第99話 私が貴方を許しましょう 6
―――ここ最近、何故だか夜の闇がとても心地よく感じる
私は一人、スノウの誕生会から与えられた自室へ帰ろうとしていた。
既に日はとっぷりと暮れ、今日は厚い雲の覆う曇天のために夜の闇はより一層の深みを増し、銀月の都は所々に点在している僅かな街灯の明かりだけが頼りの闇に支配されている。
本来なら夜も街を煌煌と明るくすることも可能らしいのだが、それを目印とし天使に標的にされては大変なので夜は最低限の明かりしか点けないことになっている。
故にこうして月明かりの届かない夜は誰もが部屋に籠り、たくさんの人間たちがひしめいているはずの街が死んだように静まり返り、さながら不浄の大地に点在するゴーストタウンのようになる。
―――まるで世界に一人、自分が残されたような、そんな錯覚が今はとても心地いい
だが、本来であれば私は元々、そんな孤独を愛するような人間じゃない。
夜の闇に包まれ、誰の気配も感じない孤独など大の大人が言うことではないが、好きになれるはずもない。
むしろそれに対して恐怖すら感じる私は、きっとただの臆病者だ。
なのに、今の私は孤独や恐怖すら感じずに、夜の孤独に恐怖に心地よさすら感じている。
―――それは私が変わったからなのだろうか?
過るここ最近の自分の身に降りかかったありえない出来事の数々。
それを思い出して、私は体の奥から何か恐ろしいものが波打つような動揺を覚える。
考えても分からない、考えるだけで恐ろしい・・・きっと、いつか私が私でなくなるような、私とは違う存在がいつしか私自身をも飲み込んでいってしまうような、そんな恐ろしい想像が私の中に浮き上がっては消えてゆく。
変わりゆく自分が、それを感じずにはいられない状況が恐ろしくてたまらない。
―――やめよう。悪魔の力を使うことを決めたのは、私自身なのだから
しかして、私は湧き上がる動揺に心の中で首を横に振り、それが逃げだと分かっていても、諦めに似た言い訳を繰り返して頭の中を切り換える。
スノウの誕生会はつつがなく、その場にいた誰もが良いものだったと思える形で終了した。
私も久々に変な緊張をせずに話したこともない神の子たちとも色々な交流が持て、純粋にあの場にいれることを楽しめた。
パーティまでは一緒だったケルヴェロッカはそのまま宿舎に残り、シラユリははしゃぎ疲れたのか途中で眠ってしまい、私より一足先に父親のアオイが連れ帰っている。(ちなみに私は言われてもいないのに、後片付けまで手伝ってきてしまった)
―――とりあえずはシラユリの態度っていうよりは、嘆きの間から感じた視線だな
無論、シラユリの態度も気になるところだが、私にそれを問いただす度胸がない以上、確かめる術はないのだし、むしろその原因が嘆きの間にあると推測すれば、それを突き止めれば自ずと分かることなのかもしれない。
しかして、嘆きの間に行った時の事を何度思い出しても、私たち以外のは嘆きの間の中に誰もいなかった。
―――にもかかわらず、感じた強い視線
それこそが私の勘違いという可能性も無きにしも非ずだが(最近、疲れてるしな)、楽しいパーティーが終わってもなおあの時に感じた妙な視線の感覚を私は忘れられない。
ケルヴェロッカやシラユリは視線は感じていないようだったし、もし本当にあの視線が本物だったとしたらそれは私一人に向けられたものということになる。
まあ、何一つはっきりしない現状では考えたところで何も始まらないのだが、今は嘆きの間まで出向いて何かを探しに行こうなどという気は起きない。
だって、こんな真夜中に、あんなうすら寂しい嘆きの間にどうしてわざわざ一人で行かなくてはいけないんだ?
・・・怖いわけじゃない、うん、決して怖いわけではないのだが、パーティもあって疲れたし、『今』は行く気がしないのだ。
―――明日、『昼間』にでも行くか
しかして、誰がいるわけでもないのに私は一人そう頷いた瞬間に、静まり返った夜の銀月の都に強い突風が吹きぬける。
巻きあがる小さな石などが顔に当たる感じがして、私は咄嗟に瞼をつむった。
いきなりの強い風に驚きながらも一瞬で収まった風に、私はゆっくりと目を開ける。
僅かに下に向いていた視線は、私の前方の地面を映す。
そうして同時に厚い雲に覆われていたはずの月が風で消え去ったのか、月の光によってできた誰かの長い影が私の視界に映った。
「―――誰だ?」
すぐに雲が月を覆ったのか影は消えた。
だが、影はあったのだからそこには当然、影の主がいるはずなのだからと私は視線を上げ、その人物を見つけようとした。なのに・・・
「いない?」
影の主どころか私の目の前には何一つ存在せず、あるのはゴーストタウンの如く静まり返った銀月の都と恐ろしいまでの夜の闇だけで、先までと違う様子は何一つない。
しかし、変化ない銀月の都と夜の暗闇の中から、突如として強いものを秘めた視線が私を貫いた。
「っ!!」
何処からそれを私を貫いたのか分からず突然のことにあたりを見回すが、どこを見てもその視線の大本は存在しない。
それもその視線は嘆きの間で感じた正体不明の視線と同じだと私の第六感が告げている。
私は腰にぶら下げている黒の剣に音もなく静かに手をかけた。
「・・・」
だが、どんなに待っても視線の正体は現れず、それどころかこちらがその正体を見定めようと暗闇に目を凝らしてみてもそれらしい存在は見当たらない・・・が、視線は依然感じ続けている。
―――ひょっとして幽霊とか?
自慢ではないがオカルトとか幽霊などが苦手な私は、うすら寒いものを背中に感じつつ黒の剣を持つ手にジワリと汗をかく。
そして、そんな状態でしばし時がとまった。(はたから見れば、私一人で何をしているんだといった感じだろう)
しかして、再び厚い雲が流れ覆っていた月の光が僅かに漏れた瞬間に私は見ることになるのだ。
「・・・誰だ?」
私から10メートルといった遠くも近くもない距離のあたり、真正面に一つの人間の影が長く伸びていた。
しかし、月の光がなくなった瞬間に影は闇の中にまぎれ、されとてそこにあるはずの影の本体は掻き消えた。
いや、掻き消えたわけではなく、それは予め私の瞳には映っていなかった?
やはり、先ほど見たのは錯覚なのではなかった。
―――影はそこにあり続けていた、私の瞳には映らかなっただけで
突然のことに驚き周囲に意識を飛ばしていた時とは違い、今見えた影の辺りに意識を集中させればそこに確かに何者がいる気配を感じることができた。
実体なき『影』、視線の正体は間違いなくそれだ。
私はそれさえ捕えることができたなら、それからもう少し距離をとり油断なく意識を集中させる。
ただでさえ、視線から感じる気配からどうにも気が抜けなさそうな相手なのだ。
更に姿が見えないとくれば、それから一瞬たりとも意識を離すことなどできない。
見失ったら最後、恐らく月光が再び降り注がない限り『影』を見つけることは不可能なのだから。
大体、この『影』は何なのだ?
本当に嘆きの間にいたものと同じなのか?
姿が見えないこの都の住人は、ずっとこの場所にいたものか?
それとも・・・
考え出せばきりがないほどの疑問がわいてくる。
しかして、それは『影』の出してきた新たなる展開により、私の頭の中から一気に消える。
『面白いものを見せてやろう』
それは音として紡がれた声ではなく、石造りの床に書かれた赤い文字によって紡がれた言葉。
血のような赤色で突如として現われたその文字は、どうやら『影』からの私へのメッセージ。
『嘆きの間に来い』
ヒロ:それで?後は何だ?
エヴァ:何かもうなげやりだね、ヒロちゃん
ヒロ:私なんて対して内容がないんだろ?さっさと終わらせよう
エヴァ:(あーあー、もう大人のくせにすぐ拗ねるんだから)えっと、じゃあ、後は・・・好みの異性のタイプは?
ヒロ:押しの強くない人
エヴァ:ははっ、何かすごく具体的だね―――って、どこ行くのヒロちゃん!?(何処かに出ていこうとするヒロの腕を慌ててとる)
ヒロ:もう、話は終わりだろ?次が詰まってるんだから、私はさっさと退場する
エヴァ:え〜?
ヒロ:お前もちゃんと仕事しろよ?じゃあな
エヴァ:(こりゃ、完全に臍をまげちゃったなぁ。こうなったらヒロちゃん、頑固だし、大人しく引き下がっとくか)わかった!じゃあねぇ〜!
ヒロ:・・・(あっさり引き下がられると、それはそれで物足りない)
しかして、自分で言い出した以上、エヴァに何も言えずヒロは退場していくのであった(笑)さて、次からは他のキャラクターが登場します!