第111話 裏切り者の懺悔 4
嫌な汗が背中をつたう感触に鳥肌が立った。
心臓は破裂するんじゃないかというくらい血をせっせと送っているのに、恐ろしいほど自分の体が冷たくなるのを感じた。
ありえない現実に夢でも見ているのではないかと自分を疑ってさえみるが、どんなに瞬きをしてみても白き神の灰色に染まった姿は変わらない。
「貴方は昔から隠し事ができない子でしたね。私がこの姿になったのがそんなに信じられませんか?」
その言葉に一も二もなく頷きたい気分だったが、口は動かせても体の自由は未だに奪われたままだ。
「しかし、残念ながらこれは現実なのです。そして、この姿に身を変えたのは私だけではありません。」
そっと頬に手を添えられ、石のように動けない俺の首を横に動かされ、その先に見えた姿に頭が真っ白になり、俺は目を文字通り点にする。
「クスクス、そんなに目を見開いてたら目が落っこちちゃうわよ?」
そこにいたのは灰色に染まった愛しい女性。
先までそこにあったはずの淡い黄色の瞳も髪も、まるで灰を被ったかのような色をして輝きを失っている。
灰色に染まる。
それに何か意味があるのか、その意味の真意などこの時の俺に分かるはずもない。
でも、ただただ漠然と嫌な予感だけが俺の胸を支配し、俺を混乱に陥れていたのだ。
「二人ともそれ以上、彼を苛めたら可哀想だよ。」
だけれど、そんな俺を更なる混乱へと突き落とす声が響くのだ。
それは高き子供の無垢なる声、なのに背筋に悪寒が走るほどにプレッシャーの含まれた声だった。
次いでゆっくりとこちらに近づいてくる足音と気配はあれど、ディルアナの方を向いたままに動くことのできない俺にはそれが誰なのか全く分からない。
・・・いや、本当は分かっている。
近づくにつれてむせ返るように濃くなっていく灰色の魔力と、俺の身を押しつぶしていく圧力を俺は覚えているのだから。
「ラーオディル」
その声の主の名を破顔した様子で呼ぶディルアナに、予想はしていても信じたくなかった事実を突きつけられる。
だって、白き神はあれほどに神に忌み嫌われた子供のことを、灰色の魔力のことを警戒していたはずじゃないか。それこそ俺に秘密裏に探らせるほどに。
なのに、その彼女がたった半年の間にその魔力にとりこまれているなんて、それが何かの演技でもなければ悪夢としかいいようがなかった。
「彼がイヌアの言っていた西に行っていた銀の神でしょ?えっと、名前は何だっけ?」
「オウェルですわ。ラーオディル。」
だけれど、目の前にあるのは悪夢じゃなく現実だ。
子供に呼び捨てられても嬉々としてそれに答える白き神の気配は、注意深く探ってみても神々しい白き光ではなく鈍く光る灰色だ。
そして、その鈍き光の魔力の源が俺の目の前に立つ。
「こんにちは、銀の神オウェル。こうして直接話すのは初めてだよね?僕のことはラーオディルって呼んでよ。」
にっこりと笑う様子は半年前とは打って変わって表情豊かのように見えるが、その円らなる瞳に何一つ感情の色が灯っていないことを俺は感じる。
そんな彼に恐怖すら感じる自分があるが、それでも今はそれに怯えている場合じゃない。
「白き神に・・・ディルアナに何をしたっ!?」
かみつくように吠えている自分の声が震えているのに気がつく。
どんなに虚勢を張っても体が自由にならない状況と、灰色の魔力に対する本能的な怯えを俺は隠すことができないのだ。
しかして、子供は一瞬だけ目を見張って、それから大げさに溜息をつく。
「酷い言い草だなぁ。何をって、僕は自分からは何もしていないよ?」
「白々しい言い訳はやめろっ!では、どうして白き神がディルアナがその魂まで灰色の染まっている?!お前が何かしたんじゃないのか!」
この状況においてそれ以外の何が考えられるというのだろうか?
「そうだね。もちろん彼女たちを灰色の魔力に染めたのは僕だよ。でもね、それは彼女たちが望んだことなんだよ、オウェル。」
「馬鹿なっ!」
そんなことを信じられるはずもなかった。
元々魔力を持っているはずの神が望んで違う色の魔力を欲するなんて非合理的な話だし、西の異端の一族と神に忌み嫌われた子供の関係がそのままにそれに当てはまるとすれば、それは更に信じられるはずもないのだ。
『返してっ!!我らの神をお返し下さい!!』
女性特有のヒステリーを帯びた甲高い声が蘇る。
それは俺が西方の魔境を訪れた直後の頃、俺を神だと知った異端の一族たちが神に忌み嫌われた子供を返せと俺に群がってきたのだ。
グレインなどによってその騒動は治められたが、ただただ子供を返せ返せと求める人間たちの群れはどうにも狂気に取りつかれているような気がした。
それはよくよく彼らを観察してみれば、灰色の魔力が近くになければ発狂するジャンキーのようにも見えて・・・神にもそれが適用されるかは定かではないが、だからこその白き神の子供に対する態度ではないのかとゾッとした。
しかし、そんな嫌な予感も次に紡がれる子供の声に吹っ飛ぶこととなる。
「彼女たちは世界の理に逆らうことを望んだ。」
ガツンと頭を殴られたような、グサリと胸を貫かれたような衝撃がはしった。
「研究者たちの見解によると僕の魔力は世界の理に縛られていないんだって。だから、神たちが守らなくちゃいけない世界の理も灰色の魔力を持つ存在ならば、それに縛られることがなくなる。」
世界の理は神が生まれる前から存在する世界の取り決めであり、契約だ。
それを破ることは誰であっても不可能であり、万が一それを破ることがあれば―――あれ?どうなるんだ?
「それを知った瞬間に多くの神が自分の魔力を捨てて、灰色の魔力に染まりたいと僕の前に頭を下げたよ。まったくさぁ永遠の命も尽きることのない魔力も持っているというのに、神様っていうのは皆欲張りだよね?」
世界の理を守ることが当たり前すぎて、それを破ることをしてはいけないとだけ念じ続けてきた俺は、それを破った時にどうなるかなんて考えたことがなかったことに今気づく。
でも、どうして今それに気がつくんだ?
まあ、そんなことどうでもいいや。それよりも今の問題は神に忌み嫌われた子供だ。
「結果として自分たちが人間たちを奴隷にしようとしているように、僕の奴隷になることだって予想できただろうに、皆、それでも叶えたい願いがあるみたいだよ。」
なのに子供は俺の目の前で話しているのに、どうしてかその声が遠くに聞こえた。
それに子供の言葉の意味は理解しているのに、どうしてかその意味について何一つ自分の考えが浮かんでこなかった。
だって、子供の言葉を聞いた瞬間に俺の心の中には、混乱も怒りも焦燥も消え去って、たった一つの思いだけが支配したのだから。
「そんな願いが君にもあるのかい、オウェル?」
「―――はい」
何を犠牲にしたって叶えたい願いが、でも、どんなに努力しても手に入らない願いが俺にはあった。
同じ神であるディルアナに愛していることを告げたい。
彼女に拒否されても構わない。
だが、愛を告げることさえ、いや、神同士の恋愛に纏わる全てが世界の理によって拒絶された世界では叶わない願いだったんだ。
それが、今、手を伸ばせば叶えられると子供は告げた。
それを理解した瞬間に信じられない現実も、異常な事態も気にならなくなった。
俺の心を支配したのは、ただ自分の欲望に忠実にならなければという強い想い。
世界の理さえなくなれば、この時の俺は全てが上手くゆくと、自分の願いが叶うと妄信していた。
「そう。じゃあ、君も僕の魔力に染まりたい・・・そう願うんだね?だけど、その代わりに君は自分の魔力を失い、僕に全てを支配されることになるんだ。それは理解しているのかな?」
それは子供と異端の一族の関係であり、神と天使の関係と同じ物が俺と子供の間に築かれるということ。
先に子供が言ったように俺は子供の『奴隷』となり果てるのだろう。
異端の一族を見た瞬間にそれに拒絶反応を感じたはずなのに、どういうことだろう?今は不思議と何も感じない。
むしろ、それでもずっと叶わないと思っていた願いを前に、それすらも些細なことに思えてくる。
「それでも俺には叶えたい願いがある。」
後から考えれば、この時すでに俺は神に忌み嫌われた子供の術中にはまっていたんだ。
子供は全てを見透かしていたに違いないのだ。
俺に薄暗い抗えない願いがあることも、それを叶えるといえば全てを投げだすということも。
でも、それと分かっていたとしても恐らく俺は子供の前に何度でもひれ伏してしまうことだろう。
「ふふふ。皆、本当に欲張りだね。」
子供は笑って、俺の額に口づけた。
それが契約の証。
その瞬間に俺の魂は銀色から鈍色へと変化を遂げて、神であることを捨てたのだ。
―――それが全ての裏切りの始まり
エヴァ:もうっ!本当にちゃっちゃとインタビューを終わらせよ!
ハクアリティス:投げやりな態度は気になるけど、私もいい加減疲れてきたし・・・分かったわよ
エヴァ:じゃあ、異性のタイプについて、どうぞ?
ハクアリティス:そりゃ、もちろん―――
エヴァ:君はエヴァンシェッドがそれなんでしょ?はい、じゃあ終了〜!!
ハクアリティス:ちょ・・まっ
エヴァ:では、ハクアリティス、ありがとうございましたぁ!!そして、作者の勝手で突然ですがこの企画は今回で終了です!
ハクアリティス:ちょっとぉ!!!
エヴァ:では、皆さま、また会える日を楽しみにしていまーす
ハクアリティス:なんなのよぉ!!!!!
かくしてハクアリティス、収拾がつかず強制退場(笑)
後書き企画は今回で終了。いや、いつの間にか登場人物が増えすぎてて収拾がつかなくなりました。すみません(泣)いつか、またこういうお遊び企画ができたらと思っております。