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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第四部 罪深きは愛深き絶望
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第110話 裏切り者の懺悔 3

 結局、俺は東方の楽園サフィラ・アイリスへ戻ることとなった。


 実はグレインが俺を呼んだのは白き神から俺への帰還命令が出ていることを伝えるためであり、ディルアナはそのための使者だったというわけだ。

 それを聞いた瞬間、驚きを通り越して笑い出したくなった。

 だって、俺はディルアナから離れることでせめて消せない感情を抑えつけようと必死だったのに、その元凶である彼女がそれを壊すために俺を迎えに来るなんて滑稽な話じゃないか?

 だけれど、ここで笑いだしちゃ、ただの可笑しな野郎だし、俺はこみ上げる笑いを引っ込めてその事実を告げた人物を、獣王グレインを見据えた。

 獣王という勇ましい称号には似つかわしくない大きなクリっとした瞳の印象的な美少年であるグレインであるが、

「その顔、故郷に帰れるっつうのに嬉しくないのか?」

 玉座に踏ん反り返っての神に対する言葉としてはふてぶてし過ぎるその言葉は、愛らしいき美少年然とした容姿から聞かされると何ともアンバランスなのだ。(いい加減、半年もその様子を見せつけられ続けた俺は慣れたが、こいつ・・・まさかディルアナの前でもこんな態度だったのだろうか?)

「まあ、俺としては手駒が減るのは残念な限りなんだが、神の命に逆らうわけにもいかねえからな。」

 ガハハと笑うと獣人の独特である人の形をとりながら、尻尾や耳など所々が獣の形をとっている彼のそれらが揺れる。(そんな様は文句なしに愛らしいと言わざるを得ない分、彼の態度や笑い声が非常に勿体無い気がする)

「俺もその神なんだが?」

「ああ、そういや、そうだっけ。小さいことは気にすんなよ!」

 基本的におおざっぱで適当なグレインはそういって笑うが、ヴォルツィッタといいコイツといい、本当に俺のことを神だと思っているのか疑問である。

 だが、大口を開けて笑っていた顔を一瞬にして真面目なものに変えてグレインは僅かに声をひそめ

「まあ、お前が戻りたくないっつーなら俺は協力は惜しまないんだぜ?」

 と、まるで俺の心を見透かしたような言葉に心が跳ねた。

「な・・にを?」

 全ての種族は神から生まれ、神に絶対服従を誓っているのだ。

 その頂点である白き神の命に神の俺だって逆らえる訳がないのに、獣族のグレインにそれをできるはずもない。

「お前が俺たちのためじゃなく、西方の魔境シェストリアに何かから逃げるために留まっていたのは何となく分かってた。」

 ギクリと心の中が揺れた。

「それはいい。お前の想いがどうであれ、お前がまだ不安定な西で俺たちに神として協力してくれたことは本当に助かったし、感謝の気持ちは言葉じゃ言い表せない。それに何よりお前は俺にとっちゃかけがえのない友達だ。」

 言って獣のように長い犬歯をむき出しにして笑う顔は子供よう。

 こんな表情をして、普段は何も考えていなそうなくせに、この男はいつもこんな風に俺の心中をよく見通していた。

「だから、お前が願うなら神が相手でも戦ってやるよ。」

 その言葉にはっと顔を上げる。

 そこには子供っぽい顔をしているくせにあまりに大人びた光を湛える彼の瞳が俺を射抜いていた。

「―――ていうのは冗談だけど。お前の居場所は西にもあるんだから、そんな思いつめた顔をするな・・・ってことだけが言いたかったんだ。俺もヴォルツィッタもいつでも歓迎するぜ?」

 冗談めいていても本気が伝わるグレインの言葉と友情に、涙がわき上がってくるほど嬉しかった。

 でも、そんな自分の心を知られるのが嫌で俺は憎まれ口を叩いてしまう。

「どうせ残ったところで俺をまたこき使うつもりだろ?」

 だが、そんな俺の気持ちもきっとこいつにはお見通しなのだろう。

「当たり前だろ?ただで居候しようなんて都合よすぎなんだよ。働かざる者食うべからず・・・だ。」

 返ってきた言葉にお互い笑いあった。



 そして、俺は半年ぶりに故郷である東方の楽園サフィラ・アイリスに帰郷した。

 広がる青空と緑の大地に神々の大地たる故郷は、荒々しき自然の広がる西とは違って変わらずに美しく豊かで平和だった。

 だが、俺がその変化に気がついたのは白き神への帰還報告のために白の聖城ルイノイエに入城した時。

「どうかした?」

 半年前と何かが違うと思わず立ち止まった俺に、俺を連れ戻したディルアナが振り返って笑顔を見せる。

「あ、いや。」

 俺は感じている違和感が何なのか分からずに曖昧に言葉を濁したが、これは半年ぶりである帰郷が俺にそう感じさせているだけなのだろうか?

 だが、城の中に入っていくと、それは戸惑いではなく確信に変わっていく。

 それは半年前には確かに城に溢れていたその城の名にふさわしき聖なる光がかげり陰鬱とした雰囲気が漂い、神々の笑い声や囁き合いは静まり返り耳が痛いほど。

 はじめは気のせいかと思ったが、どんなに奥に進んでも自分とディルアナ以外の誰にも出あわないなんてありえない。

 なのに、ディルアナはそんなことは気にならないようにズンズンと奥へと進んでいく。

「ディルアナッ、待て。何かおかしくないか?」

 こんなことは長く生きてきたがかつてない事態だ。

 俺はディルアナの手を取り彼女を止めようとしたのだが、振り向いた彼女はきょとんとした顔をして俺を見る。

「おかしいって何が?それよりあの方が私たちを待っているわ!早く行きましょうよ!!」

 しかして、俺の言葉など聞こうとしない無邪気なディルアナに逆に腕を取られた瞬間、俺は急に自分の体に力が入らなり気が遠くなる。

 そして、体に力が入らない俺は引きずられるようにディルアナによって白き神の玉座まで連れて行かれた。

 誰もいないガランとした広く高い白き神との謁見をするための玉座の間には、今まで感じたことのない重く濃密な気配が漂い、俺の体を強い力で抑えつける。

 ここに何か大きな存在がいる。

 神としての俺の直感がそう告げていた。


―――ドクン・ドクン


 近づけば近づくほどに強くなっていく、城に入ってから感じ続ける違和感。

 その大元がここにいる。

 だが、この玉座に座ることができるのは白き神、ただ一人のはず。


―――何だ?何だ?この半年の間に何があった?


 混乱と焦燥が愛しき女の腕すら振り払いたい気持ちを掻き立て、これ以上の前進を拒んでいるというのに、動かない体がそれを許してはくれない。

 そして、半年前と同じく俺は白きヴェール越しに白き神の前に跪いた。

 でも、これは本当に白き神なのかと俺は疑問ばかりを胸にその影を見上げる。

「久しぶりですね、我が愛し子オウェル。長き渡る我が命の遂行、ご苦労様でした。」

 しかし、聞こえてきたのは半年前と同じ白き神の優しき麗しき言葉と声で、俺は驚くのと同時に酷く拍子抜けした。

「半年に及ぶ異端の一族たちの様子の報告や西の動きの情報は、とても役に立ちました。感謝していますよ、オウェル。」

「も・・勿体なき言葉にございます。」

 だが、感じざるを得ない異様な気配、それに抑え込まれ動けない俺の体・・・どんなに取り繕ってみても異常な状況だとしか考えられないのに刷り込まれた白き神への服従心が俺にそんな言葉を発せさせる。

 そして、白き神の言葉によってありありと思い出すのは半年前、白き神に呼び出された時のこと。

 そもそも白き神が俺を西方の魔境シェストリアに送り込んだのは、ヴォルツィッタをはじめとする異端の一族の監視やその能力の測定だけではなかった。


『灰色の魔力、その危険性を貴方には見極めてもらいたいのです。』


 そう、半年前に黒き神によって東方の楽園サフィラ・アイリスに連れてこられた神に忌み嫌われた子供ラーオディルに宿りし灰色の魔力。

 それは当時の魔力の研究者の権威たちによって様々に調べられた。

 結果、魔力を持たない人間に魔力を与えることによってそれを隷属化する論理が解明され、他の神の魔力にもその論理を適用して『天使』という新たなる種族が生まれた話は西にいた俺にも聞き及んでいたが、それ以前に白き神が特に気にしていたのは灰色の魔力に対してであったのだ。

 灰色の魔力と名付けられたそれ。

 それだけ聞けば、青の魔力・赤の魔力と神々が持つそれと違いなど無いように聞こえるかもしれないが、灰色の魔力は俺たちの宿しているそれとは明らかに違った。

 それは白き神から生まれていない神に忌み嫌われた子供ラーオディル・オヴァラが源であるという始まりに原因があるのかもしれないが、その理由はどんなに調べても不明。

 しかして、異質なる力のその本質は『侵略』『侵食』。

 他の魔力を自分の色として取り込み、灰色の魔力を巨大化していくそれは俺たちが持つ魔力にはない能力だった。

 結局、半年間も異端の一族を通してそれを調べ続けてもその真実こそ、俺には見えてこなかったが、真の姿が見えないからこそ感じる恐怖に俺は白き神に灰色の魔力の危険性について訴え続けていたのだ。


「しかし、灰色の魔力については貴方の意見と相違する結果となったのは悲しいばかりです。」

 確かな声とともに、数年来開くことのなかった白き神を覆うヴェールがスルスルと横に避けてゆく。

 そして、一歩一歩白き神が俺の方へと歩みを進める気配がして、その人が俺の目の前にその姿を現した。

「し・・・ろき神?」

 目に映ったのは忘れるはずもない神の母にして、世界の主である白き神に違いない。

「何かしら?」

「そ・の色は?」

 まばゆい限りの美しさのままに微笑まれ、本当ならばうっとりとその姿に見惚れなければならないはずなのに俺の意識は彼女の瞳と長き髪へと向けられた。

 何故なら白き神と呼ばれた彼女のそれらはかつて輝かんばかりの白を集めた光だったはずなのに、今目の前にあるのはまるで曇り空を集めた様な鈍色、灰色なのだ。

 本来、魂の色である魔力の色に対応した色をするはずのそれが別の色に変色するなど聞いたことも見たこともなかった。

 でも、白き神の変色の様を見て俺の脳裏に一つの言葉が過る。


『灰色の魔力は全てを一つにする。』


 それは灰色の魔力についてヴォルツィッタに俺が聞いた時のこと。

 他の異端の一族に聞いた話は概ね研究者たちの予想通りのものばかりで目新しいものは何もなかったのだが、あいつだけは聞いたこともない話をし出したのだ。

 でも、その話があまりに素っ頓狂なものだったので、俺はそれを信じもしなかった。

 だって、そうだろう?


『それは魔力だけじゃない。魂も心も体も何もかもこの力は灰色の染めてしまう。』


 魂も心も体も一つになるなんて、そんな様子は想像もつかないのだから。

 しかし、それが今目の前にあるのかもしれない。

 愕然と呆然としたまま俺はそんなことを考えていた。

色々ありまして今回はキャラ達の自己紹介はお休みさせていただきます。

今年の更新はこれで最後となります。だいぶのんびりした更新になりつつあるもの確実に話は前に進んでおりますので、これからも見捨てずにヒロの物語を読んで頂けると幸いです。

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