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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第四部 罪深きは愛深き絶望
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第113話 裏切り者の懺悔 6

「げほっ」

 無防備にラーオディルを見上げていたのに、突如として腹に衝撃が走り、息が詰まった。

 ラーオディルに蹴飛ばされたのだと気づくのに数秒かかった。

「な・・に?」

 状況把握ができない俺は、地面に転がされたみっともない姿のままに呆然と呟く。

 それに対してラーオディルは、無表情でもなく、子供らしい表情でもなく、普段誰しもが隠している陰鬱な部分がむき出しになったような表情で俺を見下ろしていた。

 こんな彼の表情を見たことがなくて、俺はこれが本当にラーオディルなのか心の中で疑ったくらいに。

「どうして?ボケたこといわないでよ。ヴォル、一人、僕の所に連れてこられないなんて、全く無能だとしか言いようがない。こんな男が神だなんて笑っちゃうよ。」

 最果ての渓谷ロシギュナスから少し離れたこの場所は、戦場とは思えぬほど静かでラーオディルの声と俺の息使いがよく響き、俺はそれをただただ信じられない気持ちで聞くしかない。

「こうなることが予想できてなかったわけじゃないけど、それでもできれば僕はヴォルが僕の所に穏便に戻ってきてくれることを望んでいたんだ。そして、ヴォルの親友の君を使うことは、その最後の手段でもあった。」

 『戻ってきてくれる』という言葉のニュアンスにヴォルツィッタがラーオディルを拒絶していた先の彼の様子を思い出し、それが正しかったのだと確信する。

 すなわち、仲のいい家族ではなく、ヴォルツィッタはラーオディルから逃げ続けていて、ラーオディルはそれを追い続けているということ。

 しかし、それを確信したところで、この状況を理解するヒントは何一つなく、ただ『穏便』と『最後の手段』というフレーズが俺の不安を僅かに煽る。

「でも、これで心おきなくディルアナを聖櫃に入れることができるかと思えば、結果オーライってことになるか。」

「!?」

 だが、聞き捨てならない言葉に俺ははっとして、呆然としていた自分を取り戻す。

「当然でしょ?ヴォルが僕の元に来ない・・・結果としてヴォルを巻き込みたくないから、僕は万象の天使に終焉の宣告ディルト・ヴェネスを発動させることができない。そのおかげで僕の一番の目的である黒き神を消滅させることはできないんだから、僕と君ら神々との契約は成立しない・・・要するに僕が君らの願いを叶えてやる必要は何一つない。僕はもう一つの計画を実行に移す。」

 確かにラーオディルは俺たちの関係をギブアンドテイクだと告げた。


―――でも、だから?どうして、それがディルアナを聖櫃に入れることに繋がる???


「君たちには話していなかったけど、黒き神だけじゃない。僕は全ての神という存在を憎んでる。そして、その神が支配するこの世界も憎んでる。」

 それはあまりに重大な告白のはずなのに、あまりに淡々と笑顔で告げられて俺は言葉が出てこなくなる。

 憎んでいると告げられた、その対象は世界そのものであり、俺自身のことでもある。

 だが、そんなこと微塵も感じなかった。

 単に灰色の魔力に支配された俺が感じなかっただけなのか?

「だから、僕はこの世界にいる全ての神に復讐をするんだ。そして、神が愛したこの世界にも・・・ね。」

 表情は笑顔なのに、語られる言葉も発せられる声も瞳の中に灯る光も全てが憎しみと殺気に満ちている。

 神とはいえ、この千年戦争にも参加していた俺はそういったものにも慣れている自信があったが、今、ラーオディルが纏うそれはそられとは異なり、本能的な恐怖を呼び起こした。

「僕は君たちに天使という奴隷を与えてやる傍ら、天使たちには神という存在を圧政を強いる暴君に仕立て上げた。そして、この戦いが熾烈を極め、神に天使たちを使い捨てのように投入させるように裏で交錯し、天使たちの反乱の引き金を引かせることにした。」

 千年戦争と後世に語られるほど長きに渡りつづける戦いは、天使の消費により神々に有利な方向へ進んでいった。

 だが、その裏にそんな思惑があるなんて俺は知る由もない。

「僕と神々の契約と、神々と天使の契約。それは構造上は同じでも、たった一つ根本的に違うことがあることを神は理解してはないかった。いや、君は何となく理解していたね。だから、君は本能的に天使を持とうとはしなかったんだろう?」

 と、ラーオディルは俺に問いかけてきているのに、俺の返答など最初から考えていないように、すぐに次の言葉を続ける。

「それはすなわち魔力によって縛った相手への支配力の強さの違い。灰色の魔力の支配力は君も感じているように決して僕に逆らうことはできないほど強いけれど、君たち神の魔力にはそれほどの強さはない。」

 そうだ。ラーオディルによって支配されている俺が、他者を支配することが懐疑的に思えてならなくて、俺は天使を持とうとは思わなかった。

「だけど、神々は命という人質をとっているからと、そんな事は気にも留めず、天使たちを取るに足らない奴隷にすぎないと、安易に考えすぎているとは思わないかい?天使たちが自分たちに牙を剥くなんて考えてもいないんだから。」

 そうはいっても命より大事なものなど、そうそうあるもんじゃない。

 命を盾にされちゃ、天使が神に刃向うなんて考えられない。そもそも―――

「神を殺せば天使は死ぬが、天使が死んだところで神は傷一つ負わないんだ。天使が反乱を起こした所で、神に勝てるわけがないじゃないか。」

 しかし、そんな俺の考えを打ち崩す様に、ラーオディルがにやりと笑う。


「だから、僕は『聖櫃』を天使に与えたんだよ。」


 それから、一呼吸を置いてラーオディルは再び話し出す。

 俺は彼がこれほど楽しそうに言葉を紡ぐ様を初めて見た。

 それが俺たちに対する復讐を語っている・・・ということさえ除けば、もしかしたら様子を微笑ましく見れたのかもしれないが、その事実を知っている以上、今の俺にはラーオディルの言葉の一つ一つが首をゆっくりと絞めていく紐のように思えた。

「あれを使えば神を生きながら殺すことができる。天使という存在を残しながら、神を永遠に出ることの叶わない牢獄に繋げる。今回の戦いには最終戦と銘打って君を始め全ての神々も戦いに参戦させている。天使たちは戦いに乗じ、黒き神だけじゃなく全ての神にも襲いかかり聖櫃へと神を封印する。」

 それが僕の復讐さ、とラーオディルは鈴を鳴らしたように笑い、俺は知らず知らずのうちに灰色の魔力に拘束された体を震わせていた。

 確かに聖櫃を使えば、ラーオディルの神への復讐は可能だ・・・だけど、

「どうしてだっ!?俺がっ、神がお前に何をしたっていうんだ?!」

 奴隷として扱われ続けている天使が神に憎しみを抱くことは容易に想像がつく、むしろ、灰色の魔力によってそれに気づかぬようにされていた神が愚かだと言える。

 でも、ラーオディルが神にそれほどまでに強い憎しみを抱く理由は何一つないはずだ。

 なのに、どうして俺たちが憎まれなくてはならない?ディルアナが聖櫃に入れられなければならいんだ?

 理不尽なラーオディルへの怒りが爆発し、地面に這いつくばった姿も忘れて俺は彼に噛みつく。

 しかし、それは圧倒的な強者・灰色の魔力の主によって、すぐにねじ伏せられた。

「そんなこと君が知る必要なんか・・・ない。」

 静かな言葉と共に、胸が潰れるような魔力の圧力と俺を締め上げるヴォルツィッタの灰色の魔力。

 苦しみに霞む視界に揺れるラーオディルは俺に対する憎しみを隠そうともしない、恐ろしいまでに濁った視線を俺に落としていた。

「それでもヴォルが・・・ヴォルツィッタが傍にいてくれるなら、僕はこの世界に、神に復讐しようなんて思わなかったのに。」

 だが、一瞬だけ彼の顔が泣きそうに歪み、しかして、消えそうなほど小さな言葉は俺にその意味をもって届かない。

「―――え?」

「だから、逃げるあの人を捕まえることができるのなら、僕は君達を許そうと・・・チャンスを上げたつもりだった。だけど、その最後のチャンスも君は逃したんだ。残念だったね。」

 そして、俺は神は突き放される。

「さようなら、神様。君たちの存在は死すらも生ぬるい。永遠に誰かに使役される苦しみを味わうがいいさ。出ることの叶わぬ牢獄に囚われたままに・・・ね。」


―――しかして、苦しみと共に暗転した世界から俺が目覚めた時、全ては終わった後だった



<SIDEヒロ 現在>


 その話はひたすらに長く退屈なようにも思ったが、果たして想像よりも激しくて短い話だったのかもしれない。

 それはオウェルによって語られた過去、千年前の伝説としか認識できていなかったそれが、今、彼によってリアリティを持って私に迫ったからだろう。

 それがただ重く、苦しく私にのしかかる。

 だって、それはもう一人の私、悪魔ヴォルツィッタに大きくかかわるものだから、だから、こんなにも胸が騒ぐ。

 そして、私は私が世界の楔である理由を知った。

「ラーオディル・オヴァラ。そいつの執着が悪魔を悪魔たらしめた要因・・・みたいだな。だが、結局、奴は何処に行った?そこまで悪魔を欲していながら、奴は悪魔をおめおめと処刑されているじゃないか。それに、私の眼の前にも―――」

 『私の前にも現われない』そう言い掛けて、僅かに自分に違和感を感じる。


―――ヒトツニナロウ


 そして、不意に頭に響く子供の声。

 何処で聞いたのか、誰の言葉なのかは思い出せない。

 だが、私はそれがラーオディルの残像であることを、本能で悟った。

 せり上がってくる不快感に吐き気を覚え、それをやり過ごすためにぎゅっと目を瞑る。

『ヴォルツィッタが封印した。全ての灰色の魔力と共に・・・俺に残した最期の言葉通り、あいつは全てに決着をつけたんだ。』

「白き神が封印したんじゃないのか?」

 黒き神の封印は白き神がしたと聞いている。

 黒き神が灰色の魔力とともに封印されている以上、灰色の魔力もまたそうなのだと思っていた。

『・・・ああ。』

 沈黙の後に続く肯定の言葉。

『灰色の魔力と黒き神、そして、この世界に災いをなす全てをヴォルツィッタは最果ての渓谷ロシギュナスへと封印した。そして、それにより力尽きたあいつは天使により処刑されてしまったんだ。俺達、神を裏切り反旗を翻した奴らによって。』

 ラーオディルの神への復讐は成されたが、彼の望みは叶わないままになったということか。 そして、もう一つの疑問が私の中に生まれる。

「ところで、オウェルはどうして聖櫃に入れられていないんだ?」

『ラーオディルに気を失わされ、地面に転がっていた俺をエンシッダが見つけて天使たちの神狩りから逃がしてくれたんだよ。まあ、アイツにとっちゃ天使への復讐のための道具を拾ったくらいの意識だろうがな。』

 そういえば、エンシッダは白き神の従者だと言っていた。

 神に反旗を翻した天使たちへの復讐。復讐が復讐を呼んでいるってわけか・・・だが、待てよ?

「白き神はまだ聖櫃には入れられていないじゃないか・・・ていうか、神々を封印されて、白き神はどうして黙ったまま天使に従っていたんだ?」

 しかして、今はエンシッダの元にいるがと彼女の姿を思い出して、私は自分で問いかけておいてすぐにその答を思いついてしまった。

 そして、それは正しかったらしい。

『それは白き神の万象の天使への恋情・・・が理由さ。彼女は決して万象の天使に逆らえない。そもそもアイツという存在自体が白き神が灰色の魔力に身を落とした理由なんだ。』

「どういう意味だ?」

 恋情があるといっても、天使と神との恋愛は禁忌とはされていないだろうに。

『万象の天使は・・・カレド』

 『カレド』と言われて、思いつく事は何もなかった。

『カレドとは古き言葉で人形の意味を持つ。その存在は生命は白き神から全てを原初とする理から外れた存在。彼らは白き神から生まれた種族ではなく、俺達、愚かなる人間が生み出してしまった人造生命体なんだ。』


―――人造生命体


 ああ、と大きく心の中で溜息をつく。

 話がまた大きく大きく飛躍していこうとしていく予兆に、私は何となく嫌な予感を覚えた。

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