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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第一部 流離う翼
12/174

第12話 あの約束を覚えていますか? 4

注意書き

この話には一部、ぬるいですが一方的な暴力行為の表現があります。

苦手な方や、ご不快に感じる方はご注意ください。

<SIDE ヒロ>



 痛い、苦しい、辛い、気持ち悪い、熱い。

 言葉で表せる全ての苦痛や、不快な感触を伴った一方的な暴力が私を襲っている。

「ほらっ、さっさと起きろ。」

 そして、気が遠くなると、顔を水の中に突っ込まれて意識を引き戻される。

「ゲハッゲハッ」

 水が気管に入ってき込む私に、天使はすぐさま容赦ようしゃなく、鉄棒を振り下ろす。

 私は両手両足を鎖によって拘束され、髪をつかまれ、気を失うまで殴られ、叩かれ、蹴り飛ばされ、気を失えばすぐ意識を取り戻させられる。


―――そう、私はいわゆる拷問ごうもんというものを体験していた


 不浄の大地ディス・エンガッドで天使達に捕らわれ拘束された私は、何やら見たこともない空飛ぶ鉄の乗り物で、どこかに運ばれた。

 正直ここがどこだか、自身もよく分かっていない。

 そして、それからはこの地獄のような天使たちの拷問が繰り返されている。

 何も抵抗することのできない私を、楽しげに見下ろしている天使たち。

 その姿を見て、もういっそこのまま殺してくれと自分の命を投げやりに思う。

 所詮、私は罪人アーシアンなのだから、こうして天使に殺されるのは世界の摂理にかなっているんじゃないのだろうか?

 そんな風に一方的な暴力を受け続けるうちに、次第に何も悪い事をしていないのにそんな気持ちになってくる。

 だが、そんな私をたった一つエヴァとの約束だけがつなぎとめる。


―――ああ、そうだ。私はあいつとの約束を果たすために天使に殺されてやるわけにはいかんな


 苦痛に途切れ途切れになる意識の中で私はただそれだけを思っていた。

「ハクアリティス様をどこにやった?」

 だが、そんな私を天使たちがなおも容赦なく襲う。

 ぐったりした私の髪をつかみ、顔を上げさせて天使は顔をみにくく歪ませながら、彼らは私にハクアリティスのことを詰問を繰り返す。

 ちなみに私を拷問しているのは、不浄の大地ディス・エンガッで私を捕らえた天使が引き続き行っていた。

 天空騎士団アイッシュグランド第三師団の皆さんである。

 アーシアン一人に天使10人が寄ってたかって暴力に訴えて、女一人の行方を聞き出そうとしている彼らの姿は、天使という神聖なイメージなど微塵みじんもない。

「何処だ?!さっさと吐けっ!」

「し・・・らん」

「どうして、ハクアリティス様の反応が消えているっ!?」

 反抗すれば天使に鉄棒みたいなもので腹部を強打されて、息が詰まった。

「ガッ・・はん・のう?」

「そうだよ。貴様、ハクアリティス様の居場所を我等がいつも把握していたことを知っていたんだろ?だから、反応を消したんだろ?!」

 グッっと服を乱暴につかまれて足が床に着かないほど持ち上げられる。

「・・・知るか。」

 しかして、反抗的な私は天使たちに思い切り何度も顔を殴られた。

 だが、殴られながらもどうして不浄の大地ディス・エンガッドのど真ん中で、ハクアリティスが何人もの天使達に見つかるのか納得した。

 昨日の様子からハクアリティス自身も知らないようだが、天使達にはハクアリティスの位置を知る何らかのすべがあるのだ。

 それでは、ハクアリティスが何処にいようが、天使達が見つけに来るのは当然である。

 しかし、今はハクアリティスの反応を天使達が追えないらしい。


―――ハクアリティスがそのことに気が付いたということなのだろうか?それとも、他に何かあったのだろうか?


 そして、拷問中に天使達は更に私のあずかり知らぬことまで聞いてきた。

「いい加減に吐けよ。貴様、黒の雷オルヴァラの一員なんだろう?貴様らはずっと、ハクアリティス様のことを付け狙っているという噂だったからなぁ!」

「な・・・何のこと・・・・だっ!?」

 しかして、ここにきて私も理不尽なことばかりで痛めつけられ続け、いい加減に煮詰まっていた。

 だから、私は気が付けば掴みかかっていた天使のあご下に頭突きを食らわせていた。

 それが思いのほかクリーンヒットして天使は仰け反ったまま倒れた。

「こ・・・の、汚らわしいアーシアンの分際でっ!」

 見っとも無く転げた天使を見て私が笑ってやると、天使は逆上したらしく顔を怒りで高潮させ血走った目で私を見た。

「こいつっ!自分の立場が分かってないのかっ!!!殺してやるっ!」

 激情に身を任せ天使は拷問部屋にかかっている槍に手をかける。

 これで天使とは聞いてあきれる。

 私のほうがよっぽど清廉潔白せいれんけっぱくに生きてるだろう。

 私はその時、妙に肝がすわわっていて、そんなことを暢気に考えていた。

 多分痛みやら緊張やらで、私は何が何だか分かっていないのだ。

 だから、そんな天使を前にしても馬鹿なことを考えながら笑っていられたのだ。

 そんな様子の私を見て、逆上している天使以外の天使達は顔がこわばらせた。

「・・・こいつ何か変だぞ?!」

「こんな状況で、笑ってやがるぞ?!」

 そして、騒然としている拷問部屋でリーダー格らしい天使が声を上げた。

「おい、やめろよ!こいつは殺すなと、命令されてるのを忘れたのか?」

 かくして混乱する天使達をいさめると、槍を手にして暴れている天使を本格的に押さえにかかるが、逆上した天使はそれでも私に襲いかかろうと暴れまくり拷問室は一時騒然となった。




 そして、収集が付かなくなり私はそのまま拷問から解放され一端、冷たく狭い牢屋にぶち込まれた。

 焼けるように痛い切り傷やうずくように痛い打撲、そういった体中の傷による痛覚だけが全てを支配し、私は何もかも放棄するように大の字になって寝そべる。

「・・・それにしても黒の雷オルヴァラって、何だ?」

 しかして、拷問の中で気になった言葉が思わず独り言が口をついて出た。

「・・・あなた黒の雷オルヴァラなの?」

 私の声に反応した、若い女の声。

 その声に痛む体を起き上がらせると、私の向かいの牢屋にこちらを見ている女がいた。

 牢屋に放り込まれるまでは痛みで全く周りが見えていなかったが、よく見てみれば牢屋にいるのは私だけではない。

 拷問部屋から伸びている暗く長い廊下には数え切れないくらいの牢屋だけが続き、その一つ一つに私と同じような囚人達が捕らえられていた。

「えっと・・・」

 急に女に声をかけられて、私が何と言葉を返すべきか迷うと、女のほうが言葉を重ねた。

「あ、ごめんなさいっ。今、・・・黒の雷オルヴァラって聞えたから・・・。えっと、あなた新入りさんよね?初めまして、私はアルムっていいます。」

 女改め、アルムは私のぼこぼこにされた顔を見て、一瞬ぎょっとしたような表情をしたが、この場所ではそれも日常なことなのか、すぐに気を取り直すと私におずおずと微笑んだ。

 そういうアルムも囚人らしく姿形はあまり美しいとはいえないボロボロな様相だ。

「・・・私はヒロだ。確かに今黒の雷オルヴァラとは言ったが?」

「あ・・・あのっ。」

 私がそういうと、女は何か言いたげな様子をしたが、横からの声にその権利を奪われた。

「なんだい、新入り!やっぱりあんたも黒の雷オルヴァラかい!あたしもそうだったのよっ!」

 アルムの右隣の牢屋にいる恰幅かっぷくの良い中年女性の声が、割り込んで私に明るく話しかけてきたのだ。

 牢獄という環境には似つかわしくない明るさと、声量に私もビビる。

「いや、私は黒の雷オルヴァラとかいうものじゃない。何も分からないまま、天使にそう間違えられているだけだ。もし、差し支えなかったら、ここが何処かと、その黒の雷オルヴァラというもののことを、教えてもらえないか?」

 黒の雷オルヴァラが何かはもちろんだが、折角せっかく彼女達から話しかけてくれたのだ、色々聞いておきたかった。

「あんた何も知らずに、ここにつれてこられたんかい?」

 私が頷くと女性はあらあらと、目を見張った。

「ここはねぇ。天使の領域フィリアラディアスの中にある、天使の意に従わない人間を収容して、天使たちが人間を玩具おもちゃにするための場所、断罪の牢獄エヴィラ・アメンドだよ。」


天使の領域フィリアラディアス?ここが?」


 こんな牢屋の中では実感がわかないが、女性が嘘を言っている様子はない。

「そうさ、天空騎士団アイッシュグランドが治安維持を名目に統括している。あんたも天空騎士団アイッシュグランドに捕まえられたんだろ?そんな怪我して男前が台無しだよ。可哀相に・・・。」

 エンリッヒも拷問をした天使達も、皆が天空騎士団アイッシュグランドだったことは確かなので、私は頷いた。

「それにしても、ここ最近は黒の雷オルヴァラ以外で捕まってくる奴は、全くお目にかかってないってのに・・・。それに、ここは女性用の牢屋区画だよ、男のあんたがここに入れれるとは・・・もう男どもの牢屋は一杯になっちまったってことなのかねぇ。最近は天使どもも黒の雷オルヴァラに厳しいからね。」

 なるほど、確かにあたりを見回してみると牢屋にいるのは皆、女性だ。

「・・・私は天使に連れてこられただけだから、何ともいえないな。それより黒の雷オルヴァラのことも教えてくれ。」

 私は考えるような仕草をする女性に話を促した。

「ああ、そうだったね。まあ黒の雷オルヴァラっていうのは、簡単に言うならばアーシアン解放軍ってとこかね?」

「アーシアン解放軍?」

 思わぬ言葉だったので、思わず聞き返した。

「そうさっ!」

 女性は戸惑う私に、やはり牢獄の中にいる囚人とは思えないくらい胸を張って答えた。

「あたし達は、過去に縛られて天使やエンディミアンたちに、れのない服従を強いられている。そんなのは、もうまっぴらごめんだよ!だから、あたし達はあたし達の生きる自由と権利を勝ち取るために戦うことを決めた・・・そんなアーシアンの集まりが黒の雷オルヴァラって訳だよ。」

「生きる自由と権利・・・、それは天使の領域フィリアラ・ディアスの開放ってことか?」

「そうさ!!あたし達だって、あんな不浄の大地ディス・エンガッドじゃなくて、もっと楽しく生きていてもいいだろ!あんただって、アーシアンなら分かるだろ?そう思うアーシアンも最近じゃ多くてね。規模も大きくなって天使達も放っておけなくなってきているのさ。それであたしやアルムたいにこの断罪の牢獄エヴィラ・アメンドに捕らえられる仲間も少なくないって訳さ。」

 道理でこんなに囚人がいるわけである。

 それにしても、そんな流れがアーシアンの中で起こっているとは想像したこともなかった。

 まあ普段、不浄の大地ディス・エンガッドの中でも、辺境といわれる場所ばかり流離っている私が知らなくても不思議なことではないと思うが、そのことより私にはアーシアンたちの中で、天使たちに反旗をひるがえそうと考える者が現れたことに驚いていた。


―――天使と人間は生まれつき対等ではないのだ


 エンリッヒと戦ってみて実感したが、彼らのもつ神の力は人間には巨大すぎる。

 故にあれにまともに立ち向かって、ただで済むはずはないのだ。

 天使達に支配され続けた人間達に、それが分からないはずもないのに・・・。

 それとも、何か天使に神の力に対抗できる力でも黒の雷オルヴァラは手に入れたのであろうか。

 そんな風に私が色々考えていると、今度は女性が私にしゃべるよう促した。

「それであんたは何をしてきたんだい?その傷からいくと、大層なことをしてきたんだろうね?」

 私の無残むざんな姿を女性は何故だか嬉しそうに見る。

「・・・女を一人助けただけだよ。」

「女?恋人か何かかい?」

 そう問われて、美しいが私の手には負えないハクアリティスのことを思い出して、私には苦笑いしかできない。

「いや、まさか。その人は天使の花嫁って言ってたからな。一応売約済みってことになるんじゃないかな?まあ、その天使の旦那から逃げてきたみたいだが・・・。」

 何でもないことを言ったつもりだったが、私を見る女達の目が豹変ひょうへんしたように感じて、首をかしげた。

 気が付くと、女性とアルムだけではない。私の視界に入る限りの囚人達の全ての視線を私は感じていた。

「今・・天使のは・・花嫁って言ったかいっ?あんた・・・?」

「ああ。・・・それがどうかしたのか?」

 私が頷くとアルムが牢屋の鉄格子を掴み。私に襲い掛からんばかりの勢いで叫んだ。

「その女っ!!!名前は?!」

「は・・・ハクアリティスだ・・・けど。」

「それで?!」

「へっ?」

 アルムがあまりに必死なので、その勢いに私は痛む体にもかかわらず後ずりした。

「だからっ!あなたがここにいるってことは、その天使の花嫁も天空騎士団アイリッシュ・グランドに捕まったのかって聞いてるのよっ?!」


―――ああ、そういうことね


「いや。ハクアリティスは逃がしたよ。そもそも不浄の大地ディス・エンガッドで行き倒れている彼女を助けたのが始まりだったんだが、天使達にはハクアリティスの位置を知ることのできる術があるらしくて、まあ反応をもう天使が追えないらしいんだが、追ってきた天使から彼女を逃がすために私は捕まったんだよ。それからは天使と戦う羽目になるは、拷問されるは、牢屋に閉じ込められるで、私は踏んだり蹴ったりだ・・・・って。」

 思い出してハクアリティスのせいで酷い目にあいながらも、あまり気にしていない自分のお人よしさ加減に苦笑した。

 しかし、囚人達を取り巻く空気がまたも変化した気がして見てみると、やはりアルムが泣いているのが目に入って驚いた。

「フ・・・、ご・・めんさない。でも、天使が花嫁の位置を分からないってことは、アラシ様が・・・、花嫁を奪取したってことなのよっ。う・・れしくて。」

「アラシ様?」

 どうやらこの女達は、ハクアリティスのことを知っているらしい。

 そういえば、黒の雷オルヴァラがハクアリティスのことを付け狙っていると、天使がさっき言っていたな。

 私が黙っていると、女性が勝手に話を進めた。

「アラシ様って言うのは、黒の雷オルヴァラのリーダーで。アルムの憧れの人なんだよ。」

 他の女達のすすり泣く声も聞えてくる。

 どうやら、ハクアリティスを奪取することが黒の雷オルヴァラにとっては重要なことらしい。

「・・・・泣いているところを申し訳ないが、レディ。」

「嫌だね、ミシアって呼んどくれよ!あんたはあたしたちに吉報を運んできてくれたんだ!」

 ハクアリティスが何だというのだろう。

 何だか急に胸が騒ぎ出した。

「ではミシア。どうして、そのあなた方のリーダーがハクアリティスを奪取したことが吉報になるんだ?」

 私が尋ねるとミシアの涙が引っ込んだ。

「・・・もしかしてあんた、天使の花嫁って言うのが何か知らないで助けんたんかい?」

「いや。彼女に聞いたところでは単に、天使の妻と言う意味としか聞いていないが、それ以外に意味があるのか?」

 ミシアはそういう私にあきれた顔を浮かべた。

「あんた、そりゃ天使の花嫁にたばかられたんだよ。まあ、確かに天使の妻には違いないが、その相手が誰か聞かなかったのかい?」

「相手?」

 確かにそこまで聞いてはいなかった。

「言えば、あんたが助けてくれないと思ったんだろうね。・・・なにせあの女は万象ばんしょうの天使の妻だからね。恐れ多くて普通のアーシアンなら名前を聞いただけで。裸足で逃げ出しちまうよ。」


―――万象の天使?


『あいつは私から全部奪った。』

 あの夜のハクアリティスの言葉が頭の中でリフレインする。

 まさか、その『あいつ』というのが天使の中でもっとも高位なる天使にて、人間に粛清・終焉の宣告ディルト・ヴェネスを下したあの万象の天使?

 想像以上の大物の登場に私は、急に体の痛みが増した気がした。

 私を拷問した天使達の必死な様子と、ハクアリティスの夫かと聞いたときのエンリッヒの嫌な笑みが思い出された。

 同時にまだハクアリティスと一緒にいるエヴァのことが気にかかった。

 とりあえず、一端逃げれれば大丈夫かと思ったが、相手が万象の天使の花嫁では天使達もそう簡単には諦めまい。

 正直、私は天使たちを相手にしているというだけで、現実味を感じていなかった。

 その上、今度は万象の天使など私にとっては御伽噺の登場人みたいな天使の登場である。

 状況が段々と悪化の一途を辿っている気がして、私は急に怖くなってきた。

 喜色に満ちる囚人たちに隠れて、私は大きく深い溜息を付いた。

加筆・修正 08.5.30

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