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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第五部 最先にて最果てなる世界
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第119話 嵐の前の静けさは胸に痛く 4

注意:主人公が非常に後ろ向きな考え方に終始しております。苦手な方はご注意ください。

<SIDE ヒロ>



『前世の貴方も絶望を忘れる事じゃなくて、絶望によって腐っていくことを選んだ。いいの?このままいけばヒロは絶望によって身を滅ぼすことになるんだよ?』


 そう言われて驚くのと同時に、酷く薄暗い喜びを覚えた。

 曖昧な言い回しに分からない部分も大きいが、私の中の誰かがひっそりと笑いを漏らしているのを感じた。

 それが同じように絶望に腐っていった悪魔の私なのか、それとも私自身なのかは分からないが、クゥの前で平然とした表情をしながら確かに私はその言葉に何かを感じていた。

 そして、その奇妙な感覚は気がつくと子供たちの親がちらほらと迎えに来て数が減り、過去を夢見るという少女クリエスも両親に連れられて私の目の前から去ってからも後をひいた。

 だが、その感覚に引きずられて現実と思考の狭間にいる私を、聞き覚えのある生意気な強い声が呼び戻す。


「最近、引き籠っているかと思ったら、おっさんは結局子守りに逆戻りしてたのか。」


 まだまだ若い私を『おっさん』呼ばわりするのはあのガキしかいない。

 声のする方を見れば案の定、呆れた顔の神の子マイマール・ケルヴェロッカがそこにいた。

「決起集会は終わったのか?」

 しかし、何度言ったところで彼が『おっさん』呼びを直そうとする気配もないので、私はその辺はスルーして彼に問う。

「まあな。ハレが血管を浮き立たせて叫んでいた顔は面白かったけど、かったるかった。おっさんもティアもさぼっているなら誘ってくれよ。」

 そういって膨れた顔をする様子は少年らしく、その足元では子犬の姿をしたロッソが同じ顔をしている。

「なあ、アラシ?」

 そして、ケルヴェロッカの後ろにのっそりと立っている熊男を振り返って同意を求めた。

「え…おう。」

 だが、アラシはいつものチョイキモ親父風の軽い受け答えではなく、何処となく心ここにあらずな風で言葉を返してくる。

「?どうかしたのか、アラシ?」

「いや別に…それよりホントにケルヴェロッカの言う通りじゃないが、サボるなら誘ってくれれば良かったのに。」

 不思議そうに問うてみれば、いつものようなでかい声で答えが返ってくるが、やはりいつもの覇気がないように思えて、私だけじゃないティアも首を傾けている。

「アラシがそんな風にいうなんて珍しいわね。どこか調子が悪いの?戦い前なんだから無理はしないでよ?」

「大丈夫だ。何でもないさ。」

「当り前だよ!」

 弱々しい受け答えにこっちが大丈夫じゃないのだが、そんな大人たちのやりとりなど気にしないようにケルヴェロッカが大声を張り上げた。

「もう大丈夫だとか、そんな事を言っている状況じゃないでしょ?!大丈夫じゃなかろうが、大丈夫だろうが僕たちは全力で戦うだけだよ。」

 だが、それは子供の無神経さ故の発言ではなく、大多数の大人たちよりもはるかに大人びた考えに基づいた言葉だった。

「だって、そうでしょ?最後の戦いはもう始まっちゃったんだ。僕たちは自分のことなんか忘れて、ただ死ぬまで戦うだけだよ。」

 それは私がティアに対して先ほど言った言葉と似ていて、私は僅かに目を見張る。

「ケルヴェロッカ…」

 ティアも私と同じ気持ちだったのか、驚いたような声で彼を呼ぶ。

「大人たちは皆、戦いの後のことを心配しているみたいだけど、この戦いに勝たなくちゃ、僕らは何も始まらないんだし、今は戦いのことだけを考えるときでしょ?そのための決起集会な訳だし…なのに二人とも出てこないし。」

 最後の方はサボっているなら誘えといった割には、私とティアを非難するような声音があったが、ケルヴェロッカが如何にこの戦いに真剣かを見たような気がした。

 エンシッダや天使・神の思惑や、世界の果てレドヴァガンナの先にある新たなる大地への不安、何もかもが曖昧な中で私たちは様々なことに頭を悩ませていた。

 だが、ケルヴェロッカの言うとおり、それは全てが最後の戦いについての、そしてそれに勝利してからの話。

 私たちが考えなくてはならないのは、『最後の戦い』ただ一つでなければなかないはずなのだ。


「そして、僕らは絶対に勝たなくちゃならないんだ。勝てないかもしれないなんて、微塵も考えちゃならない。」


 しかし、同じような考えを持っていても、私にはないその強い意志を湛えた瞳の光は、私には眩しいくらいだった。

 天使に神にこの世界に常に虐げられてきた人間が、まだこれほどまでの強い希望を持っていられるなんてと、ケルヴェロッカの持つその光がうらやましく愛おしいと思った。

 神の子マイマールとしての実質的な強さだけではない。

 その彼の持つ心の強さこそが、ケルヴェロッカを強く、そして、輝かせているのだと知る。

 それから、ケルヴェロッカは子供たちと友達と兄弟と戯れる、女神の十字軍イヴィスタン・ディード黒の雷オルヴァラたちを振り返る。

 その表情は子供がするには不似合いなほど慈悲に溢れ、優しげでそれでいて切なかった。

 だって、その表情は本当ならまだまだ子供である彼こそが向けられるべき庇護であり、彼がそんな表情をするのはあまりに早かった。

 そんな風に思うのは私だけじゃないらしい、ティアもアラシも切なげに表情を揺らして彼の言葉に頷いた。

「そうだな。例え俺の命を賭けてでも皆の幸せを掴みとらなくちゃならねー…だよな。」

「はあ?」

 しかし、それには酷く心外とでも言いたげにケルヴェロッカが声を上げる。

「アラシってば、バッカじゃないの?!」

 そして、アラシに詰め寄ると彼を力の限り罵倒した。

「誰かのために命を捨てるなんて、そんなの最悪だよ!!そんなことされたって、残された人は悲しくて苦しいだけだ。」


―――そうだな


 ケルヴェロッカのその言葉に私は心の中で大きく頷いた。

 何故なら私もまた『残された人』であるから、私に生きてほしいと言って私を置いておいていった愛おしい大切な人たち。

 彼らの気持ちは痛いほどに分かるが、それは私の心を壊してしまった。


『このままいけばヒロは絶望によって身を滅ぼすことになるんだよ?』


 クゥの先ほどの言葉が蘇る。

 時間という優しい忘却を許せなかった私は、エヴァとの契約により色褪せない絶望を選んだ。

 そして、クゥが言うとおりその絶望は確実に私を蝕みつつある。

 今まではそれに気がつかないふりをしてきた。

 それを感じてもそれを振り切ってきた。

 だって、エヴァがいたから。

 私の心をギリギリのところでつなぎとめる彼の存在があったからこそ、私は絶望に負けないでここまでこれた。

 だが、エヴァが消えたことにより、その均衡は大きく崩れはじめ、悪魔の覚醒によりそれは私が無視できないほどまでに大きくなった。

 今まではそれが言葉にできない曖昧なものだったが、クゥの言葉でそれは私の中で形をもったものとして現われたのだ。


「誰かを守りたいのなら、自分が生き残ることを、自分を大切にしないとダメなんだよ!!」

 きっと、ケルヴェロッカもまた大切な誰かの命の上に、今ここに生きているのだろう。

 彼の必死の瞳には、ただの綺麗事だけでは語れない強い何かが宿っている。

「そして、皆を守るってことは自分を守ることになるから。皆を守るっていう強い気持ちが自分を守り、自分を大切にできる気持ちが皆を守るんだよ。」

 あれもこれもと子供らしい、我儘で強欲な、でも何よりも純粋で切実な想い。

 ユイアを失なう前には私の中にも確かにあったその感情が、今はとても遠い。

 同じような経験をしてきても、私とケルヴェロッカではこんなにも違う。

 強いケルヴェロッカと弱い自分の違いが、はっきりと私の前に存在していた。

「そうね。ケルヴェロッカ。」

「おう!そうだなっ!!」

 そして、ティアもアラシも同じ強さを胸い秘めている。

「おっさん?」

 私を僅かに不安そうに見え上げるケルヴェロッカに頷いて見せる。

 でも、決してそれはケルヴェロッカの気持ちに同調した訳じゃない。

 私はそんな強さをとうに捨てた。

 腐りゆく私の中で最初に朽ちたその強さを持つ、彼らをせめて守ってやりたいと、そいう気持で私は頷いたのだ。

 だが、この状況では皆が皆、私がケルヴェロッカの思いに答えたのだと思うだろう。

 いや、そう思われるように私は無言のままに頷いただけ。(だって、生意気だがこんなに純粋な子供に嘘をつくのは心苦しかったから)

 ケルヴェロッカもティアも、暗かったアラシでさえ、勇気づけられたように笑顔が浮かぶ。


―――ごめんな…


 そして、私は絶望に身を滅ぼす、自分の末路を予感した。

 恐らくこの最後の戦場は、私の死に場所となるだろう…と。

 別に誰だって好き好んで死にたいわけじゃない。

 ユイアやエヴァが守ってくれた命だ。

 無駄死にをしたいと願っている訳じゃない。

 でも、心の底で絶望の先にある自分の末路が、クゥの言葉によって現実化したことによって喜びを感じたのだ。

 今まで忘れていた、絶望に腐りかけていく心、それは私が知らないうちに確実に私を死の方向へと誘いつつある。

 それがいつから始まっていたのか私にはわからない。

 せめて、私の死が人間たちの未来への礎になるのなら、それはある意味最高の死に華をさかせれるんじゃないかなんて、あまりに後ろ向きで最悪な事を私は考えていた。


―――こんな所で死んでたまるもんか


―――もう、全てから解放されてしまいたい


 つい最近まであったはずのそんな葛藤が


―――ああ、やっと楽になれるんだ


 そんな思いに書き換えられつつある。

 最後の戦いに全力を注ぐ気持ちは十二分にある。

 しかし、しだいに消えゆく生への渇望が、死への安楽へと書き換えられていくこの感覚こそが、絶望に腐りゆく心なのだと私は確信した。

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