第96話 私が貴方を許しましょう 3
「嘆きの間?」
シラユリが告げた探検したいというのは、私が知らない場所だった。
だが、その名前の意味を考えただけでいわくありげな場所なのは見当がついたし、私以外の面々が顔色を変えたので、その予感はより一層強くなった。
「シラユリちゃん、まさかアイツらのことまだ気にしているの?」
イフリータの宥める声に無言で首を振るシラユリは、皆が顔色を変えたことで無邪気な笑顔が何かに脅えるようなものに一転している。
その代わり様はまるで、それまでの彼女が全て幻かはたまた演技だったような気さえ私にさせる。
だが、そんな彼女に大人たちは追及の手を緩めない。
「そうだ。それに後はお前の父親に一任されたことだ。今更、現場を調べたって――」
それはシラユリを追いつめ、彼女の幼い瞳には涙が見る見るうちに溜まっていく。
それを察して、ティアがシラユリを庇うようにキャンキャンと吠え出した。
「ちょっとっ、キシン!そんな言い方はないでしょ?」
そんな様子はまるで子を守る母親のようだが、キシンのほうはどこ吹く風で何を考えているか分からないような表情のまま、ティアの言ったことなど微塵も気に留めていない様子だ。
「ケルヴェロッカ、私には一向に話が見えてこんのだが」
しかして、このまま状況を静観して見守るという方法もあるのだろうが、それも何だか居心地が悪くて私は隣にいたケルヴェロッカに会話の僅かな沈黙を狙って話しかけた。
「へ?あ・ああ・・そうか、おっさんはずっと牢獄やら研究所やらに籠ってたもんなぁ。あの事件のこともしらね―か。実は――」
「ケルヴェロッカもっ!今更、済んだことを蒸し返すようなことをしないで。」
だが、『事件』とやらのことについてケルヴェロッカが話そうとしたところをティアによって遮られる。
生意気なケルヴェロッカもティアにはどうも弱いようで、冗談抜きで強い口調の彼女に気まずそうに顔を顰めた。
どうやら、ケルヴェロッカが話そうとしてティアが止めたその『事件』にシラユリが関わっていて、シラユリはそれについて心を痛めていて、ティアはそれから彼女を守ろうとしているのだろうが、
「シラユリはそうは思っていないようだが?」
この子の表情を見れば、そんなことはすぐにでも分かりそうなものだ。
先ほどまでの輝かんばかりの笑顔は何処にも見当たらず、ただ涙を今にも零しそうな表情のままギュッと何かを耐えている。
きっと、今の彼女の表情こそが彼女の心を反映しているのだろうが、シラユリはそれを隠して演技をしていたのだろう。
子供だと侮っていた部分もあるのだろうが、私もすっかり騙されていた。
しかして、そんな演技をしてまでシラユリはその事件とやらについて、まだ何か求めているからこそ、その『事件』の現場である嘆きの間に行きたいというのだろう。
だからこそ、大人顔負けに無邪気な子供の演技をして私たちを探検に誘った。(まあ、演技は大人顔負けでも、どこに行くのかと問われて大人にその意図を察せられるような答えをする辺りはまだまだ甘いとしか言いようがないが)
―――だが、一つ腑に落ちないのは、どうしてわざわざ私やケルヴェロッカを伴おうとしたのかということ
別に一人で隠れていくこともできただろうに、こうして止められる危険性を犯してまでシラユリは私たちを探検へと誘ったのだ。
そこに行くのに大人の付き添いが必要なのか?
だから、何も知らなそうな私を誘った?
そう考えれば確かに辻褄事態は合う。
だが、彼女のこわばった表情を見る限り、ただ、それだけだとは思えないのは私の気にしすぎなのか?
「シラユリはその『事件』とやらが蒸し返すこともない、些細な過去だとは思っていない。それくらいティアだって分かっているだろう?だったら、少しくらい付き合ってやっても」
シラユリが私の言葉にはっとして顔を上げる。
「馬鹿言わないで。シラユリはすごい傷ついているのよ?もう、あの事は忘れた方がこの子のためよ。」
だから、その『事件』の内容が分からないんではシラユリが何に傷ついているのかも、ティアが何からシラユリを守ろうとしているのかも分からない。(まあ、今はそんなことを言っていい雰囲気じゃないんだが)
それでは何を言い返していいやら、私も途方にくれるところのなのだが、とりあえずは私の知りうる少ない情報で思いついた、思ったことを伝えるしかできない。
「だが、それはティアのエゴだろう?」
「な―――」
言った瞬間にティアだけじゃない、その場にいた全員の空気が凍ったのを感じた。
そんな衝撃的な言葉を云った自覚はなかったので、私は不思議に思ったが言った言葉は取り消せはしない私は言葉を続けた。
「確かに忘れてしまえば、それはそれでシラユリは楽かもしれない。だが、少なくともシラユリはそれを拒否している。だからこそ、その『事件』の現場に行きたいんだ。それを止める権利はティアにはないだろう?」
「で・・も」
ティアは強く動揺しているようで、先ほどまでの強い口調が一転して言葉が途切れる。
私はそれに乗じて畳みかけた。
「シラユリは子供だが自分で考える頭は持っている。大人だろうが、子供だろうが自分のことは自分で決めるさ・・・なあ?」
そうして、大人たちがぎゃあぎゃあと喚いていた中で一人小さくなっていたシラユリが、私の促しにやっと一歩足を踏み出す。
「ティア・・ごめんね?」
「シラユリ」
「でも、私、ちゃんと確かめたい。」
そう告げる言葉は子供のたどたどしい声で、でも、シラユリの表情には確固とした決意が宿っていた。
子供、子供と言っても、子供だっていろいろ考えている。
大人が子供のためと先回りして様々な障害物を取り除いてやろうとしても、結局のことろ彼らはそれに気がつき自分からそれに立ち向かおうとするのだ。
―――だって、それがきっと成長するということだから
そして、成長しようという子供に対して、大人がまだ早いとそれを遮ることはティアに言ったようにエゴでしかないのだと私は思っている。
まあ、子供が子供のままでいたいというのであれば、それを甘受しようというのであれば、それはそれでいいと思うのだが、件にかんしてシラユリは成長したいと自分で選択をしたのだから。
「・・・なら、勝手にしなさい。」
しかして、それをティアに折れる形になったのだろうか。
冷たく硬い声の後、彼女はそれ以上何も云わずに去っていく。
如実に残る、誰がどうみても後味の悪い幕切れに、重苦しい沈黙が落ちる。
それを断ち切るかのように、微苦笑を浮かべたイフリータが軽口を叩いた。
「ワリィな、三人とも探検に水差すようなことを、内の姫さんがしちまってよ。」
『姫さん』というのは、おそらく彼らの中で紅一点のティアのことなのだろう。
私はそれに首を横に振った。
「いや、私は別にいいんだ。というか、むしろ私が言った言葉でティアの様子がおかしくなった方が気になるんだが。」
少しばかり冷静さを欠いてシラユリを守ろうとしていたティアだったが、私がそれはエゴだと指摘してからの彼女は一層に様子が可笑しかった。
「ああ、それね」
私はただ自分の思ったことを言ったただけだったが、それでティアを傷つけたというのなら、自分の言ったことを訂正するつもりはないが、元来気が弱い私には罪悪感というか後味の悪さがやはり残る。
「ヒロが気にすることじゃない。」
イフリータに代わって告げたのはキシン。
「アイツはまだ忘れられないだけだ。それとシラユリを混同しているにすぎない。」
「忘れられない?」
それだけ言われても何が何だか分かるはずもない。だが、
「まあ、それ以上は聞かないでおいて?女の過去を詮索するような男は好かれねーぞ?」
とイフリータにさりげなく牽制されてしまえば、追及することは躊躇われる。
「じゃ、俺達は報告の業務がまだ残ってるから。」
「嘆きの間にはもう何もないが、まあ気をつけて探検をしてきてくれ。」
そして、そう言い残して彼らはティアの後を追って私たちの前から姿を消し、後には不完全燃焼な私と、涙目のシラユリと、そして、置いて行かれたように呆然とするケルヴェロッカが残ったのであった。
いつもはここに短いながら作者のどうでもいい後書きを載せているのですが、これから連載一年&100話目前を記念いたしまして、登場人物たちの自己紹介(?)みたいなものを次回から載せていきたいと思います。大したものではないのですが、ここまでお付き合いいただいている皆様に楽しんでいただければ幸いです。
記念すべき第一回目はもちろん主人公ヒロ。ちなみに一人では間が持たないのでプレゼンターとしてある人物を予定しております。本編とは違ってかなり崩れたキャラ達がお目見えするよていなので、本編のイメージを崩されたくない方は読まれない方がいいかもしれません(笑)