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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第四部 罪深きは愛深き絶望
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第93話 世界は偽りに彩られ 5

―――エヴァンシェッドに用事?


 天空騎士団アイッシュグランドの副師団長とはいえ、エヴァンシェッドとはあまり係わりがなかったはずのエンリッヒのその申し出は、非常に違和感を感じさせ俺はそれをそのまま彼に伝えようと思った。

 だが、それは重々しい扉が開く音と、そこから出てきたエヴァンシェッドによって遮られ、

「やあ、来たね。エンリッヒ。」

 そして、その後ろから思わぬ人物が出てきたことにより、俺の思考は完全にエンリッヒから離れた。

「マル―?」

 見間違えるはずもない。

 分厚い鉄仮面に頭全体を覆われた異様な姿をしているのは、未来を見ることができる予言者マル―。

 神の霊安室ティストーラの中にいたときには彼女がいることに気がつかなかったが、俺は部屋を出てからずっとこの扉の前にいたし、部屋に通じる扉は目の前にあるもの一つだ。

 よってそこから導き出される答えは一つ、マル―は俺が訪れるより先にあの部屋にいたということ。

「どうもお久しぶり、シェルシドラ。」

 にも関わらず、さも俺のいたことなど知らなかったように涼しく挨拶をする女に若干カチンとくる。

 だけど、今はそれよりエヴァンシェッドに聞きたいことがある。

「エヴァンシェッド、お前がエンリッヒを呼んだのか?」

 自分で出したのに驚くくらい戸惑った声。

 それはまるでエンリッヒが来るのを分かっていたといわんばかりの言葉とタイミングもさることながら、さっきまで神の霊安室(ティストーラでエヴァンシェッドから感じた焦燥感しょうそうかんのようなものがなくなり、いつもどおり天使の長として表情一つも変わらない彼がいたから。


―――マル―との間に何かあったのか?


 この最悪の状況下でエヴァンシェッドが自分を取り戻してくれたこと、それはもちろん俺としては嬉しい限りであるが、その理由が見えないことと、そして何より結局彼に何一つしてやれなかった自分の不甲斐なさが心に影を落とす。

 だけど、そんな感傷に浸っている暇はなく、エヴァンシェッドが俺の問いに答えてくれることにより話は話は進んでいく。

「いや、呼んだ覚えない。ただ『分かっていた』だけだ。」

 そう言ってマル―にちらりと視線を向けるところを見ると、彼女の未来を見る力によりエンリッヒがここに来ることをあらかじめ知ったということらしい。

 しかし、エヴァンシェッドはエンリッヒを待っていたと言ったのだ。

 ならば、エンリッヒが持ってきた『用事』とやらがエヴァンシェッドにとって、何かしらの意味を持っているということだろう。

 俺はそれを見極めるべく、次に続くエヴァンシェッドなりエンリッヒの話に耳を傾けようとしたのだが、それを遮る野太い男の声。(あ、そういやコイツがいたの忘れてた)


「おい、貴様、この状況をどうするつもりだ?」


 それはエヴァンシェッドを親の仇でも見るように彼を見下ろすジグラッド。

 そして、その後ろには天使の長に対する兄の不遜ふそんな態度にアタフタと目を回しているヴェルトラス。(本当にコントのような兄弟だよなぁ)

 だが、いつもの冷静さを取り戻しているエヴァンシェッドは、俺のようにジグラッドに対して目を吊り上げるようなことはなく、にこやかに彼を見やる。

「ジグラッド、相変わらず御挨拶だね。弟君が可哀想なくらい青ざめているよ?ダメなお兄さんだ。」

「ふん・・・そんなことより俺の質問に――」

 煙を巻くようなエヴァンシェッドの言葉に俺との争い後の怒りが残っていたのか、あっという間にカッとなるジグラッド。

「分かっているよ。だから、私はその話をするためにエンリッヒに会いに来た。」

 だけど、それとは打って変わって静かだが、何者にも屈さない強さをもった声でエヴァンシェッドは薄暗い廊下の空気を完全に支配した。(一人称が『私』になっていることから、彼が完全に『天使長モード』に入っていることが分かる)

 ジグラッドはその壮絶な強さと冷たさ、そして美しさを秘めた紫の瞳に魅入られたようにその場で固まる。

 そして、薄暗い廊下で立ったまま会話を続ける俺たちの視線は一斉に会話の中心たるエンリッヒに向かった。


「へ・・・わいでっか?」


 しかして、状況についていけていないエンリッヒ一人が、その場の緊張感にそぐわぬ歪んだ笑みで首をかしげたのが俺には酷く滑稽に見えた。

「そうだ、エンリッヒ。マル―の予言によれば、君が告げる言葉がこれからの天使たちの未来を開く鍵になるらしい。さあ、君の用事とやらを早く聞かせてはもらいえないか?」

 戸惑うエンリッヒに対して、その表情や態度は柔和なものだが雰囲気がどうしても有無を言わせないものになるエヴァンシェッド。


―――それにしてもエンリッヒの告げる言葉が天使の未来を開く鍵・・・だって?


「ま・まさかっ!わいはただちょっと気になることがあったさかい、エヴァンシェッド様にそれを言いにきただけでっせ?!そんな天使の未来なんて大それたことは何一つありまへんっ!!」

 しかして、俺の感じた戸惑いはそのままエンリッヒの戸惑いだったらしく、エヴァンシェッドに対してぶんぶんと手と首を振る。

 それはさっきエヴァンシェッドに用があると言っていた時の表情とは全く違う。

「それは聞いた私が判断する。ともかく、君は言いたいことがあって私の所に来たんだろう?その話をするんだ。」

 だが、その戸惑いを知ってなおもエヴァンシェッドの強い物言いは変わらない。

 それはこの状況に対する焦りか、それともマル―の予言に対する絶対的な自信か分からない。(俺はあまり予言というものを信じていないけどな)

「・・・わかりましたわ。」

 エヴァンシェッドの強い言葉と耐え難い雰囲気に押されたエンリッヒは観念したような絞り出した声を出すも、念を押すことを忘れない。

「ただ言っときますけど、本当に皆さんに聞いてもらうような話じゃないんでっせ?ただ、わいが気になったことを確かめとうて、エヴァンシェッド様に聞きたかった話なんでっから。」

 そして、エヴァンシェッドにマル―、ジグラッド、ヴェルトラス、そして俺の視線が一斉に集まった中エンリッヒは話し出したのだ。


「実は『ハクアリティス』様のことなんです。」


「ハクアリティス・・・だと?」

 聞いたエヴァンシェッドも戸惑いを現さずにいられない様子。

「はい。」

「それはラインディルトのところのエンディミアンのことだな?」

 だから、確かめるように矢継ぎ早に問う。

 何故なら『ハクアリティス』という人物が、俺たちの身近に思い当たるのに2人ほどいたから。

 そして、その人物とはエヴァンシェッドが問うた人物と、サンタマリアの妹でエヴァンシェッドの妻だった天使のこと。

 かくして後者について『だった』というのは、その彼女が千年前の戦いで命を落としているからで、その事からも彼女がエンリッヒの話に上っている『ハクアリティス』とは考えにくかった。(そもそもそっちのハクアリティスにエンリッヒはあったこともないはずだしな)

 だから、エヴァンシェッドも『ハクアリティス』と聞いただけで、とりあえずラインディルトの囲っていたエンディミアンのことを聞いたのだ。

 そして、更に驚くことにその『ハクアリティス』は何百年か前にラインディルトが身辺に置くようになった名前も姿も『ハクアリティス』と非常によく似ていて、その違いはただ天使かエンディミアンかどうかだけ。

 初めて見たときは驚いたものだが、何百年も生きていれば似ている人物などいるだろうしと自分たちを納得させて、俺たちはさして彼女のことを気にした覚えはなかった。


―――それがどうして?


「そうです。だけど、それが妙なんですわ。彼女がエンディミアンの間なんかで『天使の花嫁』なんて言われているのは知っとったんですが、それはあくまで『ラインディルト様の』でっしゃろ?せやけど黒の雷オルヴァラの中ではそれが違っとったんです。」

「違う?」

「そうです。何故だか黒の雷オルヴァラの人間たちは皆ハクアリティス様を『エヴァンシェッド様の』花嫁だと思い込んでおりましたし、それにハクアリティス様自身もそのようなことを言っておりましたんや。」

 それは初耳で、そして、それ以上に冗談にしてはたちの悪いものだった。

「何を馬鹿な・・・ハクアリティスは千年前に死んだのだぞ?それに姿は似ていてもあのハクアリティスは天使ではない。」

 エンリッヒの言葉に俺だけでない、ジグラッドも混乱しているようだった。

 その言葉通りハクアリティスは確かに俺たちの前で死んだし、その死体はつい先日も灰色の花園の中にある棺の中で眠っていた。

 そして、先日の戦いにおいて完全に消滅した。


―――何故なら彼女の死体はあの場所を離れることができなかったから


 その理由を考えれば、エンリッヒがもたらした話は本当に最悪の冗談だ。

 エンリッヒもそれはもちろん分かっていて、むきになって言葉を続ける。

「それはわいも分かっておりますっ!だから、気になることだといっとるんです。確かにあれは天使のハクアリティス様であるはずがないんです!でも、そのハクアリティス様をエヴァンシェッド様の花嫁にする・・・その意味がわいには分からなくてっ!だから、それを聞きにきたんですわ!!」

 なるほど、意味があるとは思えないが確かに気になる話だ。

「それにっ・・・!」

 勢いよくでた言葉は一瞬止まり、そしてエンリッヒの表情が僅かに何かに戸惑ったようなものに歪むが、それでも言葉は続く。


「エンシッダはハクアリティス様をヒロさんの代わりにするみたいなことを言っとったんをわいは聞いたんです!」


 その言葉にどんな意味があるのか俺には到底分からないし、エンリッヒの方もそれは理解していないようだった。

 だって、ハクアリティスとヒロという名の黒の一族にどんな繋がりがあったところで、正直俺達天使に大きな関係あがあるとは思えなかった。

 ただ、エンシッダ・・・あの男が関係しているというところが、エンリッヒにしても俺にしても何か不安を掻き立てる。

 しかし、エヴァンシェッドの方は明確な何かをそれで感じたようだった。

「ヒロの代わりだと?」

 彼の纏う空気ががらりと変化したのを俺だけじゃない、廊下に集った者たち全てがそれを感じているようでヴェルトラスなど怯えて顔を強張らせている。

「それで奴は、エンシッダは他に何か言っていなかったか?」

「は・はいっ!えっと、わいも黒の雷オルヴァラで偶々立ち聞きをしただけなんで詳しい話はよう知りまへんのですが」

 そういえばサンタマリアの孫であるエンリッヒは祖母のために、サンタマリアと同じくエンシッダたちの計画であった人間どもの暴動に利用され黒の雷オルヴァラとも接触を持っていたんだな。

「『エヴァ』に刺された楔が全ての鍵で、それはヒロさんなんですが、それにハクアリティス様だけがなり替わる可能性がある・・・みたいな?なんつーか、聞いていてもわけのわからん話だったんやけど・・・でも、何や重要な話のような気がしてならなかったんで・・・」

 だから、こうして態々エヴァンシェッドの所まで出向いてきたということなのだろう。(本来ならサンタマリアを通して上がってきてもいい話だが、今のサンタマリアにはそれもできないしな)


『・・・』


 しかして、そのエンリッヒの言葉を最後に重い沈黙が天近き城フェデス・ジグロアに落ちる。(ジグラッドなどは何か言いたげだったが、エヴァンシェッドの纏う空気がそれをさせなかった)

 しかして、その重い沈黙を破るのもまた我らが長。

「マル―、私は決めた。」

「はい。」

 そして、その言葉を待っていたかのように、静かだが何処となく喜色を湛えた声。

「私は獣の王に謁見を申し出る。」

 その言葉は俺だけじゃない、その場にいた天使たちにも、そして、天使の領域フィリアラディアスに生きる全ての天使にとって驚くべき言葉だった。

 何故ならエヴァンシェッドはここ千年間動かなかった楽園に変化を与えようとしているのだ。


『俺は『あの方』のために千年前から止まっていた時を動かしに行く・・・しばしの別れだ。息災にな、シェルシドラ。』


 衝撃を受けた脳は思考を停止していたが、それでもただラインディルトの別れの言葉だけがまるで壊れたレコードのように繰り返し頭の中で響いた。

 ラインディルト、お前はこの展開を望んでいたっていうのか?

天使サイドはこれにていったん終了です!(先が気になるところではありますが)

次回からは再びヒロ視点に物語を展開していく予定で、やっとこさ第四部の本題に入っていきます・・・が、しばらくは加筆修正をしていくつもりなので95話は少し先になるかもしれません。

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