らす。

 薄暗い室内は何の装飾品もなく、部屋の壁や天井、床も様々な機械に埋め尽くされ、その全ては部屋の中央の手術台に集約されていた。

 手術台には部屋中の機械と繋がれるための様々なコードが取り付けられ、たった一つの眩しい白い光が台の上を照らしていた。

 その光に照らされるのは一人の横たわる神と、手術台にくくりつけられ、もがき苦しむ一人の人間。

「離せっ!!!」

 手首も足首も手術台にしっかりと繋がれているというのに、解けるはずのない拘束具を必死で取ろうとしている姿は、酷く滑稽だ。

 だが、どんなに足掻いたところで人間の運命は何一つ変わりはしない。

 俺たちの研究は、今まさに最終段階に至ろうとしていた。

「No087、もうここまできたのだ。大人しくしろ。貴様も取るに足りない人間という脆弱な存在から、神と一つとなり新たな素晴らしい存在になれるのだぞ?むしろ、もっと喜んだらどうだ?」

 そうマスク越しにくぐもった声で呟いたのは、俺と同じく手術着に身を包んだ紅の神イソルマンナ。

「馬鹿野郎!!自分とは違う存在になったって、誰が喜ぶかぁっ。そんなこと、お前たちだけで勝手にやってろぉお!!!」

 どんなに言葉を繕っても無知な人間に、俺たちの言葉が届くことはない。

 だが、年齢・性別・体力など、様々なことを考慮して、このNo087ほど今回の実験に適した人材はいない。

 これ以上騒がれるのは問題なので、呆れたように溜息をついてイソルマンナはちらりと俺に目配せをする。

 それに頷いて俺はNo087を大人しくさせるために、麻酔薬の入った注射を彼の腕に刺した。

「大体、俺の名前はそんな数字じゃねえ!俺の名前は『―――』だっ―――う…」

 彼がその時、叫んだ名前を俺は覚えてはいない。

 確かにNo087というのは、実験のために集められていた人間を区別するための番号に過ぎず、彼自身の名前ではなかった。

 だが、当時の俺にはそんなことはあまりに些細なことだった。

 ちなみにこの時の彼こそが、後に蒼穹の天使シェルシドラと呼ばれる、この世界で初めての神との融合に成功した例となる人間としての最後の姿。

 そして、麻酔が効いて急激に大人しくなった彼を見下ろして、その横で静かに横たわっているもう一人の人物に目を向ける。

「レギュー、ではこれから手術を始める。いいな?」

「ああ、お前たちを信頼しているぞ。俺の体をどうか白き神の願いのために存分に使ってくれ。」

 様々な実験を繰り返してきたが、神を使った実験は今回が初めてである。

 だから、俺にイソルマンナ、他数人の神々は隠しきれない緊張感を抱えており、レギューの言葉にやっとその緊張感を払うことができ、いよいよ俺たちはメスを持つ。

 そして、これからかつてないほどに長い長い手術が始まる。

 なのに、強い麻酔薬で眠らされたNo087とは違い、レギューには麻酔はかけなかった。レギュー自身の希望だ。

 神は体を切り刻まれようとも心臓さえ動いていれば死にはしないが、痛みがないわけじゃない。

 俺たちとしては麻酔をかけることを勧めたが、レギューは神である自分が死にゆく姿を見つめていたいと言った。

 人間ほどではないにしても、彼だって神という種族を捨てる行為であるには変わりない。

 白き神の命とはいえ、彼にも神という種族に名残惜しい気持ちがあったのだろう。

 そして、それまでに様々な試行錯誤を続けてきた俺たちの研究は、ついに天使という存在を生み出しすこととなった。


―――それが永遠に許されない罪の始まりだとも知らずに



 そして、時は少しだけ進む。

 それは神の時代が終わり、天使が東方の楽園サフィラ・アイリスを支配して間もない頃。

「研究は順調かい?ブルー・ナイツ。」

 俺はその時も窓のない部屋にいた。

 以前は自身で好んでいたはずの場所と似たような環境だが、俺は今、最悪の気分で幽閉されている。

 室内は広く、様々な機械や研究資料はあるが、部屋を囲む壁には魔力を封じ込める石が使われ、太い格子は神の力をもってしても打ち破ることはかなわないから、俺は自分でこの牢屋から出ることもできない。

 その格子越しに微笑みながら、万象の天使エヴァンシェッドは一人佇んでいる。

 誰からも愛され、美しいと称賛されるその姿をかつて俺自身も愛でてきたが、その美しい顔をしながら彼は俺を始め天使を造りだした全ての神を幽閉し、聖櫃に入れられたくなければと研究を強要した。

「君の研究には天使の未来がかかっているんだ。はりきってもらわないと困るなぁ。」

「…『神からの真の解放』か。だが、それを神である俺に頼っていては意味がないのではないのか?」

 『神からの真の解放』、天使は神の下僕として誕生し、それから逃れるために白き神以外の神を黒き神と人間の反乱に乗じて、悉く消していった。

 だが、三大天使と恐らくこの万象の天使を除く天使は、その全てが聖櫃という存在によって成り立っており、その中の神の命なくしては存在しえない。

 故に天使族の上層部の間では、『神からの真の解放』というスローガンのもと、聖櫃に頼らない天使の創造を望んでいるのだ。

 そして、そのために白羽の矢が立ったのが、聖櫃を用いない方法で三大天使を作り上げた神の研究員の一人であった俺であり、他数名の神々であった。

 神々は研究で必要な場合は一つのところに集められることもあったが、基本的には別々の場所に幽閉されていた。

「何をいまさら…神が天使に懺悔を捧げるのは当然だろう?自分たちのエゴで天使を作り上げたんだ。その責任は最後まで取ってもらわなくては…な。それにこれは天使を作り上げたのと同じように白き神の勅命だ。」

「誰が『あの』白き神を認めるものかっ!」

 神の中でたった一人自由なままの白き神。

 俺たちの母は神を裏切った。

 俺は思い出す。白き神が俺たちに天使を造りだせと命令を下した言葉を…


『命令を下します。知識を持つ神たちよ。貴方達には人間を正しく管理するための方法を見つけてほしいのです。人間を神の支配下に置くために…彼らを私たちの僕とするのです。それが神のため、ひいてはこの楽園のため…頼みましたよ?』


 そう言った彼女が人間に何を感じていたかは定かではない。

 だが、人間という白き神から生まれなかった種族が誕生したと分かった瞬間に、それを管理する方法を俺たちに探すように命じた。

 そして、その最終形態が『天使』という存在だった。

 人間の数は多く、その増殖能力は他の種族の比ではない。

 魔力を持たず、寿命も短いのに、増え続ける人口と成長し続ける文明…確かにそれを警戒する考えは分からないでもなかったが、当時の人間は神に逆らうようなこともなく、逆に非常に崇めてすらいたというのに、白き神はそれだけではぬるいと判断した。

 他の種族たちに対してはその種の起源から白き神は関与しており、万が一にも神に反旗を翻そうなものならば、白き神は一瞬にしてその種族を無に帰すことすらも可能だ。

 人間を正しく管理するために、白き神は人間に対してもそれを行うことを可能にする方法を俺たちに探させたのだ。

 結果、俺たちは『天使』という神と人間の命を一つに結ぶという方法を選択した。

 契約が世界に制約をもたらしている以上、神が一方的に人間の命を握ることは不可能で、神にもそれ相応のリスクが伴う形。

 しかし、様々な試行錯誤を繰り返し頭を悩ませ続けてきたが、俺たちは未だに人間を完全に支配したとは言い難い。

 『三大天使』については、一人の神について、一人の人間の支配にしか至れなかった。

 『天使』については、聖櫃という神の命について多数の人間を支配はできても、その結果、神が死にも等しい状態になっていてはどうしようもない。

 まあ、もはや神の時代が終わりを告げた今、その全ては無駄となったといっていいだろうが…そんな投げやりな気持ちが心を支配する。

 更に当時の俺は天使たちへの恨みが強くて、天使という存在を生み出した責任や罪悪感などは微塵も感じておらず、むしろ突然降りかかった自分の不幸に理不尽さを只管に感じていた。


―――どうして?どうして?俺ばかりがこんな目にあう?俺は神なんだ…神がどうして人間如きの手で牢に繋がれなければならない?


「相変わらず、どうしようもなく愚かな神だな。頭でっかちなばかりで、世の中のことが何も見えていない…まあ、いいや。それよりも今回は研究のために新しい材料を用意してきたよ。」

 そう言って俺をひどく見下げたような表情で見て、エヴァンシェッドは後ろを振り返る。

「はなせっ!!はなせ!はなせええええ!!!!」

 途端に扉から天使にひっ捕らえられて、数人の人影が暴れて連れてこられる。

 その姿がかつて、俺たちが三大天使を造るために捕縛してきた人間たちとダブった。

「彼らは白き神が最後に生み出した種族・流離人だ。」

「流離人?」

 その名にはもちろん聞きおぼえがある。

 大地は持たないが、他の種族の動向や各大地に入り込んだ人間たちを監視するために創造した種族だ。

 その姿は人間と変わらないが、魔力を有し、寿命も比較的長い。

 だが、その直後に天使が急増し、その名を聞くまで俺もその存在を忘れていた。

「実験に天使を使うわけにはいかないからね。人間よりも魔力を有しているという点で天使に近い流離人を、天使に見立てて実験を繰り返してもらおうと思ってね。」

 言っている言葉はあまりに残酷なことのはずなのに、エヴァンシェッドは何か良いことを思いついたかのように囁いた。

「馬鹿にしないでっ!!」

 そんなエヴァンシェッドに流離人の一人が叫んだ。

 その声が高く若い女の声だったことに俺は気がついて、目を向けた。

 叫んだ女は天使に押さえつけられながら、これまでも天使に酷い虐待を受けてきたのだろう。

 顔は殴られた後で腫れていたし、髪は乱れ、服装も襤褸切れを纏っていた。

 その姿はあまりに悲惨だったが、所詮は流離人。

 俺のような神からしてみれば、彼らがどうなろうが些細な存在にすぎない…そんな風に彼らを視線に入れても俺は何の感情も浮かばなかった。

「最低よ!何が天使よ!神よ!!!」

 だから、女が何を叫ぼうが喚こうが無駄な事をしているなと思うだけで、俺はただこうして神だというのに天使に研究を強要される自分の不幸を嘆いているだけだった。

 だが、聖櫃にいれられて、神の尊厳を踏みにじられ、天使の命だけになり下がることだけは嫌だから、天使の要求を飲むしかなかった。

 それが、どれだけ他の神の尊厳を傷つけ、あまりに自分本位な考えだということに気がつかずに。

 その時にそれに気が付いていたのは、生きるために精一杯の努力をし続けていた彼女だった。


―――流離人ティア


 この時、ずっと力の限り叫び続けていたのが彼女だったことを、俺は後に知ることとなる。

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