第11話 あの約束を覚えていますか? 3
―――前略ヒロちゃん、僕は今、猛烈に後悔しています
いつもヒロちゃんに『知らない人には付いて行ってはいけません』と言い聞かせられていたはずなのに、僕は知らない人に付いて行ってしましました。
そして、僕は現在見知らぬアーシアンたちに攫われて監禁されていたりするのです。
『・・・』
味気ない石造りの部屋には自由に開く扉と窓はないが、生活するには困ることのない程度に家具も生活用品もそろっている。
僕とハクアリティスはその部屋にもう半日近く閉じ込められながらも、一言もしゃべらないで目も合わすことなく大人しく椅子に座っていた。
やることもなくて、僕は改めてどうして自分がこんな状況になったか思い出す。
エンディミアンに金目当てで襲われた僕とハクアリティスは、僕らを助けに入ったアーシアンの男に導かれるままに懺悔の街を疾走した。
助けてもらったという事実と彼がアーシアンであったこともあり、僕は油断していたんだ。
彼もまたあの換金所にいて僕らをつけてきていたのだ、と言う簡単な事実を僕は見逃してしまっていた。
そして、気付けば僕はエンディミアンから追われていたはずだったのに、武装したアーシアンに囲まれていたりして?
―――・・・はあ、本当に何度考えても僕が馬鹿だったという事実しか見えてこない
だけど、そうは言うものの僕には色々考えてみたところでどうして監禁されるのかその理由が思い浮かばない。
だって、30万ヴァルドのお金はまだ僕の手の中にあるんだし、
―――それ以外?
僕は怯えたような表情を浮かべ続けているハクアリティスに視線を向ける。
僕が少し見ただけで泣きそうに顔を歪める彼女は、どうやら怒鳴られたことで僕を怖がっているらしい。
だけど、そんなことはお構いなしに僕は彼女を睨みつけた。
瞬間的に思いついたこととはいえ、何度思い返してみてもついさっき懺悔の街にたどり着いた僕らが攫われる理由なんて天使に追われているこの女くらいしかありえない。
だけど、そう考えてみたときこのアーシアンたちがハクアリティスを天使の花嫁であると知りえる可能性は?知ったところでアーシアンに天使の花嫁を攫う理由がどうしてある?
それに僕らがいるのは多分、懺悔の街じゃない。
僕らは懺悔の街の人気のない裏街でアーシアンの集団に袋詰めにされて運ばれたため、何処をどうして攫われてきたのか分からない。
ただ袋の中でもどうも馴染まない懺悔の街の空気から、いつも感じている不浄の大地の乾いた空気に変わったのを感じた。
だけど、それは少なくとも懺悔の街からは出たということだけで、わかるのはそこまで。
結局、どんなに頭を悩ませても僕はここがどこかも、彼らの目的が何かも、そして彼らが何者かすらも分からないまま。
情報を得るには相手に探りを入れるしか方法はないが、その相手も僕らをここに放り込んでからは一切の接触もしてこない。
「・・・はあ」
ため息だってつきたくなる。
ここで何をしても何にもならないから部屋の中で大人しくしているしかないけど、僕の心は沈黙を守りながらも、その内は相当焦っている。
僕がこうしている間にもヒロちゃんは天使を倒して街へ向かっているかもしれないのに、何もできず動くこともできない自分が嫌で仕方なかった。
そして、どれくらいハクアリティスと沈黙しかない部屋にいたんだろう。
時間の感覚もなくなってきた頃、何時間かぶりに部屋の扉が開き銃を持っているアーシアンの男が二人、部屋に入ってきた。
「おい。坊主のほう出ろ。」
しかして、僕だけが監禁されていた部屋から出される。
背中に銃を突きつけられている状態じゃ、逃げ出すことも不可能なので目の前を歩く男の後に従うしかない。
だけど、袋詰めにされたままさっきの部屋に押し込められた僕は、初めてこの場所の様子を観察することができた。
まあ、建物の中にいるので全容は計り知れないけど、長く続く廊下や階段は僕の想像よりも、この場所が大規模であることを推測させる。
そして、引っ立てられる僕は何人ものアーシアンらしき者たちとすれ違ったけど、皆が皆武器を携帯しているのを見て僕は驚いていた。
僕が言うことじゃないけど、人間、ましてアーシアンがこんなに大勢で武器を携帯しているなんて、天使のお膝元で可能なことなんだろうか。
僕がそんなことをグルグルと考えていると、前を歩いていた男が扉の前で止まりノックをした。
「アラシ、連れてきたぞ。」
「おお!入ってくれっ!!」
扉の向こうから、やたら大きな声が返ってくると銃で背中がつつかれる。
入れ、ということらしい。
一体何が待っているのか、緊張して僕は唾をごくりと飲み干すと部屋に入った。
「よお!少年、よく来たな。」
・・・でかい。
僕がその男を初めて見た第一印象は、その一言に尽きた。
中に入った部屋は僕が監禁されていた大きさと同じぐらいに思えたが、身の丈2メートルくらいありそうな男がいると俄然小さく見えた。
筋肉はモリモリ、肌は色黒、そこらじゅう毛むくじゃらの強面のおっさんは、見るからに恐ろしいことこの上ないけど僕を迎えた笑顔は妙に人好きしそうな、人懐っこい熊みたい。
「二人は下がってくれていいぞ。ご苦労だったな。」
そして、熊男は僕を連れてきた男たちを部屋から下がらせるとソファを僕に勧めた。
部屋は男の仕事部屋のようで大きな机には書類が散乱していて、本棚には本がぎっしり後は僕が座っている応接セットのようなものがあるだけだ。
「えっと・・・まず、手荒なマネをしたことを謝らんといかんな。まさか、お前たちがエンディミアンに襲われたりするとは思わなかったもんでなぁ。あんな強引な手になって悪かったわ!あはは!」
熊男はそういうと脈絡もなく豪快に笑い出した。
「はあ?」
僕は何を言われるのかと、身構えていたのに急に謝られて気が抜けた。
しかも熊男のいい様は、謝っているのか、謝っていないのか、よく分からない。
「本当はもっと穏便にここに来てもらおうと思ってたんだ。ただ、せっかく見つけたハクアリティス様をみすみすエンディミアンに持ってかれる訳にはいかなかったからなぁ。」
こんな馬鹿っぽい男に付き合っている時間はない。熊男に僕は噛み付いた。
「あんたらの目的はやっぱりハクアリティスか。でも、どうしてアーシアンのあんた達があの女のことを知ってる?!どうして僕まで攫ったぁ?!あんた達は一体何者なんだ?」
次から次へと質問をぶつける僕に熊男はきょとんとして、その後、破顔した。
「あれ?そういえば俺、自己紹介してなかったっけ?俺の名前はアラシだ。29歳、独身。それで好きな食べ物は――」
―――へえ、見た目より若いな・・・、ってそんなこと聞いてないし
男・アラシは僕の質問など無視して、自分の自己紹介をしだした。
僕はその勢いを止めることもできず呆然とその様子を見ていたけど、アラシは思いもよらない事を言い出した。
「ま、俺の自己紹介はこれくらいにしといて・・・、少年の名前はエヴァだろ?アーシアンのヒロと共に不浄の大地を旅し続けている。」
「?!」
僕やヒロちゃんのことまで知っている?
アラシは僕を見て更に話を続けた。
「だが、ハクアリティス様を助けたために天使たちに襲われ、どうやってあの距離を短時間で移動できたかは知らんがお前たちは懺悔の街に逃げ、ヒロは天使を引き付けておくためにアルヴァーナの街付近に一人残った・・・。あってるだろ?」
先ほどまでの馬鹿っぽい表情がなりを潜め、男は驚く僕を見て底意地が悪そうに笑った。
こいつ、とんでもないくわせものだ。
ハクアリティスが天使の花嫁であることだけではない、アラシは僕らが彼女を助け天使に襲われたことまで知っている。
―――でも、どうやって?
僕は手のひらに嫌な汗をかくのを感じた。
「それでお前さん、その後どうなったかは知ってるのか?」
「その後・・・?」
「ヒロが、どうなったかだよ。」
「!知ってるのかっ?!」
僕はソファから立ち上がり、アラシに詰め寄った。
椅子に深々と座っているアラシと、立ち上がった僕はちょうど同じくらいの背の高さだ。
背が低い僕でもアラシに顔を近づけることができた。
「知ってるよ。」
「教えろ!」
このとき僕は自分のほうが捕まっている立場だとか、そういうこともすっかり頭から抜けてアラシに叫んだ。
大きな机を挟んでまじまじと見たアラシの顔は、激昂する僕とは対照的に冷静なものだ。
「ヒロは天使に捕縛された。今はあの白壁・守護天使の壁の向こうにある断罪の牢獄の中さ。」
「天使に捕まった!?それで無事なのっ!?」
よく分からない言葉が連なったけどヒロちゃんが今、天使の領域内にいることだけは分かった。
しかし、それよりも大事なのはヒロちゃんの安否だ。
「傷を負ってはいるが、命の別状はないらしい。それに心配しなくても天使たちは、ヒロをしばらく殺しはしないさ。それどころか大事に大事にするだろう。」
「ど・・・いうことだ?」
アラシの言うことを100%信じていいかわからない。
でも、アラシが僕を見る目は嘘を言っているようには見えない。
それにハクアリティスのことだけじゃなくて、どういう方法を使ったかは知らないけどこいつは僕らが彼女を助けたことまで知っているくらいだから、ヒロちゃんの行方を知っていてもおかしくはない。
今はこの男の言うことを信じるしかない。
そして、それ以上にヒロちゃんが無事であるという言葉に僕は縋りつきたかった。
―――でも、どういうこと?天使がヒロちゃんを大事にする?
「それはヒロが黒の武器を使うことができるからだ。」
「カ・・・シュ・・・?」
何のことだろう?
思い当たることもなくて僕は訝しげにアラシを見た。
「もしかしたら、お前が何か知っているかと思ったが、その顔じゃ黒の武器については、何も知らんらしいな。」
「知らないよ、そんなこと・・・っ!それより、ヒロちゃんが天使の領域にいるって言うのは、確かな情報なの?!」
何時間ここに監禁されていたか分からないけど、思ったより時間が経っていたのかもしれない。
いくら安否が確認できても、ヒロちゃんが怪我をしていると聞いて、ここでじっとしていることなんて僕にはできない。
「それを知って、どうする気だ?」
「ヒロちゃんを助けに行くに決まってるだろ?!」
「・・・あははっ!」
僕の言葉に腹を抱えてアラシが笑い出した。
「ははっ・・いやいや、そんな馬鹿なことを堂々と言われると驚くを通して、笑えてくるな。」
「なにっ?!」
大笑いされた上に馬鹿にされて僕はアラシに殴りかかろうとして、腕をアラシにものすごい力で掴まれた。
「イタッ」
「こんな細腕一つでたかが人間が天使の領域に殴り込もうなんて、馬鹿以外になんていえばいい?」
ギリギリと腕を掴まれた手に力が入っていく力が、あまりに強くて腕の血が流れないで、しびれていく感覚がわかった。
「離せよ!!この熊男!」
「ははっ熊男か、俺にはぴったりの言葉だな。だが、それが人に物を頼む態度か?」
更に手に力が入る。
「いだだだだっ!・・・くそ、お願いだから、離してください!」
やけくそで叫んだら、ぱっと手が離された。
「はじめから、そういう態度でいればいいんだよ。子供は素直が一番だ。」
そう言ってからからと笑うアラシを、僕は腕をさすりながら恨みがましい目で見た。
服の上から掴まれたはずなのに、腕にはくっきりと手の跡が付いている。
―――なんつー馬鹿力
「まあ、諦めるでもなく自分の力で何とかしようって言う、その心意気は買うぜ?なにせアーシアンっつう生き物は、罪人根性ばかりが先立って何でも不幸をそのせいにして、何もしない奴ばっかりだからな。」
笑いながらアラシが僕の頭を撫で回す。完全に子ども扱いだ。
しかし、僕はその手を払いのけながら言い返す。
「なんだよ、他人事みたいにあんたもアーシアンだろ?」
「もちろん俺もアーシアンだが、罪人根性は持ってないつもりだからな。懺悔の街にいる奴らを見ていると、苛々しちまうんだよ。そこいくとお前は見ていて清清しい!」
「・・・そりゃ、どうも。」
アラシの言うことには一々脈絡がないというか、意味がないというか。会話をしていて段々話がそれている。
僕はそんな話をしたいわけじゃない・・・そう思っているとアラシが再び僕の頭を撫でた。
「ま、ヒロのことは心配すんな。俺が何とかしてやるから。」
告げて、僕に笑ってみせるアラシに戸惑った。
「何言ってるんだよ?人間が天使の領域に行くのは馬鹿がすることなんだろ?それに、あんたがヒロちゃんを助ける理由なんてないだろ?」
訝しげな僕にアラシは胸を張った。
「大丈夫。その辺は俺に任せておけ!お前が一人で空回りするより、確実にヒロを救出してやるから。それに俺はどうしてもヒロに聞きたいことがあるんだ。」
その言葉に縋りつくことができたらどんなに楽だろう・・・と思う。
だけど、僕一人が何をしても天使にかなわないことも、何も知らない場所でヒロちゃんを助け出すが不可能なことも僕は知っている。
そして、だからってアラシの言葉に素直に頷けるほど、自分が素直な子供でないことを僕はいやっていうほど知っている。
そう思う心が顔に出ていたのか、アラシは仕方ないとでも言うように苦笑した。
「まあ、俺が信じられんのなら、後は神にでも助けを求めるしかないな。」
「誰が神に助けなんか求めるかっ!」
「どうした?」
アラシが戸惑ったように出した声に僕は自分を取り戻した。
自分でもどうしてこんな事をいったのか分からない。
「何でもないよ。」
「そうか?」
アラシは気にした様子もなく話を続けた。
「ともかく、お前の気持ちは分からんでもないが、悪いようにはせんから、しばらくはここで大人しくしてろ。また何か分かったら教えてやるから部屋に戻れ。足りないものがあったら、言ってくれればできるだけ用意させる。おい、誰かエヴァを部屋まで送ってやってくれ。」
アラシは僕が何も言わないことに良いことに、話をとっとと切り上げると僕を再び部屋に戻すつもりらしい。
僕はそれに黙って従った。
結局ここに来て分かったのことはヒロちゃんの安否だけで、このアーシアン達が何者なのかも、ここが何処なのかも、僕やハクアリティスを攫った目的も、他は何一つ分からないままだ。
ただ、ヒロちゃんのことが分かったのは、僕の中では何が分かるよりも大きな収穫だった。
そんなことを考えながら、僕はまださっきの自分に戸惑ったままだった。
さっきの自分が、よく分からなかった。
ただ、『神に助けを求める』という言葉を聴いた瞬間に、目の前が真っ赤になって、僕の心の中の僕の知らない僕がその言葉に激しく首を振った。
そんな感じがした。
もしかしたら、それは記憶がなくなる前の自分なのかもしれない。
でも、どうしてそんなことを過去の自分が思うのか、今の僕には何も分からなくて不安がつのった。
無性にヒロちゃんに会いたくなって僕は足跡の指輪を触り、心の中で呟いた。
―――ヒロちゃん、この不安から僕を助けて
神やアラシには助けを求めることはできなくても、僕はヒロちゃんには素直に助けを求めることができた。
それは、多分ヒロちゃんなら僕を助けてくれるという信頼がなせるものだろう。
と、いうことは多分、僕は神を信じていないのだろう。
だから、こんな言葉が頭をよぎる。
『神は誰も助けない』
その言葉は僕を酷く不安にさせた。
加筆・修正 08.5.10