第114話 全ては繋がる
母を亡くし、父を亡くし、愛する者を失い、絶望した
絶望を希望に変えるため、私はお伽噺にすがった
―――そして、私は切り落とされた白き片翼に出会った
私の願いは叶う
しかして、天使の花嫁との出会い、天使の都へ召喚され、私は希望に変えた絶望を再び得ることとなった
それから幾度となく繰り返される悲しみ、怒り、焦燥、憎悪・・・その先に出会ったのは自分の中に隠されていた悪魔の記憶
―――お前には迷惑をかけるな
奴は全てを私に押し付け、私を世界の楔とやらに仕立て上げた
それが何なのか、今の私には正確に分からない
だが、私が生きてきた二十数年、そして、全てが始まった千年前より全ての事象が、今、一つの糸となって繋がろうとしていた
【全ては繋がる】
人造生命体カレド、それは古き言葉で人形という意味がある・・・らしい。
以下人形についてのオウェルの話を要約すれば、その起こりは大切な人を失った誰しもが一度は願う死者の復活。
人間が始めたらしいその発端は、非常に怪しげで理論もくそもない妄執に取りつかれた儀式だったらしい。
死体の横にそれこそ人間と紛うくらい精巧な人形を置き、生贄を捧げ、ひたすらに祈り続けるだけというもの。
それがどのような変遷を遂げ展開を見せたかはオウェルも分からないらしいが、彼らはその成功の一歩手前まで近づいたらしい。
しかして、そのあと一歩は決して踏み出されることはなかった。
何故ならその前に立ちはだかったのは、世界の理。
死者の復活は神とて起こすことのできぬ奇跡であり、侵してはならぬ禁忌なのだ。
だが、その禁忌を飛び越えてしまう術が千年前、発見されてしまった。
すなわち、全ての事象の要因である灰色の魔力がそれだ。
しかし、灰色の魔力の存在は人間には知られないままだったため、人形は成功しないままに人間たちの中でもタブー視され続けた。
その存在が灰色の魔力を手にした白き神の知られるまでは・・・
『白き神にはどうしても蘇らせたい存在があった。全ての生命に平等であることを義務付けられた生命の神が、たった一人愛した存在。無色の神ヨイ。』
「無色の神?」
神という存在は有する魔力の色により通り名が決まっているという。
だが、無色ということはその神の持つ魔力には色がなかったということなのだろうか?
ここ最近、多くの魔力というものに触れてきたが、色のない魔力というものは想像もつかなくて、私は違和感を感じた。
『本当ならば、無色の神なんてことはありえない。彼は白き神が生み出した唯一の不完全な神だった。神というよりは人間に近く、非常に不安定で儚い存在だった。だから、生まれて数年で彼は死んだ。』
しかし、そんな彼を愛してしまった白き神は、彼を生き返らせる方法を知った瞬間にそれを実行してしまったというのだ。
―――それが彼女が犯した禁忌、ラーオディルに付け入られた隙というわけだ
「なるほど、じゃあ、万象の天使はその神の生まれ変わりってことか。」
どうりでどうにも人間離れした存在感を持っていたはずだと納得する半面、微妙な違和感を感じる。
『生まれ変わり・・・そんな風に言っていいのか俺には分からない。確かに人形はその魂も体も全く同じに蘇らせれる訳だが。だが、たった一つ死んだ前と違う部分がある・・・記憶だ。』
魂も体も同じだとしても記憶がないということは、蘇らせたいとまで想ってくれた人のことすら覚えていないということだ。
それは果たして本当の意味で死者の復活と言えるのだろうか?
『記憶はその人物を構成する大きな部分だ。魂も体も同じでも、それまでの記憶や経験がなければ、それは恐らく別人だと言ってもいいだろう。結果として万象の天使はヨイの生まれ変わりであるという事実は知っていても、自分がヨイであるとは全く思っていない。』
それは恐らく、私が悪魔の生まれ変わりだと言われても、悪魔だと認めたくないのと同じだろう。
分かりたくないが、万象の天使の気持ちは理解できた。
『だから、白き神とヨイは愛し合っていたんだが、白き神と万象の天使ではそうはいかず。結果、白き神は奴を天使とすることで縛り付け、同時に恋人を失う絶望を二度と味わいたくないから、万象の天使のいいなりだ。』
故に天使たちの反旗に白き神は異を唱えない・・・ということなんだろう。
それに白き神の『自分はお飾りの神』だという発言にも頷ける。
「だが・・・だったら、今はどうして?どうして白き神は天使たちと袂を分けて、エンシッダの元にいる?」
白き神が万象の天使に愛想を尽かしたとは思えないし、これが万象の天使の作戦だとも思えない。
それに彼女の言い分を信じ天使の所業を止めるためだというならば、もっと前にそれはなされなかった?どうして今何だ?
「それは最果ての渓谷に彼女の目的があるからさ。それを叶えるために彼女は一時的に俺の元にいるにすぎない。彼女も俺も互いを利用しているだけなのさ。」
私の疑問に答えたのはオウェルではなく、灰色の空間に現われた聞き覚えのある男の声。
『エンシッダ・・・貴様がどうして?!』
入れるはずがないと思っていた所に平然として現われたエンシッダに、オウェルが驚いたような声を上げる。
「灰色の魔力は俺が望もうが望ままいが魂を侵食し続ける。封印された異端に入るくらい今の俺には造作もないことだ。ヒロの説明するのが面倒だったからな、しばらくはお前に任してやろうと思っただけさ。」
ニヤリと笑う彼は一見すると好青年なのに、どうしてこんなにザワリとした嫌悪感を感じるのだろう。
「やっと話が核心に迫ったからな。後は俺が話をさせてもらおうか。」
『だがっ!!』
恐ろしい獣の姿で唸るオウェルだが、エンシッダの内に沈む灰色の魔力がオウェルを瞬時に拘束した。
「黙れ。」
エンシッダの灰色の魔力は強大で底が知れず、神の姿を取り戻したオウェルが太刀打ちできないほど強く、オウェルはもがき苦しむ。
「お前は千年前と全く変わらないな、オウェル。神のくせに弱く、何一つ役に立たない。お前は大人しく嘆きの間に引っ込んで銀月の都の動力部分の役目を果たしてだけいればいいのさ。」
そして、パチンと指を一つ鳴らして、オウェルは消えた。
灰色の空間に残ったのは、私とエンシッダだけになる。
「オウェルは何処に?」
「嘆きの間に戻しただけだ。今言ったとおりオウェルは銀月の都の動力部分だからな。彼の魔力を吸い出すための部屋でもある嘆きの間にいてもらわなくては、都が落ちてしまうからな。」
どういう原理で銀月の都が動いているかは定かではなかったが、なるほど神の魔力によって起動していたわけだ。
しかし、今はそれよりも知りたいことがある。
「最果ての渓谷に何がある?」
「あらら直球だね、ヒロ。」
「お前と長々と話をするつもりはないからな。さっさと話せ。」
エンシッダと話しているだけ不快さが身を満たす。
「ま、俺の方も君とこんな場所で一緒にいるのは嫌だからな。お前に話したい用件だけ伝えよう。ヒロ、君には最果ての渓谷の封印を解いてもらう。」
最果ての渓谷は天使と人間たちの最後の戦場にして、先のオウェルの話によれば天使が神々に反旗を翻した場所にして、
―――ヒトツニナロウ
心臓にゾクリと走る悪寒。
そうだ、悪魔が神に忌み嫌われた子供と黒き神を封印した場所だ。
「最果ての渓谷はあの戦い以来、灰色の魔力や黒き神の復活を恐れ封印されてきた。だが、理由はそれだけじゃない。あそこは世界の果ての入り口でもある。」
世界の果て、東西南北に分かれた大地を分ける異空間の壁は、千年前は大地間を行き来できたらしいが、今ではその存在すら忘れられている。
「俺の目的はこの東方の楽園の解放。この狭い世界からの解放だ。だから、今銀月の都は最果ての渓谷に向かっている。」
それだけがエンシッダの目的とは思えないが、その先の真の目的について彼は私に話すことはないだろう。
「そして、白き神の目的もまた最果ての渓谷にある。まあ、彼女の場合はあそこに置いてきたものがある・・・てだけなんだがね。」
「置いてきたもの?」
いぶかしんで聞いた私がしまったと思った次の瞬間に、エンシッダがまたあの不快な笑顔を浮かべる。
「それは秘密さ。」
こういわれるのは想像できたはずなのに、私という奴は一向に成長がない。
心中でがっくりと頭を垂れながら、私は次の疑問を口にする。
「私でなくても封印は解けるんじゃないのか?」
「それは無理だ。あれは悪魔が施した封印だからな、奴の魂を持つお前以外の誰にもそれをなすことは叶わない。」
さっきのエンシッダの物いいから、天使か白き神辺りが封印したのかと思っていたが、どうやら最果ての渓谷の封印を施したのは悪魔らしい。
まあ、黒き神や灰色の魔力を封印したのが悪魔ならば、それも道理なのかもしれないな。
「そして、お前はそれを実行せざるを得ない。」
私がエンシッダの命令に従うのを本能的に嫌がっているのを知っている彼は、私の拒否の言葉を発するのを塞ぐように言葉を続ける。
だけど、私だって負けてはいられない。
「人間たちの解放のためには、それしかないから・・・か?」
エンシッダの言葉を予想して先んじてそう言えば、奴の表情は一瞬だけ呆けたようになって、それからいつものあの嫌な笑顔に戻る。
「さすがヒロ、俺が何を言いたいか予想するなんて、俺のことをよく分かっているなぁ。」
―――誰が好きでお前のことなど分かりたいものか
「よく言う。一応はお前の表向きの目的は人間の天使たちからの解放・・・だからな。」
私と話している時はそんな素振りも見せないが、少なくともこの都にいる人間たちの多くはそう信じ、そのためにエンシッダのために戦っている。
「一応って酷いな。俺はちゃんとそのために戦っているじゃないか。」
「お前の真の目的のついでだろ?私にはお前が本当の意味で人間たちのために戦っているとは思えない。大体、罪人の巡礼地の時だって、お前は私を戦わせるためにここにいる全ての人間を人質にとったくらいだからな。」
エンシッダの心の内を私が本当に理解できているわけじゃないだろう。(ていうか、考えるだけでおぞましい)
だが、いつだって彼の目的は助けを求めている人々ではなく、自分の内に秘めた何らかの野望のように私には思えてならないのだ。
そして、それは正しいらしい。
「だから、君が好きだよ。オウェルと違って俺の言いたい事をちゃんと理解してくれている。」
だから、そんな言い方するな!と本当に口にすればエンシッダを喜ばすだけなので、心の中で叫ぶ。
でも、この一見すれば人間たちのための戦いが、彼の中の何らかの目的のためだということは察することができる。
そして、この男はそのためならばどんな卑怯な手も使う。
「そうだよ。君がどんなに俺の命令を拒んでも、大地の解放は天使に虐げられた人間たちの逃げ道にもなるんだ。俺たちがどんなに力を手にしても、天使全てを滅することはそれこそ終焉の宣告でも起こさない限り難しい。」
神の子や私が束になったところで、先の罪人の巡礼地での戦闘を思い出せば、確かに人間が天使に一矢を報いることはできても、それに打ち勝つことができるかと言えば、私はすぐに頷くことができない。
「でも、他の大地に逃げることができれば?この死した大地ではなく、天使のいない楽園がその先にあるとすれば?新たなる新天地は間違いなく人間たちの希望だ。お人好しの君がそれを拒めるはずはないからね?」
本当にそんなものがあるかなんてわからないが、だからって、その先の可能性を見るまでもなく断じることは誰にもできない。
そして、私もまたそんな夢を見たことがあった。
「・・・」
無言は苦渋なる肯定。
それを受取って、かくして嫌な笑みを残してエンシッダは灰色の魔力に消えた。
私同様に用件がなくなれば、同じ空気も吸っていたくないということだろう。
一人になりため息をついて、さてどうしたものかと改めて考える。
まあ、エンシッダの言う通りに現状において皆のことを考えれば、私は最果ての渓谷の封印を解かざるを得ないのだろう。
その先に何があるかはわからないが、それでも人間にとって天使に支配された大地は地獄でしかないのだから。
―――でも・・・
私の中の悪魔がそれはするなと叫んでいるような気がした。
彼が私の中に持ち込んだ灰色の魔力の中にいるからだろうか、その声がいつもよりも強く聞こえてくるような気さえする。
私が解こうとしている場所は神に忌み嫌われた子供や黒き神、まさに世界の災いを封印した場所だ。
それ自体の封印を解く訳ではないが、封印を解かれることを危惧して場所までも封印した悪魔の処置を鑑みれば、場所だけだからと安易にその封印を解くことはしない方がいいのだろう。
それは理解できるのだが、だからといって人間たちが天使から逃れる術が他にあるとも思えない。
だったら・・・と思う。
私の中の悪魔はそれをするなと叫んでいても、私という個人はそれをするべきだと思うのだ。
人間が自由を手に入れるために、この地獄のような大地から解放されるために、エンシッダの目的は別にあったとしても、彼がそのことを厭うているようには思えなかったから。
奴が私を利用するというのであれば、私も奴を利用してやるのだ。
私には家族も恋人も仲間すらもいない。
大切だと思ったものは全て失ってきた。
それでも、私は生きていかなければならず、失った苦しみを知った私は、それをまだ失っていない人々を前にした時、それを助けたいと強く思ってしまうのだ。
誰かを助けるなど、おこがましいかもしれない。大それたことかもしれない。
だけれど、誰かを攻撃したり、傷つけたりすることには何らかの理由がいるのかもしれないが、誰かを助けたいと思うことに理由なんていらないと思うから。
だから、私はこれ以上、少しでも生きている人間たちが悲しく、苦しい思いをしないために、自分ができることをしたいんだ。
―――だから、悪いな
届いているか分からないが、私は私の中の悪魔に語りかける。
―――例え私の魂が悪魔でも、これは私の人生だから、私は私の決めた道を行く
結局のところ神であるオウェルと話した所で分かったこともあるが、分からないままになった部分も多い。
それでも、あまりに自分ではどうしようもない途方もないことばかりで、ある部分、開き直ることができたようにも思う。
でも、この時の私はまだ知らない。
その分からないままの部分が最果ての渓谷で明らかになったとき、私の中で全てが一つに繋がることを。
―――そして、それが全て一つに繋がった時、本当の意味で私はこの世界の運命から逃れられなくなるということを
第四部 罪深きは愛深き絶望編 完
第4部【罪深きは愛深き絶望】編が終了いたしました。かれこれ1年近く続いた第四部は色々な謎が明らかになっていきましたが、故に物語自体はあまり進んでいない感じがしたようにも思います。のろのろの物語にもついてきて下さった読者の皆様には本当に感謝の言葉以外にはありません。
第5部は3月から連載を開始する予定ですが、以前何処かで書いたとおり物語の最終章となります。第4部で明らかになったことの一つ一つが繋がってゆく予定ですので、まあ、第5部が完結するのがいつになるかは定かではありませんが、物語の完結にむけて頑張っていくつもりなので応援の程よろしくお願いいたします。