第106話 堕神 5
<SIDE ヒロ>
あの時、嘆きの間で何かに吹っ飛ばされた後、私は人が獣になる過程を初めて見た。
苦しそうに膝をついたオウェルから羽が尾が牙が爪が生え、肌は人のそれから黒ずんだものへと変化し、体が巨大化していった。
その姿は不浄の大地で魔物に見慣れた私でさえ異形の姿だと感じるのに、その佇まいは何故だかとても気高く神聖ですらあった。
そして、オウェルは自分の体から発せられた強力な力で私を吹っ飛ばし、まさに獣の雄たけびを上げたと思った瞬間に嘆きの間からかき消えた。
私はただ呆然とそれを見ていただけだったのだが、数秒後にはエンシッダの移動魔法によって半強制的にオウェルを追うこととなる。
更に私の意思など何一つ関知しないエンシッダの奴は、さも当然だと言わんばかりに私に命令を下すのだ。(面倒なことには何一つ関わりたくないのに)
「さっさとオウェルを大人しくさせろ。」
「はあ?」
私は移動魔法の際に着地に失敗して座り込んでいた床から立ち上がりながらエンシッダを睨んだ。
「私にどうしろっていうんだ?」
そもそもオウェルがこんな獣の姿になったのか理由も分からないのに、その対処法など私が知るはずもない。
すると、そんなことも分からないのかと言いたげに溜息をつかれる。
「お前も分かっているのだろう?今のアイツをあの姿にしているのは灰色の魔力が原因だ。」
その言葉にギクリとした。
まあ、本当はオウェルに吹っ飛ばされた瞬間から何となく理解はしていた。
突如として苦しみ始めたオウェルから発せられていた最近馴染み始めた灰色の気配を私は感じていた。
だが、苦しむオウェルと獣への変化を目の当たりにして、それを身に巣食う魔力のせいだとは思いたくなかった。(だって、それを認めたら、もしかしたら私まであんな風になるのかもってことになるだろ?)
だから、何となく目を逸らせていたのだが、エンシッダにこうも直球で迫られては、目に映るまでに濃い灰色の魔力を無視することもできない。
私は嫌々ながらにエンシッダに頷いて見せた。
「本来ならば嘆きの間から出れば、影以外はその存在自体が消される呪いを負っているオウェルがアラシ達に姿は見えずとも触れることができたり、お前の目に映っているのは全て灰色の魔力の暴走のためだ。」
確かに言われてみればそうだった。
先ほどは私の瞳にも映らなかったオウェルが姿は違えども今は間違いなく見えているし、エンシッダのシールドを叩く衝撃はアラシたちにも感じられているようだ。
「だから、お前はオウェルから溢れている灰色の魔力を吸収しろ。」
しかして、そんなことを言われたところでどうすればそれができるかなんて、私は知らない。
反論しようと思わずエンシッダに掴みかかろうとした私だが
「ヴォルツィッタの魂を受け継ぐお前ならばそれが可能だ。ほれ、行け。」
呆気なくエンシッダの返り討ちにあい、私は奴に背中を蹴飛ばされると、安全圏であろうシールドの外に叩きだされたのだ。
「ウゲッ!」
またしても顔から床に突っ込む私。
「ヒロ!!」
アラシと子供たちが驚いたような声を上げ、それに呼応するようにそれまでハクアリティスしか見えていなかったようなオウェルの獣のそれになった血走った瞳がぎょろりと私を見下ろした。
―――その瞳と目があった瞬間に駆け抜けたのは悪寒に似た快感
私は怖くなってみっともなかろうが何だろうが、エンシッダのシールドの中に戻ろうとしたのだが、性格の悪い男はシールドを締め切って私を中に入れようとしない。
シールドに張り付いた私にエンシッダは人の悪い笑みを浮かべるだけだ。(畜生!)
まさに獣の檻に放り投げられたような状態の私は顔をひきつらせた。
内臓に響くような低い唸り声、涎の滴り落ちる牙とその合間から吐き出される息は何やら毒々しい煙を放ち、そして強い魔力が気配だけではなく灰色の獣の輪郭がはっきりと私の目に焼きつける。
灰色の魔力の気配に体の芯が熱くなるような私のどこかが喜びに打ち震えるのを感じ、それが怖いと私の理性が囁く。
だから、ずっと灰色の魔力を使えるようになっても、その本当のところは全く開放しようとはしなかった。
それをしたら最後、罪人の巡礼地での一件のように私は私に戻れなくなるような気がしたから。
灰色の魔力を身に持つものとして私には確かな予感があったのだ。
きっと、獣となり果てたオウェルもそうなのだろう。
罪人の巡礼地で私が悪魔に体をのっとられたように、今の彼も灰色の魔力に理性を奪われているのではなかろうか?
今の彼は少なくとも、私が嘆きの間で垣間見た彼ではなった。
だから、辛かった。
オウェルのことなど、本当のところ私が骨を折ってやる義理などないはずなのに、灰色の魔力により苦しむ彼の姿はまさしく未来の私に他ならないのだから。
だからというわけではないが、私は腹を決めると唸り声を上げるオウェルに初めてまともに向かい合った。
何しろエンシッダは私を助けようとはしないだろうし、アラシもオウェルの姿が見えない以上、使い物にならないだろうし、残るは子供とハクアリティスだけ・・・そうなれば、必然として私はこの事態を私一人で乗り切らなければならない。
だったら、誰かに助けを求めるよりも、自分なりにこの事態を乗り切る手段を考えるのみだ。
―――とりあえず、オウェルに話が通じるかどうか試してみるか
私はオウェルを警戒しながら声を張り上げた。
「オウェル。もう、やめろ。気持を鎮めるんだ!」
だが、やはり今のオウェルには理性の欠片も残っていないのか、私の声を威嚇と判断したのだろう、かえって彼を刺激したらしく雄たけびと共に私に向って爪を振りおろしてくる。
あらかじめ警戒していたこともあり、その攻撃は難なくかわすことができのだが、如何せん巨大化したオウェルと私ではリーチの差が大きい。
余裕をもって避けても、結構ぎりぎりだったので私としては冷や汗ものだ。
「ほらほら、しっかりしないとあっという間にあの世行きだ。」
エンシッダの憎たらしい言葉を背にしながら、しかして私は更に自分の事態が悪化していることを発見する。
私に刺激されてか、それまで一歩も動こうとしていなかったオウェルがズシンズシンと音を立てて動き出したのだ。
シールドに守られているエンシッダ達はいいだろうが、オウェルを挟んで私の向かいにいる子供たちがその足もとに来たのだ。
しかも、子供たちにはオウェルの実体は見えていない。
彼らは何となく恐ろしい気配だけを感じていはいるのだろうが、逃げ惑うことすらできていない。
「走れ!!部屋から出ろ!」
とりあえず、オウェルの意識は子供たちに向いていない。
子供たちは私の叫びに弾かれたように、出口に向って駆け出した。
しかし、最悪なことにその動く気配を敏感に察知したらしいオウェルが私から子供たちへと攻撃の手を変えてきたのだ。
「やめろぉ!!」
子供たちがオウェルの鋭い爪に切り裂かれる最悪の未来が私の頭を過った。
―――嫌だ!
腹の底からの叫び、そして、胸を支配する大きな感情が私が無意識のうちに蓋をしていた力を解放させる。
体の中から迸る本来ならば私の中ではおさまり切らない力が、私という小さな器を破ってオウェルを貫き、同時に私にも何とも表現しがたい鈍痛を与える。
それは実験で使っている加減した力以上のものだったからか、私の想像以上の痛みで意識が遠のいてゆく。
それどころか、視界が次第に灰色に染められていく。
―――何だ?
痛みに一瞬だけ瞼を閉じただけなのに、気がつけば聖櫃のあった場所ではなく、灰色ので埋め尽くされた世界にいた私は辺りを見回した。
『ああ、やっとお前と誰にも邪魔されることなく話すことができるな。』
そんな私に不意にかけられる声。
振り向いた先にはオウェルがいた。
その姿は先ほどの獣の姿のままだったが、先とは違い狂気ではなく獣の瞳には不思議と穏やかな光が宿っていた。
それは嘆きの間でみたあの何色とも言えない光を湛えた瞳であった。
エヴァ:それではこのインタビュー形式の自己紹介も4人目となりました!・・・でも、正直、僕はこの人を呼びたくない
?:何、言ってんのよ!!
突如として現われた人物に張ったおされるエヴァ
エヴァ:何すんのさ!ハクアリティス!!
ハクアリティス:そうよ!この天使の花嫁たる私を呼びたくないなんてっ!!
エヴァ:キーキーとうっさい!!大体、なんか本編見てるとあんた『天使の花嫁』じゃないみたいじゃんっ!
ハクアリティス:それはそれ!これはこれよ!
かくして、本編とは違う次元でこちらは展開させていただきます