はじまりの世界
今日も学校からの帰り道を、
いつも通りに歩く。
何の変哲もない商店街の中を、
イヤホンで耳を塞いで通り過ぎる。
商店街の青果屋さんの掛け声も、
道端でおしゃべりするおばさん達の声も
私の世界からシャットアウトする。
唯一私のバリアを通り抜けるのは、
お肉屋さんの
香ばしいコロッケの匂いだけだ。
――お腹すいたな……。
今日は6限が体育だったから、
お昼ご飯の後に運動して
程々に小腹がすいてしまった。
匂いの元に目を向けると、
自分と同年代のような青年が1人、
先客でコロッケを受け取っている。
誰かがいるなら、
後ろに並びやすい。
私も食べよ。
青年の後ろに並ぶと、
彼はコロッケを受け取ってから
そのまま傍で頬張り始めた。
私がコロッケを買う一部始終が
視界に入るであろう位置なので、
少し居心地が悪い。
さっさと買って、
この場を離れよう。
お肉屋さんのおっちゃんが、
「ほい、お待たせ。
アツアツだよ。
火傷しないように気を付けてね。」
と言って、
コロッケを渡してくれた。
「ありがとうございます。」
私が小銭をレジのトレーに置いて
コロッケを受け取ると、
手にその熱さが伝わってきた。
――美味しそう。
「君、ちょっと良い?」
コロッケを食べ終えた青年が
声を掛けてきた。
「……何ですか?」
まさかナンパ?
冷たい印象を持たれがちな
私の淡々とした態度は、
男にモテないと友達に言われているから、
こんな事は珍しい。
「その手首のブレスレット、
ちょっと見せて貰っても良いかな?」
思っていたのとは
ちょっと違う内容だった。
「?――はい。」
よくわからないまま、
ブレスレットをつけた手首を
彼の前に掲げる。
「コレ、どこで手に入れたの?
……凄く綺麗だね。
七宝焼かな?」
「――よくご存知ですね。」
彼からブレスレットの
玉飾りの正体をピタリと言い当てられて、
少々面食らった。
同年代で
こんなの一目見て分かる人、
初めて見た。
彼は私の返答に構わず
更に問いかける。
「これ、相当腕のある人が作ってると
思うけど、高くなかった?」
――何?
この質問。
「いえ、祖父から貰ったものです。
私のお守りに作ってくれたので。」
「――えっ!?
……ちなみに君のお爺さん、
名の通ってる職人さん?」
「――すみません、
よく分からないです。」
私は祖父に大変可愛がって貰っているが、
どんな仕事をしているかは
よく知らない。
「――そう。
是非お名前を知りたいんだけど、
ダメかな?」
「……祖父のですか?
遠野善右衛門と言いますが。」
祖父は母方なので
私とは名字が違うため、
まぁ良いかと答えた。
彼が固まった。
―――ん?
「……まさか、こんな事が。。
こんなところで会えるなんて。」
彼が呆然と呟いている。
――何かの知り合い?
「そうか、
だからこれをお孫さんに……。
――ついに見つけた。」
何だか分からないが、
彼は感極まった顔をしている。
私が「?」マークのまま
訝しげな顔をしていると、
彼はおもむろに私の手首を掴んで
ブレスレットに触れた。
えっ!?
ちょっと…………!!
――瞬間、
目も眩むような光に包まれる。
「——わっ!!?」
そのまま意識が飛んでしまった。
ふと気付くと、
そこは草原だった。
――――え?
「目が覚めたかい?」
先程まで目の前にいた彼は、
さっきの服装とは全く違う
異国のような服を着ている。
何だか歴史の教科書で見た、
平安時代の宮廷服みたいだ。
「…………え?
何、ここ。」
呆然と呟いた私に、
彼は言った。
「悪いけど、説明しても
分からないだろうから、
直接来てもらった。」
―――いや、
頭の処理が追いつかない。
「ビックリさせてゴメン。
僕はキール。
君のお爺さんをずっと探していたんだ。
もっと正確に言うと、
君のお爺さんがその七宝焼を与えた人物。
――そのブレスレットの持ち主をね。」
「それって……、」
「そう。……君だ。
僕は、ずっと君を探していたんだよ。」
訳が分からない。
混乱してきた。
——これは
何から質問すれば良いのだろう。
人間、
頭の処理が追いつかない時には
現実逃避のような動きを
してしまうらしい。
手に持ったままのコロッケに目が留まり、
おもむろにパクリとそれを齧った。
あったかくて、美味しい。
感覚はいつも通りのままらしい。
「――普通だね。
すごいな。この状況で。」
彼は私がコロッケを食べ始めた様子に、
目を丸くしている。
「……いや、お腹がすいたままで
こんな事、受け止められないです。
――冷めちゃいますから。」
私がひとまずコロッケを
集中して食べているのを、
彼はふっと微笑んで見ていた。
「話すと長いから、
とりあえず宮に案内するよ。」
――宮?
「あの、先に1つ良いですか?」
「うん、何?」
「私は、元の世界に帰れるんですか?」
「――帰れるよ。
ただし、今すぐには無理だ。
それも含めて後で説明するよ。」
「え!?
……それってどのくらいですか?
あまり遅くなると、
親が心配してしまうので……。」
「あぁ、元の時間とここの時間は
全く理が違うから、
そこは心配しなくて良いよ。
向こうでの時間は
止まったままだから。」
――何だか今、
サラリと凄い事を言われたような。
「はぁ……、そうですか。」
無理だ。
私の常識の範疇を、完全に超えている。
もう言われるまま、
黙って彼についていく事にした。
どこかに向かっている
彼の後ろについて歩いていると、
急にソレは現れた。
―――ドンッ!!
大きな地響きのような音と、
爆弾が投げ込まれたような土煙が、
近くで舞い上がった。
「――何っ!?」
私が叫ぶと、
彼は焦ったような声を上げた。
「――何っ!?
どうしてもう……!!
司!!」
――え?
どうして私の名前……。
彼は私の手首を掴んで、
グイッと庇うように
自分の後ろへ隠した。
土煙の中から人影が現れ、
女性の声が聞こえてきた。
「オヤオヤ、
これはこれは、第4皇子殿。
皇子様がこんなところに
いらっしゃっては、
危ないですよ?」
ムチのような武器を持った女が
恭しく言った。
「……どうしてここへ。
結界は張っている筈だ。」
「フフフ……、
世間知らずなお坊っちゃまはご存知ない。
世の中には、
不思議な事もあるものです。」
女はニヤリと不敵な表情を浮かべて、
言った。
「……誰か、
手引きした者がいるな?」
彼は言いながら、
後ろ手に隠した私に何かを差し出した。
――折り鶴?
私は黙ってそれを受け取った。
「――アラ、
そんな事を思いつけるなんて、
意外にも皇子様は
世間にお詳しいようだ。
時間もないので、
その娘を差し出すか否か、
お決め下さいな。」
「無論、答えは……、
――否だ!!」
彼は叫ぶと、
呪文のような言葉を唱えた。
「数多の空を翔ける飯綱よ、
我に従え――飛び縄!!」
彼が唱えて2本の指を振り下ろすと、
ボゥン!!と鼠のような
狐のような細い体が現れた。
体は薄く少し透き通っていて、
何だか普通の体ではなさそうだ。
――何これ!?
「九十九神ごときで、
この私は止められませんよ?
皇子様?」
九十九神と呼ばれた
小動物のようなものは、
フシュウゥゥ……と
白い煙のような息を吐いた。
「司、こっちだ!!」
私の手を引いて、
彼は、私に渡したのは別の
大きめの折り鶴を懐から取り出した。
ボン!!
折り鶴が消えたと思ったら、
大きな鳥が目の前に現れる。
「これに乗るんだ!!」
彼は鳥の背に私を乗せ
自身も飛び乗ると、
鳥が翼を上げてぶわっと飛び立つ。
少しだけ鳥が浮かんだところで、
――シュンっ!!
さっきの女が
突如、空中に現れた。
「娘は、我々が頂きます。
――安心して下さいな。
丁重に扱いますとも。
この世界の大事な器の
1つなのですから。」
そう告げたかと思うと、
女は目にも止まらぬ速さで
私の目の前に移動し手を強く引いた。
「……わっ!!」
重心がもっていかれそうになる。
「――ダメだ!!
司は、お前達には渡さん!!」
彼の纏う空気が、
さっきと明らかに変わった。
私には聞き取れない
長い呪文のような言葉を詠唱する。
「……何っ!!
それは……、お前、死ぬぞ!!」
女は焦ったように、
私の手を離して叫んだ。
えっ!?
何…………!?
死ぬ!?
「――安いものだ。
司を守るためなら。」
彼は何かを覚悟したように言う。
彼の体が薄く光り始めた。
「――え!?
死ぬ?……ダメ!!
やめて、キール!!」
訳も分からないのに、
何故かそれを止めなければならないと
直感した。
その時、
私の口が勝手に動いた。
「――その者、
応ずる事許さず。」
私の2本の指が彼の方を指して、
スゥっと空を払うように薙いだ。
彼の体の光が消えていく。
彼はハッとしたように私を見た。
「何故……、
まだ覚醒していないのに。。」
彼が呆然と呟くのを見て、
私はそのまま女の方へ指を向けた。
勝手に体が動く。
「この身は、渡さぬ。
――去れ。」
私の指に光が灯ると、
女の姿が急に輝き出した。
「――クソっ!!想定外だ。
……もう力を遣えるとは!
皇子、我々は必ずまた来るぞ!!
憶えていろ!!」
女は悔しそうな表情で
輝きに包まれて、消えた。
女が消えたのを見て、
体の力が急に抜けた。
「――司っ!!」
意識が遠のき、
私はキールの腕の中に倒れ込んだ。
目覚めると、
立派な天蓋から垂れる
絹のような布が目に入った。
「…………ん……、」
私が身じろぎしたのを見て、
誰かがバタバタと扉を開けて
「お目覚めです!」と外へ知らせている。
声の主が戻って来て、
天蓋にかかった薄いカーテンの
幕を開けた。
「おはようございます。
お目覚めで何よりです。
久遠の君。」
――久遠の君……?
「……おはようございます。
ありがとうございます。」
彼女の挨拶を聞いて、
今が朝なのだと知る。
―――ん?
朝………?
―――ヤバっ!!
学校!!
っていうか、
家に帰ってない!!!
一気に青褪めると、
扉をノックして「私だ」という
聞き覚えのある声が聞こえた。
「起きたか。司。
おはよう。
体は大事ないか?」
「キール!!大変!!
私、親に無断で外泊してる事に…!」
私の血相を変えた顔に、
彼はキョトンとして言った。
「昨日話しただろう……?
向こうとこちらは世界の仕組みが違う。
向こうでの時は止まったままだと。」
――あ、そうか。
そういえば、そうだった……。
どうやら私は、
まだ寝ぼけているらしい。
「……そうだった。
ゴメンなさい。
大きな声出して……。」
私が恥ずかしそうに言うと、
彼は優しく微笑んで言った。
「昨日の今日だ、
混乱するのは無理もない。
――お腹がすいているだろう?
私もここで頂くから、
一緒に朝食にしよう。」
彼は控えていた侍女に、
「朝食の用意を」と指示していた。
朝食が運ばれて来ると
部屋の小ぶりなテーブルへ
2人分並べられた。
ベッドから降りて、
テーブルにつく。
「先に食事をとって話そうか。
――頂きます。」
向かいのイスに座った彼は
丁寧に手を合わせた。
「――頂きます。」
私も彼にならって、
手を合わせる。
朝食は、
トーストしたパンとスクランブルエッグ、
サラダにフルーツ、
ヨーグルトにオレンジジュースといった
旅行先のホテルの朝食のような
一般的なメニューだったが、
どれも初めて食べるくらい
美味しかった。
「美味しい……、
すっごく美味しいです…!これ。」
きっと普段私が口にしているものより
はるかに質が高いものなのだろう。
「司の口に合ったなら、良かった。」
彼は嬉しそうに言った。
何というか、
彼の食事をしている所作は美しく、
大変様になっている。
……そういえば、
昨日の女の人が
「皇子様」と言っていたっけ?
わからない事だらけだ。
食事を終えると、
食器が下げられて紅茶が出てきた。
「さて、それでは本題に入ろうか。」
彼は紅茶に口をつけてから、
切り出した。
「司、昨日は驚かせてすまなかった。
まず、昨日君が聞いた
「元の世界に帰れるのか」という質問だが、
結論から言うと、
君がある仕事をしてくれたら帰れる。」
「ある仕事……?」
私が不安そうに問うと、
彼は言った。
「そうだ。
君も昨日気付いたと思うが、
君には特別な力が備わっている。
それを我々の世界では、
物の持つ力を引き出す能力
「言寄せの力」と呼んでいる。
昨日襲ってきた女が遣っていた力も、
私が遣っていた力も、
全てその力が根底にある。」
「言寄せの力……。」
口にしてみると、
懐かしいような、
うっすらと聞き覚えの
あるような気がした。
「この力は、
この世界になくてはならない力であると同時に、
その力を扱える者は限られる。
そして、
君にはその力を最上位のレベルで遣う
才がある事が分かっている。
正確に言うと、
君のお爺さんがその能力の
伝説級の遣い手である事が
私達の世界では既に知られていてね。
そのお爺さんの後継者である事を
示す目印を、君が持っていた。」
「え……!?お爺ちゃんが?
そんな話、今まで一度も、聞いた事。。
というか目印って、まさか……。」
「そう、その七宝焼だよ。」
彼は私のブレスレットを指した。
「遠野善右衛門の後継者、
――それが君だ。
君に、
この世界を救ってもらいたいんだよ。」
―――世界を、救う。
私は、
再び意識を失いそうになったのだった。
はじまりの世界 完
ご覧いただき、ありがとうございました。
この度、オリジナル作品に初挑戦です。
まずは第1章(全6話)をテスト公開します。
◼︎ 毎週日曜日 午前0時更新予定
第1章以降の更新については、現時点では未定です。
よろしくお願いいたします。




