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家族

2   家族


 その夜、僕はまだ木に繋がれたままであったが、お母さんがお父さんを伴って僕のところへやってきた。お父さんがまず吐いた言葉は、

「この犬かぁ? どこにでもいるただの柴犬じゃないか」

「そうなんだけど、保健所に連れて行かれて処分されるのも可愛そうだと思って・・・」

 そう! ただの柴犬で悪かったね! 好きで柴犬に生まれてきたわけじゃないわい! 僕は無性に腹が立った。

「3匹も4匹も一緒だから、飼っていいでしょう」

「お前さえ良ければ構わないよ、それで名前は何にしたの?」

「まだなの、貴方に決めてもらおうと思って」

「う~む、今日は8月25日か・・・August・・・そう、ガスにしよう」

 え? ガス? おなら(屁)じゃあるまいし、もっと格好良い名前はないの? 例えばヨンサマとかさ。

「そうね、良い名前だわね、アメリカ人の名前にもガスって人がいるしね」

 いとも簡単に名前を決められてしまった。この夫婦、かなり好い加減な人柄じゃないのかな? そう言えば後で聞いた話だが、白い子犬のジュンも六月に拾われたからジュンになったそうだ。それからチンチラ猫のメイは五月。それなら、1番、2番、3番・・・と付ければ良いんだよ・・・  ま、アメリカ人にもある名前なら我慢するとしようか。

 ともかく、良くも悪くも僕は「ガス」という名前を貰ってこの家の一員になった。そしてその夜から三晩は木に繋がれたまま眠る破目になってしまった。眠ると直ぐに、ノラのころ近くの雌の子犬と野原を駆け巡っている夢を見た。ああ、自由奔放のノラの時代が懐かしい・・・

 お母さんは心配らしく、時々僕のところへ来ては頭を撫ぜてくれた。食事も若夫婦のところのより美味しい食事を食べさせてくれる。ロンとジュンは同じ雄だからなかなか近寄っては来なかったが、ずっと年上だけど、雌のミーが近寄って来ては僕の顔をぺろりと舐めてくれた。

 毎日美味しい食事を貰って、野犬狩りの心配もしなくいい、一応家族も出来た。毎日朝夕、広い団地の中を散歩に連れて行ってくれる。若夫婦のアパートの前も通ってくれるので、たまには顔を見られるかもしれない。 ま、良いか。 三日も経つと、逃げようという気持ちはすっかり失せてしまった。そして、三日目の朝、お母さんが紐を外してくれた。家の芝生の庭は結構広くて走り回るには十分だった。僕はすっかり嬉しくなって庭中を走り回った。ミーは一緒にじゃれてくれたが、ロンは知らん顔、ジュンは仲間に入りたいような顔をしていたが、一緒には走ってはくれなかった。


 新しい家での生活が始まった。犬は全員広い庭で放し飼いだし、家の南側と小屋の南側の日当たりの良い場所に犬小屋が5つ作ってあった。ガラスで窓を作って、中から外を見ることのできる贅沢な小屋もあった。 別に指定された犬小屋ではなく、それぞれが好きなように入れるようになっていた。それでも誰も入らない小屋が一つは残る勘定になる。作ったお父さんに言わせると、一つ残るようにしておけば、皆が嫌いな小屋に入らずに済むと言うことらしい。

「お前たちは、5LDKの贅沢な庭に住んでいるんだぞ」

 とお父さんはうそぶいていた。そこまで快適かどうかはやや疑問は残るが、小屋の数が足りないよりは多い方が良いに決まっている。他所の家の鎖で繋がれたままの犬たちよりずっと幸せには違いない。散歩の途中でよく見かけるが、狭いところに繋がれたままの同胞を見ると可哀想でならない。冬の寒い時期はどうするんだろう。

 ともあれ、新しい生活は快適であった。犬の家族たちも一週間もしたら仲良くなってくれた。 ミーは優しくて、いつも一緒に遊んでくれた。 ロンは「ふん、若造めが」とうるさい爺さんだったが、意地悪をすることもなく、家族の一員として認めてくれた。ジュンも仲良くなって、一緒に戯れて遊ぶようになったが、「俺の方が年上だぞ」と思っているらしく、僕が下手に出ないとむっとした表情をする。

 散歩は毎日お父さんかお母さんが四匹の紐を引っ張って連れて行ってくれた。三十分から一時間の団地内の散歩であるが、僕らにとってはシッコを済ませたり、溜まったウンチをしたりする重要な散歩である。お父さんやお母さんが僕たちのウンチをビニールの袋に取って入れたり、下痢の時は小さなスコップで穴を掘って埋めてくれたりする姿を見ると、大変だなぁと感謝の気持ちでいっぱいになる。雨の日も風の日も僕たちはウンチをしなければならないので、必ず散歩には連れて行ってくれる。

 散歩ではいろんな犬たちと出会えるので、4匹とも毎日これを楽しみにしている。他の犬に会えない日でも、草むらに残ったシッコの匂いを嗅いで、「あ、これはあのタマちゃんの匂いだ」と嗅ぎ分ける楽しさがある。 ジュンなんかお母さんが紐を持って家から出てくると、飛び跳ねて喜んでいた。僕も嬉しくて思わず大きな声で吠え立て、「うるさい!」とお母さんに叱られたりもした。

 今日もお母さんが4匹の紐を持って団地の中の遊歩道を散歩した。僕たち雄犬は雌犬を見かけると尻尾を振って近づいていったが、ミーは雄犬と会うと恐いのか僕たちの後ろに隠れたりする。お母さんは犬を連れて散歩する人たちとは顔見知りが多いらしく、立ち止まってしばらくは世間話に花を咲かせる。その間、僕たちは相手の犬たちとお互いに匂いを嗅ぎ合って友情を確かめる。でも、中には嫌な奴もいて、この場合は吠えあうことになってしまう。するとお母さんから頭をパチンと叩かれて、お母さんの世間話も終わりになる。

 ある日、人通りが少なくなったところで男の人に連れられた白い犬と行き違った。僕より少し体の大きい、獰猛な顔をした奴だった。僕たちが素知らぬ顔で通り過ぎようとしたその時、そいつが突然僕たちに吼えついて飛び掛ってきた。突然のことで紐が男の人の手から離れていた。

 相手は一番身体の小さいジュンをめがけて襲い掛かった。

「ジュンが危ない!」

 僕は何も考えずに相手に飛び掛っていた。見るとロンも飛び掛っていた。ミーはいつでも飛びかかれる体勢で相手を睨みつけている。1対3の大乱闘が始まった。このまま戦い続けたら、身体の大きい相手のほうが強かったかもしれない。しかし、僕たちも必死だった。僕にとっては生まれてはじめての経験だった。

「すみません! トラ止めろ!」

 男の人がお母さんに謝りながら、慌てて獰猛野郎の首根っこを押さえて、紐を引っ張って引き離してくれた。

「すみません、こいつ朝から気が立っていたものですから」

 男の人はもう一度お母さんに謝って、トラの頭を拳骨でごつんと殴ると、紐を引っ張って、離れていった。

 お母さんは急いで僕たちを連れて家に帰った。ジュンは耳を噛まれて少し血を流していた。僕も足を噛まれていたが大した傷ではなかった。ロンはどこも怪我がなかったようだ。さすが年寄り、年の功で怪我をしない喧嘩のやり方を身につけているのかもしれない。

 お母さんは家から薬を持ってくると、ジュンの手当てをしてくれた。僕とロンも一応身体を撫ぜて怪我がないかどうかをしらべてくれた。僕の怪我は手当てをするほどのことはなかったようだ。

「ガスも良く戦ったねぇ、偉いぞ!」

 と言いながら頭を撫ぜてくれた。うれしかった。

 僕はジュンの手当てをするお母さんを見ながら、戦いの様子を思い出していた。うちの雄犬は獰猛野郎よりは体は小さいながら、全員が一緒に必死に戦った。そこに理屈はなかった。そう、「家族」だからお互いを守ろうとして本能的に戦ったのだ。僕は嬉しかった。そうだ、僕には家族が居るんだ。勿論、僕たちを可愛がり、見守ってくれるお母さん、お父さんそしてお姉ちゃんたちも家族なんだ。僕は幸せな気持ちに包まれた。


 幸せな日々が過ぎるのは早い。あっという間に2週間が過ぎた。今日もお母さんが美味しい朝飯を準備してくれた。ご飯は4匹の犬にそれぞれ色の違う容器に分けて離れた場所に置いてくれる。僕のご飯はいつも青色の容器と決まっている。

 僕は食べることに関してはノラの時代と全く変らない。ガツガツと一気に食べてしまった。でも何だかもう少し食べたい気分だな。回りを見渡すとロンもミーも上品にゆっくり食べている。ジュンの食べ方は遅い。僕はジュンの食事がまだ沢山残っているのを恨めしそうに見つめた。お母さんも身体の大きさに比例してご飯をくれれば良いのに、ジュンのご飯と僕のご飯は量が殆ど一緒だった。

 この広い庭の西側は幅5~6メートルの用水路になっていて、その向こう側が桜並木の遊歩道になっている。その遊歩道は結構人通りが多く、犬を連れた散歩の人たちがよく通った。今日も多くの人たちがのんびりと歩いている。食事をしていたジュンが、突然吠えながら遊歩道側のフェンスに駆け寄り吠え立てた。先日ジュンに襲い掛かった「トラ」が例のおじさんと一緒に歩いていた。

 僕も一緒に吠えようかなと思った時、ジュンの容器にまだいっぱい残っているご飯が目に入った。ノラで育った習性は恐ろしい、「今だ!」 誰かが頭の中で叫んだように思った。さっとジュンの容器に駆け寄り、残っているご飯を食べようとした。

 トラが行き過ぎたのでジュンが振り向いた、僕がジュンのご飯を食べそうになっているのを確認したらしい。急いで戻ってくると唸り声を上げながら僕に飛び掛ってきた。トラの時はともかく、ちびのジュンには負けないぞ。ジュンとの乱闘になった。僕はジュンの足に噛み付いて振り回した。

 ジュンは大きな声で、「キャーン、キャーン」と激しく泣きながら僕の噛み付いた足を引きずりながら庭の隅に逃げた。「ざまぁみろ」と悠々と残りのジュンのご飯を食べようとした時、

「ガス!」

 まだご飯を口に入れないうちにお母さんの激しい怒りの声が飛んできた。お母さんは急いで家から飛び出してくると僕の首輪を掴んで、頭を数回パチン、パチンと叩いた。それほど痛くはなかったがお母さんに叩かれたことはショックだった。

「お前はどうしてジュンのご飯を盗るの、自分の分は食べたんでしょ!」

 僕は他の犬のご飯を食べることを悪いこととは思っていなかった。ノラの時代は食べれるものは何でも食べなきゃ生きて行けなかった。他の犬の食事のことなんて考えたこともなかった。そうか、ここでは他の犬の食事を食べてはいけないんだ。でもどうして? 何となく釈然としなかった。

 お母さんは家から紐をもって来て、この家に来た時にされたように僕の首輪に繋いだ。そして例の木に括り付けてしまった。

「今日は罰です。二度と他の犬のご飯を盗まないように反省しなさい。今日の夕食は抜きですよ!」

 お母さんはプンプンしながら僕を繋いだままジュンのところへ行った。ジュンはお母さんに抱かれて怪我の具合を調べてもらっている。そしてしきりに甘えていやがる。「馬鹿野郎!」僕は心の中で言った。ジュンが家族だってことは僕も心得てらぁ、そんなに怪我するほど咬むかよぉ。ジュンの痛がり方がオーバーなんだよぉ。

 結局、丸一日木に繋がれっぱなしだった。夕飯も貰えなかった。お母さんは3匹分の食事を持ってきて、それぞれに与えてから僕のところへ来て言った。

「今日は罰だからご飯はあげません。おなかをすかしてよく反省しなさい。今度他の犬の食事を盗んだりしたら、保健所に連れてゆくからね」

 え?保健所へ?それだけは勘弁だよ、まだ死にたくないもん。僕は恨めしそうな目つきでロン、ミー、ジュンが美味しそうに夕飯を食べるのを見ていた。夜になると空腹で眠れはしない。他の犬の食事をどうして盗んでいけないのかまだ良く理解できないけど、飯抜きになるより手を出さない方が良いみたいだなぁ。

 翌日の朝、お母さんはいつもより多く容器に盛った食事を食べさしてくれた。

「お前は身体が大きいから、これからは少し多めにあげるからね。もうジュンのご飯を盗んだりしちゃ駄目だよ。」

 満腹になったお腹でお母さんを見上げながら、そうかやっぱこの方が得だなぁと思った。


 それにしても、うちの庭は猫がよく現われる。それも悠々と歩いて行きやがる。僕が木に繋がれていた時なんかは、これ見よがしに僕が届かない距離のところを歩いて僕をいらいらさせた。今日も真っ白なふかふか毛の猫が歩いて来た。あとでお母さんに聞いたところでは、これはチンチラという猫らしい。

 そいつが僕の方をちらっと見て、まるで馬鹿にしたような目をして、無視して歩いてやがる。僕はむっとした。この野郎、と思い切り飛び掛った。確かに捕まえたと思ったのだが、猫は木の股に座って「フーッ」と顔を膨らませて僕を盛んに威嚇している。僕は大きな声で吠え立てて猫を木から下ろそうとしたが無駄な努力であった。その時、窓がガラッと開いて、

「ガス! 何を吠えてるの!」

 お母さんの大きな声がした。お母さんは直ぐに事情を察したらしく急いで庭に下りて来ると、白い猫を木から抱き上げた。

「ガスねぇ、お前にはまだ教えていなかったかなぁ」

 お母さんは家族に猫が五匹いることを教えてくれた。年の順にニャン、メイ、ココ、ハナ、ダニである。

 お父さんから後で聞いた話だが、お母さんは元々は猫嫌いだったらしい。

「猫は言うことを聞かないし、身勝手だから嫌い」

 と言うのがその理由だったそうだ。それがある事件をきっかけに変ってしまったのだそうだ。以下は少々長くなるが、お父さんの話である。

 もう七~八年前になるが、中学生だった末娘が息せき切って自転車で帰ってきた。

「お母さん、国道脇に猫が車にはねられて苦しんでいる!」

 二人は車を飛ばして国道に行ったが、確かに茶色と白のまだら模様の猫が息絶え絶えになって横たわっていた。車が激しく往来する国道の端で、面倒を見てくれる人は誰もいなかった。二人は持ってきたダンボール箱に猫を入れて近くの動物病院に駆け込んだ。

「もう無理ですね、もう一週間は持たないでしょう」

 という獣医師の説明に、仕方なく家に連れて帰った。準備よろしく、線香を立てて居間の北側に安置した。猫は身動きはしないがまだ息を引き取った様子はない。子供たちも、両手を合わせて冥福を祈ったりしていた。 ところが、それから一週間が過ぎた朝、この猫がぎらりと目を開いた。家族は大騒ぎして喜んだが、その猫は当然そのまま家で飼われることになった。 それまで「ニャンチャン」と呼んでいたので、自然と「ニャン」と名前が付けられた。ニャンは右足の先を骨折していた。もう怪我して一週間が過ぎていたので傷は殆ど治っているが、足首が曲がったままで伸びなかった。ニヤンはこれ以降は、びっこをひきながら歩くことになった。

 ここまでは普通の話だが、1ヵ月後、ニャンが4匹の子猫を生んだ。家族一同大いに驚いたが、捨てるわけにはいかない。いっぺんにニャンを含めて五匹の猫が住み着いたのだ、お父さんは大いに悩んだ。一匹は末娘が第1発見者の責任を取って、友達に頼んで引き取ってもらった。しかし後3匹をどうするか。そして思いついたのが、市の広報誌で貰い手を捜すことだった。

「可愛い茶色のトラ猫を貰ってください」と写真入で町の広報誌に載せてもらった。反応はすぐ現われて、貰いたいという人が家に来た。子猫たちは生まれて既に3週間が過ぎていた。この頃になるとお母さんの態度も随分変ってしまって、子猫たちに情が移ってしまったのか、「人にやりたくない」と言い出したのである。

 貰いに来た人に悪いので、やむなく顔の悪い一匹を渡したが、後の二匹は家で飼うことになってしまった。それからは家の中はてんやわんやの大騒ぎである。二匹の子猫が家中走り回るわ、箪笥の上は勿論、カーテンレールの狭いところに乗って戯れ合い、下り際にカーテンにぶら下るわ、大変な騒ぎであった。 親猫のニャンチャンはおとなしい猫で、身体障害者になってしまったので、いつも居間の片隅でひっそりしていた。

 ともあれ、「アー」と「モモ」と名づけられた二匹の子猫は順調に育っていたが、ある夜、家の前の道路でふざけ合っていて、モモが自動車に轢かれてしまった。キーッという自動車の音でお母さんが道路に飛び出したが、自動車はそのまま逃げてしまったそうだ。人間とは違って警察に届けるわけにもいかない。お母さんは口から血を流してぐったりしているモモを抱きしめて、泣きながら「モモちゃん、モモちゃん」と呼んでいたそうだ。

 以降、一匹になったアーは母猫と一緒に育てられたが、2年後に体を壊してしまった。病院で何度も診てもらったが次第に弱って、ある日お母さんが留守の間に喉を詰まらせて逝ってしまった。

 これがお母さんを「猫嫌い」から「猫狂い」にした顛末である。その後黒猫のジジと白いチンチラのミルクを飼ったが、黒猫は恐らく車に撥ねられたのだろう、息絶え絶えになって戻ってきたが、お父さんとお母さんに見守られながら逝ってしまったそうだ。チンチラのミルクはいつの間にか行方不明になってしまった。お母さんは可愛い猫だったから、誰かに盗まれたと思っている。


 ニャンちゃんはこの家での猫第1号であった。そしてこの10年間に何匹もの猫が出入りしたが、現在はニャンちゃん以下5匹の猫がいるということである。

 メイはミルクが居なくなった時、お母さんが近所で大捜索網を張り巡らせた結果、近所の奥さんから「この猫は迷い猫らしくうちで餌をやっている」と聞いて家に連れて帰ってきた白い毛のふさふさした雄のチンチラである。僕が最初に追いかけた猫である。5月に来たので、例の如くメイと命名されたそうだ。

 ココはいつの日か家に迷い込んできた白い毛のチンチラであるが、メイと比べるとやや顔が悪い。お母さんが病院で観てもらったら、腎臓が悪いのではないかと医者に言われたと言っていた。

 ハナは用水路沿いの草むらに捨てられて、ミーミー泣いていたところをお母さんに拾われた白と黒のぶち猫で、家では「牛猫」と言われている。

 最後にダニは同じく家の横の用水路の草むらで泣いていた茶色のトラ猫である。お母さんが死んだアーちゃんの生まれ変わりだと言って家に入れた。このときはお父さんも流石に、猫が増えすぎてそんなには飼えないと言って、お母さんが居ない時に誰かに拾わせようと遊歩道に捨てたそうだ。夜になって様子を見に行くとまだ遊歩道でウロウロしていたそうだ。高校生やら他の人が通りかかるとさっと草むらに逃げ込んでいたそうだが、お父さんが出て行ったら、「ニャ~ン」と泣いて頭をこすり付けてきたという。お父さんも仕方なく再び家に連れて帰ったとのことである。その当時の末娘のボーイフレンドのダニエル(スペイン人)の名前の一部を取ってダニと名づけられた。

 僕はノラの時代に猫とは何度も出会っていたし、猫が嫌いな方ではない。それに他の犬たちもすっかり猫たちと仲が良いので、1~2ヶ月もすると庭で一緒に並んで座るようになった。ただニャンチャンだけはいつも家の中に居るので、会うチャンスがなく、ニャンちゃんと仲がよくなったのは、ずっと後のことである。

 僕たち犬が4匹、猫が5匹、これだけでも大家族なのに、この家には4人の子供たちが居た。つまりお父さんとお母さんを入れると6人家族だった。

ん?人間様を先に紹介しろ?言い方が少々悪かったかな? しかし僕は柴犬だ、犬猫の紹介が先に来るのは当たり前だろうって! 

 つまり、6人家族の人間の家に僕たち犬猫9匹が飼われていたことになる。単なるサラリーマンのお父さんもよく頑張ったもんだよ。

 遅くなったが、ここで、この家の人間たちについて話しておこう。


 お父さんはごく普通のサラリーマンで、よくは分からないけど、金持ちではないことだけは確かだ。その証拠にお母さんに「これ以上犬猫を増やすな!」といつも苦言を呈している。お母さんによれば、お父さんは極めて理性的で綿密な人間だが面白みがない、ということだ。しかし本人に言わせると、約束したことは必ず守る、有言実行の人だと、言っているらしい。

 お母さんは今まで子育てで手一杯で、今は何も仕事はしていないらしい。お母さんのことをお父さんに言わせると、気持ちはいつも二十歳、夢ばかり見ていていろんなことに手を出すが、後始末はいつもお父さん、ということらしい。

「何事も願っていれば、いつかは必ず叶う」

というのがお母さんの口癖だということだった。お母さんはアメリカ大好き人間で、大学でも英語関係を専攻したらしい。お母さんの夢は、将来アメリカに住むことだそうだ。

 長男のM兄ちゃんは大学(工学部)を卒業して就職し、既に結婚して家を出ているということだった。M兄ちゃんは大学時代に大事故にあったということだ。アルバイトで稼いだ金でオートバイを買い、買ったその日にトラックに突っ込んでしまって、救急車で病院に運ばれたらしい。突っ込んだと言えば格好いいが、真相はガソリンスタンドで友達と話していて、そのまま国道に出たところでオーバシュートして丁度そこへ来たトラックにはねられてしまったということらしい。幸い歯は5~6本失くしたが命に別状はなく、首と顔に傷を負ったが骨に異常はなかった。1ヶ月足らずの入院で済んだのは不幸中の幸いであった。

「あと1センチ喉の傷が深かったら頚動脈に達し、命はなかったですよ。」

 と医者から説明を受けたお父さんは、ぞっとしたとしみじみ話してくれた。そのほんの2~3週間前、お父さんの知人の息子が同じようなオートバイの事故で頚動脈を切って、命を落としたんだそうだ。

「この傷を見ろ! これは男の勲章だ!」

 M兄ちゃんは、事故で負った怪我の傷跡を僕たちに見せて自慢したりする。親の心配をよそに、良い気なもんだよ、全く!

 ともあれ、M兄ちゃんは時々嫁さんと里帰りして、僕の頭を撫ぜてくれる。そして間もなく女の赤ちゃんを授かった。

 長女のS姉ちゃんは大学(文学部)を卒業後、食品関係の会社に就職したが、仕事が合わずに会社を辞め、オーストラリアのワーキングホリデーということで、1年間オーストラリアで遊んでいたらしい。帰国後大手語学学校に就職、今はカナダで語学学校のマネージャーをやっているということだ。お父さんは、S姉ちゃんが仕事ばっかりやっていて、男友達がなかなか出来ないので、一生独身を通すのではないかと心配していた。S姉ちゃんとはまだ会ったことがない。

 次女のH姉ちゃんは一昨年大学を卒業して、服飾関係の会社にドレスデザイナーとして就職したが、気の弱い人で会社を辞めたいと言っている。自宅から会社に通っているが、通勤時間が結構かかるので、それも一つの理由らしい。働いているんだから会社の近くにアパートでも借りればいいだろうに、そんな気は全然ないらしい。大学時代からのボーイフレンドが居て、その内結婚するらしい。家にいるのでいつも僕を可愛がってくれ、お母さんに代わって、時々散歩にも連れて行ってくれる。

 末っ子のY姉ちゃんは、今大学3年生。青春を謳歌中だ。女の友達は沢山遊びに来るが、日本人のボーイフレンドはまだ居ないらしい。夏休みに留学したシカゴの語学学校で知り合ったスペイン人と、メールの交換をしているらしい。いつも閑なせいか、僕の面倒を一番良く見てくれる。

 Y姉ちゃんは「アメリカの青年を引っ掛けてくるぞ!」と言って、毎年夏休みにはアメリカの語学学校に短期留学していたそうだ。しかし、語学学校の生徒には当然のことながら、アメリカ人は居ない。結果、スペイン人の青年と仲良くなったらしい。

 以上のように、犬猫ゾロゾロに人間ゾロゾロで、お母さんも大変だなと思う。でもこれはお母さんが好きで犬猫を飼い始めたのであって、一番大変なのはお父さんの方かもしれない。その証拠にお父さんはいつも、「犬猫にも結構お金がかかるなぁ~」とぼやいている。

 毎日ワイワイガヤガヤの賑やかな家族だけど、こんな素晴らしい家族に恵まれて僕は本当に幸せだなぁ~と、今はつくづくそう思う。神様有難う!





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