1 勃発! バイオテロ
1 勃発! バイオテロ
とある未来の時代、量子生物学の発展による農業革命により人類は環境問題を克服しつつあった。しかし、量子生物学の急速な普及は生態系に予想外の副作用をもたらす。改良作物による生物多様性の低下による予想外の新たな環境問題が地球の生態系を破壊していると主張する穏健派の環境保護運動から過激派が分裂し、エコテロリスト組織「ガイア・フロント」が誕生した。
ガイア・フロントは生態系を攻撃する量子生物学を対人類反撃の手段として採用し、巨大バイオ兵器を独自開発し各地で攻撃を実行し始めた。
それに対抗して政府は対バイオテロ組織部隊として量子生体作戦司令部QBOCを設立し、巨大変身した女性兵士らで巨大バイオ兵器へと対抗した。純白の生体スーツを身に纏った彼女らはいつしかこう呼ばれるようになった:
GIGANGEL
幸恵はVTOL空中装甲車〈スカイバイソン〉の向かいの席に座る真理に話し掛けた。
「心配しなくても大丈夫だよ。巨大化すれば恐怖なんか吹き飛んで、いい気分にすらなれるから」
「分かってるけど、初めての出撃だから」
彼女らの脳内に埋め込まれたニューラルデバイスに司令部のバトル・エンジニアから通信が入った。
――司令部よりGGL-1、GGL-2へ。目標地点まで残り30秒。各自量子コア、スタンバイ。降下準備せよ。オーバー」
「了解、司令部。オーバー」幸恵はそう応答してから立ち上がり後部ハッチ開閉スイッチを押した。「さあ、真理。ショータイムだよ!」
そう言われた真理は不安な表情から意を決した表情に変わって、立ち上がった。「オーケー」
――10秒前、カウントダウン開始。8、7、6、5、4、3……
「そう来なくっちゃ。じゃ、お先に」幸恵はそう言って、ハッチから空中に飛び出した。
真理はハッチに近づき降下する幸恵を見た。
「ロックンロール!」彼女はそう叫んで、幸恵に続いた――
高度500メートルを飛行中のスカイバイソンから飛び出した二人が着る生体スーツ胸部に内蔵された量子コアが高度200メートル付近まで落下した時点でニューラルデバイスの制御によって起動すると二人の身体は強烈な光に包まれ量子細胞共鳴照射によって瞬時に20倍の身長へと巨大化、更に量子結合強化現象によって細胞内のコラーゲンと骨の結晶構造が量子レベルで再配列、8000倍に及ぶ莫大な質量増加に必要な強度(強化前の20倍以上)に到達する、同時に生体スーツによる量子慣性制御システムが発動し空気抵抗と重力の影響を制御し、二人の巨体は轟音ともに地上に着陸する。
一歩踏み出した幸恵の足の下に運悪く黒いレクサスのSUVが乗り捨ててあった。幸恵は自らの体重の四百分の一程の車重しかないレクサスをいとも簡単にペシャンコに踏み潰す。身長37メートルの巨人となった彼女は自らの強大な力を実感し優越感に陶酔した恍惚の笑みをこぼす。
――こちら司令部。現状を報告せよ、オーバー。
「こちらGGL-1」幸恵が無線に応答した。「GGL-2とともに無事降下成功。現在、BWE(Bio-Weapon Entity)-7を前方に視認中。えーっと形状は……とにかくデカくて強そうなバケモノ野郎です、オーバー」
――了解。即時交戦開始せよ。
「了解! 真理、行くよ」
「ハ、ハイ!」
巨大バイオ兵器に突進する合計千トンを軽く超える二人の莫大な体重が大地を揺るがし、粉塵を巻き上げた――
山岡秀明はスペシャリティコーヒーを一口飲んでからマグカップをデスクに置いた。彼が見ていたラップトップのモニター上ではちょうど幸恵がBWE-7にバイオソードでとどめを刺そうとしていた。ドアをノックする音が聞こえた。彼は動画を一時停止してから言った。
「入っていいぞ」
「失礼します」ドアを開けて、戦略参謀の後藤昌が司令官室に入って来た。山岡はデスクに向かった椅子から立ち上がった。
「まあ、座ってくれ。コーヒーは飲むかね」
「いただきます」後藤はデスクの前の応接セットのソファに腰を下ろした。
山岡はコーヒーメーカーの断熱ステンレスポットからコーヒーをマグカップに注ぎ、後藤の前のテーブルに置いた。
「ありがとうございます」後藤はコーヒーを飲んだ。「うまいです。味だけでなく香りもいい。まるで花のような香りですね」
山岡はデスクに向かった椅子に座った。
「だろ。世界で流通する上位数%しか取得できないスペシャリティコーヒーだからな。苦味がなくフルーティーで冷めてもうまい。昔は手が出なかった高級品だったが、農業革命のおかげで随分安くなった」
「ただ……その農業革命は恩恵だけではない。農業革命の副作用による地球への悪影響に反発するエコテロリストにより深刻な破壊活動が横行している」
「彼らは地球の生態系そのものを一つの生命体と考えている。その生命体のほんの一部でしかない人類にしか恩恵をもたらさない農業革命が全体を蝕んでいる。まあ、主張としては筋が通っていないこともない」
「だからと言って法治国家におけるルール違反には厳正に対処せざるを得ません」
「無論、その通りだ。いくら筋が通っていようと敵である以上殲滅せねばならん」
「同感ですが、司令官。この思想談議以外にも用件があったんじゃないんですか」
「そうなんだよ、後藤君。今回の戦闘を見てて、ちょっとした懸念を感じ始めてね」
「懸念……具体的には」
「敵もこの数戦で戦闘力が著しく上昇している……このままでは、勝てなくなるんじゃないか。そんな懸念だ」
「どんな方策をお考えでしょうか」
「有能な戦闘員を増員しようかと思うんだが、いい候補者はいるかね?」
「実は先日の適性検査で量子コアとの驚くべき同期率スコアを獲得した候補者が一人おりまして。体はちょっと小さいんですが、非常に有力な候補者だと思われます」
「驚くべき同期率、か……後で、詳しいデータを送ってくれないか」
「承知しました。では、これで」後藤は立ち上がり、出口へ向かった。
「ああ」山岡は後藤を呼び止めた。「ちょっと待ってくれ」
「はい」
「その候補者の名前は?」




