第102話 堕神 1
くるくると堕ちてゆく
真っ暗な闇の中、両手に持っていた全てのモノを失いながら堕ちてゆく
それでもたった一つ、貴方との繋がったこの細い糸を握り締めていられるのなら
僕は決して後悔しない
くるくるくるくる
回りながら底のない闇が僕を飲み込もうとも、この糸の先に貴方がいると信じられるから
僕は全然怖くない
くるくるくるくる
だから、どうかその糸を離さないで
貴方の分まで僕が堕ちてゆくから
貴方の姿が見えなくても、声が聞こえなくても、触れられなくてもかまわない
どんなに隔たっていても貴方とこの糸で繋がっていられる
それだけが、全てを捨てて堕ちゆく僕のたった一つの希望であり、願いなのだから
【堕神】
「はあはあっ」
正気を取り戻したようだとはいえ、あれほどの興奮状態でいたのだ。
男の息はしばし乱れたままで、それが整うまでどうやら本当の嘆きの間らしき場所には沈黙が垂れ込めた。
私は私で男の勢いに圧倒されたまま呆然と立ち尽くすだけだったし、ヴィ・ヴィスターチャに至っては表情一つ動かしていない。
そして、そんな微妙に気まずい雰囲気を断ち切ったのは、初めて聞く男の理性的な声。
「―――すまなかった。」
それはさっきまでの狂気に満ちた男とは全く違う、とても落ち着いた低く心地よい響きをもって私の鼓膜を揺らした。
男は私に一つ頭を小さく下げると、きっと痣になっているだろうほど強く私の腕をつかんでいた手を放し、一歩私から離れる。
私は小さく安堵の息を吐く。
「時々『ああ』なる。ちょっと前までは正気を保っていられていたんだが駄目だな・・・本当にお前に会うとなったらこの様だ。情けない。」
ぼさぼさに伸びた長い髪のせいで隠れた顔の隙間から苦々しい笑みが見えた。
「私を嘆きの間に呼んだのはあんたか?」
男の言葉から、そして、あの浮かび上がった赤い文字とここの赤い壁画の色が同じことから、自然とその言葉がついて出た。
「そうだ。本当はこちらから出向くのが筋だろうが、俺はここの中でしか実体を保っていられない。信じられないかもしれないが、お前も月に浮かび上がった俺の影を見ただろう?声も存在自体も消された状態で俺に唯一残されたのは血文字を残すことだけだ。」
不思議な光を湛えた男の瞳はまっすぐに私を見る。
「だが、そんな姿を晒してでも、俺はお前に会いたかった。お前にこの壁画を見てもらいたかった。」
―――この壁画がまさか血文字で告げられた『面白いもの』だとでも?
冗談だろうと切って捨てたかったが、オウェルの雰囲気からそれはできそうもない。
代わりに私は尋ねる。
「それは何故だ?」
私が男に会ったのは間違いなくこれが初めてで、そこまでして会う理由など私の方にはあるはずもない。
だが、オウェルと呼ばれた目の前の男の髪から垣間見える表情やその瞳の色に不意に懐かしさを感じる。
正直、それが答えだと直感している自分もいるのだが、聞かずにはいられないというのが私の悲しい性だ。
結局、その事実をつきつきけられるまで、私はそれを受け入れられない。
「お前が―――」
「ヒロ、君が悪魔の生まれ変わりだから・・・だよ。オウェルが用があるのは君じゃない、君の中の悪魔にさ。」
だが、男からの事実を突きつけられるを待ち構えていた私に、予想もしない方向からあっさりと突き付けられた。
それを聞いた瞬間に思う。
―――ああ、そうだろうよ
本当にどいつもこいつも悪魔に灰色の魔力・・・、私であって私のものではないものばかりに用がある。
だったら、いっそ私のことなど放っておいてくれとやさぐれる気分にもなるというものだが、それが叶わないことが私は辛かった。
「エンシッダ!」
そして、オウェルが叫んだ名を持ち私に現実を突きつけたのは、ヴィ・ヴィスターチャが私を呼びに来た時から頭をよぎっていたエンシッダで、驚いた部分もあったがある意味やっぱりという思いの方が私には強かった。
だから、あの人好きする笑みの裏に毒を感じずにはいられない彼を前にしても、彼が私の眼を背けたかった事実を突き付けても平静でいられた。
「どうしてっ!?俺が彼に話をするまでは待っているといったじゃないかっ。約束が違う!!」
どうもオウェルにとって、このエンシッダの登場はまだ早かったらしい。
動揺が彼を支配し、落ち着いた様子だった彼が再びざわめいていく。
「別に俺はそれを了承した覚えはない。お前がヒロに俺抜きで会いたいと言ったのに、『そうか』と返事をしただけだ。」
しかし、エンシッダの姿かたちから想像もつかない厭味ったらしい言葉でオウェルを言いやりこめる。(こういう口八丁手八丁の輩には本当に勝てないと思う)
「それに君とヴィスだけでは、ヒロに十分な説明もできやしないだろ?ほら、今も可哀想に話についていけず彼は呆然としているじゃないか?」
エンシッダの言っていることは正しいが、その言い方は一々癪に触って私の神経を逆なでする。(それを見越してこんな言い方をしているに違いない)
「では、あんたが私に説明してくれるのか?この訳の分からん状況を」
だから、私は少しでもエンシッダに負けたくなくて彼を睨みつける。それが虚勢だと分かっていても。
「もちろん。だって、君にはいい加減自分というものを自覚してもらいたいからね。」
それに対して、いっそ気持ち悪いくらいの笑顔をエンシッダは返してくる。
私は細めた瞳を一層に細めて、奴を睨みつけた。
「悪魔の生まれ変わりってことだろう?それこそもういい加減に聞き飽きたし、嫌ってほど自覚しているさ。」
「へえ・・?」
あからさまに本当か?というニュアンスを含んだ言い方に、私は自分でも目を背けてきた事実を初めて口にする。
「あれから・・・罪人の巡礼地での戦い以来、私は見たことも聞いたことも感じたこともない存在を懐かしいと感じることが多々ある。それは恐らく悪魔の記憶が私の中に確かにある証拠だ。」
目をそむけたくても、それは私の中に確かにある。
「なるほど、灰色の魔力と共に君の中の悪魔が覚醒しているということか。アオイの報告を聞いていたが中々面白い現象だ。」
アオイが何を報告していたかなど私の知ったことではないが、私の言葉にエンシッダはいくらか納得したように独り言をぽつりと漏らし、ふと何か悪巧みを思いついたような笑みを口元に浮かべた。
「じゃあ、この男・オウェルにも見覚えがあるのかい?」
そう言われて彼を振り返った私にオウェルはびくりと体を揺らす。
ヴィ・ヴィスターチャの話によればここで壁画を描きながら贖罪を続ける男、私をわざわざここに呼びつけた男、そして、狂ったように私に許しを乞うた男。
その全体像は汚らしく伸びきった髪の毛に隠れているが、私を見つめ返す揺れる瞳の不思議は光は確かに私の、いや、この場合は悪魔の心に何かを投げかけてくる。
だから、私は声なくエンシッダの声に頷いた・・・途端にエンシッダは堪えきれないという風に笑いだした。
そのあまりに愉快そうな笑い方は、悲惨な壁画が四方を囲むこの嘆きの間にはあまりに不釣り合いだ。
「ははっ、これは愉快!!良かったなぁ、オウェル!!どうやらお前の親友はお前の裏切りを忘れてはいなかったようだっ。わざわざシラユリまで使って彼を呼び出したはいいが、怖くて隠れた必要はなかったんじゃないか?」
「シラユリだと?」
黙ってエンシッダの芝居がかった言葉を聞いていても良かったが、その言葉に思い当たる部分があって私はオウェルに問いかける言葉を聞き返した。
「まさか、昼間のあの視線はあんたなのか?」
そして、オウェルに改めて向き直って私は彼に一歩近づいた。
彼は怯えたように一歩下がる。
その様子はあの挑発的な血文字を書いた彼とも、先ほど一瞬だけ見せた冷静な彼とも繋がらない。
「あんたがシラユリを使って私を嘆きの間に行かせたのか?」
そう考えればシラユリの不審な様子にもいくつか納得がいった。
彼女は決してあの場所に何かを見つけるために行ったのではなく、私をあの場にこの嘆きの間を封印するための小屋に連れていった。
彼女の目的がそれだというのなら、小屋に行くことにあれほどこだわっていた割に小屋に入った途端に何かに脅えるようだった風も、早くあの場から去りたがった様子も説明がつく。
私を連れていったのだから、怖い思いをしたあの場所からは早く去りたかっただろうし、やっとそこから解放されてほっとしたあの表情の理由も納得がいく。
それにシラユリが聞いたという小屋の下から聞こえたという誰かの叫び声も、きっと恐らくこのオウェルの先ほどのような狂気に満ちた叫びということなのだろう。
―――しかし、そこまで考えたところで疑問が新たに発生する
では、それを聞いた神の子はどうして壊れたのか?
それにどうしてシラユリは大人しくオウェルに従って、私を嘆きの間に連れていった?
シラユリがオウェルに脅えて言うことを聞いただけということも考えられるが、幾重にも矛盾を感じた彼女の様子からそれだけではないような気がしてならない。
しかし、私のその問いは口にせずとも解消されることとなる。
「そうだ。魔力を使って無意識下で彼女を操ってヒロをここに連れてきてもらった。まあ、お前を見た瞬間に足が萎えて何もできず、結局はヴィスにお前を連れてきてもらうことになったんだがな。」
意を決したように私を見つめてオウェルは語り出す。
しかし、何とか正気を取り戻したようにも見えるが、オウェルは何かを押さえつけているようにフルフルと体が震えている。
「操った?」
「ああ。暗示をかけたのさ。あの小屋の中には俺の魔力が有効だからな。『ヒロをここに連れてくる』という暗示を彼女にかけた。まあ、操られている言っても彼女にはその自覚はない。気がつけばヒロを連れて小屋にいた・・・シラユリの感覚としてはそんな感じだろう。」
なるほど不可解ともいえるシラユリの態度にはそんな理由があったわけか。
「他の子供たちにはその魔力が彼らの中の神の血と拒否反応を起こして壊れてしまったようだが・・・悪いことをした。」
そして、シラユリがあれほど心を痛めている事件の真相をぽろりと漏らすオウェル。
私はいよいよ眉をひそめて彼を見た。
「・・・あんたは何者なんだ?」
千年以上前からここで壁画を描き続けているというこの男。広い壁に血の絵を描き続けても今に死にそうという風貌でもない様子(私だったら間違いなく出血多量で死んでいる)、それに今、魔力を使ったと告げた彼。
「俺は銀の神オウェル。千年前、友だったお前を裏切り今もこの世界に生き続ける堕ちた神。」
エヴァ:えっと、じゃあ、気を取り直して最後にエヴァンシェッドの異性のタイプを教えて?
エヴァンシェッド:別に取り立ててタイプっていうのはないかな?女性は皆、愛らしいしね
エヴァ:お?さすが愛人がたくさんいるプレイボーイ!言うことが違うね
エヴァンシェッド:いやいや、そんなんじゃないよ。でも、強いて言うなら
エヴァ:言うなら?
エヴァンシェッド:大人しい人じゃなくて、気の強い人がいいかな?俺に楯突くくらいの
エヴァ:はあ?何それ?エヴァンシェッドってばひょっとしてM?
エヴァンシェッド:まさか、俺に楯突くくらいの人を支配するのが快感なんだよ
エヴァ:・・・えっと、じゃあS?
エヴァンシェッド:自分じゃ自覚ないけど、どっちかっていうとそうかもね(笑)
エヴァ:(それって笑っていうことじゃないと思うんだけど、なんか微妙に口答えできない雰囲気だな・・・ここはこれ以上聞くとやばいかも)じゃあ、質問は以上です!エヴァンシェッド、ありがとうございました!
エヴァンシェッド:あ、そうなの?残念だな、もっと話していたかったのに。じゃあ、お邪魔しました、楽しかったよ(にっこりと笑顔を振りまいて退場する)
エヴァ:ふう、あの笑顔なのに怖いくらいの迫力・・・さすが万象の天使?