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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
132/174

第124話 流離人 1

―――何処から来たかも忘れ、何処に行きつくかも分からない


 それが流離うということだと教えられた

 だけれど、長い人生を生きてきた中で、それが自分の人生を表していることを知った


―――私は何のために生きてきて、この後、何のために生きていくのだろう?


 私はそんなことを自分に問いかけ続けている



【流離人】



<SIDE ティア>


―――千年間、それはあまりに長い年月だった…そう思う


「私たちが最も憎むべき相手が、ここに二人もいるわ。」


―――三大天使、彼らは私たちから全部を奪った存在


「何をいっとるんや?あんたらなりそこねた神リーヴァネルと言っとりましたが、天使に神の寵愛を奪われたくらいで憎まれるなんて、わいらとしてはとんだ逆恨みでっせ?」

 私の瞳に宿る殺気に恐れをなしたのか軽い言葉を発してはいるが、私に刃を向ける二人の天使は表情を強張らせている。

「なるほど…一般的な天使にはそんな説明をしているの。そうよね?なりそこねた神リーヴァネルにした真実を公にしたら、貴方達が隠し通してきた天使の秘密が明るみに出てしまうもの。」

 三大天使の一人・深海の天使サンタマリアは人の心の中を覗くことができるという。

 きっと、私が言いたいことが何なのか言葉にしなくても理解しているのだろう。

 だから、例えかたく閉ざされたままの瞼の表情でも、サンタマリアの表情が歪んでいることがはっきり分かって愉快だと思った。

 そして、ふらりと態勢を崩した彼女をサンタマリアの従者らしき人間の女が受け止める。

「貴方達は私たちから種族の誇りを奪った。『流離人』という名を神からもらっていた私たちを貴方達は『なりそこねた存在』にまで貶めた。」

 エンシッダ様に『流離人』であるヒロの様子を見ているようにと言われたあの日、その名前を聞いた瞬間、あまりの懐かしさに涙が出そうになった。

 今はもはや人間の中の一つでしかない『流離人』という名前のルーツは、正確には分からないけれど恐らくは私たちの本当の名前なのだ。

 人間という種族は神が予期していなかった種族であったが、流離人は神が意図して造り出した存在。

 だけれど、大地はすでに他の種族で埋まり、私たちという存在を定住するものとして定義することは新たなる戦いの火種になりかねない。

 だから、神は私たちを『流離う』ものとして定義した。

 私たちは4つの大地を自由に行き来することを許され、他の種族を監視し、神の手足として生きることを運命づけられて私たちは存在していた。

 神の下僕だと悲観することはない。

 天使なんかとは違う。人間として生を受け、その後に自分の存在理由を捻じ曲げられたわけではなく、生まれたときより存在理由を定義されていた私たちは、そうやって生きていくことに不満も不安も持つこともなかった。


―――天使が私たちの居場所を奪い、私たちから名前を取り上げていくまでは…


「ねえ、この世の中で一番初めに天使になったのが誰だか知っている?」

 動揺する天使たち。

 私の言っている言葉が理解できている者と、そうでない者の顔色が全く違うのが、とても滑稽。

「その口を閉じろぉ!!!」

 きっと、私がこれ以上の言葉を続けるとまずいと感じたのだろう。

 罪人の巡礼地アークヴェルで出会った無愛想な表情を浮かべていた『長髪』が、超巨大な魔力の塊を私に向ってぶつけてきた。

 私はそれを横目で見やりながら、自分の中の最も嫌いな自分を解放するための言葉を口にする。

「何かであることを奪われた醜き我らはなりそこねた神リーヴァネルなり」

 これは流離人であるというだけでは持ちえない力を解放するために、私たちが決めた言霊。

 決して自分たちの中の悲しみと憎しみを忘れないための、戒めの言葉。

 それを発した瞬間に、体の中で血がたぎるのを感じる。

 爆発した魔力は『長髪』はぶつけてきた魔力を一瞬にして消滅させる。

「なっ!!!」

「話の邪魔をしないで。大人しく天使の真実を聞いていなさい。」

 私は今、千年以上ため込んできた大事な話をしているんだから。

 死んでいった大切な仲間達が語れなかった私たち流離人が訴えたかった、たった一つの言葉。

「この世で初めての天使は万象の天使を除いた神と契約せし天使ファギュラド、三大天使と呼ばれているサンタマリア・シェルシドラ・ラインディルトの三名。白き神と契約した万象の天使は別として、彼らと他の天使と明らかな力の差があるのは何故だと思う?」

 恐らく三大天使にも引けを取らないほどの魔力を纏う私の声に圧倒されたのか、攻撃することすら忘れて天使たちは固唾を飲んで耳を傾けている。

「彼らと貴方達とでは天使になった方法が違うから。」

「天使になった?わいらは生まれた時から天使でっせ?」

「それが第一の間違い。天使なんて種族はこの世界には本来は存在していない。天使の本当の姿は『人間』よ。」

 そう言われても真実を知らない天使たちは、言葉の意味が分からないというようにぽかんとした顔を見せるだけ。

 それが滑稽の余り忌々しい。

 しかし、これ以上は私に好き勝手に話をさせる気もないらしく、三大天使の一人・最強と呼ばれる蒼穹の天使シェルシドラが私に向って剣を振り上げていた。


―――ガンッ


 物理的な力だけではない魔力の同士のぶつかり合いは、空気を揺らしびりびりと肌を刺激して、私の真紅と彼の蒼穹が眩しいくらいに煌めいた。

「不意打ちなんて卑怯なんじゃない?」

「貴様に俺たちが守り続けた天使という種族を壊させるわけにはいかない。そのためなら、俺はどんな卑怯者にだってなってやるさ!」

「その心意気だけは褒めてあげる。」

 剣を挟んだ先にある焦りを見せる蒼穹の天使の顔を睨みつけた。

「だけど、譲れないものがあるのはこっちだって同じなのよ!」

 そして、叫びながら私は自分の中にある魔力を爆発させて、蒼穹の天使をふっとばし、そのまま倒れこんだ天使の首筋に剣を突きつけた。

「三大天使が何故、他の天使とは違うのか私は知っている。」

 見上げてくる蒼穹の天使の表情には私に対する怯えも恐怖もない。

 だけれど、彼のその名に相応しい深い蒼い瞳の奥に複雑な色があるのを私は見逃さない。

「天使は神の子マイマールと同じく聖櫃によって神との契約を行っている。神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラが異端の一族と契約をした方法を模倣してね。」

 異端の一族。後に私たちと同じ流離人を名乗ることとなる人間の名前。

 彼らにしても、神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラにしても、その存在は謎に満ちているけれど、私だって千年生きているんだ。

 ある程度のことは知っている。

「まあ、それすらも一般の天使は知らないようだけれど?でも、三大天使は違う。そうよね?貴方達は繰り返され続けてきた天使創造計画のなかで最も危険な方法で生まれた、たった一つの成功例として生れ出た存在なのだから。」

 舞い落ちてくる羽根に交る砂塵。

「聖櫃を介さない、神との契約。それが三大天使の他の天使たちとは違う理由。」

 だけれど、それだけじゃない。

 聖櫃とは神とたくさんの天使が契約をするために必要だったアイテムにすぎず、神と人間の契約自体は、神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラという世界の理を覆す存在があってこそ成立した。

 本来ならば聖櫃や命を繋ぐという対価だけでは成立しない神と天使の契約。

 神が永遠の下僕を手にいれ、人間に魔力を与えるためには、本当はもっともっと大きな犠牲が必要なはずだった。

 だけれど、神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラの存在が知られる前から、神々は天使のような存在を欲し、その研究を進めていた。

 それが『天使創造計画』。

 そして、闇雲に進められてゆく研究は人間という直接的な材料をもとに、失敗が続く研究の中で多くの死体が積み上がっていった。

 そう例えばあのエンディミアンの科学者が造った魔人ヴェルトゥールのように、不完全でいつ壊れてしまうか分からない存在くらいしか創造できなかった。

 だけれど、その過程でたった一つの成功例で生まれた。それが…三大天使。

「だけど…その方法は神にとってあまりにリスクが大きかった。」

 だから、決してその方法で天使が増えることはなかった。

 神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラが現れるまで、天使はたった3人のままだったのだ。


「貴方達は神喰いグリプス


 その言葉を発した瞬間にそれまで大人しくしていたシェルシドラの瞳が見開き、目にもとまらぬ速さで私の剣を薙ぎ払い起き上がった。

 そのまま力の限り天使は剣を私に向って振り下ろした。

 私もそれを剣で受け止めたが、その力の強さに膝をついた。

 シェルシドラの力の強さの方が上で私は剣を受け止めるだけで精一杯となったが、その隙を逃さず天使は私の腹を蹴り飛ばした。

 息がつまり、一瞬意識が遠のく。

『ティア!!!』

 イフリータとキシンが私の名を叫ぶ。

 そして、次の瞬間には左肩の胸を近い辺りに熱い激しい痛みが貫く。

「ぐっ!」

「貴様に何が分かる。」

 シェルシドラの剣が地面に転がった私を串刺しにしていた。

 貫かれた部分が熱く、痛みが滴り落ちる血と共に流れ出してゆく。

 この世界には様々な種族がいて、真実の姿を偽った存在までいるというのに、その全てが血だけは皆、赤い。

 掌にべっとり付いたその赤い血を見つめながら、非常に危機的状況にあるにも関わらず、私はそのことが無性に嬉しくて少しだけ笑った。

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