表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
131/174

第123話 悪魔の封印 1-4

 私が悪魔の槍ヴァーシシェルに飛びつくという行動には、正直に言おう、実は別に何か理由があった訳ではない。

 要は自分のものにならない灰色の魔力に対して、せめて触れることができれば万象の天使より支配権を取り戻せるのではないかという、極めて短絡的な考えから動いた結果だったりするのだ。

 しかし、その行動による事象は私の想像するものではなかったが、結果としては『とりあえず』は悪くないものへと導くこととなる。

 万象の天使によって干渉を受けている悪魔の槍ヴァーシシェルは飛び回っている破片以外は未だに塔の形状を保っていたが、想像していた硬い感触ではなくグニャリとした生暖かいゼリー状で、その感触に僅かに眉を顰めたが、次の瞬間に突っ込んだ腕から入り込んでくる膨大な量の灰色の魔力に体が悲鳴を上げた。

「アアアアアッ!」

 今までアオイに付き合った実験の中で、他の色の魔力を灰色の魔力に変えて私は自分の中に魔力を吸収していた。

 だが、どんなに大量の魔力を吸収しても、魔力が私の中に貯蓄されているという実感はなかった。

 だから、今回も灰色の魔力を吸収して封印本体を消し去れるのではないかと、勢いで行動した後に思いついたのだが、その目論見は大いに外れた。

 魔力はどこかに消えるどころか、灰色の魔力を放出する時の比ではないほどに体に痛みを与えて私を苦しめたのだ。

 要は今までも体の中に魔力は吸収していたのかもしれないが、恐らくその量が少なくて私がそれを感知できなかったのではなかろうか?

 こんな状況でそんなことは、もうどうでもいいのだが、同時にこれは使えると次の作戦を思いつく。

「ヒロッ何をしている!早く離れろ!!」

 万象の天使が慌てて私を悪魔の槍ヴァーシシェルから引き離そうとするのを振り払う。

「ヒロッ!」

 切羽詰まったような万象の天使の声。

 彼は恐らく本当にエヴァと契約を交わしているのだろう。

 だからこそ、これほどまでに私を心配する。

 契約とは神すらも覆すことのできない、世界の理が定めし約束。それはどうやら万象の天使相手でも同じらしい。

 だからこそ、私の賭けに似た策は必ずうまくいくに違いない。

「どうして!?そのままだと死ぬぞ!」

 体は灰色の魔力を吸収することで痛み、そして、体の中で蓄積され続ける魔力は次第に私の中の許容量を越しつつあるらしい。

 自分の容量以上の灰色の魔力は体を蝕み、痛みと苦しさは増してゆき、視界は歪み、灰色に染まり始めた。

 悪魔はこれを自分のものとし、封印と成したというのに、同じ魂を持っていても情けないことこの上ない。だが、

「それでは…貴様が・困るだろっ?」

 掠れる声で私は万象の天使を振り返り、天使はその美しい顔を歪めた。

「君は封印を解くために、自分の命を盾にしようとするのか?」

 エヴァとの契約の証だという指輪を抑えながら硬い表情の万象の天使に、その通りだと私は苦痛に呻きながら笑ってやった。

 万象の天使によって封印をロックされているというのなら、それを解かなくてはいけない状況に持っていくだけだ。

 恐らく万象の天使の制御下にある悪魔の槍ヴァーシシェルに無理やり干渉したとことにより、封印は解かれるまでには至らないが暴走を始めており、その魔力は私の中に流れ込んできている。

 その暴走を止めるには暴走を引き起こしている私を止めるか、もしくは封印を解くかのどちらかだ。

 そして、私は殺されたってこの場を動く気はない。

「さすがはエヴァを育てただけのことはある。君と彼はすることが同じだ。俺が君らの命を助けない訳がないと分かっていて、無理な要求を突きつける。」

 確かにそう言われれば、そうかもしれない。

 私が今やっていることは、エヴァが万象の天使に契約を迫ったことと同じなのかもしれない。

 自分の限界を感じ、薄れゆく意識の中でぼんやりとそんなことを考えながら私は笑った。

「いいだろう。封印を盾に君が俺のものになるのであればとラッキーだと思っていただけで、その後に封印は解くつもりだったからな。」

 『君が俺のものになる』?…なんつー気色の悪いことを言うんだ。

 ぞわりと寒気を感じたのと同時に、封印を守るためにいるはずの万象の天使が封印を解くとさらりと言った言葉が信じられなかった。

 だが、どういう意味かと問いかける余裕はない。

 今の私はただ苦痛に必死で耐え、途切れそうな意識を保つだけで精一杯なのだから。

悪魔の槍ヴァーシシェルよ、我が声を聞きその永きにわたる封印を解放せよ。」

 そして、万象の天使が一言そう告げただけで体が急に軽くなるのを感じた。

 がくんと体に力が入らなくて膝をついて肩で荒い息をしていたが、照りつける太陽の光によりできた自分の影が一瞬で影に覆われたことに気がついて私は空を見上げた。

「―――な?」

 私が驚き目を見開いた先には、雲一つなく晴れ渡っていた空が何かに覆われていた姿。

 急に雨雲でもでたというのならいいが、それは厚い雨雲のような悪魔の槍ヴァーシシェルを形成していた灰色の魔力であり、その灰色の魔力は空へと舞い上がり渦を巻いたと思ったら、ものすごいスピードで私に向って急降下してくるではないか。

「!」

 いや、正確には私にではない。

 私の横に立ち白い杖を掲げた万象の天使に向って…、避雷針に吸い寄せられる雷のようにものすごいスピードで杖に吸収されていく灰色の魔力。

 私が少し触れただけで容量を超えてしまった灰色の魔力があっという間に消えてなくなる。

 同時に恐らく封印のために存在していただろう、天使の陣内の向こう側に立ちこめていた霧が、たちまち晴れていく。

 そうして、現われた最果ての渓谷ロシギュナスは赤黒い乾いた大地に刻まれた深く大きな溝であった。

 溝というには規模が大きく、向こう側の大地までは数百メートルはある、大地のひずみとでも言えばいいのだろうか。

 そして、その対岸は東方の楽園サフィラ・アイリスでは見ることのない景色が広がっていた。

 太陽の光がなく雷鳴轟く黒い空、うちつける雨、連なる山々は高く鋭く聳え立ち、見たこともない木々の姿も見ることができた。

 決して美しいとは言い難いが荒々しくも生命力に溢れた世界の姿に、あれが人間の新たなる世界なのだと思うと同時に、恐らく悪魔の感覚なのだろうが酷く懐かしい感覚に胸が迫るような思いがした。

 しかし、西方の魔境シェストリア東方の楽園サフィラ・アイリスの間には、青と黒の空の狭間に見える太陽の光を反射する透明の壁のようなものが確認できた。

 きっと、これが第二の封印。


―――これさえ破壊できれば…


 後一歩、もう見える所に人間の新たなる世界が存在する。

 私は痛む体のことも忘れてフラフラと吸い寄せられるように歩きだした。

「どこに行く気だい?」

 だが、万象の天使が私の腕を強く掴むことで、私ははっとして彼を見た。

「君の要望通り封印は解いてあげたんだ。今度は俺の言うことも聞いて貰いたいな。」

 ぐいっと腕を引き寄せられて、必要にない近さで彼に囁かれる。

「貴様…一体、どういうつもりだ?」

 吐息が触れる距離、深く吸い込まれそうな紫の瞳に怯むことなく私は問い返す。

 いとも容易く悪魔の槍ヴァーシシェルの封印を解いた万象の天使。

 彼はこの封印を元々解くつもりだと告げた。

「ヒロ、君に見てもらいたいものがある。一緒に来てくれるね?」

 そう囁かれて、思わず彼の言うとおりにしてしまいそうなる。

 彼に初めて会った時から感じていた彼が纏う言葉に表せない強い力。

 その存在を天近き城フェデス・ジグロアにいた時より強く感じた。

 美しく歪む笑顔に必死で抗いながら、この時、私は気がついた。


―――この力の感触は灰色の魔力によく似ている


 そう思った瞬間、不浄の大地ディス・エンガッドの赤黒い景色が霞み、目の前が暗転した。




<SIDE ティア>


「ヒロッ!!!!」


 叫んだときには、彼はその場所から掻き消えていた。

 鬱陶しいほどに高く存在していた悪魔の槍ヴァーシシェルがなくなって、ヒロが封印の解放に成功したのだと咄嗟に灰色の魔力の暴走に警戒して振り返った。

 だけれど、そこには荒れ狂う灰色の魔力でも、灰色の魔力の暴走に苦しむヒロでもなく、万象の天使に連れ去られ、忽然とその姿を消していくヒロ。

「ちょっと!余裕じゃない、私たち相手に余所見しているなんて!!」

「ほんまやな!そんなことしとると、あっという間に首と胴体がバラバラになってしまうでぇ!!」

 それを追いたいと思うのに、この間罪人の巡礼地アークヴェルで遭遇した『下着』(ほとんど下着みたいな破廉恥な服装だから)と、何だか妙なしゃべり方をする天使の攻撃に行く手を阻まれている。

 二人のほかにも三大天使のサンタマリアがその背後で悠然とこちらを牽制しているので、この二人相手だけならば強引に強行突破というのも可能かもしれないけれど、それもかなわない。

 イフリータとキシンにしても同じような状況で、悪魔の槍ヴァーシシェルの解放による灰色の暴走で混乱する中から、とりあえずは撤退して主力部隊と合流しようと思っていたから、こんなにも呆気なく、平穏に解放が行われてしまっては思惑が外れたとしか言いようがない。

 しかも、頼みの綱のヒロが敵の親玉に攫われていくなんて…

「サイアク」

 思わず悪態をついて私は剣を振り切った。

 同時に剣から魔力の衝撃波が発生するも、それは天使に当たることなく枯れた大地にぶつかって爆音と爆煙を盛大に上げる。

 さっきまではヒロを無事に移動させるためにわざとこんな小手先を多用していたが、もうそんな必要もないかと私は剣を払って、天使といったん相対した。

「なんや?急に大人しくなってからに?」

「戦うことが無駄だって分かったんじゃない?人生諦めが肝心だもの、あ、でもその人生も終わっちゃうけどぉ?」

 耳障りなキャンキャンと吠えるような若者の声。

 私はそれに嘲笑すら浮かべて、彼らではなく三大天使の一人サンタマリアだけを見据えた。この瞳にありったけの憎しみと怒りを宿して。

「イフリータ、キシン」

 天使たちを見据えているから、彼らがどんな状況かまでは把握できない。

 だけど、私の声はいつだって二人に届いている。

「ちょっと早いけど状況は変わったわ。エンシッダ様に許可は貰っている。力を開放させましょう。」

 私はそう言って千年間、これほど晴れやかな気持にはならなかったというほど明るい笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ