第100話 私が貴方を許しましょう 7
『面白いものを見せてやろう。嘆きの間に来い。』
簡潔に告げられた言葉だけを残し、かくして実体なき影は気配もろとも消えた。
それは幽霊か、はたまた誰かのシャレにならない冗談なのか分からないが、この状況では嫌だと思ったところで嘆きの間に向かう他ないだろう。(行かなかったら行かなかったで、気になるだけだし)
だから、ゴクリと生唾を飲み込んで安穏たる睡眠を貪るための自室に向かっていた足を、何やら怪しげな誘いを受けた嘆きの間へとよっこらせと私は方向転換させたのであった。
―――あれは?
かくして、一人夜の闇に四苦八苦しながら嘆きの間の近くまでやってきた私は、その前に誰かがいる気配を感じ近くの建物の影に身を隠した。
もしかしたら、その人影はは私を待ち構えていた自体なき影かもしれないし、警戒をして損はないと判断したのだ。
だが、どうやら雰囲気が違う。
「―――して、貴様がここにいるっ!?」
「それは私のセリフかと思いますが?」
人気がない街に響く大きな男の声と静かな女の声。
わざわざ私を面白いものを見せると誘い出したのに、私を待たずして勝手に始まっていた会話は、私を待ち構えていたという感はない。
だが、影が告げた『面白いもの』というのがこの二人という可能性はあるか。
しかして、今はその問いに答えてくれる者は存在しないし、申し訳ないとは思ったが、とりあえず私は二人の会話に耳を傾けることにした。(盗み聞きなど趣味ではないんだが)
そして、建物の影から嘆きの間の前で何やら言い争っている男女の姿を確認して、私は驚くこととなる。それは
―――白き神・・・と、天使?
罪人の巡礼地で別れて以来、見かけることのなかった白き神が、いつの間にか晴れた月夜の光の中に浮かび上がっていた。
そして、天使の方は私に背を向けていて顔までは確認できないが、立ち姿から男だろうということは分かったし、赤い翼が背中から生えている天使であることは間違いないだろう。
だが、天使がどうしてこんな場所に?
まさか、白き神を奪い返しに来たのかとも思ったが、たった一人で敵の本拠地まで乗り込んではこないだろう。
それに、どうも二人の雰囲気はそれとは違っている。
「俺がここにいるのは無論、あの方のためっ。」
言い方もその威勢も、どうしたって崇め奉る女神様に対するものじゃない。
「貴方がここにきて何ができるというのです?それに彼はそれを知っているの?」
白き神も何やら私の目の前にいた時とは趣を異なっている。
「ただ、エンシッダに利用されているだけではなくて?」
「それはあんたこそっ!!」
明らかに冷静な会話が成立しておらず、私にはとりあえず何か言い争っているくらいしか分からない。
「まあ、そんなことはこの際どうでもいいことです。」
白き神が大きく息を吐いた。
「それより、その女は何なんです?」
―――女?
そう言われて初めて気がついたが、どうやら二人だけではなかったらしい、隠れた状態のまま難しい体制で目を凝らすと天使の足もとに何やらもぞもぞと動く人影を発見。(蹲っていたので気付かなかった)
「わざわざ、エンシッダに隠れてあんたが俺をここに呼んだのは、それか?」
「そうです。どうしてその女が・・・ハクアリティスが生きているのですか?」
姿ははっきり見えないが、どうやら天使の足もとにいるのはハクアリティスらしい。
そういえばアラシとも話したがその姿をとんと見なかった・・・ずっとあの天使と一緒にいたのか?
じゃあ、天使もずっと銀月の都にいた?
その目的は?エンシッダはそれを知っている?
そして、何より白き神の言葉、ハクアリティスが生きていて、何か問題がある?
何もかもが分からず、整理しきれない情報が頭の中でこんがらがる。
「気になるか?何しろエヴァンシェッド様が唯一愛した女だ。まあ、彼に心を寄せているあんたからすれば、ハクアリティスは脅威のほか何物でもないな。」
天使の声に優越感が滲み、彼の足もとにひれ伏しているハクアリティスらしき物影が反応したのが分かった。
「まさか、このようなハクアリティスの偽物など脅威などではありませぬ。私が言っているのはそういうことではなく、こんな存在をどうやって造りだ―――」
天使の言葉に何やら口早に言い返す白き神。
しかし、何やら重要な事をいようとしてた矢先にそれは遮られることとなる。
「偽物なんかじゃないっ!!!」
それまで沈黙を守っていたハクアリティスが甲高い声で叫んだのだ。(突如の大きな音は天使たちだけでなく、私までビビらせた)
「私はエヴァンシェッド様の妻!天使の花嫁っ!!!!」
それはあの始まりの夜、同じ言葉を告げたハクアリティスを助けた時に聞いたあの澄んだ歌うような声ではなく、どこから出たのか分からない細く、だがドロドロとした感情が滲み出た声。
「私こそ、私だけがエヴァンシェッド様の―――」
繰り返される壊れた機械のような言葉は永遠に続くのかと思ったが、それは何やら鈍い音と共に呆気なくぷつりと消えた。
「失礼。まだ調整が完全ではないのでな。」
月光が降り注ぐ中で、天使がハクアリティスを気絶させたのが彼女がばさりと地面に崩れ落ちたことで分かった。
女性相手に手荒な気がしたが、狂ったように動揺していたハクアリティスを黙らせるにはそれくらいしないといけなかったのかもしれない。(私は恐れ多くてできないが)
「貴方がハクアリティスと同じ名前のエンディミアンを花嫁として傍に置いているという話は噂で聞いていました。でも、彼女が・・・神と契約せし天使は知っているのですか?」
肝心なところを濁す白き神。その様は、まるで口にするだけでおぞましいとでも言いたげだ。
ハクアリティスが何だというんだ?
後ろ姿しか見えない目の前の天使こそがハクアリティスの伴侶?
では、彼女は万象の天使の妻ではないから、ハクアリティスに対して万象の天使は関心がなかったということか?
疑問は後から後から湧いてくる。
しかし、声に出せない私の問いではなく、天使が答えるのは白き神への問いだけ。
「知らない。これはエヴァンシェッド様のために俺が独断でしていることだ。美しいあの方を悪魔の束縛から解放するためには、全ての始まりであるあの場所に行かなければならぬ。そのためのこの女であり、それこそが俺がここにいる意味。」
―――『悪魔の束縛』に『全ての始まりの場所』、それに『万象の天使』のため?
一向につかめない二人の会話に、『悪魔』という、聞きたくない私だが私でないその存在の名前。
「そして、更に言えばそのために神の子たちが必要だったと?」
だが、白き神は天使の言葉を全て理解しているらしい、そして、彼女の次の言葉が私を更に混乱と不快の中に陥れるのだ。
「貴方がエンシッダから何を聞いたかは存じません。ですが、エヴァンシェッドと悪魔を切り離すことなど不可能などだと知りなさい。」
―――エヴァンシェッドと悪魔
千年前、万象の天使エヴァンシェッドの翼を切り落とした私の前世だという悪魔ヴォルツィッタ。
そして、その翼を万象の天使の元に返した悪魔の転生した姿だという私。
確かにこの事実、ただの偶然だと切り捨てるには何やら運命じみているような気はしていた。
実体なき影が告げた『面白いもの』とは、私にこの話を聞かせたかったということか?
だが、そう思う反面、やはり私は私、悪魔は悪魔だという思いが強い以上、その考えに素直に頷けていない私がいる。
私という存在が無視され続け、ただ悪魔という存在ばかりが先行している現状から、目をそらし背中を向けて逃げ出したいと思っている自分がいる。
そして、私は何が面白い話のものか、これ以上は話を聞きたくないと、一歩嘆きの間から離れようとした。
だが、影は私を逃がそうとはしてくれないようだ。
『逃げても無駄だ。奴はお前をどこまででも追ってくる。』
足もとに先と同じように現われた赤い文字を思わず踏みつぶす。
白き神たちがいなければ、いっそ大声を出していたかもしれない。
しかし、強く握りしめられた私の手にひんやりとした手が触れた瞬間に、驚愕にそんな感情が吹っ飛ぶ。
突然のことに声はかろうじて出さなかったが、これでもかというくらい息を吸い込んだ。
そして、何だとばかりに私の手に触れた人物を見て更に目を見開くこととなる。
―――ヴィ・ヴィスターチャ?
そこには先日、エンシッダと共に出会った目を見張る美少女がいた。
エヴァ:ではでは、ヒロちゃんに続く次なる登場人物は・・・絶世の天使族の長・エヴァンシェッド!!
エヴァンシェッド:どうもはじめまして(にっこりと爽やかな笑顔で登場)
エヴァ:さすが絶世の美男子と名高い僕の分身!ヒロちゃんとは存在感が違うね
エヴァンシェッド:うーん、まあその辺はノーコメントで(笑)
エヴァ:何で?
エヴァンシェッド:ん?だってそれを肯定しちゃったらヒロが可哀想だし、なんか自分で自分を褒めてるのってナルシストっぽいだろ?
エヴァ:(可哀想だと言っている時点で、十分肯定していることになる気がするんだけど)えっと、じゃあとりあえず、質問始めさせてもらっていいかな?
エヴァンシェッド:もちろん(にっこり)
かくして、次回より万象の天使エヴァンシェッドへの質問が始まります。